閑話 ニルヴァルナの暴走娘
三日目、三話目の更新となります。
今回は13章で登場したニルヴァルナの第二王子、オウカの視点となります。
ニルヴァルナは、“強さ”を重要視する国風が特徴だ。
父上も、その先代も先々代もその国風に沿った国の統治を行ってきた。
他国とは大きく異なった文化であるが、その方針でニルヴァルナは一つの国を保ってきたのだ。
「父上、此度の会談。実りのあるものとなったな」
「ああ。面白いものが見れた」
自国へと帰還し父上と共に宮殿へと向かっていた俺は、国の統治を行っていた臣下を労っている父上へと話しかける。
「魔族という種族に土地的な問題がなかったのならば、敗北していたのはこちら側というのはよく理解できたな」
「うん? そこまでか?」
俺の言葉に父上が楽し気に頷く。
「結果的に、リングル王国は最適な選択を取ったようだ」
魔族という種族の行く末を国を交えて話し合う会談。
正直、ニルヴァルナにとっては亜人差別などあってないようなものなので、魔族に対する遺恨はあれど、彼らの置かれていた現状を鑑みれば過剰に敵意を向ける必要はないと俺は考えている。
「無事、帰還してくださり本当に安心しました。父上」
宮殿の広間へと入ると、そこには一人の大柄な男が執務を行っていた。
ニルヴァルナ王国、第一王子であり、俺が尊敬する兄のリルドだ。
父上の留守の間、国の統治を任されていた兄上は、どこか疲れた様子で俺達を出迎えてくれた。
「リルド。留守の間、ご苦労だったな」
「もう……はは、当分、私は国の統治は遠慮しておきたいです」
「なにを言う? 明日にでも俺が死んだら、お前が王位を継承するのだぞ」
「父上は後、50年は生きそうじゃないですか」
軽口を返す父上に、皮肉を返す兄上。
その光景にどことない安心感を覚えながらも俺も兄上に対して声を投げかける。
「そのようなことを言うな。兄上以外に誰が王位を継ぐというのだ」
「オウカ。君に任せるよ」
「嫌だ。俺は座っているより、動いていた方が向いている。俺がするのは兄上の駒となって動くことだよ」
「調子がいいことばかりを言ってくれる……」
クマのような大きな体を落ち込ませながら、兄上はため息をつく。
「それで、俺が留守の間、何かあったか?」
「いえ、特には。えぇと、作物の収穫量も去年よりも増え……あぁ、でもセンリがまた……」
「むぅ、またか。今度は誰だ?」
「今期の拳闘大会の優勝者のタケルという者で……」
ああ、彼か。
ニルヴァルナでも有名な猫の獣人の彼が、妹に婚約を申し出たのか……。
種族の違いについてはそれほど問題視するほどでもない。
実際、この俺の名も父上の友だった獣人の名からいただいたものらしいからな。
「センリはどうやって彼を?」
「的確に顎を打ち抜き、一瞬で意識を……ね」
「我が妹ながら、怪物すぎるな……」
思わず俺も父上もため息を零す。
まさに戦うために生まれてきたような妹の戦績を思うと、将来が不安に思えてくる。
本人的にも自分より強い男を選びたいという願いもあるからか、その相手を見つけるのも苦労しているのだ。
「それで、土産話はありますか?」
「ああ、勿論だ。どれ、茶でも飲みながら話そうじゃないか」
椅子に腰かけ、兄上に会談で起きた出来事について話す。
リングル王国の勇者であり、我々の友であるカズキ。
悪魔と呼ばれる存在。
魔族の王、魔王。
リングル王国の、ウサト。
「魔王はその知啓、尊大さは言わずもがな。弱体化しているという今でさえ、強大な力を持っていることには変わりはなかった」
「父上がそこまで仰られるのなら、私もお会いしたかったですね」
楽し気に頷いた兄上。
実際、魔王と呼ばれる男は、纏っている雰囲気からして普通ではなかった。
無自覚に周囲を畏怖させる空気、とでもいうのだろうか?
とにかく、恐ろしい人物であったな。
「カズキの友であるウサト。彼は噂以上にとんでもない青年だったぞ」
「勇者と共に魔王と戦った治癒魔法使いのことかな?」
兄上の言葉に頷く。
「カズキの話そのままだった。加えて言うなら、ハイドの言葉通りといったところか?」
「ああ、彼も四王国会談の際に彼と会ったと言っていたなぁ。とても楽しそうに話していたので、覚えているよ」
書状を渡す為彼がこのニルヴァルナ王国に訪れた時に、ウサト・ケンという人物のことについては聞いていたんだ。
光の勇者の無二の友であり命の恩人、それに加え一部では名の知れていた救命団のローズの弟子ということもありそれなりに注目していた。
実際にその姿を見れば、とても噂とは異なる穏やかな印象の青年だったが……いざ、戦いに身を置けばその様相は様変わりだ。
「いやはや、感服させられた。こう、言葉で言い表すことすら難しい戦いをしていたからな」
「そこまでなのかい? 父上も?」
「おう、だがその実力を裏付けているのは、並々ならぬ鍛錬で培った肉体と精神力にある。……うーむ、なんとかセンリの婿になってはくれないかと思ったがな……」
残念そうにする父上に苦笑する。
カズキは、センリと性格的に合わないと思い会わせなかった。
いや、正確に言うにはカズキが神がかった直感でセンリと遭遇を回避していたというべきか。
「断られてしまった」
「それはそうでしょう。その場にあの子がいれば、勝手に決めるなと言って怒りますよ?」
「いや、それはない」
「ああ、父上の言う通りだ」
むしろ、勢いのままウサトに決闘を申し込んでいた可能性の方が高い。
いい意味でも悪い意味でも、妹は獣のような感覚を持っているからな……。
「そ、そこまで仰るとは……」
「センリに近い年頃で、あの子を実力で上回っているからな。なにより、熟達した治癒魔法使いだ。戦闘力を除いたとしても、欲しい人材だ」
戦場では系統強化も使っているという報告もあったので、治癒魔法使いとしても優秀。
ニルヴァルナで行っていた治癒魔法使いの育成が悉く失敗に終わった例を見れば、彼がどれだけ希少な人材かが分かる。
「ああ、そうだ。治癒魔法使いの育成方針についてだが、彼から助言をもらってな……」
治癒魔法使いであるウサトからの助言を、国の一部の執務を任されている兄上に伝えようとしたその時、宮殿の広間に並んでいる柱の影から、一人の女性が姿を現した。
母上譲りのアッシュブラウンの髪を三つ編みに結った女性、センリはどこか喜色めいた様子で俺達の前に出てくる。
「センリ、盗み聞きとはあまり褒められたことではないぞ?」
「今のお話、本当ですか?」
「……」
まずい、聞かれた。
ん? まずくはないのか? ……いや、普通にまずいな。
ニルヴァルナ側としては強引な手段を取るべきじゃない。
「センリ、落ち着け。今のはミアラークで起こったことで、こちらの話は彼には断られていることで……」
「オウカ兄様。何を仰られるかと思えば……私はそこまで無知なわけではないのですよ?」
よ、よかった……。
どうやら理性はちゃんとあるようだ。
「それで、私の善き夫はどこですか?」
「リルド、オウカ。娘はどうやら、我を失っているようだ。……後は頼んだ」
「父上!?」
「待て、父上逃げるな!!」
もう決定事項みたいなところが怖すぎる。
その場を立ち上がる父上を止めつつ、兄上と俺はセンリの説得を行う。
「ま、まだお前も18だろう? そこまで急くことはないんじゃないか?」
「18で私に土をつける戦士がハイドおじさま一人しかいないことに危機感しか抱けないのですが?」
「……」
「おじさまは既婚者だった事実に、私の心は一度砕けましたが?」
なにも言えなくなってしまった。
というより、それお前がまだ9歳の頃の話だろうが!!
「お父様!」
「……おう」
「その方の場所は?」
「リングル王国だが……彼はすぐに魔王領へと派遣されてしまうぞ?」
「では今すぐ魔王領へと向かうとしましょう!!」
「「待てぇぇぇ!!」」
俺と兄上が同時に先へ行こうとする妹へと飛び掛かり、止める。
しかし相手はおしとやかさと作法などの王族に必要な素養を全て武力へと変えた生粋の戦闘人間、男二人がかりでもその足を止めることはできない。
「兄様共! 淑女に触れるとは何事か!!」
「こういう時だけ淑女を騙るな妹よ!!」
「お前、まともなのは言葉遣いだけだろ!?」
兄上もさすがに本気ではないのだが、俺は本気でセンリを止めにかかっている。
こ、このままではセンリが魔王領へと向かってしまうぞ!?
「なにを勝手に魔王領に向かおうとしているんだ!! お前はニルヴァルナ王国の第二王女なのだぞ!! 父上ぇ! 止めてくれ!!」
「……」
あれ!? ちょっとアリかも? みたいな顔して悩んでる!?
確かに父上からすれば、それほど悪い話ではないのかもしれないが、あちら側の印象も考えてほしいんだが!?
「ならば、この第二王女としての地位、今ここで捨てる!!」
無駄に男らしく王族やめようとするな!?
「なにがそこまでお前を掻き立てるんだ!?」
「将来への不安ッッッ!!」
「真っ当な悩みを打ち明けるなァ!!」
「この不安の前には、あらゆるものが私の障害にはなりえない!! 確信した、これはまさしく運命の分かれ道……!!」
やばいな……!
そのあまりの強さのせいでニルヴァルナの戦士を殴り倒し、強すぎるせいで同性からも憐憫の眼差しを向けられてしまっている。
「大体、ウサ――」
「名は言わずとも結構! 我が運命の相手は一目見ただけで分かる!! 婚姻決闘を仕掛け、この私を打ち負かして見せた者を夫にする!!」
「ニルヴァルナの文化を外に持ち込んだらいけないって言われてるだろ!?」
しかもそれ悪質な通り魔だからな!?
相手からしたら倒したら夫にされるという恐怖の儀式だからな!?
くっ、駄目か……!!
イノシシのように宮殿の外へと向かっていこうとするセンリ。
しかし、そんな彼女の前にニルヴァルナ戦士団、戦士長であるハイドがやってくる。
「失礼します。お取込み中ですが……む?」
「ハイド! センリを止めてくれ!!」
彼なら……幼少の頃から俺達を知っている彼ならなんとかしてくれるはず……!
俺と兄上と、センリを見て彼は不思議そうに首を傾げる。
「ハイドおじさま……!?」
「おや、センリ様? いかがなさいましたか?」
「これから魔王領に向かう! 邪魔しないでいただきたい!!」
「……ふむ」
センリを止めようとする俺と兄上、そして思い悩むように目を瞑っている父上を確認したハイドは、自身の顎髭をさすると、センリへと視線を戻す。
「察するに魔王領で貴女様の善き人を探そうとしているのですね」
「分かりますか……!」
「ええ、勿論です」
さすが理解が早いな……。
そのままセンリを止めてくれ……!
「先の会談には私も護衛として同行させていただきましたが、魔王殿の護衛をしていた者は、かなりの実力者と見受けられました」
「おじさまから見ても!?」
「私から見てもです。確か、コーガと呼ばれる人物でしたか。魔族という種族の強さにかまけずに、鍛えぬいた肉体はまさしく見事の一言に尽きました」
「おお……!」
ぱぁぁ、と顔を明るくさせるセンリに、げんなりとしながら俺と兄上は立ち上がる。
相変わらずすごい力だ……。
兄上は疲れた様子を見せないが、俺はどっと疲れてしまった。
「じゃあ、早速魔王領に!」
「ですが、今は駄目です」
「どうして!?」
「旅には準備が必要だからです」
軽く深呼吸をしながらそちらを見れば、ハイドがセンリをうまく窘めている。
「貴女様が大丈夫と仰られても、周りの者はそうはいきません」
「でも……」
「急く気持ちも十分理解できます。しかし、不用意な行動で国同士の問題を起こしてしまうのは、貴女様の本意ではないでしょう?」
「……はい」
さすがはハイドだ……。
恐らく、妹をこうやって説得できるのは父上かハイドの二人のみだろうな。
落ち着いた様子で広間から出ていくセンリを見送ったハイドは、父上の方へと身体を向ける。
「申し訳ありません。出過ぎた真似を……」
「いや、構わん。娘がすまないな。ハイド」
「いえ」
「あのままでは勝手に魔王領へと向かいそうな勢いだったからな。それならば、こちらでリングル王国に打診をしておいた方がまだ問題を起こさずに済むだろう」
まさか妹が魔王領に行くかもしれないとは……。
心配だ……妹と遭遇する魔族達が……。
「リングル王国としても他国の理解があって困ることはない。我々としても、魔族の現状を知ることは避けられないことだからな」
「では、すぐに?」
「ああ、ロイドに文を送り、ニルヴァルナからも人員を派遣できないか確かめよう。……しかし、帰還して早々にする執務がこれとは……なんともいえん心持ちになるな……」
やや疲れたようにそう呟く父上。
その様子を見た兄上は、俺に振り向くと肩を竦める。
「当分は、王になりたくないな。うん」
いつもはそんなこと言うなよ、くらいの軽口を返す俺だが今回ばかりはそんな言葉も出せずに、無言のまま頷くしかなかった。
戦闘技能全振り系王女のセンリの登場。
そしてさりげなく流れ弾を食らうコーガでした。
今回の更新は以上となります。
次話から第14章へと入る予定です。