第三十六話
三話目の更新です。
敵軍の支柱ともいえる黒騎士をウサト君が拘束したことは魔王軍に多大な影響を与えた。
相手の士気がさがったと同時に劣勢に立たせられていた王国軍は一気に攻勢に移るという展開を見せたのだ。
今、私はカズキくんに肩を貸しながら、数人の兵と一緒に治療に専念しているウサト君の護衛に徹している。ウサト君の肩には団服で拘束された黒騎士がおり、その状態で彼が何食わぬ顔で騎士達を凄まじい速さで治療しているのは中々にシュールな光景だ。
「聞かせてくれ、ウサトくん。君が何をしたのかを」
「……分かりました、が……あまり時間はありませんよ?」
呆気なく黒騎士を拘束してしまったウサト君。
彼がしたことは単純な格闘戦。―――いや格闘戦というにもおざなりなものだった。だが、着眼する所はおざなりとかそういうものじゃない。
黒騎士の能力をウサト君は全く意に介していない事だ。
「先輩、僕は特別難しい事はしていません……てか、自分でもどういう訳か分かりません。逆に僕なにしたんですか……」
「いや逆に聞かれても……私にはただ君が殴ったり蹴ったりしているとしか見えなかったんだが……」
どんな攻撃も相手に返してしまう驚異的な能力を持つ黒騎士。
その鉄壁の防御力とカウンター性能は、歴史でも類をみない危険な魔法。
だがそれがウサトくんの拳により破られた。彼自身は黒騎士の能力を突破した理由は分かっていない。だからこそ、どれだけ異常な事をしでかしたかを理解していないのだ。
「いえ、僕は治癒魔法をかけながら殴りましたよ?」
「……うん?」
治癒をしながら殴った……?
「それじゃあ意味がないんじゃ……結局相手も治っちゃうわけだし……」
「はい、全く以て意味ありません。だからこいつが何で怪我しているのかも分かりません」
彼の肩の上で絶句している黒騎士に視線を向けながら、ため息を吐くウサトくん。
そもそも殴りながら治すっていうのは意味が分からない。相手を傷つけたくないと思うというのはウサトくんらしくてすごくそそられるが、それだけじゃ答えにはなっていない。
ウサト君は、私が何を考えているのかを察してか続けて言葉を紡ぐ。
「相手を気絶させるぶんなら、殴りながら治せば大丈夫、とローズに言われて。……僕はビビりですから、相手に怪我させるのは嫌なんです」
「ん?んんん?ウサトくん、何か違う気が……」
「え?何かおかしい所が?怪我自体は治っちゃいますが、痛みとか衝撃とかは通じますから的確に気絶させれば、僕も相手を傷つけずに動けなくすることができるんですよ。まあ、今回の戦いで何回か撃退の為に使ったんですけど……あ、これは僕の我儘みたいなものですから、別に不殺を貫いている訳ではありません」
ウサト君……。君、なんだかすごく毒されてる。私が言うのもなんだけど、この世界のヒャッハーな部分に毒されているよ。
「……ふむ」
殴りながら治す。
傷つけられたら返す鎧。
ウサトくんと黒騎士、二人の魔法に関係があるはず。
彼は殴っただけ。
『殴りながら治す』
そんな技、役に立つのか!?と誰もが思わず問いたくなる奇天烈なパンチだが、ウサトくん自身はかなり真面目にやっている。かなり曲解したものだが、敵を傷つけずに無力化するという意思で繰り出す技であるからその過程において、いくら殴ったり蹴ったりしようが最終的に治ってれば問題ないということなのだろう。まさにぶっ飛び思考である。変態的と言っても良い。
「先輩。今、失礼なこと思いませんでしたか?」
「い、いいやぁ?」
彼の拳が無敵の鎧を突破した理由は、恐らく黒騎士の鎧の特性にあると考えてもいいだろう。
あくまで仮説だが、攻撃を反射する条件は、鎧に傷を刻み付けられること。打撃や斬撃を食らわすと必ずと言っていいほど傷が刻み込まれる鎧。その傷を使用者である黒騎士が認識さえすれば、その傷を相手に返すことができる。私自身、身を以て体験したから分かる事だ。
事実、私が返された胸の傷は数秒ほどしてから返された。つまりオートではなくマニュアルで発動させるタイプだろう。
しかしどちらにせよ厄介極まる無敵の鎧だが、穴があった。
治癒魔法は生物を治癒させる能力だ。
黒騎士の鎧が無機物だったなら、意味を成さなかっただろうが、黒騎士によって生成された魔力の鎧ということなら話は違ってくる。
私の推測からすると、ウサトの拳が鎧を突破する過程は三つに分かれる。
第一段階、拳が直撃すると同時に治癒魔法が発動される。
第二段階で、拳によって傷つけられた直撃部分が治癒魔法によって急速に治癒される。よって拳は鎧を治しながら突き進み、堅牢極まる鎧から、外敵と判断されなくなり容易く突破する。
第三段階、一瞬で腕に展開した治癒魔法を使いきった拳は、そのまま普通の打撃として黒騎士の生身へと直撃する。
全く以て無茶苦茶な推測だが、コートの隙間から覗く黒騎士の顔を見るに、私と同じ事を考えているに違いない。
「……流石だな、ウサトくん」
「いえ、勝手に納得されても困るんですけど……というか、コイツどうしますか?僕もいつまでもここにいる訳にはいかないんですけど」
肩にいる黒騎士を指差しながら、ゆっくりと立ち上がるウサトくん。
彼の側らを見ると、苦しげな表情をしていた兵士達が安らかな表情で横たわっているのが見える。早い、私の傷を治した時も思ったが、まるで普通の回復魔法とは次元が違う。
「そいつは恐らく捕虜として扱うだろうな」
「……酷いこととかされませんよね?」
「ロイド王はそういう事は好まないだろう」
あの優しい王様の事だ。尋問はされるかもしれないが、酷い目には合わされないだろう。
……しかしさっきからとても気になる事があるのだが―――
「君はいつまで、黒騎士、いや彼女を担いでいるのかな?」
別に下ろしても問題ないのではないのだろうか。
「この団服、戦場では目印みたいなものなんですよ。これで騎士達は僕を救命団って判断しているから……」
「なるほど、それじゃ拘束できるものを持ってこさせよう……あと……」
「あと?」
「ありがとう、来てくれて助かったよ。ウサトくんが来てくれなきゃ死んでた」
事実、致命傷だった。滅茶苦茶痛かったし、血が体から抜けていく感覚もこの先絶対忘れる事はないだろう。それに……『私はこんなところで終わるのか』という後悔の念が私の頭の中を占めた。
何も残せず死ぬのか、何もなさずに死ぬのか、ここで死んで仲間を死なせてしまうのか、こんなところで約束も守れず死んでしまうのか。
そんな考えを頭の中で何回も何回も何回も浮かべていた時に、君が現れてくれた。
「来るに決まっているじゃないですか、犬上先輩は大事な変な先輩で、カズキは僕の友達なんですから」
「………ん?」
「それより、先輩。敵が徐々に後退してます。こいつを捕まえたからかもしれませんが……あと一押しで一気にこちらが有利になります」
……今、何気に変な先輩って呼ばれた気が。
い、いや、今はそんな事はどうでもいい。それよりもウサトくんの言うとおり、こちらが押してきている。恐らく、シグルス軍団長ならば勝負に出る筈だ。
「イヌカミ様!カズキ様が目を覚ましました!」
「!」
兵士の声を聴き、私とウサト君はすぐさまカズキの傍へと駆け寄る。兵士から簡単な説明を受けたのだろう、治療された腹部をさすりながら一樹はウサト君と私に笑みを向ける。
「大丈夫かカズキ!」
「ははは、ウサトがやってくれたみたいだな……ありがとう。ホント助かった」
「すまない、私があんな無茶な作戦をしなければあんな怪我は……」
「謝らないでください……黒騎士が相手じゃしょうがなかった」
起き上がりながら剣を鞘に戻した彼は、眠気を覚ますかのように頬を叩き気合いを入れる。
「よしっ!先輩、まだ戦いは続いてます。前線へ加勢しに行きましょう!」
動いても大丈夫なのか?という野暮な事を聞く必要はないな。私の胸の傷も痛みはない事から完全に塞がっているんだ。改めて思うと本当にウサトくんには助けられてしまったな。
……傷物にされた私を治してくれた………ふむ。
「ウサトくん、これは責任を取って貰わなくちゃ―――」
「何バカなこと言っているんですか」
我ながらバカなことをウサト君に話しかけながらも、戦況を確認する。
若干だが王国軍が押している。このまま行けばこの戦いを勝利で幕引くことができるだろうが……そう簡単にはいかない。
「魔王軍に何かされる前に、手を打とう。カズキくん、行けるか?」
「大丈夫です!」
「僕は、こいつを拘束しなおしたらすぐに前線の方に向かいます」
「それじゃあ、ウサトとは一旦ここで別れることになるな」
彼には、私達とは別の意味でこの戦いに大きな意味を持つ人だ、何時までもここに縛り付けておくわけにもいかない。
彼は兵士に頼んでおいた縄を受け取り、やけに大人しくなった黒騎士を縛りあげた。
「……少し、いやすごく背徳的だね」
「そういう趣味はありませんからね」
ようやく逃走される心配がなくなると拘束に用いたコートを解く。重みを感じさせる団服をバサッと振るった彼はどこも破れていないか確認した後に、勢いよくコートの袖に腕を通し着込む。
「ふぅー、これでなんとか」
「ウサト殿、この者はどうすれば?」
「僕の一存では決められないから……シグルス軍団長に任せるしかないですね。僕は前線の方に行かないといけないので、決定が下るまで逃げられないように見張ってもらってもいいですか?」
「了解いたしました!」
兵士の一人が気勢よく返すと、ウサトくんは困ったように頷きながらも、私とカズキくんに視線を向け表情を真面目なものに変える。
「先輩、カズキ。できるだけさっきのような怪我はしないでください。僕の治癒魔法だって死人を治せるような万能なものではありません」
「分かったよ。できるだけ無理はしないようにしよう、ウサトくんも気を付けてな」
私の言葉に安心したのか、ウサトくんはこちらに背を向けながら前線の方に駈け出そうとする。私もカズキ君と共に体制を整えてから出ていくつもりだ。
「頑張れ、ウサトくん」
彼の背を見ながら、そう小さく呟きながら兵士の方に向き直ろうとした瞬間――――。
『ちょっと待て』
『ぐぇ!?』
一瞬の内に目の前に現れた翠色の美しい髪色の女性が走り出したウサトくんのコートの襟を掴み無理やり止めさせた光景が、私の視界に入り込んだ。
ここでウサトの見せ場は終わり。
次回で戦争は取り敢えずの終わりを迎えます。




