第三十四話
お久しぶりです。
一年の間、放置してしまって本当にすいませんでした。
戦争終わりまで更新したいと思います。
リングル軍と魔王軍の戦いは混戦へと移って行った。
敵味方入り乱れた戦場は複雑化し、救命団の存在があれども多くの死傷者が地に伏していた。
その中で、懸命に怪我人を治療してまわっていた僕は、コートの袖で額の汗を拭いながら戦場の中という常時緊張状態の中で行動するというプレッシャーに耐えていた。
「―――完全には治療できていません。できるだけ無理はしないでください」
治療し終えた兵士から離れ、次の怪我人を探す。
周囲から敵味方関係なく漂わせる死臭と血の匂いに、胃の中のものが吐き出されそうになるも必死に飲み込み、足をひたすら前に進める。
「……分かってたよ。畜生……!」
人が死ぬことくらい……!
戦争なんだから、僕のエゴで全ての命が救えるはずがない! 下手をすれば僕が地面に転がって息絶えることもあっていたかもしれない……!
死の恐怖に苛まれても尚、ちっぽけな意地が僕の体を動かさせる。
犬上先輩やカズキ、二人が頑張っているこの戦場で僕だけがのうのうとしているわけにはいかない。
「っうぐ!」
その時、突然頭に痛みが走った、
視界に映し出される犬上先輩とカズキが殺されてしまう光景。
咄嗟に治癒魔法を発動させるが、痛みも視界も治らない。
「痛ッ……」
「戦場で立ち止まるなど!」
「ッ、こんなときに!」
呻き声を上げながら戦場の中で立ち止まる僕を好機と思ったのか、頭に角が生えた兵士が僕に向かって斧を横なぎに振り回す。
咄嗟に横に転がり回避するが振るわれた斧は右腕を抉るように切り裂く。
「く……!」
傷自体は大したことはないが、頭痛は止まらない。
なんだこれは……!? まさか犬上先輩とカズキに何かしらの危険が迫っているのか!?
そうだとしたら、すぐに向かわなくてはならない。
「うっ……」
敵兵を無視し走り出そうとするも、視界が不安定なせいか地面に転がっている敵兵の死体に足をつまずき転んでしまった。
「死ねぇい!!」
僕を見下ろせる位置にまで走ってきた魔族が何かを叫んでから斧を振り下ろす。
即死級の攻撃を食らっては流石の治癒魔法も無意味。そうなればカズキや先輩を助けるどころではない。
切断覚悟で両腕で頭を守り、衝撃に備える。
「ウサト殿!」
「ぐあ!」
痛みを覚悟したその瞬間、先ほど助けた騎士さんが、僕へ攻撃を繰り出そうとした魔族を蹴り飛ばして、持っている剣を突き刺していた。
「ウサト殿! 大丈夫ですか!」
「え、兵士さん……あ、ありがとうございます」
あ、危ないところだった。
騎士さんにお礼を言いながら、安堵の息を吐いた僕は頭痛のことを思い出す。
「そ、そうだ! いぬか……っじゃなくて、勇者の二人がいる場所を知っていますか!?」
「勇者様? 前線の中央付近ですが―――」
「ありがとうございます!」
「あ、お気をつけて!!」
「はい!」
ここからそう遠くない。
騎士さんにお礼を言いながら走り出す。先ほどの頭痛が前兆なら、すぐに行かなくちゃいけない。
無事でいてくれッ、先輩、カズキ!
●
『かかってこないの?』
「先輩!」
「落ち着けカズキ君、あまり不用意に攻撃するのは得策じゃない」
カズキ君の肩への攻撃は、彼の鎧や衣服を介することなく直接行われた。
そして、黒騎士に攻撃した部隊長率いる三人の部下たちも同じように体から血を吹き出し倒れていった。
奴が鎧を変形させて攻撃した時の『残念』という言葉。普通なら違う意味に思えるが、あんな見え見えの奇襲で当たる訳がない。つまり、攻撃を当てるのではなく、別の目的があったと考えられる。
考えられる可能性としては……。
「………その黒い鎧に刻み付けられた傷はすべて、返される」
『バレちゃったか。ま、これだけヒント上げればそうなるか……』
「……」
自身の能力の正体を看破されても、尚自分の優勢さを疑わない黒騎士。
確かにそうだろう。能力がわかっても、それを攻略する方法が分からないんだから。
恐らく、打撃も傷と認識されるだろうし、斬撃なんて論外だろう。
全ての攻撃を返してくるこいつに対して、私達が取るべき手段は、戦闘を避けることだった。
『逃がさないよ? 他の奴等はともかく、君たちは人間にしては強いからね。もっとあがいて、あがいて、あがいて、あがいてから諦めてボクに殺されてくれ』
「……やるしかない。どちらにしろ他の人達じゃこいつを相手にすることができない」
「でも先輩の言う通り、あいつがどんな攻撃でも跳ね返すとしたら、俺たちの攻撃は当たらないんじゃ―――」
「ものはやりようだよ。聞いてくれ、カズキ君。少し危険かもしれないけど試したいことがある」
奴に聞こえないようにカズキに耳打ちする。
『反転』という言葉から察すると、奴は一定の条件を満たさなければ攻撃を反射させることができない。それならば、まずは攻められる可能性から行こう。
カズキに作戦を伝えると、背後に控えている兵士達を周りの援護に向かわせる。
「―――いける?」
「先輩、あまりにも危険すぎるんじゃ……」
「もしもの時があったら、ウサト君に治してもらうさ」
軽口を言いながら細身の剣を構える。
この作戦はカズキ君が主体、自分はひたすらにサポートに徹しなくてはならない。
「行くよ、カズキ君……!」
まずは私が黒騎士へと飛び出し、後から続くようにカズキ君が追随する。
『へぇ、来るんだ』
「引くわけにも行かないんでね!!」
黒騎士は自身の鎧を変形させ、こちらを刺し貫かんばかりに触手のようなものを伸ばしてくるが、下手に反撃したら攻撃を返されてしまう。
身を低くして回避すると同時に、球体上に生成した雷の魔力を奴の足元めがけ投げつける。
「これで……!」
舞い上がる粉塵、これで奴の視界を遮った。
後は、カズキ君と私が手筈通りに煙に乗じて奇襲をかける。それで攻撃が通ったら視界外の攻撃は有効となる。
「!!」
声を押し殺したまま、肩の部分を切りつけ、振り向きざまに背を斜めに浅く切り裂く。瞬間、肩に熱が走り、衣服の下から暖かい何かが肩から広がる。
カズキも頬から血を流している限り失敗のようだ。
『くはっ、ははははははははははははははは!』
「カズキ君!」
「はい!」
こっちの気も知らないで楽しそうに笑う黒騎士に歯噛みする。
ただでさえ逃がしてはもらえないのに、反撃できない状況は絶望的だ。
どんな傷を負っても治ってしまうウサト君なら、構わず進んでいきそうだけど、彼ほど痛みに慣れていない自分ではどうしても足が止まってしまう。
「はは、私もまだ現代人ということか」
平和な世界からやってきた私にとってこれほどの怪我を負う事はない。だから痛い―――実際、肩の傷が痛すぎて泣きそうだ。
「ん? 肩?」
さっき、自分は奴の肩と、背中を切り裂いたはずだ。
それなら、背中にも痛みを感じてもいいはずなのに攻撃が返されてはいない。
視界が限られている中での同時攻撃、一撃目は自分が先制し、二撃目はカズキとほぼ同時に行われた。だけど、カズキにはちゃんと攻撃が反射されていて、私にはされていない。
「まさか……カズキ君!一度仕掛けるよ!」
「ッ、………分かりました!」
足に雷を迸らせ、その場で屈む。
恐らくチャンスは一度、カズキ君、頼んだよ。
●
先輩がなにかを思いついたようだ。
この反則的な相手に、どんな方法で戦うのか俺にはさっぱり分からないけれど、先輩が行けると判断したのなら、俺はそれに従うまでだ。
いつでも光魔法を放てるように、集中しながら黒騎士の攻撃を防ぐ。
『お仲間さんは、グロッキーなのかい?』
「黙れ!!」
繰り出される攻撃を剣の腹で受け、流す。
攻撃だけは単調だが、迎撃できないのはかなりキツイが、先輩が何かをやろうとしている今、俺は俺のできることをするだけだ。
『それぇ!』
「ぐっ―――」
ハンマーのような黒い塊を剣で受け止める。
腕や肩から軋むような音が鳴るが、今痛みに悶え冷静な思考を忘れたら、一瞬で持ってかれる。だが、このまま防戦一方という訳にはいかない。
攻撃は駄目だが―――他の方法で攻めさせてもらう!
攻撃を身をそらして避けながら、防御に使っていた剣を鞘に納める。相手は俺の行動に首を傾げるが、構わず両の手に光を集め、拍手するように掌を打ち鳴らす。
「目潰しならァ!!」
『!?』
カッと強烈な閃光が周囲を明るく照らす、あまり自分らしくない技だけど、相手にとっては効果抜群だ。
光の効かない相手だって、これには弱いはずだからな。
案の定、腕で目がある場所を押さえている黒騎士。
距離を取るために、黒騎士の腹部を思い切り蹴り飛ばす。
「ぐぁ……これも駄目かよ」
腹に殴られたような痛みを感じながらも、視線を黒騎士からはずさない。
痛みはこちらに返るようだが、衝撃までは返せないのか若干よろめきつつも持ち直した黒騎士は若干、驚いた表情ように手を叩き、笑い出す。
『目潰しなんて、すごく意外!! そんなバカみたいな技使う光の使い手いなかったよ!』
「ば、バカとは――」
そう言いかけた瞬間、驚くべき光景が目の前に映る。
突然、黒騎士の胸部から銀色の物体が生えていたのだ。
雷の魔法で高速で黒騎士の背後に移動した先輩が、その胴体に剣を突き刺したのだ。
『ん?』
「返されていない?これが、正解か……?」
先輩が平気な顔で黒騎士に剣を突き刺しているのを見て頭が真っ白になったが、それも一瞬、すぐに違和感に気付く。犬上先輩になんの異常も見られない。
『……ガフッ』
「効いてる!?」
先輩は俺が黒騎士の目をくらませた一瞬の隙をついて、背後に移動し細身の剣を突き刺した。
理由は定かではないけれど、最初のアタックで彼女は何かに気づき、自分に隙を作るための囮として自分を黒騎士と戦わせた。
「カズキ君! 今なら君の攻撃も効くはずだ!」
鎧の隙間から黒い液体を流したのを確認して、攻撃が通っていることを確信した先輩は、さらに剣を深くまで突き刺しこちらへ叫ぶ。
―――流石、先輩だ!!
思わず、そう賞賛したい言葉を飲み込みながら、剣を鞘から抜きとどめを与えるべく走り出す。
「うおおおおおおお―――!!」
『くそ、ボクがこんなところで!』
こいつさえ倒せば、戦力を一気に削げ、尚且つ相手の士気下げることもできる。一気に戦況を好転させて——、この恐ろしい戦いを終結に導くことができる!
剣を腰だめに構え、縦に切り裂こうと振り上げる。
『なーんてね』
そんなこの場にそぐわないふざけた声が聞こえた瞬間、剣を振り上げた俺の腹に武骨な剣が突き刺さっていた。
訳が分からず、黒騎士を見ると―――奴の胸は剣に貫かれておらず、代わりに先輩が吐血しながら地面に崩れ落ちた。
そしてその手には、腰から引き抜いたであろう、武骨な西洋剣、が……。
「がっ……どう、して……」
『そもそもボクに攻撃が通るという認識が間違っているんだね。この鎧はボクの魔力で作られているから、これはボク自身であって、中身に一切の影響を与えない最強の鎧なんだ』
「なんだ、それは……」
とんでもない化け物じゃないか。
こんなの誰も勝てるはずがない。血反吐を吐きながら地面へ倒れ伏した俺は、それでも剣を取ろうとするが、とめどめもなく腹部から血が溢れ腕からも力が抜けてしまう。
駄目だ。
力が入らない。
「……ごめん、ウサト」
俺、帰れそうに………ない。
●
『ふーん』
倒れ伏す二人の勇者を見下ろしながら、ボクは周りを見る。
勇者が倒れ、士気を下げるリングル軍の騎士。そして、勢いを増す魔王軍兵士たち。
単純で滑稽な光景に、辟易とする。
『魔王も何を思って戦いを仕掛けているんだろう。領土が欲しいならもっといい方法があるのに……まあ、ボクが気にすることじゃないか』
もうこの戦には価値は見出すことはできない。
いつだってそうだった。
生まれた時から、誰も自分を傷つけることすらできない。魔族も、人間も、親も、誰もが私を傷つけることもできずに、離れていった。
『終わらせるか』
剣を逆手で引き抜き、未だに息のある女の勇者に向ける。
腹部を押さえ苦しげにこちらを睨みつけてくるが、そんなものが毛ほども効くはずもなく、逆手に持った剣を、しっかりと勇者の心臓へと狙いが定める。
『楽しかった、少しだけね』
心臓目掛けて落下する刃。
ああ、もう終わりか、と落胆したその時――、
「させるかぁぁぁぁぁぁ!!」
『んあ?』
戦場に似合わない幼さの残る叫び声が鼓膜を震わせる。
思わず、マヌケな声を出し声の聞こえる方を向いた瞬間、感じるはずのない衝撃がボクの頬を打ち抜いた。
――――いッッッたッ!?
次話もすぐさま更新したいと思います。