第三百十三話
お待たせしました。
第三百十三話です。
申し訳ありません。
今回も一話のみの更新となります。
ウルルさんが魔王領への派遣に参加することを了承してくれた。
彼女の明るさと、コミュニケーション能力の高さは群を抜いて凄いのできっと魔王領にいる人々に対しても本領を発揮してくれるはずだ。
ナックも診療所でオルガさんを助けてくれるというので、彼についても安心して任せられる。
「じゃあ、先輩。この先の団長室に団長がいるので頑張ってください」
「ねえ、ちょっと待ってウサト君ッ!?」
今日は先輩がローズと顔を合わせる日だ。
先輩を救命団宿舎にまで案内した僕は、とりあえず彼女をローズの待っている団長室にまで案内する。
「先輩、安心してください。団長は人を見る目は確かです」
「それは分かるけれども……」
「あの凶悪な面を持つ強面共に人間としての善性を見出すほどです」
『聞こえてっぞォ!! 化物ォ!!』
『テメェもそう変わらねぇだろ!!』
廊下で偶然通りがかったミルとグルドがそんな文句を言ってくるが、今更化物呼ばわりなど僕には毛ほども通用しない。
「団長なら、きっと貴女のことを認めてくれるはずですよ」
「きゅん」
「……なんですか、今の音?」
唐突に訳の分からない擬音を口にする先輩。
「私のこの胸のときめきを音にしてみた」
「ぞわっ。はい、今のドン引きを音にしてみました」
「……流石だね……!」
「貴方達の会話を聞いていると、知能が下がってくるような気がするわー」
この応酬よ。
僕と先輩のやり取りを見ていたネアがげんなりとした様子でそう呟く。
「アドバイスすることと言ったら……」
「うんうん」
「目を逸らさないことと、死んだふりをしないこと。それと……背中を見せて逃げないことですね」
「それクマと遭遇した時の対処法だよねっ!?」
「彼女の場合あながち間違っていないのがアレよね……」
ネアも神妙な顔をして頷いてくれている。
ようは、ローズとしっかりと向き合える胆力さえあればいいのだ。
顔を合わせた時点で逃げ出したり、ビビって目を逸らすようだったら駄目だ。
「先輩、団長に嘘は駄目です。あの人、地獄耳と直感だけでこちらの思考を正確に読み取ってくるので下手な小細工はなしで思い切りぶつかるべきです」
「う、うん」
「そして、今この会話も聞いているかもしれないので、今日か明日くらいに僕がボコボコにされていても気にしないでください」
「いや、気にするよ!?」
「大丈夫。いつものことですから」
「君は私を励ましたいのか、不安にさせたいのかどっちかにしてくれないかな!?」
まさか、そんな意図は欠片もない。
「この調子なら大丈夫でしょうね。ははは」
「じょ、冗談? 冗談なんだよね?」
「……。じゃあ僕は訓練場にいますから」
「せめて答えてから行ってくれないかな!? 行くけれども!!」
あたふたとしながら団長室へ向かっていく先輩を見送る。
多分、結構長くなるんだろうな。
ローズにとっても、先輩の人となりを知る機会でもあるし。
「スズネ、大丈夫かしら?」
「フッ、先輩だぞ?」
「不安になったわ」
心配はいらない的なニュアンスで言ったのだがどういうわけか不安にさせてしまった。
いつも思うけど、言葉って難しい。
「さて、僕達はいつも通りに訓練だ」
「はぁ、慣れてきちゃってる自分がいるのが嫌だわー」
今日はナックも診療所の方に行っているので、ネアとフェルムがサボらないように見張りながら自分の訓練をしていこう。
●
宿舎の外へ出ると、その隣には新たに作られるもう一つの宿舎が形になってきているのが見えた。
造ってくださっている大工の皆さんに挨拶をしながらも、ネアとフェルム、そして厩舎から連れてきたブルリンと一緒に訓練場へと移動する。
「ブルリン、お前も今のうちに動けるようにしておかないとな。放っておくとお前、丸くなるんだから」
「グアァー!」
「成長してる? 本当かなぁ?」
僕の足を叩きながら抗議してくるブルリンに苦笑いしていると、ブルリンの隣を並ぶように歩いていたフェルムが不機嫌な表情を浮かべていることに気づく。
「フェルム、まだ拗ねてるの?」
「……。拗ねてない」
めっちゃ拗ねてるじゃん。
魔王領に連れていくことができないと聞いて不貞腐れてしまったフェルムにどうしようかと悩む。
そんなつもりはないんだけど、自分だけ除け者にされていると思っているのかな……。
僕としては魔族とあまり打ち解けていない時点で、こちら側にいるフェルムを近づけるのはあまりよくないと思っていたんだけど。
「分かってる。魔王領に攻め込む時とは事情が違うんだろ……ちゃんと分かってる」
「なら、そんなムスっとした顔やめなさいよー」
「うるさいぞ、ネアっ!」
茶化すネアを怒るフェルム。
こればかりはしょうがないので、我慢してもらうしかない。
「これから魔族と人間の関係がよくなってきたら、君も魔王領に行くことができるだろうからそれまでの辛抱だよ」
「ああ、心配するな。そこまで我儘は言わない」
……やけに素直だな。
少しばかり声も棒だった気がするし、一応注意してみるか。
「……勝手について来ようとしたら駄目だからね?」
「……」
「おい、目を逸らすな」
ぎくりと肩を揺らして視線を逸らすフェルムに、ジト目を向ける。
この子が本気でついてこようとしたら気づけない可能性があるからな。
「本当に頼むぞ? これも君の為なんだからな?」
「……チッ、分かったよ……」
油断も隙もないなおい。
そんなやり取りを交わしながらも訓練場に到着した僕達は、そのまま準備運動を済ませる。
「よし、今日は前々からやりたかった訓練をしようと思う! ネア、フェルム、今のうちに言っておく!!」
「なによ?」
「また変なことしようとしてるなこいつ……」
嫌そうな顔をする二人に僕は首を横に振る。
「今回の訓練で君達は僕のサポートに回ってもらう。残念ながら、君達が鍛えることはでき——」
「そういうことは先に言いなさいよ」
「そうだぞバカ野郎」
このお調子者共……。
この訓練が終わったらブルリンと一緒に走らせようか。
「よし、まずはフェルムが僕と同化する」
「ああ」
「ネアが僕の肩に乗る」
「ええ」
慣れた様子でフェルムが僕と同化し、フクロウに変身したネアが肩に飛び乗る。
よし、ここまでがいつものコンビネーションだ。
僕が考えていたのはここからだ。
「フェルムが僕の身体を動きづらくするように縛り付ける」
『……ああ』
闇魔法がベルトのように変化し、僕の身体に巻き付く。
「ネアが拘束の呪術で僕を縛り付ける」
「……ええ」
さらにその上から全身を拘束の呪術が覆う。
「そして、ブルリンが僕の背に乗る」
「グァー」
最後にがばっ、とブルリンが背中に飛び乗ったことで猛烈な負荷が身体にかかる。
身体からギチギチと音が鳴り、拘束の呪術が軋む音が鳴る。
「これで完成だ……! この姿をなんと呼ぶべきか……!」
『バカでいいんじゃないか?』
「変態でいいと思うわね」
聞こえんな。
よし、この姿を強化ギプス形態とでも呼ぼう。
「ハッ、これを相手に打ち込めば、動きを止めながら気絶させることができるんじゃ……!?」
『おいネア!? こいつまた変な技考えつこうとしてるんだが!?』
「普通に拘束の呪術をかければ済む話じゃない……」
しょうがないといった様子で声をかけてくるネアにニヤリと笑みを浮かべる。
「フッ、拘束の呪術だけじゃ抜け出される可能性があるからね。その上でフェルムの闇魔法で縛り付け、さらにその上に——」
「その上に?」
「同化したブルリンを乗せる」
「グァ!?」
「貴方、平気で持ち上げてるけど、ブルリンって相当な重さなのよ……?」
拘束の呪術が意味を成さない=それだけの耐久力とパワーを持っていると見てもいいからね。
それだけすれば動きも止められると言うことだ。
それはともかくとして……。
「よしッ、このまま街に行くぞ!!」
『ちょっと待て!!』
「待ちなさい! このおバカ!!」
「僕は止められない!! 行くぞ、ブルリン!!」
「グアァー!!」
ぬぅ、やはりここまで身体を固められれば動きにくい!
しかし、この負荷が僕を前に進めてくれる……!!
●
私が最初にローズさんに抱いた印象は、意志の強い人というものであった。
自分を曲げることのない確固たる意志の強さ。
『ロイド様からの推薦もあるが、今この場においてはそれは関係ねぇ。私のこの目で、お前という人間を見ねぇと始まらねぇしな』
勇者として戦ってきた私でさえも気圧されそうな瞳。
あのウサト君の上司であり、常識外の治癒魔法使いの原点でもある彼女の威圧に私は、薄ら寒いものを抱きながらしっかりと彼女と向き合う。
『私はお前の救命団入りに反対しているわけでもねぇ。入りてぇ奴がいるなら拒まねぇし、出ていきたい奴がいるなら勝手にさせる。……まあ、うちはそんな場所だ』
救命団の大変さは城の方にもよく伝わっている。
そんな場所で鍛えられたのが、救命団に所属するウサト君を含めた超人集団。
ナック君という例外こそいるが、いわば彼も未来の超人候補だ。
『勇者がどうだか私には関係ねぇ。ここに入るってんなら、お前はうちの団員だ。撤回するなら、今の内だぞ?』
その言葉を聞き、試されていると直感的に理解した。
この答え次第で、ローズさんが私に対する評価を決める。
それを理解した上で私は一切怖気づくことなく、彼女の瞳を見つめ返し、しっかりと自分自身の———救命団という環境に入る覚悟を口にしたのだ。
それから先はあっという間だった。
『新しい宿舎ができたら荷物纏めて来い。必要なことはウサトに聞け』
とりあえず、認められたのだろうか……。
私としては不安な気持ちがあったけれど、とりあえずは救命団に入る許可はいただいたようだった。
「き、緊張したぁ……」
救命団の宿舎を出た私はウサト君達のいる訓練場へと向かいながら、ついさきほどのローズさんとの面談を思い出しながら、安堵に胸を撫でおろす。
本当に緊張した。
もう威圧感もすごいし、ただそこに座っているだけでも空気が張り詰めているようだった。
「ここが私の新天地ってところかな」
勇者としての肩書はそう簡単になくすことはできないけれど、これからは正式な救命団の一員になれるように頑張っていこう。
そう考えながら訓練場へと進んでいくと、ふと背後から見知った気配が近づいてきていることに気づく。
「ん? ウサト君? 走り込みかな?」
すぐにその気配がウサト君だと気付いた私が後ろを振り向くと———そこには、全身を真っ黒なベルトに巻き付けられ、その上紫色の光る文様に包まれたウサト君が、その背にブルリンを背負いながらこちらへ走ってくる姿が視界に入りこむ。
「ええ!?」
「あ、先輩! 団長との対談は終わったんですか?」
「ウサト君、どうして見た目がそんなカッコイイことに!?」
『こいつの感性やばすぎだろ』
「街の人たちでさえも二度見したこのウサトにカッコイイって言葉が出る時点でやばいわね、こいつ」
全身を縛り付ける魔術と闇魔法。
そして背にのせているブルリンの重さによる負荷。
まさしく、彼が自分を追い込むための姿ではあるが……逆を言えば、これ以上にない訓練方式とも言えるだろう。
同化を解いたウサト君に、私が無事に救命団員になれそうなことを話す。
「新しい宿舎が出来次第、先輩がそこに住むって感じですか。それなら、ネアもフェルムも同じかな?」
そう訊くとフェルムは少し嬉しそうに頷く。
一方のネアは苦々しい顔をしている。
「とうとう、ボクも一人部屋ってことか」
「この子を一人部屋にするのは不安しかないわ……」
「ネア、子供扱いするな」
「普段の貴女を見ればするわよ。一人でも大丈夫かしら、この子……」
ものすっごい心配されているなぁ。
私生活はちょっと子供っぽいのかな? フェルムって。
その点、ネアはしっかりしてそうではあるね。
「宿舎の方は結構早くできるらしいので、早めに準備をしておいた方がいいかもしれませんね」
「そのようだね」
魔法も合わせての建築だから、作業スピードも段違いで早い。
なので私も準備を早めにしなくてはいけないわけだけど……着替えとかその辺でいいのかな?
私物はあまり多いほうでもないし、荷物の準備自体はすぐに終わりそうだ。
「多分、僕が魔王領に派遣されるちょっと前くらいには完成した姿を見れるかもしれません」
「あっ、そっか。ウサト君は魔王領への派遣が決まってたね」
「はい。そのせいで先輩と訓練をすることはできませんが……」
「重大な使命だ。気に病む必要はないさ」
軽く笑みを浮かべ、首を横に振る。
彼のこれからしなくてはいけないことは私もよく分かっている。
私としてもウサト君のことを邪魔したくないし……なにより、これから私が所属する場所はウサト君の帰る場所でもあるんだ。
「私は君の帰りを待つよ。大切な友人としてね」
「先輩……ありがとうございます」
「フッ、礼には及ばないさ」
私も晴れて救命団。
まだまだ見習い扱いだろうけど、心機一転していこう。
「おい待て」
「うん? どうしたフェルム」
「どうしたのかな?」
しかし、そこで何かに気づいたのか隣を歩いていたフェルムは、やや声を震わせながら私を指さす。
「まさかボクはこいつと二人で訓練することになるのか?」
「あ、なるほど」
ウサト君もネアも魔王領に行ってしまうとなれば、必然的に同じ寮には私とフェルムだけが住むことになる。
……ふふふふふ……ッ!
「よろしくね! フェルム!!」
「ボク、嫌なんだが!? う、ウサト、今からでも考えを改めてボクを連れてけぇー!!」
私のノリに拒絶反応を示すフェルム。
いやよいやよも好きのうちという言葉もある!!
それを私はツンデレと断定する!!
「これから楽しみだねっ! 一つ屋根の下だよっ!!」
「ひぃぃ!?」
「……ウサト、いいのあれ?」
「先輩も分かってやってるから冗談だよ。……多分」
とにかくとして、これから私の救命団員としての日常が始まるという訳だ。
これからよろしくねっ! ウサト君!!
先輩が後輩になるお話。
ついに鍛えられたリングル国民たちが二度見するほどの、ウサトの訓練姿。
見た目は黒いベルトを全身に巻き付けた不審者そのものでした。




