第三百十二話
お待たせしました。
第三百十二話です。
今回は一話だけの更新となります。
魔王領へ一緒に行くメンバーについてだが、まずブルリンは確定していた。
ブルリンがいてくれると僕も色々と助かることもあるし、なにより魔族にとっては人間よりも魔物の方が近しい存在っぽいのでブルリンがマスコット的な存在になってくれるかなーっという考えもあったからだ。
そして、もう一人のメンバーはローズにより推薦されたウルルさん。
彼女にはローズから話がいっているとの話だが、まず僕から話を通さなければいけないと思い、今日は彼女のいる診療所へと足を運んでいた。
「ナックは診療所には来たことがあったんだっけ?」
「はい。何度か」
それと、今日はウルルさんとは別件でナックも連れてきている。
「じゃあ、雰囲気とかはなんとなく分かっているようだね」
「はい、オルガさんもウルルさんもすっごく優しくて、新参者の俺に親切にしてくれました」
ウルルさんはナックのことを可愛がっていそうだもんなぁ。
「なんだか不思議な感じです」
「ん? なにが?」
「こうやって、街を歩いていることです」
「ははは。そうだね、僕達の場合は逆に驚かれるくらいに珍しいことだと思う」
ナックの言葉に苦笑する。
救命団=走る、みたいなイメージだから走っていないと驚かれたりするのはよくあるのだ。
「僕は普通に走ってたら驚かれるくらいだよ」
「え、なんでですか?」
「ブルリンを背負ってないから、だって」
「あっ、ブルリンとセットなんですね……」
なんだかリングル王国の名物扱いされなくもないよね。
クマを背負って走る男、的な感じで。
「ナックは……」
「はい?」
不意に、隣を歩くナックを見て彼の境遇を思い出す。
思い出して、少し躊躇してから思い切って聞いてみる。
「家族からは連絡とかは……来てないのかな?」
「……」
貴族としての両親。
彼を魔法の才だけでないがしろにし、ルクヴィスの学園へと送り込んだ人たちだ。
「手紙が、来ました」
「……あまり、良い内容じゃなかったみたいだね」
無表情というより、やや暗くなったナックの顔を見て察する。
「こちらの近況を気にしているようでした。救命団で、何をしているだとか、魔法はどれくらい上達したのかって……」
「それは……」
「分かってます。多分、そういうことなんですよね。ちょっと期待はしましたけど。あの人たちは、変わってない」
治癒魔法使いの認識が変わってきている。
その発端になったのは救命団であることは自覚しているが、ナックを通じて救命団の内情を探ろうとでもしていたのだろうか?
純粋にナックのことを心配しての手紙だとは思いたいけど……ナックの表情を見る限り、その可能性は低そうだ。
「心配の言葉もなかったんですよね。最初から、救命団で何をしている、だとか。治癒魔法はどれほどのものになったのかって。ただ聞きたいことだけを書き連ねて、俺からの返事が返って当然だと思ってる」
「……」
辛すぎるな……。
力なく笑うナックの頭に僕は軽く手を乗せる。
「じゃ、お望み通りに君の実家に乗り込んでいくか?」
「えぇ!?」
「救命団の内情がお望みなら、しっかりと見せつけてやるってのも手だよ。主に強面達を前面に押し出せば、文句も干渉もなくなるだろ?」
まあ、さすがに冗談だけれども。
でもローズからのゴーサインが出たら分からない。
「ナック。辛いことがあったら相談するんだぞ?」
「……」
「君はもう、正式な救命団員だ。何かあったら僕達が君のことを守るからな」
強面達なら、むしろ率先してナックを守りだすだろうな。
あいつら僕の時とは違って、ナックを可愛がっているから。
「貴族が相手になるかもしれませんよ?」
「団長を前にしても同じこと言ってみる?」
「相手にすらならないでしょうね。あの人たちじゃ」
即座に意見を変えるナックよ。
むしろ、団長に真正面から逆らえる存在の方が稀有な気もするな。
「あ、でも。両親の手紙に混ざって妹からも文が来たんですよ。どうやら隠して混ぜたらしくて」
「よかったじゃないか」
「はい。でも、妹には寂しい思いばかりさせてばかりで、いっそのことルクヴィスにいるミーナに妹に送ってもらおうかなって思いまして」
「ミーナに?」
「あいつ、妹とは仲が良かったですから」
この子を取り巻く状況は少しばかり複雑すぎでは?
僕がここにいる間だけでも力になってあげなくちゃな。
そのためにもまずは――、
「よし、到着だね」
この子の治癒魔法使いとしての技術を伸ばしてあげなければ。
診療所の前に立ち止まった僕は、隣のナックを見て改めてそう心に決める。
●
診療所に入ると、オルガさんとウルルさんが僕達を迎えてくれた。
診療所の奥の客間に招かれ、促されるままに席についた僕とナックの前に、優し気な雰囲気の男性、オルガさんが椅子に腰かける。
「よく来たね。ウサト君、ナック君」
「は、はい……」
「オルガさんもお元気そうで何よりです」
リングル王国にいる5人の治癒魔法使いのうちの4人がここに揃っていると聞くと、ものすごいことだなーっと今更ながら思ってしまう。
「今日の用件はウルルのことかな?」
「はい。あと、それとは別にもう一つあります」
「ふむ。……それじゃあ、ウルルが紅茶を持ってくるまで待つとしよう。その間に世間話でもしようか」
まずはウルルさんが来てからか。
まあ、それほど急いでいるわけじゃないからな……。
「会談では、ローズさんの部下達と戦ったそうだね」
「……はい。オルガさんは、彼らのことはご存知でしたか?」
「直接面識があったわけじゃないけれど、彼らのことはリングル王国でも有名だったからね」
そりゃ、ローズの部下だってんならいい意味でも悪い意味でも有名だろうなぁ。
彼らの噂についてはロイド様とシグルスさんから聞いているし。
「本当に、大変だったね」
「ええ、彼らの長所を生かし、互いを補うような連携には手を焼かされました。次に、遭遇した時に同じ手が通じるとは限りませんし……」
あれで意思を持っているのがアウルさんだけなのが驚きだ。
もし、彼ら全員がちゃんとした意思を持っていたのなら、負けていたのは僕の方かもしれない。
「はいはーい、いらっしゃーい。ウサト君、ナック君」
そんな会話をしていると紅茶を用意していたウルルさんがやってくる。
僕達に紅茶の入れたカップを差し出した彼女は、オルガさんの隣へと座る。
「……うん? なにか話してた?」
「いや、気にするほどでもないよ。……さて、ウルルも来たようだから、本題に入ろうか」
「そうですね」
ここに来た目的の一つ。
それはウルルさんを魔王領派遣のメンバーの一人として同行してくれるか話を伺うことだ。
「魔王領ねー、興味がないわけじゃないけど……」
「無理なら、そう言ってくれて構いません。僕としても強制して貴女を連れていきたいわけじゃありませんから」
「ごめんね。力になってあげたいけど、私もここを任されている身だし」
万全を期す覚悟ではあるが、危険があるのも事実。
そんな場所にウルルさんを無理やり連れていくつもりはさらさらない。
「ウルル、僕のことは気にせずに行ってみたらどうかな?」
「……え、お兄ちゃん、本気で言ってる? この診療所はどうするの?」
まさかのオルガさんからの後押し。
それに僕とナックだけではなく、ウルルさんも驚く。
「君はちょっと僕に過保護すぎだし、自分のことに無頓着すぎだ。いい機会だから、僕や診療所のことを考えずに動いてみたらどうかな?」
「お兄ちゃん、私がいないと衰弱しそうで不安なんだけど……」
「んー、ちょっと待ってくれ、ウルル。君の中で僕はどれだけ貧弱な人間だと認識されているのか、不安になってきたんだけど」
これは、オルガさんが過保護と思うのも無理はないな。
たしかにオルガさんは身体が弱いけれど、日常生活に影響が出るほどのものでもないはずだ。
……でもウルルさんにとっては、オルガさんは家族だからな……うーん。
「大体、いつまでも僕のことを気にしてたらいい人すら見つけられないよ?」
「その時はウサト君にもらってもらうから心配ないよ!」
「えっ?」
「……そうか、それなら心配はいらないか」
「!?」
二人のやり取りを見守りながら紅茶を口にしていたら、とんでもない流れ弾が飛んできたんだけど。
しかも特に抵抗なく、オルガさんが認めてしまったんだけど。
げ、幻聴か!? このやり取りは幻聴なのか!?
「ナ、ナック?」
「紅茶美味しいですね……ええ、美味しい……」
紅茶の一点を見つめて話に関わらないようにしてる……!?
「じゃあ、診療所はどうするの? 患者さんも来るんだし、お兄ちゃん一人だけじゃ大変だと思うんだけど……」
「まあ、その心配はあるけど。無理をしなければ大丈夫さ」
「そんな曖昧な……」
悩まし気に額に手を置くウルルさんに、困ったように笑うオルガさん。
ぼ、僕のことはともかくとして、たしかに診療所に結構人が訪れてきているらしいし、オルガさんの体調を崩さないか心配になるのも分かるな。
「お、俺がオルガさんをお手伝いします!」
「!」
「ナック君……?」
不意に僕の隣にいるナックが二人に声を上げる。
驚きの目を向けるオルガさんとウルルさんに、我に返ったナックが僕を見る。
「あ、ウサトさん……」
「いいんだ。君のやりたいことを伝えるといい。大丈夫、僕がついてるから」
本当はこの後に切り出すつもりだったけど、ナックが自分の意志で言うのならそっちの方がいい。
「お、俺は治癒魔法使いとしてはまだまだ未熟ですから、今日はオルガさんに治癒魔法について教えを受けるために、来たんです」
治癒魔法を鍛えるには僕とローズよりもその扱いに秀でたオルガさんの元が一番良い。
そう考えてナックを連れてきたけど……。
「だから、オルガさんがお一人で不安なら、ウルルさんの代わりとは言えなくても……俺が助けになればいいと思って……その」
「「……」」
「ウルルさんとウサトさんが大事な任務で魔王領に行っている間、俺が診療所でオルガさんのお手伝いをしますっ! 必要とあらば泊まり込みでやりますし、訓練もちゃんとします……!」
「「……」」
「だ、駄目でしょうか?」
自分で考え、行動できるようになったナックを見ることができて、彼の成長を強く実感することができた。
ナックの言葉を無言で聞いていたオルガさんは、同じく聞いているウルルさんの名を呼ぶ。
「ウルル」
「ナック君にここまで言われたら、私も折れるしかないかな。……ナック君!」
「は、はい!?」
突然名前を呼ばれ驚きに肩を震わせるナックに、テーブルに身を乗り出したウルルさんは彼の頭をぐりぐりと撫でつける。
「もう、ちょーっと見ない間に成長したね。そういうところはウサト君に似たのかな?」
「あ、ありがとうございます……」
ナックの成長を見て嬉し気な様子のウルルさん。
もちろん、彼の師匠である僕としても鼻が高い。
……いや、本当に成長したなぁ。
「ふふっ。ウサト君、魔王領への派遣、私も参加するからよろしくねっ!」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ウルルさんが派遣されるメンバーの一員となった。
彼女の鬼のようなコミュ力があれば、魔族の方々と打ち解けやすくなるはずだ。
まあ、それはともかくとして……。
「ナック、帰りになにか美味しいものでも食べていく?」
「え、い、いいん……ですか?」
「フッ、ネアとフェルムには内緒だぞ?」
「ウサト君ってナック君にはすごい甘いところあるよね……いや、トング達もそうなのは知ってるけど」
これは甘いんじゃない。
ナックの成長に対する正当な報酬みたいなものだ。
「ウルルさん、心配はご無用です」
「え、なにが?」
「訓練時はいつも心を鬼にしていますから」
「心配しかないんだけど……!? ナック君もこくこく頷いてるし!?」
その後、僕とナックは帰りにウルルさんに紹介された美味しいと評判の露店の料理を食べて帰った……のだが、勘と嗅覚の鋭いネアとフェルムにより、帰りに美味しいものを食べたのがバレてしまい、またひと悶着が起こるのであった。
しっかりと成長していたナックでした。
ナックもナックで結構覚悟が決まっている部分があります。
※先日、投稿させていただいた新作。
『最弱! 雑魚! ひ弱! な俺の滅多打ち奮闘記~力の基準がぶっ壊れた世界で最弱を武器にして生き抜く~』
現在、第20話ほどまでの更新が完了いたしました。