第三百一話
昨日に引き続き、二話目の更新となります。
第三百話を見ていない方はまずはそちらをお願いしますm(__)m
会談が翌日に迫った日。
さすがにそんな日に外に出るべきではないと魔王も分かっているのか、僕達も宿で待機しながら明日のことについて話し合っていた。
「ウサト君、私達は護衛を担当するから基本的に魔王の傍から離れないようにってのは分かっているね」
「もちろんです。会談が始まる前もなるべく悪意や偏見のある人を近づかせないようにすることも僕達の仕事ですね?」
「ああ、その時は君も怖いウサト君になっていいよ」
顔を怖くしていいということか。
それが一番人を追っ払えるからやれる時はしておくか。
「まあ、魔王とか常時怖いから普通に近寄ってこないだろ」
「お前、魔王様にマジ無礼だよな……」
隣に座っていたコーガがやや引いた様子で呟く。
「フェルムとネアは僕と同化した状態で会談に臨むから」
「分かった」
「いいけど、そのもしもの事態が起こった時はどうするの? 勝手に動いたりするわけにはいかないでしょ?」
ネアの疑問も尤もだ。
会談でもし襲撃されるようなことがあれば、僕達はどう動くべきなのか。
それが重要になってくる。
「ノルン様やロイド様からの指示が下さればそちらを優先する。なければ会談にいる人々の避難と、襲撃した者から彼らを守るって感じだね」
「そういうことね。じゃあ、貴方の得意分野ということ」
守ることに関しては得意な方だからあながち間違ってはいない。
「でも、実際はどうなるんだろうねぇ」
「そうですね。僕達にとっては知っていることでも、他の国の人達にとっては衝撃的な事実が明かされますもんね」
「ファルガ様とかねぇ。この時代では伝説的な存在らしいし、本当に衝撃的なことになりそう」
僕も最初にファルガ様と会った時はすごく驚いたからな。
でも、魔王の話に信憑性を持たせるにはファルガ様の言葉もあった方がいいのだろう。
「魔族の認識は依然として悪いままですから、少しでも事情を分かってもらえばいいのですが……」
「でも、それは難しいことだ」
「……ええ、分かっています」
そうなれば、この世界に亜人差別という言葉はない。
ある意味で昨日リグナスと会っていて良かったと思う。
自分の甘い考えを改めさせられた。
「万全を期して会談に臨まなければな……」
そのためにも明日のためにやれるべきことはしておかなきゃな。
……ああ、そうだ。
「そういえばネアには見せてなかったな」
「え? なによ」
「肝心な時に僕の使う技に驚いていたら君も混乱しちゃうから、今のうちに見せておこう」
「え、ええ? 意外と気が利くじゃない。見せるのが変な技じゃなければの話だけど」
「フッ、心配するな」
なにせ見せるのは弾力付与だからな。
僕はネアに掌を見せて籠手を介さない弾力付与を作り出す。
「はい、新しい弾力付与」
例えるなら掌から半透明のスライムが出てくるような感覚だろうか。
信玄餅のように揺れる魔力を見たネアは、その目をぱちぱちと瞬かせる。
「貴方、籠手の補助なしでこれやったの?」
「え、そうだよ?」
「……魔力回しって、私が考えている以上にやばい技かもしれないわね……。いえ、貴方が単純におかしいだけかもしれないわね……」
なんだか酷い言われようだ……。
昨日、一時間くらいかけて習得したのに。
「ボクには分からんが、それってすごいのか?」
「そうね。こいつはあれよ、先代勇者と同じようなことをし始めたってことね。ファルガの武具を必要としなくなってきたのよ」
「なにやってんのお前……?」
いやいやいや、まだ必要だから。
この籠手の一番の強みはその堅牢さだからね?
たしかに今は籠手ばかりに頼らないように訓練しているけれど、必要がなくなるわけじゃない。
「ウサト君、その魔力弾貸して?」
「? 別にいいですけど」
なにやら先輩が欲しがったので掌の魔力弾を上げてみる。
指で突いたり、揺らしながら吟味しはじめた彼女は、何を思ったのか満面の笑みで僕を見る。
「ウサト君、これを治癒スライムと名付けよう。売れる」
「勝手に商品にしないでください」
「なら、猫カフェみたいにしない!? スライムカフェ!?」
「チョイスがニッチすぎるでしょ。誰がそんなところ行きたがるんですか……」
スライムに触れるカフェってどうなってんだ。
そのまま飲み物もスライム状にされそうで怖いんですけど。
「ねえ、ネア、フェルム。これいいよね、すごいよね?」
「治癒魔法だからこそできる技ね。これは売れるわ」
「……嫌い、ではない」
やだ好評……!?
僕の感覚が間違っているとでもいうのか?
密かにショックを受けていると、コーガが声を潜めて話しかけてくる。
「こいつらなんだかんだ言って仲がいいよな。フェルムも打ち解けてるしよ」
「そうだね……」
口でなにかと言いつつも、先輩と普通に話しているし別に嫌いではないんだよなぁ。
多分、照れ隠しかなにかだろう。
「イヌカミ様、ウサト様」
「はい?」
「どうしたのかな?」
すると、やや急ぎ足で扉からやってきた騎士さんが僕と先輩を呼ぶ。
なにかあったのだろうか? と思っていると、やや緊張した面持ちの彼が扉の方を見ながら口を開いた。
「サマリアール王国の国王様がお見えに……」
「「……」」
いつかは来るんじゃないかなとは思ってたけど、ルーカス様、このタイミングですか……?
●
「やあ、ウサト。僕だ!」
出迎えた直後に無茶苦茶元気のいい挨拶をもらってしまった僕は引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
彼の傍には水色を基調とした軽装鎧と服を着ている女性が付き従っており、それ以外の人は外で待たせているようだ。
「四王国会談ぶりですね。ルーカス様」
「ああ、先の戦いでは大活躍だったな。ははは、まあ、君ならそれくらいしてもおかしくはない」
しかし、僕としてもお世話になった人でもあるし会えて嬉しくないわけがない。
恐らく魔王にも用があるのだろうと予測し、彼を居間の方へと案内する。
「ウサト君、私が魔王に伝えてくるから君はルーカス様と話すといいよ」
「え、でも……」
「いいから、積もる話もあるでしょ?」
「……ありがとうございます」
気遣ってくれた先輩にお礼を口にする。
彼女が魔王のいる上階へと上がるのを見送りながら、僕は宿のスタッフの方に紅茶を頼んだ後、ルーカス様を客間へと案内しようとする。
「いいや、ここで構わないよ」
「え、ですが……」
「押しかけたのはこちらだからな。それに目的の七割は君の様子を確認しにきたようなものだ」
「そう、なんですか。ではこちらにどうぞ」
僕達がつい先ほどまで話していた近くの席を引く。
「おや、君達は魔族かな?」
「え、ええ、まあ……」
「初めて相対するが、思っていたよりも人間じゃないか。ははは」
フェルムとコーガの助けを求めるような視線を感じる。
さらりと僕はそれをスルーし、許可を得てから彼の前の席に座る。
「ああ、彼女が新しく騎士長となったハリヴァルだ。覚えておくといい」
ルーカス様の傍に控える騎士が胸に手を当てお辞儀をしてくれる。
レオナさんに似た雰囲気の人だな。
少し癖のある肩ほどまでの長さの黒髪に、やや褐色の肌の女性、ハリヴァルさんは凛々しい笑みを僕へと向ける。
「はじめまして。素顔で会うのは初めてですね。婿様」
「はい?」
「あ、申し訳ございません。ウサト様」
「はっはっはっ、ハリヴァル、全く。……まだ違うだろう?」
ねえ、ちょっと待って?
まだ言葉を交わしていないけど、とんでもない人がルーカス様と一緒にやってきてしまったんだが。
いったいどうなっていやがるんだ、サマリアールは……!?
今度は僕が後ろにいるコーガとフェルムに助けを求めるが、無視される。
この薄情者どもが……!
「素顔で、ということは以前四王国会談でエヴァの護衛をしていられた方ですか?」
「その通りです。貴方様のことは陛下、エヴァ様からよく聞き及んでおります」
その内容を訊きたいと思う反面、なにか恐ろしい事実を知ってしまいそうで怖いと思ってしまう。
エヴァは大丈夫だろうけど、ルーカス様はなにを……?
「彼女は有能でな。実力もさることながら聡明で、なにより娘のエヴァが懐いていてな」
「いえ、そんな……」
「謙遜するな。僕も信頼しているんだ」
ルーカス様がそう言うってことはかなり有能なんだろうな。
四王国会談の時はあの先輩とも模擬戦を繰り広げていたし、僕から見てもかなりの実力者なのは分かる。
「ルーカス様、エヴァはこの会談には来ていないようですね」
「ああ、さすがにな。重要な会談であることを踏まえても、この場は混沌としすぎている。護衛に負担かけさせるべきではないと判断し、私だけが出向いたわけだ」
「なるほど……」
「それと――」
そこで一旦区切ったルーカス様が朗らかな笑みを浮かべる。
「どこぞの甘ったれたクソガキが我が愛娘に惚れて勘違いさせるわけにはいかんからな」
「……はい? 今、なんと?」
笑顔でものすごい毒を口にしたように聞こえたんだけど。
聞き間違いかな……?
「愛娘に婚姻を申し込むような不届き者が現れないとも限らない。いや、間違いなくいるだろう。ましてや、我が娘は母親似だ、あらゆる男が振り向き、無謀にも近づこうとするはずだ」
「えぇ、えぇ、その通りでございます」
「どこぞの王子が一目ぼれなどしたら目も当てられん。断るのは確定ではあるが、しつこく付き纏われるのが一番面倒だ。ならば、そのようなことが起こらないように万全を期すべきだ」
「さすがはルーカス様。まさしく、慧眼です」
すごいハリヴァルさんが頷いているんですけど。
たしかにエヴァは美人だから、その心配もよく分かるが、なんだろうか……どうして、僕の背筋は凍ったままなのだろうか。
「なあ、君もそう思うだろう? どこぞの馬の骨にエヴァを触れさせるわけにはいかんからな」
「え、あ、そうですね。その通りだと思います」
「任せるとしても、それは僕が認めた者のみだ。ハッハッハ」
「は、ははは」
意味深に笑うルーカス様が素直に怖い。
これは話題を変えたほうがいい予感がする。
前々から聞こうと思っていた話題を振ってみよう。
「そ、そういえばエイリさんはお元気ですか? 今でもエヴァの執事をやっているんですよね?」
サマリアールにいた頃にお世話になったエヴァの執事のエイリさん。
エヴァも自由に外に出歩けるようになったことだし、彼の執事としての生活にも大きな変化とかあったのだろうか?
「彼も元気にしているよ。今もエヴァの執事として、変わらず仕事をこなしてくれる頼もしい男さ」
「そうですか……よかった」
「しかし、彼も執事だけではなく、他のことにも目を向けてほしくはあるがな。君からなにかないか?」
「僕からですか?」
頷いたルーカス様は、肩を竦める。
「僕の言葉では命令になってしまうからな、友人である君からなら少しは変わってくれるんじゃないかな?」
「そういうことなら……そうですね……」
き、気のせいだろうか。
ルーカス様の傍に控えているハリヴァルさんから謎の威圧感を感じる。
殺気でもない、怒気でもない。
なんだ? これは……いや、逆だ! 察するんだ……!!
「親しい人ができると、いいんじゃないでしょうか?」
「……なるほど、そういう見方もあるか」
どうだ? と思いハリヴァルさんの顔を見るとすんごい笑顔でサムズアップされた。
どうやら間違っていなかったようだ。
皆に鈍感だとか言われている僕だが、中々に鋭いところを見せられたようだ。
一人で満足していると、上階から先輩とシエルさんが降りてくる。
「ルーカス様、魔王が貴方様との謁見を了承されました」
「ん、早いな。もう少し話していたかったがしょうがない。ではな、ウサト、帰りあたりにまた話そうじゃないか」
「はい。ルーカス様」
席から立ち上がり先輩とシエルさんに案内され上階へ向かう彼とハリヴァルさんを見送る。
「さてさて、噂の魔王とはどのような切れ者か……実に楽しみだ」
彼が魔王のいる部屋へ入るところを見送った僕は軽く息を吐き出しながら席へと座る。
すると、後ろで状況を見守っていたコーガ達がやってくる。
「相変わらずねぇ、サマリアールの王様……」
「なあ、ウサト。お前本当に変なやつに目をつけられるの多いよな」
「相当だぞ、あの王様……」
いい人だぞ。
すごく気安い人だし、僕も敬語ではあるもののあまり緊張せずに話せているからね。
「しかし、相当気に入られてんぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫って、どういうこと?」
「……いや、お前が気にしてないなら別にいいんだけどよ……」
「?」
なんか含みがあるな。
コーガの言葉に首を傾げる。
「おい、ネア。エヴァって誰だ」
「そういえば貴女は会ったこともなかったわね。……フェルム、分かるでしょ?」
「……マジか? え、嘘だろ、こいつ?」
なにやらネアに話しかけていたフェルムも信じられない目で僕を見ている。
なんだ、みんなしてどうした?
エヴァは不参加となりました。
まあ、集まる面子的に色々と政治的な危険があるので……。
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