第三百十七話
お待たせしました。
第三百十七話です。
今回は二日に分けて二話ほど更新していく予定です。
魔王領で夜を明かし日の出と同時に出発し、魔王都市ヴェルハザルへと向かう。
道中はブルリンの存在もあってか魔物とも遭遇せずに順調に進み、僕が最初に来た時よりもずっと早い段階でヴェルハザルが見える場所にまで到着することができた。
「あれだけ大きかった城がない?」
「そうね。消えているわね。迷路みたいだった建物もなくなって、普通の建物が並んでいるし以前とは大分様変わりしたわね」
最初に来たときはすぐに要塞化してしまった場所ではあるけれど、今回はちゃんと魔族の人たちが住む街に訪れることになるようだ。
大きな城はどこにもなく、家くらいの大きさの建物が規則正しく並んでいる。
不必要なものをすぐに無くし、人が住む家を優先する辺りいかにも魔王らしいなと思ってしまう。
「ウサト君は魔王との戦いに参加していたんでしたね」
馬上から声をかけてきたヘレナさんに頷く。
「今となっては遠い記憶のように思えます。最後の戦いは、僕たちにとっても魔王にとっても命がけの戦いでしたから」
「たった数人で都市に潜入しての魔王との決戦。言葉にするのは簡単ですが、とてつもなく困難な戦いだったと想像できます」
困難ではあったけれど、それを乗り越えたからこその今がある。
少なくともあの場で魔王を殺さないことを選んだことを間違いだと思っていない。
「そのおかげでこいつは魔族から怖がられることになってるけどね」
「おい、ネア」
「事実じゃない。それに今のうちに説明しておいたほうがいいわよ?」
……確かにそうだな。
僕が魔族の人たちから怖がられてるのは事実だし。
ネアの言葉に、皆の視線が集まるがアルクさんを含めたリングル王国組には察したような顔をされている。
「怖がられるとは?」
「先の戦いでやらかしてしまってですね。どうやら、一部の魔族の方に悪魔と認識されてしまっているようなんですよ」
「それは、悪魔的に強いからですか?」
「いえ、見た目的にです」
「???」
センリさんに不思議そうに首を傾げられてしまった。
「なので、今回の遠征で魔族の皆さんの誤解を解いて、親交を深めることも目的なんです。そのために、ウルルさんにもついてきてもらいました」
「頼られたからには、サポートするよ……!」
ウルルさんもやる気十分のようだ。
今回で僕の悪魔疑惑を払拭しよう。
そうしている間に、ヴェルハザルの入口へと到着する。
外門の扉には番兵らしき魔族の兵士さんが警備しており、僕たちの姿に気づくとすぐに扉の前にやってくる。
立場的には、この一団の代表は僕なのでブルリンを降りて兵士の前に歩み出る。
「リングル王国、並びにニルヴァルナ王国から派遣された者です」
「……話は聞いている。まずは魔王様に謁見を……ッ!?」
僕の顔を見てびっくりした表情を浮かべる兵士さん。
もしかして戦場で遭遇した誰かだろうか? さすがに敵だった時の相手を覚えてはいないけど……。
「り、りりり、リングル王国のち、治癒魔法使い……殿……!?」
「はい」
「い、今すぐ案内の者をお呼びしますっ!!」
ものすごく顔を青ざめさせた兵士さんはそのまま僕たちを通してくれた。
分かっていたが、これは相当だな。
口元を引きつらせながら、アルクさん達へ振り返る。
「こういうことです」
「かつては敵同士だったのです。関係に齟齬が生じるのも致し方ないことです。ウサト殿にとって重要なのは、これからでしょう?」
「ええ、その通りです」
アルクさんのいう通りだ。
気を取り直して都市に入るとそこは外で見た以上に、建物が整然と並びそこに魔族たちが、リングル王国の人々と同じように暮らしていた。
「魔族が住む街ですか。こう見てみると、私たちと変わりないですね。ウサトさん」
「そうですね」
「私たち、と。ふふふ」
「……?」
なにやら悶えているセンリさんを疑問に思いながら、今からやってくるという案内してくれる人を待つ。
そうしていると、人間の僕たちが珍しいのか街に住む人々がこちらに興味を示し始める。
警戒の色が強いように見えるが、中には好奇の視線を送ってくる人もいる。
「グァー」
「……ブルリン、もう少しで休めるからここで眠るなよ?」
そんな中で暢気そうに欠伸を漏らすブルリンに苦笑する。
とりあえず、眠らないようにブルリンの背中を撫でていると、都市にいる魔族の子供たちがブルリンに興味を示している姿を見つける。
『ブルーグリズリーだー……』
『使い魔なのかなー』
『ぼくが知ってるのとは全然違って大人しそう……』
ふっ、やはりブルリンを連れてきて正解だったな。
『あ、悪魔の召喚獣だ……』
『あれがそうなのか……!?』
『怖がっちゃいけないって分かるんだけど、身体に刻まれた恐怖が……』
一方で最後の戦いの場にいた兵士さん達は顔を青くしてこちらを見ている。
それを見たネアは、ジト目で僕の頬を軽くたたく。
「ウサト、現実を見なさい」
「……」
デビルモードの弊害がここに来るとは……!
さすがにノリでブルリンを影から召喚する荒業にはリスクがあったな……!!
「とりあえず、案内の人を待ちましょう」
「その間に馬とブルリンを厩舎に預かってもらいましょうか」
「グァー」
アルクさんの言葉に頷き、厩舎の場所を教えてもらおうとすると、ふと視界になにかが映り込む。
空に浮かぶ黒い影のようなもの。
それがこちらへ一直線に近づいてきていることを察知した僕は、掌に魔力弾を作りながら上を見上げる。
「ウルルさん、センリさん、下がってください」
「ど、どうしたの?」
「きゅん」
おかしい、この場に先輩がいないのに、なぜかときめき音が聞こえたような。
アルクさんもヘレナさんも空から近づいてくるそれに気づき、警戒を露にする。
「……ん?」
いや待て、あの黒い影……どこか見覚えがあるような……。
意思を持つかのように空を飛ぶ黒いローブのようなもの……いや、あれはもしかしてマントか?
だとしたら、アレは……。
「アルクさん、攻撃しなくても大丈夫です!」
「あれがなにかご存じですか?」
「多分!」
アルクさん達を手で制しながら、こちらに急降下してくるマントを見上げる。
攻撃してくるというより、飛び込んでくるようにこちらに迫ったマントは、勢いよく僕に覆いかぶさる。
「ウサト殿!?」
「ウサト君がマントに食べられちゃった!?」
一瞬視界が暗くなり、すぐに明るくなると僕の両肩にマグネットのようにくっついたマントが装着されていた。
首から足元までの長い黒いマントは、風も吹いていないのにも関わらずなびくように動いており、完全に僕の団服に覆いかぶさっている。
「……やっぱり、闇魔法のマントか」
「ぷはっ! あー、びっくりした!」
ネアが驚いた様子でマントから顔を出す。
「ウサト、これキーラの闇魔法よね? なんでここにあるのかしら……」
「いや、分からない。もしかしてあの子になにかあったのかも———うお!?」
体全体が宙へ持ちあがるような浮遊感。
自分の体が空高く舞い上がったことに気づいた時には、眼下には驚きの表情で僕を見上げているアルクさん達の姿が映り込む。
『な、なんだあれ!?』
『うわああああ!?』
『人間って空を飛ぶ生き物なの!?』
彼らの周囲を見ると、魔族の方たちもみんな驚いた様子で僕を見上げている。
加えて言うなら兵士さん達の顔がより真っ青になっているのでちょっとした騒ぎだ。
「って、ちょ、どこに飛ぶんだ!?」
ぐいんと方向を変えて都市の中央方向に加速するマント。
このままどこかに連れていかれると察した僕は、地上にいるアルクさんに声をかける。
「アルクさん! 多分、心配ないので後はよろしくお願いします!!」
「ウサト殿!?」
そのまま空を飛び、彼らから離れる。
速さはそれほどではないが、何かに引き寄せられるように飛ぶマント。
『……さて、ウサト殿に後を頼まれたわけだが……』
『もっと慌てようよアルク君!?』
『クルミア、慌てるな。ウサト殿なら心配はいらない』
『もう別次元の信頼をしている!?』
眼下に都市の家々とそこに住む人々の姿が見える。
以前のように兵士ではなく、魔族の人々の生活の営みを眺めながら、どうしようと考える。
「これ、キーラのところに連れて行ってくれているんだよね?」
「多分、キーラの意思じゃないと思うわよ?」
「だろうなぁー。……ん?」
進行方向に飛竜がやってくるのが見える。
その背に乗っている二人の魔族の女性の姿を確認した僕は、咄嗟に右腕の籠手を展開する。
「治癒魔法破裂掌!」
逆噴射をかけるように衝撃波を前方に放ち飛竜の側面あたりでスピードを緩め、飛竜の鞍に手をひっかけながら、飛竜を操っている人の前に飛び乗る。
「こんにちわ!!」
「「ぎゃあああああああ!?」」
おおよそ、女性とは思えない壮絶な叫び声をあげられてしまった。
まずは飛竜に振り落とされないように、その胴体に片腕でしがみつく。
「ギャッ!? グワッ!!」
「ごめん。すぐに降りるから。大人しくしててね」
ブルリンにやるように首を撫でて大人しくさせながら、飛竜の手綱を握っている女性を見る。
「そ、空から、あ、あああ、悪魔がががが!?」
「えーっと、ノノさん? ですよね?」
「名前も憶えられてるぅぅぅ!?」
乗っていた一人は遺跡で会った人、ノノさんだ。
この前は悪いことをしてしまったし、謝りたいところだけど……まずは、後ろに座っている人だ。
「お久しぶりです! ハンナさん!!」
「あ、貴方なんで普通の登場ができないんですか!? というよりなんで空を飛んでいるんですか!?」
「もしかして貴女が案内してくれる方でしたか!?」
「そ、そうですけどぉ! あああ、ノノを嵌める私の計画がっ、ど、どうしていつも思い通りに動いてくれないんですか!?」
そりゃ僕が空を飛んでいたら混乱するのも当たり前だろう。
……マントも自己主張するように僕を引っ張っているので、ここは簡潔に説明しておかねば。
「時間がないので簡潔に説明します! 今僕は諸事情あって空を飛んで隊から離れることになりました!! 隊の方は、まだ門の付近にいるので彼らの案内をお願いします!!」
「その事情が意味不明なんですけど!? だからなんで空を飛んでいるんですか!?」
「ではっ、よろしくお願いしまぁぁす!!」
「私の話を聞いてくださいよ!? って、ノノ!? なんで私に掴みかかって!? いやいや!? さっきのは気が動転してましてね!? 言葉の綾というかッ! わひゃぁぁ!?」
飛竜にしがみついた手を放し、再びマントに引っ張られるままに空を飛ぶ。
都市の道行く人に指を差されながら、空を突き進んでいると不意に軌道が下へと向かっていっていることに気づく。
「ウサト、地上を見なさい!」
「ん!? あっ!」
ネアに言われたとおりに地上を見ると、訓練場らしき開けた場所にいる二つの人影を見つける。
一人はコーガで、もう一人の小柄な銀髪の少女は———キーラだ。
『あの、訓練をしてたら私の魔法がどこかに飛んで行っちゃったんですけど、どういうことなんですか!? 私が念じても全然戻ってこないんですけど!?』
『やっべー、なんでだ。分かんねぇ。ちょっとしたら戻ってくんじゃねぇ?』
『……今、貴方に闇魔法を教えてもらおうとした過去をなくしたいです』
『おおう、最早、尊敬と信頼が完全に失われてるな……ん? ……ん!?』
近づいてくる気配に気づいたコーガと目が合う。
思わず二度見する彼に、キーラが上を見上げると同時に、治癒魔法破裂掌で逆噴射をかけながらようやく地上へと着地する。
「フゥゥゥゥ……着地成功」
「とんだ都市観光だったわねー」
コーガの呆然とした呟きを聞きながら立ち上がると、僕の肩に乗っていたマントが未だに呆然としているキーラへと移る。
「いや、なんでお前ここに来てるんだよ?」
「キーラの魔法にここまで連れてこられたんだけど……どうやら、勝手に動き出しちゃったみたいだね」
そこでようやく状況を飲み込めたのか、呆気にとられた様子から一瞬で喜色に満ちた表情を見せたキーラがこちらに全力で駆けてくる。
「ウサトさんっ! お久しぶりですっ!!」
「おわっと……」
思い切り飛び込んできたキーラを受け止める。
空を飛びながら飛び込んできたので、ふわりと受け止めながら嬉しそうにするキーラと顔を合わせる。
「久しぶり、元気にしてた?」
「はい! ちゃんといい子にしてました!! ……あっ、すいません! また私の魔法が……」
「別に気にしてないよ。闇魔法がそういうものだって分かっているからね」
よほど僕に会いたかった、ということなのだろうか?
闇魔法もキーラに悪い影響を与えていないようだし、むしろ微笑ましいと思うところだ。
「どうしてここに!?」
「あれ? コーガから聞いてなかった? 今回のリングル王国の派遣団の一人に僕が選ばれたって」
「……。聞いてないです」
一転して半目でコーガを睨むキーラ。
その視線を受けた彼は、からからと笑いながら腕を組む。
「いや、驚かせてやろうかなって。驚いたろ?」
「コーガさんなんて嫌いです」
「お、おおう……」
地味にショックを受けるコーガ。
あまり見られない彼に苦笑した僕は、彼の肩に手を置く。
「フッ、安心しろ。コーガ」
「なんだよ?」
「お前にも春が来るかもしれないぞ」
「……今、とてつもない悪寒を抱いたんだが気のせいか?」
今日、お前をセンリさんに紹介するからな……!
……この場にやってきてしまったことは予想外どころの話じゃないけれど。
「アルクさん達と逸れてしまったけれど、どちらにせよ魔王と謁見するからそこで合流すればいいかな。大丈夫だと思う? ネア」
と、肩にいるネアに話しかける。
「そうね。……まあ、あの魔王は今頃愉快そうに笑っているでしょうけど」
「……まあ、そうだね」
絶対今の僕の状況を知って愉悦に満ちた笑みを浮かべていることだろう。
別にキーラも悪くないし、全然痛くもかゆくもないのだが、なんか魔王に笑われるとイラっとするな。
「コーガ、忙しいかもしれないけど魔王のいるところを教えてもらってもいいかな?」
「お、いいぜ、暇だし」
忙しいんじゃないのかよ。
元軍団長だよなこいつ? 軽く疑問に思いながら、僕たちはその場から移動するのであった。
怪奇! 空を飛ぶ治癒魔法使い……!!
キーラの魔法によって空を舞うウサト。
ハンナとノノにとっては、ガチでトラウマ再燃になりかねない登場の仕方でした。
次回の更新は明日の十八時を予定しております。




