第三百十一話
昨日に引き続き二話目の更新となります。
第三百十一話です。
救命団の宿舎の増設については、驚くべき速さで話が進んだ。
ローズと話をしてから三日ほどでもう宿舎を作る準備にとりかかっているし、雇われた大工さん達が猛烈なやる気を見せて作業をしてくれている。
それなりの時間はかかるようだけど、新たな救命団の宿舎ができる光景を目にした僕は少し嬉しくなった。
そんなこんなで一週間が過ぎた頃、僕はリングル王国の城で魔王領にある都市ヴェルハザルへ派遣されることについて話を聞くべく呼び出されていた。
その際には僕の上司であるローズもついてきており、ロイド様と大臣のセルジオさんから説明を受けた。
『最初の試みであるので、期間はそれほど長くは設けることはない。長くとも二カ月ほどになるだろう。その間、おぬしには魔族、土地に関する調査を行ってほしい』
他にもしなくてはいけないこともあるが、大まかな目的としては調査と報告が目的だ。
なにせ僕はともかく他国からしてみれば魔王領と魔族は依然として朧げな存在だからな……。まずは周りに理解してもらえるように僕が率先して魔族と関わっていかなければ……。
人員については、ローズの進言により僕からでも何人か選出する許可をもらったので、出発までに一緒に魔王領に来てくれる人を探さなければならない。
まあ、そんなこんなで派遣についての話を終えた僕は、次にウェルシーさんとその部下の魔法使いさん達と共に、魔力感知について調べることになった。
「準備はよろしいですか?」
「はい」
今いる場所は城の訓練場。
周りには子供が遊ぶような黄色いボールを持ったウェルシーさんの部下の魔法使いさん達がいる。
彼女達はこれから僕にそれを投げつけて、僕はそれを避けるだけ……なんだけど……。
「では、ウサト様。目と耳を塞いでください」
「りょ、了解です」
なぜか、目と耳を塞ぐように指定されてしまったんだけど。
頭に巻くように黒い布で目元を覆い、さらに耳栓して視覚と聴覚を遮断する。
感じるのは布越しの僅かな光と、いやによく聞こえる自分自身の呼吸。
……よし。
真っ暗な視界のまま、僕は掌に作り出した魔力弾を握りつぶし――周囲に魔力を拡散させる。
「……」
範囲は約10メートル。
治癒魔法の粒子を身体で感じ取り、神経を研ぎ澄ませる。
……背後の魔力が揺らぎ。
なにかが迫ってきているのを感じ取り、一歩だけ動いてボールを避ける。
「もっと沢山投げていいですよ!」
返事は耳栓で聞こえないが、僕の声に会わせて四方八方から連続してボールが飛んでくる。
分かる。
どこから飛んできて、どれほどの速さでボールが迫ってくるのが分かる。
「治癒猫騙し!」
手を打ち鳴らし、治癒魔法を再度拡散。
目と耳を塞いでいるからか、一層に魔力感知に集中できているような気がする。
投げられたボールくらいなら、簡単に――、
「ッ!?」
余裕を以て避けようとしたボールが、空中で直角に曲がり僕へと向かってきた?!
身体を深く倒して避けはしたけど、明らかに今のボールの軌道はおかしかった!
「おっととと!?」
しかも複数!?
僕の周囲を縦横無尽に動き出すボール……いや、これは魔力弾か!?
目隠しを取りたい衝動に襲われるが、これも調査の一環だと考えた僕はそのまま続行させる。
「……!」
下から急上昇した魔力弾を後ろにのけ反り回避。
そのままバク転。地面に片手をつきながら倒れる方向を変え、着地を狙った魔力弾を避け軽くステップを踏み、状況を0に戻す。
ッ、数を増やしたか!
使うつもりはなかったけど……!!
「治癒加速拳……!」
瞬時に右腕に籠手を纏わせ、魔力の暴発を用いた移動に変える。
先ほどよりも早く、多い数の魔力弾を治癒破裂掌を用いて牽制しつつ後ろへ倒れる。
「ぬんっ!」
背中に移動させた弾力付与でバウンド――後ろに宙返りするようにして着地し、治癒転倒拳を地面に叩きつけて、さらに治癒魔法の粒子を周囲に広く拡散させ、魔力感知の範囲を広める。
やっぱり、ウェルシーさんの隣に誰か魔法を使っている人がいるな。
これだけ魔力弾を操れる人といえば……。
「……カズキ?」
そう呟くと僕を再度取り囲もうとしていた魔力弾が空中に霧散するように消える。
……終わった、のか?
ボールも魔力弾も飛んでくる気配がないことを確認した僕は耳栓と目隠しを取る。
「ああ、正解だ。さすがだな、ウサト」
「とんでもない動きしてたわね。目も耳も制限してるのに……」
なんだか頬を引き攣らせたウェルシーさんの近くに、カズキとフラナさんがいた。
いったいどういうことか? とウェルシーさんを見ると、彼女はやや申し訳なさそうにする。
「当初の実践では想定していた以上に簡単に避けてしまわれたので、丁度この場に来てくださったカズキ様にお願いしたんです」
「そうだったんですか……。どうでしたか? 魔力感知は?」
ウェルシーさんに尋ねてみると、彼女は手元の書類を捲りながら困った表情を浮かべられてしまう。
「感想としては、ウサト様が遠い場所に行ってしまわれたような気持ちです」
「なぜに……」
「見もせず、聞こえもせずに物体を感知する。これが魔力感知……興味深い、興味深いですね。……ファルガ様に事前に教えていただいてなければ取り乱すところでした」
ウェルシーさんが眼鏡を怪しく光らせる。
研究者魂に火がついてしまったか?
「全員集合です!」
「「「はい!」」」
突然ウェルシーさんが声を上げると周りにいた彼女の部下達が一斉に彼女の元へ集まっていく。
「皆さん、なにか気付いた点がありましたか?」
「すごい動きでした!」
「感想ではありません! 意見を出してください意見を!」
どうやら先ほどの僕の動きを見て、気づいたことなどを挙げているようだ。
訓練場の端っこで黒ローブの集団が声を上げている光景はシュール極まりない。
「私の魔眼では、ウサト様の魔力が信じられない速度で循環しているようにも見えました!」
「周囲に撒いた魔力に干渉されるとウサト様本人に感覚として伝わるようです!」
「カズキ様の不可思議な軌道を描く魔力弾に対応していたことから、精度もかなりのものかと……」
「いや、それは単純に彼の反射神経が凄かっただけでは?」
……白熱しているなぁ。
こういう意見を出していくことも大事なんだと思い静かに見守っているとカズキとフラナさんが傍にやってくる。
「ウサト。突然ごめんな」
「いや、僕もちょっと楽しかったし」
「楽しかったんだ……」
カズキも本気ではなかったしね。
彼が本気の精度と速さで魔力弾を操れば、目と耳を制限していた僕ではすぐに捉えられてしまうだろう。
「ウサトもなんだかすごい動きしてたよね。背中から倒れたと思ったら、いきなりその場を飛び跳ねたりしてたし」
「フッ、あれは弾力付与を用いたノーモーションジャンプ技。治癒バウンドだ」
「ねえ、この場にネアいる?」
「あの子は団長に預けてきた」
フラナさん。なぜ今ここでネアを探すのかな?
僕の治癒バウンドになにか文句でも?
「因みに足に集めて踏み鳴らすと……」
ぽーん、と一メートルほど軽くその場で飛び上がる。
僕は普段この弾力を用いて加速しているわけだが……。
「この弾力付与による防御・加速・移動・着地を魔力回しで切り替えていくことで、籠手に頼らない動きができるってわけだ」
「もう治癒魔法じゃないよね。前から思ってるけど」
一瞬、きょとんとした僕はフラナさんに笑みを向ける。
まったく、なにを言うかと思えば。
治癒魔法の魔力を使っているんだから、治癒魔法だ。
「ははは、フラナさんって面白いね」
「ねえ、カズキ!? この人怒っていい!?」
「ま、まあまあ……」
さすがに説明しておくか。
そう考えた僕は、彼女に話を切り出す。
「フラナさん、僕が色々と魔力を工夫しているのは理由があるんだ」
「そうなの?」
「ああ」
なにも考えなしに魔力の暴発や弾力付与を使っている訳ではないのだ。
僕が編み出した技のほとんどがノリとその場の勢いで編み出したようなものばかりではあるが、勿論、それに応じた使い道を考えている。
「救命団員である僕は助けを求める怪我人の元に、誰よりも早く駆けつけなければならない」
「うん」
「でも、物理的に遠い位置にいるかもしれない」
「うん」
「もしかしたら、怪我人の傍に悪い人がいるかもしれない」
「まあ、うん」
「なら、身体を鍛えるしかない」
「ごめん魔法の話だよね? 私、一つ話を聞き飛ばしたのかな?」
無意識に訓練の話になってしまった。
別に間違いでもないからいいかなって思うが、それでフラナさんは納得はしないだろう。
「つまり、ウサトは助けを求める人を確実に救うために新たな技の改良と、肉体的な鍛錬を行っている……ということだな?」
「うん、その通り。フラナさん、カズキが僕の言いたいことを全部言ってくれたようだ」
「絶対嘘だよね……」
ジト目で僕を見るフラナさんに視線を逸らしていると、ふと僕の肩に黒い小動物が飛び乗ってきた。
普段ならネアかと思うが、今彼女は宿舎でフェルムと共に訓練をしているので違う。
ふわふわの毛並みとややたれ気味の耳を持つそいつは、ローズのペットであり、ノワールラビットという珍しい魔物のククルであった。
「キュ」
「ククル、団長のところに行ってなかったのか?」
気まぐれでここまでついてきてしまったククルの顎を指で撫でる。
人が心奪われる仕草というものだろうか? 自然とそれを行い目を細めたククルに最初に反応したのは、フラナさんであった。
「え、何その子かわいい」
「気を付けたほうがいい。この子、いい性格しているから」
「キュ」
「めっちゃ君に媚売っているけど!?」
ローズの次くらいに懐かれてしまっているが、僕はこの子に騙されたのである。
「お、おいで……」
ややおっかなびっくりとした様子でフラナさんが手をククルへと向けると、その手をジッと見つめたククルは、小さな跳躍と共にフラナさんの手を足場にし――カズキの肩へと渡っていった。
「わっ、はは、なんだくすぐったいな……」
「キュ♪」
頬ずりをするククルにくすぐったそうにするカズキ。
無言のままククルとカズキのやり取りを見るフラナさんに、直感的な危険を感じとる。
「ねえ、ウサト! あの子性格悪くない!?」
「ククルが従順になるのは主である団長相手のみです。ククル、おいで」
「キュ」
僕の声にククルがこっちに戻ってくる。
ぴょーんと肩に飛び乗ってきたククルを確認しながら、軽くため息をつく。
「君にも従順に見えるんだけど」
「ははは、そう見えるだけですよ」
腹の内ではなにを考えているのか分からないから怖いのだ。
すると、カズキが未だに意見の出し合いを続けているウェルシーさんの方を見る。
「ウェルシーも元気になってくれてよかったよ」
「前までは落ち込んでいたの?」
「ああ、俺達がこの世界に残るって決めたから、な」
……そうか。
なら、ウェルシーさんには辛い思いをさせてしまったな。
僕達を元の世界に返してくれると約束してくれたのに、他ならぬ僕達が元の世界に帰ることを拒んでしまったのだから。
「……ウサト、元の世界に手紙を送れるかもしれないって話は聞いたか?」
「いや、初耳だけど。……そうなの?」
「理論上はって、話だけどな。もしかしたら違う時代に送られるかもしれないし、世界そのものが違う可能性があるって話だ」
あくまで、可能性だけだけどな、と続けたカズキに僕はふと考え込む。
元の世界に手紙……。
送れるとしたらなにを書けばいいだろうか。
「正直に書いたら、大変だよね」
「まあ、そうだろうなぁ。……いなくなった理由は書かずに、別れの言葉だけってのが一番いいと思う」
異世界に召喚されて魔王と戦ってました、なんて書けば間違いなく正気を失ったと思われるだろう。
ここは、カズキの言う通り別れの言葉だけを書き綴るのが一番いい。
「そういえば、カズキは先輩のことについてはもう聞いているの?」
「ああ、救命団への入団を希望しているってことか? それなら聞いたぞ」
「すごい思い切りの良さよねー」
先輩は既にカズキとフラナさんには話しているようだ。
この調子ならセリア様も聞いているかな?
「俺はいいと思うな。先輩って城での生活はそれほど合ってないように見えたし。……あ、いや、悪口とかじゃなくてな」
「堅苦しい雰囲気とかあってないってことでしょ?」
「そう、そんな感じ」
フラナさんにフォローされるカズキに頷く。
なんとなく分かる。
そういう意味で救命団の方があっているのかな……。
「別に先輩が勇者の任を退いたとしても、今までの俺達の関係が変わるわけじゃないから、そこまで気にしてないってのが本音だな」
「確かに、住む場所が変わるだけでそこまで大きな変化はないな……」
救命団の日常に先輩が加わるだけで、住む国とか変わったわけじゃないんだよな。
僕も少し難しく考えすぎていたのかもしれない。
「それに、先輩がウサトのところに行くと面白そうってのも本音だ」
「あ、それ分かる」
「いや、分かんないよ?」
なんだかものすごくいい笑顔で言われてしまった。
カズキに面白そうとか言われるとか、いったい何を期待されているのか地味に怖いんだけど。
先輩とウサトの置かれている状況を見て、意外と楽しんでいるカズキでした。
今回の更新は以上となります。
※新作『雑魚! 貧弱! ひ弱! な俺の滅多打ち奮闘記~力の基準がぶっ壊れた世界で最弱を武器にしていく~』
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