第三百二話
三日目、三話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをお願いします。
連合国会談当日。
会談に用いられる会場はとても大きい。
以前、四王国会談で利用したルクヴィスの施設の何倍も大きく、それでいて警備もかなり厳重であった。これならば普通の方法では誰も入れない。
そして、ファルガ様の魔術による守りも働いていることから、そちらの方面でも厳重であることもネアの言葉で理解できた。
会談で重要な位置にいる魔王は、他の参加する人々とは異なり会場の特別室に案内されていた。
僕と先輩は、彼らのいる部屋の前に立ち会談が始まる時間まで警備を行っていた。
「たくさん人が来ていましたね……」
「そうだねぇ」
僕はいつもの団服。
先輩は現在の彼女の勇者としての正装である白を基調とした衣服を着ている。
「たしか、ハヤテさん達も特別室へ案内されるんですよね?」
「それとフラナの父親。エルフ族の族長もそうらしいね。……他の亜人は来なかったらしいけれど、獣人族とエルフ族がこの場に来ただけでも異例のことだろう」
確かに。
それだけ亜人差別というのが根深いものということなのだろう。
しかしそれでも、いつかは僕も向き合わなければいけない問題だ。
目を背けてはいられない。
「ぷはっー」
「ネア、外に出るなよ」
同化していた僕から飛び出した小さなフクロウは、ぱたぱたと羽ばたきながら僕の肩へと留まる。
「ここならいいじゃない。大丈夫よ、会談が始まるくらいにはちゃんとするわ」
「それならいいけど……。フェルムもそうする?」
『いや、ボクの場合は面倒なことになるかもしれないし、このままでいい』
闇魔法は同化した状態で、団服の表に出さずに裏地と首までを覆う形状に変化させている。
これで傍目では同化しても分からないようにしているので、不測の事態にもすぐに対処できるというわけだ。
「アマコも来るだろうし、あの子も君と同化しておいた方がいいんじゃないかな? こういう時こそ、アマコの能力が輝くし」
「……確かに、その通りですね。アマコが来たら頼んでみます」
「なんかスズネがそういう事言うの珍しいわね」
『意外だな』
普通に驚くネアとフェルムに先輩は小さく笑みを浮かべる。
「私も真面目ということさ。いつもより気を引き締めているからね」
「僕としてはいつもそうして欲しいのですが……」
「それは無理な相談だ。真面目な私は短時間しかもたない仕様なんでね」
「もう解けてしまっているようですね……」
そんな軽口を交わしていると、僕達が警備をしている通路にフードを被った集団が通りかかる。
先頭を歩いているのは、フラナさんとカズキだろうか?
恐らく、カズキが人間の護衛として彼女達についているのだろうと察していると、僕達に気付いたカズキとフラナさんがこちらに歩み寄ってくる。
「あ、ウサト、先輩」
「頑張っているようだね、カズキ君。そちらがフラナの?」
「うん。そうだよ。お父さん、この二人は大丈夫」
頷いたフラナさんがフードを外すと、彼女の隣にいた男性も素顔を現す。
フードの下にあったのはエルフの特徴的な長い耳と、フラナさんと同じクリーム色の髪に端正な顔立ち。
二〇代ほどの年齢に見えるエルフの男性は、やや訝し気に目を細める。
「エルフ族、族長、ルルガ。君達の話は娘からよく聞いている」
「リングル王国、勇者のイヌカミ・スズネです」
「同じく救命団所属、副団長のウサト・ケンです」
「……」
な、なんかものすごい顔を顰められてしまった。
予想通りというか、ちょっと怖い反応に一瞬目を合わせた僕と先輩の頬が引き攣る。
それに気づいたのか、父親であるルルガさんを押しのけたフラナさんが、焦ったように笑う。
「は、ははは、ごめんね。お父さんちょっとビビりだから内心では滅茶苦茶委縮しているだけなんだ。気を悪くしないでね!」
「余計なことを言わないでくれ。嘗められたらどうする」
「この二人は、そんなことしないから大丈夫だから」
普通に警戒されているだけだったか。
まあ、敵視されていないならそれでいい。
さりげなく安堵していると、そんな僕の前に一人のエルフの方が詰め寄ってくる。
どうやら背の低い、老婆のようだ。
「む、むむむ」
「え、え? え?」
「おぬし、件の治癒魔法使いじゃな?」
「は、はい……はじめまして」
とりあえず挨拶しておく。
僕の顔をジッと見つめたエルフの老婆は、なにやら一人で納得した様子で後ろに下がる。
「ルルガ。彼奴等を警戒する必要はない」
「そう、なのですか?」
「雷の勇者も白き癒し手も信用に値する人間。それに、ウサトとやらにはもう一人、何者かが混じっているようだ」
「!」
『ボクに気付いたのか?』
フェルムの同化を見破ったことに驚く。
白き癒し手って、たしかあれだよな。
エルフ族の占い師が言っていたっていう……じゃあ、目の前の彼女がそうなのか。
「試練を乗り越えてもなお、おぬしには数奇な運命がまとわりついている。まことに興味深い人間じゃ。おぬしのような者は、今まで見たことがない」
「そ、それっていいことなんですか……?」
「……」
黙られてしまった……!!
占い師に大凶って言われてどんな風に運が悪いのか明言されなかったみたいになってしまった。
「恋愛占いってできますか?」
「難攻不落」
「思ったより厳しいのが来た!?」
難攻不落ってなにを攻略しにかかっているのだろうか?
恋愛相談なのに、城塞攻略するの……?
すると興味を抱いたのか、肩のネアも老婆に話しかける。
「ねえねえ、私は?」
「難攻不落」
「これ、特定の人にだけ同じ答えが返ってくるやつだわ!?」
『ボクがやっても同じ結果になるだろコレ……』
なんか四文字で言われているあたり、それっぽいな。
「じゃあ、ウサトは?」
「……女難」
『「「この占い本物……!」」』
「おい、どういうことだ」
事実だけど納得しないでよ!?
予知魔法とは違うが、それでも当ててくるあたり凄い。
「ウサト、会談のことだけど」
「ああ、分かっているよ、カズキ。もしものことがあったら、僕達も率先して動く」
「……お互いに気をつけよう。なんだか、嫌な予感がする」
「……うん」
カズキと顔を見合わせ頷く。
嫌な予感は僕も感じている。
なにかが起こることは分かっているが、それは起こってからではないと分からない。
「それじゃあ、ウサト、先輩。俺はこのままエルフ族の皆さんを案内するから後でな」
「また後でねー」
手を振ってその場を離れる二人とエルフ族の方々を見送る。
エルフ族は長命って言うけど、ルルガさんもああ見えて百歳とか超えているのかな……。
「ウーサートー!」
カズキたちが歩いて行った方向とは反対側からの声。
すぐに誰か気付いた僕は振り返ると同時に、こちらに飛び掛かってきた獣人の少女、リンカを受け止める。
「出会い頭に飛びつくのはやめようか、リンカ」
「え、だってスズネお姉ちゃんがこうすれば喜ぶって」
「……まあ、先輩にすれば喜んでいたね」
今隣でものすごく悔しそうな顔をしているわけだし。
まったく、十四歳の子供に変なことを吹き込まないで欲しい。
やんわりと飛びついてきたリンカを下ろしていると、彼女がやってきた方向からミアラークの騎士に案内されたハヤテさん達がやってくる。
その中にはアマコとナギさんもいる。
「やあ、ウサト」
「ハヤテさん、ここまでの道中大丈夫でしたか?」
「心配はいらないよ。ミアラークの騎士の方々が警備してくれたからね。それに……まあ、アマコとカンナギ殿がいるから、心配以前の問題だったよ」
予知魔法持ちが二人だもんなぁ。
なにが来ようと対処できるし、ナギさんはそもそもローズとネロ並みに強いから戦闘面での心配もない。
案内をしてくれた騎士の二人に申し訳なさそうに頭を下げ、彼らへと話しかける。
まずはハヤテさんに許可を貰わなくちゃな……。
「ハヤテさん、会談の際はアマコもこちらと一緒に参加させてもらっても構わないでしょうか?」
「アマコを? でも、いいのかい?」
「あ、ウサト、そういうこと?」
「うん」
察してくれたアマコに頷く。
「どういうことかな?」
「今、説明する。フェルム」
『いいぞ』
フェルムに一声かけたアマコが僕へと歩み寄り、そのまま沈み込むように同化する。
その場にいたハヤテさん達とミアラークの騎士さんは驚きの目で僕を見ている。
「え? え!?」
「僕自身の魔法ではありませんが、こうすることによってアマコも会談の場にいることができるんです」
『ちゃんと中で見えるしね』
「……慣れたとは思っていたが君は本当に予想外な人間だよ。ははは。分かった、アマコはウサトと一緒に行動するといい」
『うん』
すると、何を思ったのか再びリンカが僕に飛びついてくる。
「え、なに?」
「私も入ってみたい!」
「そんなアトラクションみたいに……」
『リンカ、ごめんね。このウサト、三人乗りなの』
「ええええ! ずーるーいー!!」
三人乗りの僕ってどういうことだ。
頑張れば怪我人、五人以上は一度に運べるからその表現は間違っているぞ。
リンカに説明をして離れてもらう。
「ナギさんは、会談で話すことに?」
「あー、うん。ファルガ様もいるから大丈夫だと思うけど。……いや、なにが起ころうと平気だよ。人間の悪意は見慣れていむりゅる」
「むりゅる?」
「う、内なる私ぃぃぃ!?」
そこまで言葉にしたナギさんの頭が何かに殴られたように揺れる。
一瞬だけ瞳の色を変えながら元に戻った彼女は、やや慌てた様子で手を横に振る。
「は、ははは、この時代の人は私の時代とは違うからね。ご、ごめんね、不安になること言っちゃって!」
「そうですか。気遣ってくれてありがとうございます、もう一人のナギさんも」
「! う、うん」
ここまで関わればもう一人の人格であるナギさんが、僕達を不安にさせないようにナギさんに何かを忠告したのは分かる。
隣で手をわきわきとさせながらナギさんに迫ろうとする先輩を止めつつ、次にハヤテさんと会談について話す。
会談においてはハヤテさん本人はあくまで代表の一人として扱われるので、目立つようなことはないようだ。
「と、いうことだ。リンカは部下達と共に部屋に留守番をしてもらうし、大きな心配はないかな」
「大人しく留守番してまーす……」
「ははは……」
本当はアマコもそうしていたのだろう。
リンカは不貞腐れてはいるものの、我儘を口にしなかった。
……いつまでもここで話している訳にはいかないな。
折を見て話を切り上げてから、待ってくれているミアラークの騎士さんへと身体を向く。
「すみません、お手を取らせてしまって」
「お気遣いなく! こちらとしても光栄です!」
「そ、そうですか……」
ミアラークの騎士さんからの尊敬の眼差しがむず痒い。
カロンさんの件もあってか、恩義を感じられてしまっているんだよな……。
そのままハヤテさん達と見送り、再び僕と先輩で警備に戻る。
先ほどと違う点を言えば、今はアマコがいることだろう。
「また頼りにさせてもらうよ」
「任せて」
同化を一旦解除したアマコは、フードを目深に被りながら僕の隣に立つ。
予知魔法もそうだが、司令塔であるアマコがいれば僕も目の前のことに集中して動ける。
「さて、こちらの準備は万端といったところだね。後は会談が始まるのを待つばかりだ」
「……何事もなく終わればそれに越したことはないんですけどね」
「魔王の様子からしてそれは難しいかもしれない」
魔王がなにかが起こることを予測しているからな……。
もしかすると、例の悪魔とやらが関わっているかもしれないからものすごく不安だ。
「団長の部下達も、もしかしたら」
盗まれた死体を利用され蘇ってしまっているのなら、より厄介なことになる。
少なくとも僕にとっては精神的にもあまり良くないことが起こるのは確実だ。
どう説明しても意味不明な同化能力よ……。
もうすぐ会談が始まりますね。
次回の更新は明日を予定しております。
次回は閑話となります。