第三十三話
本日二話目の更新です。
あまりにも唐突な出現だった。
ソイツは、まるで魔族の間を縫うようにゾワリと私たちの前に出てきた。
見た瞬間に湧きあがった嫌悪感。うごめく黒色の鎧、甲冑の隙間から垣間見れる赤色の双眸。
何だ、この感覚は……まるで、無理やり悪意を向けさせるような感覚は―――駄目だ、平静を保っていないといまにもこいつに襲い掛かりそうだ。
「皆、動く、な」
私についてきた兵士とカズキ君にそれを指示する。自分も心の奥底から湧いてくる敵愾心と闘争心を抑え込みながらも声を出す。
「うおおおおおおおおおお!!」
!?カズキ君!
「待て!カズキ君!」
「離してください!あいつは今ここで倒しておかないと!!殺す、殺しておかないと!」
「冷静になれ!」
カズキの肩を掴み呼び止めたのは良いものの、彼以外の兵士数人と一人の部隊長は、その目に憎悪を滾らせ黒騎士に向かっていく。
運よく私の声が届いた後ろの兵士達は、仲間と自らの隊長の行動に驚愕している。
「君達も止まれぇ!!」
どれだけ強く制止の声を上げても、彼らは止まらない。
敵である王国兵が近づいてきても、黒騎士はおろかそいつを取り巻く魔王軍兵士達も動かない。その冷静とも無関心とも受けれる態度が私の不安を増長させる。
私は、動けなくなっていた。
黒騎士に対する、訳の分からない憎悪のせいではなく、この訳の分からない違和感にだ。
『………』
「死ね!」
黒騎士の眼前にまで近づいた兵士の一人が、黒騎士を縦に両断するべく上から下へ重厚な剣を振り降ろす。
振り降ろされた一撃は、鎧に深い斬込みを与える。
普通なら死ぬはずの一撃、だが依然として不気味な鎧を蠢かしながらその場から動かない黒騎士。
『………』
「ダァァァ!!」
一人目の兵士に追いついた二人の兵士が怒声を上げ、その手に持つ鋭利な槍を同時に黒騎士へと突き出し、刺し貫く。
『………』
「貴様はッここで!!」
そして最後に止めを刺すように、一個中隊を率いる部隊長が身の丈もある大剣を切っ先を黒騎士を向ける、刺突の構えで、その巨躯からは想像ができないほどの速さで走る。
中隊を率いる、彼の実力は本物だ。いくら精神に何かの暗示のようなものを掛けられているとしても、王国軍の兵士として仕えてきた彼のキャリアと実力は侮れるものではない。
さながら、重戦車のような彼の刺突は、二本の槍が突き刺さった黒騎士の腹部に吸い込まれるように突き刺さる。
深く、突き刺さった大剣をさらに押し込み部隊長はギロリと黒騎士を睨みつける。
「貴様が、どのような魔法を使ったかは定かではないが……それを使われる前に貴様を葬っておけば――――」
『ふぅん』
この時初めて黒騎士から声が発せられる。
男のような女のような中性的な声、平坦で生気のない声音は聞く者の心をざわつかせる。
『無意味だね、その程度でボクを殺したと思い込んでいるんじゃ……。あぁつまらない……この程度の奴らに第三軍団は圧倒されていたのか、強い強い言われていると調子に乗るのかな?』
「な、に?」
『何時まで、そこにいるんだよ。邪魔だよ』
瞬間、黒色の鎧が大きく歪み胸部を守る甲冑部分が棘状に変化し部隊長に襲い掛かる。
「……!?」
「隊長ぉ!!」
咄嗟に後ろに下がり、難を逃れる。
黒騎士の周りを取り囲んでいた、彼の部下達が悲痛な叫びを上げるが、当の彼は何事もなく立ち上がり、腰に装備した剣を抜き放ち部下に命令を下す。
「油断するな!!まだこいつは倒れてはいないぞ!!こいつを取り囲みつつ、押し切るぞ!!」
「「「はい!」」」
「先輩!俺も加勢します!!」
「あ、おいカズキ君!……く、仕方がない!!君達も来い!」
私の手を振りはらいカズキ君が、黒騎士を取り囲む部隊長たちの所に走り去ってしまう。
……全く、元の世界の時より自分の意見を述べるようになったのはいいが……少し猪突猛進過ぎるぞ!蛮勇と勇気は別物だぞカズキ君!!
カズキ君より少し遅れる形で背後の兵士達と共に彼を追う。
だがある意味、これはチャンスだ。奴は瀕死の重傷を負っているはず、相手に治癒魔法使いがいるか、不死身でもなければ助かる事はない。
『あー、あー、調子づかせちゃったよ。面倒くさいなーもう、でももう――――』
自らに突き刺さった大剣と槍を引き抜いた黒騎士は、周囲から攻撃を仕掛けた部隊長とその部下達に対して、もうまるで興味がないように手首をスナップさせ、一言呟く。
『死ねよ、『反転』』
瞬間、赤い血飛沫が舞う。
いきなり、部隊長と彼の部下三人が、身体から血を流し糸の切れたマリオネットのようにぐちゃりと地面に倒れ伏す。
何故………攻撃をしたような素振りはなかった。
魔法で攻撃をしたような形跡もない。
瞬きする瞬間に等しい刹那に、四人の精鋭が血の海に沈んだ。
「犬上、先輩……なんですあれ……」
「分からない、でも迂闊に近付いちゃ駄目だ……」
黒騎士によって起こされた惨状を見た事で足が止まったカズキ君は、腕を震わせ私にそう問いかける。
分からない、もしかしたら目にも止まらない速さで腰の剣を抜き放ち部隊長たちを攻撃したかもしれない。もしくは風系統の魔法でカマイタチのような真空刃を放ったか、それとも精巧な幻術を見せられたか……だが、不用意に近付いたら駄目なのは馬鹿でもわかる。
でも、ここで退いたら他の兵士が、部隊長たちの二の舞になる。
『あーつまんない、少し強いくらいの人間に手古摺っちゃってさー。所詮は人間に毛が生えた程度……つまんない、つまらない、つまらなーい』
「どうやら、こいつは私達が相手するしかないようだね……」
「です……ね」
『はぁ?やるの?別にいいけどさぁ、あまりにも退屈だったら……すぐに殺すから』
相手もやる気のようだ。
ある意味好都合だな、こいつの目を私達に釘付けにすれば他の奴らに目を付ける事がない。
黒騎士の姿から目を離さないように気を付け、私の後ろに居る、兵士に声を掛ける。
「君達は、アイツの周りにいる魔族をお願いしてもいいかな?無理して倒さなくてもいい、むしろ足止めでも構わない。私とカズキ君がアイツを倒すまで持ちこたえてくれ」
「任せてください勇者様。絶対にその命を遂行して見せますッ」
「頼もしいな……」
これで、背後からの攻撃を気にする事もなく集中して戦える。
剣を構え、カズキ君の隣に並び立つ。
相対する黒騎士は相変わらず棒立ちだ。あれは自信の表れなのか、それとも構えない事が奴にとっての構えなのか―――。
「俺が最初に仕掛けます!」
「何があるか分からない……直撃はさせるな!そして、カズキ君が魔法を放った直後に君達は周囲の魔族に向かってくれ!!」
「「はい!」」
剣を左手に持ち替え、掌を黒騎士に向けるカズキ君。
私の電撃を広範囲型とするならば、カズキ君は一点集中型、開戦時に不発となった光の魔法を広範囲に拡散させるような技ではなく、掌に集中させた光の魔力を、ビームと見間違うような凄まじい貫通力を秘めた魔力を発射する。
「どんなに速かったとしても、光は避けられないッ! いけ!」
掌に生成したビー玉と同じくらいの大きさの光の球体を黒騎士目掛けて撃ちだす。
対象に向かって放たれれば不可避の一撃、それは棒立ちの黒騎士の肩の部分に当たる。光が貫通した事から、肩にぽっかりと空いた小さな穴から大気を焦がすように煙が浮き出す。
『ふぅん、……面白いね。君達はザコの相手をよろしくね』
見た所、堪えた様子は無し。魔族の弱点は光だったはずだが…一体、どういう魔法を使っているんだ?
それに部隊長たちが与えた鎧の傷も消えている。
「カズキ君……」
「駄目です、光が効いていません」
『くふふ、ああ、光、光、光、ボクが一番嫌いなものだ。あぁそうだ、やられたらやり返さなくちゃね……『反転』』
部隊長を倒した時を同じ言葉。
『反転』?あの言葉に何の意味が――――
「ぐ、ああ……あああああああ」
突然苦悶の悲鳴を上げ、左肩を抑えたカズキ君が地面に膝をつく。
「カズキ君、どうした!?」
「肩が……肩に焼けるような痛みが……ッ」
「肩……だと?」
見ると、肩付近の鎧の隙間から血が滲んでいる。
何をされたんだ!?鎧の隙間に何かを飛ばしたのか!?いや、鎧の隙間に何かを撃ち込まれた感じはない。これは―――
「内側から直接……?」
「先輩ッ……俺は大丈夫です」
自らの肩に回復魔法を掛けながら立ち上がるカズキ君。
回復魔法はあくまで応急処置、傷口を縫うような本格的な治療ではなく、ただ消毒をして絆創膏をするようなものだ。
時間を掛ければ、限りなく完治に近い状態にまで回復させることが可能だが――――
「フッ!!」
私とカズキ君を薙ぐように振るわれた黒色の塊を、細身の剣の腹で受け流し防ぐ。黒色の塊は黒騎士の腕から伸びていた……形を変えて攻撃することも可能なのか……相手の謎の攻撃も判明してもいないのに、厄介だな。
『………残念』
「何が残念なんだ?」
『くふふ、さてなんだろうねえ』
厄介以前に不気味だな。
まるでこの世のものではない化け物と闘っている感覚だ。
黒騎士の能力が分かった人もいるかもしれませんね。