第三百十五話
二日目、二話目の更新となります。
前話、第三百十四話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
救命団の第二宿舎がとうとう完成した。
大きさとしては、第一宿舎となった僕が住んでいるところと同じくらいだろうか?
そちらには女性陣が住むことになり、第一宿舎は僕とナック、強面たちが変わらず住む。
僕としては変わらずトングと相部屋なのでそれほど大きな変化はないけど、一人部屋になったフェルムが喜んでいたのはちょっと微笑ましかったな。
先輩もようやく、宿舎に移動できて本格的に訓練に参加できるみたいだ。
『フェルム! ネア! 気持ちのいい朝だよっ! 起きよう!!』
と、いった感じに毎朝、二人を起こす先輩の声が聞こえてくる。
先輩も生き生きとしているので、彼女が救命団に入ったことはいい方向に繋がってくれたようだ。
「一緒に行く騎士たちは、外門で合流するのね?」
「うん」
「グルゥ」
そして、今日は魔王領へ派遣される日。
いつもの団服に身を包んだ僕は、ネアとブルリン、そしてナックと共に診療所へ向かう道のりを歩いていた。
「ナックとは診療所で別れることになるけど……大丈夫そうだね?」
「もちろんです! しっかりとオルガさんの元で治癒魔法を学んでいきます!!」
「その調子だ」
隣を歩くナックの頭に軽く手をのせながら僕も笑みを浮かべる。
「フェルムすごかったわねー」
「ですね。必死さがすごかったです」
ネアとナックがどこか遠い目をする。
ああ、宿舎を出発する前に救命団のみんなが見送りに来てくれた時の話か。
ローズと強面どもは相変わらずだったが、フェルムは……。
『ネア、ウサト、頼む。行くな、行かないでくれぇ。ボクをおいてかないで……』
『フェルム、あまりウサト君を困らせちゃ駄目だよ?』
『今、ボクを困らせてんのはお前だァ!!』
ローズと先輩と一つ屋根の下というある意味で壮絶な環境に置かれることになったフェルムが若干幼児退行するという珍事が起こった。
「単純に素直になれないだけだから、心配はないと思うよ?」
「まあ、そうでしょうね。あの子、中々ひねくれてるしスズネ相手に素直になれないのよねー」
「あー、なんとなく分かります」
ネアだけではなく、ナックも納得した表情を見せる。
先輩とフェルムに関してはそれほど心配はしなくとも大丈夫だ。
今は自分のするべきことに集中しなくちゃな。
「あ、おーい! ウサトくーん!!」
診療所に到着すると、建物の前で待っていたウルルさんとオルガさんが手を振っている。
ウルルさんは灰色の団服を着て、荷物の準備もできているようだ。
「オルガさん、ウルルさん、おはようございます」
「おはよう。天気が良くてよかったよ」
「おはよっ!」
元気な挨拶を返してくれたウルルさんがナックへと顔を向ける。
「ナック君、私が留守の間、お兄ちゃんのことよろしくね!」
「はい!」
「お兄ちゃんが餓死しないように気を付けてね!」
「頑張ります……! 自炊は得意です……!」
「ちょっと待ってくれ。どうして僕が何も食べない前提なのかな?」
相変わらずの過保護さを見せるウルルさんに思わず突っ込みを入れるオルガさん。
さすがに冗談のつもりだったのか、いたずらっ子のように笑った彼女は荷物を持つとそのままナックと入れ替わるように移動してくる。
「じゃ、行ってきます! お兄ちゃん!!」
「ああ、いってらっしゃい。ウサト君、ウルルを頼むよ」
「任せてください……!」
ナックとオルガさんに別れを告げ、新たにウルルさんを加えて外門へと向かう。
早朝なこともあり、人気のない街を進みすぐに外門へと到着するとそこにはアルクさんをはじめとした五人の騎士がいた。
魔王領までの移動は馬で向かうようで、アルクさん達のそばには8頭の馬がいる。
恐らく、僕とウルルさんの分の馬だろう。
「おはようございます!」
「おはようございます、アルクさん。魔王領への道中は馬ですね」
「ええ、馬車で向かうには未だに危険が付きまとうので、馬での移動となります」
まあ、実際に魔王領に行ってみた身からしてもまだちゃんと道も整備できていないだろうし、しょうがない話なのは分かっている。
「ねえ、貴方馬乗れないわよね? どうするのよ?」
「フッ、ネア。それについては抜かりはない」
「まさか走っていけば問題ないとか言わないわよね?」
「……」
「え、図星なの?」
笑みのまま固まる僕に呆れた視線を向けてくるネア。
いや、馬に乗って走るくらいなら僕が走った方が断然楽だし。
そろそろ馬に乗れるようにならないとな……魔王領で練習しようかな。
「ウサト君、安心して。私、馬に乗れるから!」
「はい?」
「後ろに乗ってもいいよ!!」
サムズアップをしてそう言ってくれるウルルさんに頬が引きつる。
そ、それはある意味かっこ悪いというか、精神的に情けなくなってくるやつだと思うんですけど。
「ウサト殿が馬に乗ることができないことは私もよく理解しております」
「あ、アルクさん……」
「実はローズ殿に頼まれ、あるものをこの場に持ってきておりまして……」
そういったアルクさんは、近くの木箱から鞍を取り出す。
しかし、それは普通の馬用の鞍と比べてサイズ的に二回りほど大きい。
「ブルリンのために作られた専用の鞍です」
「おお!」
「グルァ……!」
「馬以上に心を通わせているブルリンならば、問題ないかと思われます」
自分用に作られた鞍を見てこころなしかわくわくしたように目を輝かせるブルリン。
こういうのって普通嫌がるんじゃないかな? と思うが、以前も救命団仕様のベルト巻いてたし、結構気に入っていたのかもしれない。
早速、ブルリンの背に鞍をのせ、締め付けない程度にしっかりと固定させる。
「大丈夫か? ブルリン」
「グァァ!!」
平気だ! と言わんばかりに僕の足を殴りつけるブルリンに頷く。
これなら大丈夫そうだ。
早速、その背に乗ってみると固定された鞍に取っ手があり、そこを掴んで乗るようだ。
「馬に乗れないのに、ブルーグリズリーには乗れるってなんだか滅茶苦茶な話ですよね……」
「クルミア。この程度で驚いていたら、先が思いやられるぞ?」
「アルク君は慣れすぎだと思うのですが……!」
中々の安定感だ。
しかし、ブルリンの背に乗って走ったことは何度かあったけれどこうやってちゃんとした感じで乗るのは初めてだな。
「思えば、君を僕の背中に乗せて走った時の方が多かったよな……」
「グルァー」
「ああ、頼むぞ、相棒……!!」
「これツッコミどころかしら?」
これで出発の準備は整った……!!
「アルクさん、ニルヴァルナの方々との合流場所は魔王領に入る橋でいいんですね」
「ええ。合流次第、魔王領へと入り野営を行った後に、中央都市ヴェルハザルへと向かうことになっております」
魔王領に到着するまで、休憩込みで約一日。
ニルヴァルナの方々とも交流しながらの移動となるのだろう。
これまでの旅と比べればあっという間だけれど、本番は現地についてからだ……!!
「待ってろよ、魔王領……!!」
「グルァ!」
この世界で僕がやると決めたこと。
それを実行するために、今魔族たちが住む場所へと出発する。
●
戦争が魔族の敗北で終わってからというもの、予想に反して魔族の扱いはそれほど悪くはならなかった。
それは今、人間たちが魔族という種族を計っているということもあるだろうけど、ある程度の物資もリングル王国を通して送られてきているし、以前よりは生活に困窮することはなくなってきた。
……まあ、それでも僻地あたりとかは未だに状況は変わってないけれども。
「ま、私には関係ないんですけどねー」
第三軍団長という肩書は最早過去のもの。
まだ役職こそは確定していないが、私はアーミラさんに言われたとおりに馬車馬のように働かされながら、この薄氷の上にある平和の中を生きていた。
ぶっちゃけると平和である。
少なくとも面倒な戦いなんてしなくてもいいし、ある程度の休憩もあるので趣味にも没頭することができる。
「お呼びでしょうか、魔王様」
「忙しいところにすまないな、ハンナ」
いつも通りにリングル王国側から送られてくる物資とその分配に関する書類をまとめようとしていた私だが、突然魔王様に呼び出されてしまった。
なにか大事な要件だろうか?
魔王様の雰囲気からして私が何かをやらかしたというわけではなさそうだけど……。
「此度、リングル王国、ニルヴァルナ王国から追加の人員がやってくることは聞いているな?」
「はい。魔王領の監視、及び報告などを任された者たちですね。こちらの活動を手助けするとも聞いておりますが……」
「その通りだ。何分、我々には人手が足りんからな。“魔物の領域”の開拓もあることを考え、人間側からの実力者の手も必要になってきたというわけだ」
魔物の領域、魔物が多く生息する場所。
魔王領とは比べ物にならないほどの魔物が生息し、その中には未だに住む人間すらいないという魔の領域。
獣人の国との間にある場所ということもあるので、両国をつなぐためにも開拓は必要な場所とは聞いていたが……まさか、人間の手を借りることになろうとは。
「ということは、リングル王国からはそれなりの力を持つ者がやってくるということでしょうか?」
「ああ。少なくとも軍団長と渡り合える程度の者がやってくる」
これは、勇者かな?
リングル王国からとなればそうとしか考えられないだろう。
……。
いや、いやいや、あれは救命団とかいう組織にいるし、そうそうやってこないだろう。
話に聞けば、副団長とか生意気に重大な地位にいるらしいし?
「フッ」
「え?」
今、魔王様笑わなかったか?
冷笑とかそういうのではなく、愉悦っぽい感じで。
怪訝な顔をする私に、魔王様は手を軽く翻す。
「気にするな。それでだ。明日、その人員がここにやってくる。貴様には、その者たちの補佐を任せようと思ってな」
「補佐、ですか? 構いませんが……」
まあ、別にかまわないけど。
でも私って戦争でリングル王国側の兵士を操って同士討ちさせたりしちゃったので、あまりいい人選ではないような気がする。
「なに、そこまで難しいことをする必要はない。ここの勝手を知らない奴に、色々と教えてやればいい」
……奴?
魔王様が勇者をそんな気やすく呼ぶだろうか?
愉悦に満ちた顔を隠そうともしないまま、魔王様はひじ掛けに肘をつきながら、楽し気な笑みを浮かべている。
「魔王様」
「なんだ?」
「やってくる人員を率いる者は……治癒魔法使いでは、ないですよね?」
返ってきたのは、笑み、であった。
傍らで無言で控えていたシエルもやや引くくらいの清々しいくらいの笑みだ。
「なんであの人ここに来ようとしているんですか……?」
声をこれ以上なく震わせながら尋ねると、すぐに答えてくれる。
「魔族の未来のためには奴の存在が不可欠だからだ。一応、言っておくが嫌がらせのためにお前に補佐を任せるわけではないぞ?」
「そ、それは分かっていますが……」
「コーガとアーミラを除いて、奴と自然体で関われるのはお前だけだからだ」
その言葉に私はなにも反論することができなかった。
そもそも魔王様の指示に逆らうことなんてできないし、確かに人選には納得もできる。
コーガ君は、仕事そっちのけであの治癒魔法使いウサトに勝負をふっかけにかかるだろう。
アーミラさんとネロさんは、そもそも別の作業で手を離せず忙しい。
「はぁ……」
とぼとぼと街の中を歩きながら、頭を痛める。
明日、ウサトがやってくる。
その事実は魔族にとっても様々な衝撃を与えるだろう。
そういう意味でも、魔王様は彼の来訪を許可したのだろうが……まさしく劇薬そのものだ。
「あ、ハンナさーん!!」
……うるさいのが来た。
手を振りながらこちらへやってくる小柄な少女、ノノ・ヘレステアがこれ以上になく鬱陶しい笑顔でやってくる。
「いやー、お元気ですか!! え!? 私は元気ですよ!? ショーンと一緒に毎日物資の配達とか頑張っていますし! いやー、最近は食べ物も回ってくるようになっていいですね!!」
「……」
もう黙れという気分にもなれずにノノを無視してそのまま先へ進む。
ある意味でこれはいつものやり取りみたいなもので、ノノも私に並ぶように歩いてくる。
以前までなら上司として追っ払えたが、今は魔王軍もなくなり立場としては、ほぼ同じようなものになってしまった。
「なにかあったんですかー?」
……そうだ。
このまま私一人で応対するのもいいが、ここでもう一人巻き込むのもありかもしれない。
「ノノ」
「はい?」
「ちょっと仕事を手伝っていただければ、ご飯を奢り———」
「やります」
相変わらずちょろくて安心する。
しかし、この無警戒さでよくここまで生きてこられたなと思う。
「……ッ」
ノノの姿をかつての妹の姿と重ね合わせてしまったことに、自己嫌悪に陥りながらもう一度ため息をつく。
気が滅入っているときにもっと気が滅入ることを考えてしまった。
今日は明日のために、さっさと休もうかな。
ノノに迫るリングル王国の影……!(天丼)
次回の更新は明日、18時を予定しております。




