第三十五話
二話目の更新です。
倒れ伏す犬上先輩とカズキ、そして先輩に止めを刺そうとする黒い鎧を纏った騎士。あの光景とそっくりな場面を垣間見て、僕の頭は真っ白になった。
「間に合わなかった……!? いや間に合った!!」
黒騎士を殴り飛ばしたあと、すぐに犬上先輩とカズキの傍に近づいて治癒魔法をかける。
犬上先輩は胸部を貫かれ、カズキは腹部を犬上先輩と同じように剣のようなもので貫かれている。
普通なら死んでもおかしくない重傷だけど、僕なら助けられる……!
「う、さとくん。死の間際に、こんな幻覚を見るとは……あぁ、幻覚なら最後くらい私の事、すずたんって……」
「犬上先輩、思ったより余裕ですね。じゃあ、カズキの方の治療を優先させます」
「ちょっと、待ってくれ、私も相当だから、胸に穴空いちゃってるから」
この状況でボケるとか、アンタどんだけだよ。
でも、彼女の言う通り怪我も相当悪い。
普通の魔法じゃ絶対間に合わないほどの重傷………でも、これならすぐに治るだろう。まずは意識のないカズキの傷を治してから―――、
「ウサト君……後ろだ!」
「!」
先輩の声に反射的に二人を抱えて、その場から飛び去る。
治癒魔法を両腕に発動させながら自分の居た場所を見ると、そこには息を荒立たせた黒騎士が俯きながら僕のいた場所に剣を叩き付けていた。割と本気の命の危機に背に冷たいものが走る。
「あ、あっぶなー……ありがとうございます。先輩」
「いやはや、気にするな私も君に抱えられているのだ。役得だ」
「ブレねぇなアンタ」
喋る程度には回復したのか余裕が出てきた彼女は、戦場にも関わらずとち狂った発言を発する。
「なんだッ……」
「ん?」
目の前の黒騎士が、剣を振り降ろしたままボソリと何かを呟く。疑問の声を発しながら、犬上先輩から視線を変えると、俯いていた黒騎士が顔を上げる。
「なんなんだ、お前……!」
「仮面が―――」
僕が殴った黒い鎧の部分がボロボロと崩れ落ち、黒騎士の素顔が半分だけ見える。見た目と、見える範囲にちらちらと映る銀髪で人間ではない少女ということは分かる。
……それよりどうして先輩が驚いているのか気になる。
「すいません、犬上先輩と敵が驚いている理由が分からないんですけど」
「黒騎士は魔力の鎧で受けた攻撃を相手に返すとんでもない魔法を使うんだ。……私とここで倒れている騎士たちはそれにやられて……」
「なんですかソレ。反則じゃないですか……」
黒騎士を警戒しながら、倒れている兵士達を見る。全員が刃物で切り裂かれたような傷を負っていることから犬上先輩の言っていたように、攻撃を返されて倒されてしまったということはあながちウソではないらしい。
まだ息をしているから助けられる。
さすがは熟練の騎士というべきか、本当にこの世界の人はすごい。
「犬上先輩、カズキをお願いします」
「ウサトくん?」
大体の治療を終えた二人を下ろし、黒騎士を見る。
魔力で作られているということから、恐らく系統は『闇』、そして僕と同じ希少な能力を持っていて、尚且つ僕より戦闘向きということになる。
黒騎士は自分の赤く腫れた頬を押さえ、怒りに染まった瞳を向けてくる。
「………うわぁ」
これは犬上先輩とはまた違ったヤバい人だ。
どうして、熊に、蛇に、ローズの次が危ない人なんだ。
でも戸惑ってはいられない。ぶっちゃけ、戦いたくはないけど、早くしないと騎士さんたちの命が危ない。
体に治癒魔法を纏わせ一歩踏み出す。
「ウサト君!?」
「僕がアイツを抑えます」
攻撃を返してくるなら、自分の怪我すら治せる僕には関係ない。遠くに投げ飛ばすか拘束するかして無力化してやる。
「よ、よせ! いくら君でも!」
先輩の声を背に、僕は一気に黒騎士に肉薄する。
黒騎士―――否、彼女は僕めがけて鎧を変形させた巨大な腕で、横から薙ぐように振るってくる。
単調な攻撃だが、これに攻撃を跳ね返す機能がついているのだろう。
食らってしまうかもしれないが、どうせ僕にはある程度の傷や痛みは効かないから、そのまま右足で弾き飛ばす。
「ぬん!」
ぐにゃりと不快な感覚を足の裏に感じながら、腕を弾く。痛みは……ない、不発、か?
「何!?」
どうして攻撃した君がそんなに驚いているんだ……?
しかし、一向に痛みがこない。魔力切れ……という訳ではないようだけど、今は使っていないのだろうか。それはそれで好機だけど。
腕を弾き飛ばした勢いでそのままくるりと一回転して、今度は右拳を黒騎士へと振るう。防御されると思っての攻撃、本命は左だ!
「ぐぁぁっ!?」
「……あれ?」
防御もせずに右こぶしを食らってしまった。
もしかして、それほど強いやつではないのか?
いや、これも敵の作戦かもしれない。僕が攻撃している限りは相手にダメージなんて入らないんだ。一気にこの場から引き剥がす。
黒騎士の襟元の鎧を掴み上げ、適当な方向に投げ飛ばそうとすると、手の中にあった鎧の硬質な感触が消える。手元を見ると、ドロドロになった黒い液体が手から溢れ出るように零れている。なんなんだこの鎧、全く訳が分からない。
「ぐぅっ……訳の分からない奴!!」
「うわっ、と」
気付けば、別の腕が眼前に迫っていたので、その場から犬上先輩の傍にまで飛び去る。掴みは駄目、ということはこの場から投げ飛ばすのは無理だな。
それなら、動きを止めるしかない。
「犬上先輩、縛るものとかないですかね」
「ここにはそんなものは………しかしウサト君―――」
「ああ、勘違いしないでくださいね。僕、そう言う趣味ないので」
「最後まで言わせてくれ……ッ。でも何でそんなことを……?」
「……ないならしょうがない、か」
救命団印の団服を脱ぎ、襟の部分を左手で持つ。
視線は俯きながらブツブツと何かを呟いている黒騎士に固定する。
「団長、すいません」
ボソリと呟きつつコートの感触を左手で感じながら、大きく足を踏み出す。コートを持ちながら走って来る僕に対し、黒騎士は鎧を針のように変形させこちらにむかって突き出してくる。
「死ね!」
「死ねといわれて死ねるとォ!」
顔の前に掌を掲げ針を受け止める。
傷からは鮮血が噴き出すも、歯を食いしばりながらも耐えそれを掴みとり思いきり引き寄せる。
「なッ!?」
体勢を崩す黒騎士だが、依然としてこちらを睨みつけ剣を引き抜き不安定な体勢で剣を振るってくる。
「危なぁっ!」
顔面に突き出された剣を、上半身を横に傾けてスレスレで避けながら、がら空きの左脇腹に肘をぶつける。
あくまで返されても僕の行動を阻害されない程度の一撃、それほど効くとは思えないが―――。
「うぅ……ッ」
よろりと立ちくらみするように、後ろへ一歩引く黒騎士。
これは効いているのか?……こいつは強いのか弱いのか分からない。
考えている暇はないな、今はこんなに弱いと感じられても事実犬上先輩とカズキを圧倒した化物だ。回復される前に、押し切る。
左手のコートを上から黒騎士へとかぶせるように叩きつけながら、コートの両袖口部分を掴み黒騎士の身体を包み込むようにきつく縛り上げる。
「捕まえた!!」
これで無力化、攻撃して駄目なら捕まえればいい!
犬上先輩の方にコートに包まれ、顔だけ出している黒騎士を見せながら安全を伝える。
しかし、犬上先輩は、目を点にしながら固まっている。
「え!? ウサト君、なんともないの!?」
「いや特になんとも……それより、早くこの人達を治さないと!」
いまいち犬上先輩の質問の意図が分からないけど、重要なのは重傷を負っている兵士達を治すことだ。 肩に担いだ黒騎士が少し邪魔だけど、今こいつを解放させるわけにはいかないので、担いだまま騎士さん達を治療する。
「くそ!離せ!この、なんだお前!」
肩の上で騒ぐのは本当にやめてほしいが、今は我慢だ。
拘束代わりのコートごと騎士さんに渡して戦場を往くのは色々とまずい。下手すると自分がローズの部下だと認識されない可能性がある。
「何をしたんだ!」
「何したって……」
「普通なら返されない!何で!こんな簡単に……ッ」
錯乱している。
……どうやら、犬上先輩が驚いていたのは僕がこいつと普通に戦っていたことらしい。しかも今気づいたけどこの子、僕の魔法の効果を受けていない。
理由は分からないけど、それが関係しているんだろう。……多分。
「君に答えるつもりはない」
「ぐっ……」
いや、本当は理由もなにも分かってないからなんですけどね。
ただ、一つ言えることは……ローズに言われた通りに攻撃していただけだ。




