第二百九十二話
お待たせしました。
第二百九十二話です。
ミアラークの拠点となる宿に到着した僕達はそれぞれの部屋に荷物を置いた後に、ハヤテさんが滞在する宿に向かうことになった。
ネアとフェルムは宿で休むと言っていたので、僕と先輩の二人が行くことになる。
「二人部屋か……」
「護衛をする上では、一人部屋より二人纏めたほうが効率がいいんだろうね。……私の場合は、見張りの役割を兼ねているからアーミラと相部屋になるんじゃないかな?」
僕はコーガを見張らなければならないのか……まあ、救命団でもトングと相部屋だったし慣れているので別に気にしないけれども。
フェルムとネアは同部屋だったので、そこは救命団の時と変わらないだろう。
「ウサト君、ハヤテさんってどんな人?」
「優しい人ですよ。獣人族の族長をやっている方で、書状渡しの旅で僕達を助けてくれた人でもあるんです」
「そうなんだ」
何度か手紙を交わて近況などを伝え合ったけれど、会うのは数カ月ぶりだ。
「アマコの友達のリンカって子がいるんだけど、その子はハヤテさんの娘なんですよ」
「小さくて可愛いんだぁ」
「そんなことは一言も言ってないんですけど」
「オオカミ耳なんだぁ」
「一言も言ってないんですけど!?」
ちょっと待って、なんで分かるの!?
僕一度もリンカがオオカミの獣人だなんて言ったことないんだけど!?
「え、だってアマコはキツネの獣人でしょ? それなら彼女の友達はオオカミの獣人に決まっているよね?」
「すみません、全然理解できないんですけど」
「つまり犬の名を冠する私がそこに混ざるのも自然の摂理」
「自然の法則を歪めないでください」
どういう超理論ぶん回してんだこの人。
ものすごく理不尽なことを言っているが、これがこの人にとっての普通なのがなぁ。
まあ、退屈にならないのはいいけれど、僕以外にそんな奇行を見せて恥をかかせるわけにはいかない。
「まあ、先輩がやらかしそうになったら、全力で止めるので覚悟しておいてください」
「ウサト君、目が笑ってないよ……?」
多少なら目を瞑るが暴走しそうだったら僕が責任を持って止めなければならない。
そんなやり取りをしていると、ハヤテさん達が泊ることになっている宿へと辿り着く。
僕達が案内された宿とほぼ同じ建物の前にやってきた僕は、警備をしている騎士に話を通してから、宿の中に通してもらう。
「最初は面識のある君に任せるよ」
「了解です。とりあえずノックしてみます」
扉を軽くノック――する前に扉が開け放たれる。
「ようやく来たね、ウサト」
扉の隙間から顔を出したアマコは、どこか安堵するような表情を浮かべる。
そのまま宿の中へと招き入れられるが、宿の内装の方もこちらとそれほど変わりがないようだ。
中央には集まって話し合えるスペースもあり、そこに見覚えのある獣人の兵士さん達もいる。
「ウサトぉ――!」
「うん?」
ものすごい勢いで突撃してくる灰色の髪の獣人の少女の姿。
デジャブのようなものを感じた僕は少女―――リンカを受け止めてから3歩ほど後ろに下がり衝撃を和らげる。
「久しぶりだね!」
「そうだね。君は元気……だよね。知ってる。君もここに来たのかい?」
「うん! お母さんがお父さんを支えてあげなさいって」
白に近い髪色とオオカミの耳を生やした彼女の言葉に苦笑する。
とりあえず、隣で無言のまま暴走しかかっている先輩を手で制しながら、彼女のことを紹介する。
「リンカ、この人はイヌカミ・スズネ。僕の友達で、リングル王国の勇者なんだ」
「よろしくね! スズネ!! 私、リンカ!」
「……!?」
雷に打たれたように狼狽えた先輩に、にこにこと笑うリンカ。
若干、声を震わせながら
「リンカ、私のことはお姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「え!? 私一人っ子だから、お姉ちゃんいなかったんだ! わーい、お姉ちゃんだー!」
「———」
この子、こんなに精神年齢低かったっけ……?いや、14歳ってこれが普通なのか? アマコが僕以上に冷静な性格だから比較できない。
リンカにお姉ちゃんと呼ばれた先輩が、無表情のまま僕へと視線を向ける。
「ウサト君、私をすずたんと呼んでくれ」
「本当になんでですか……?」
「初対面の私をお姉ちゃんと笑顔で呼んでくれる子は、現実にいるとは思えなくて……」
言動がなにもかも突然すぎるだろ。
僕だけじゃなくてアマコと兵士さんまでびっくりしているじゃないか。
「夢なら僕になんでもしてもらえると思わないでくださいね?」
「きゃうん」
「じゃあ、お父さん呼んでくるねー!」と相変わらずの元気さで上階へと向かって行くリンカを見送った後に、アマコと共に中央のテーブルにまで近づくと、椅子に座っているナギさんがこちらへ手招きしてしてくる。
「あ、ナギさん!」
「無事に到着できたようだね。ハヤテさんに会いに来たのかな?」
「はい、先にこちらに到着していると聞いたので」
ナギさんに促されテーブルに座ると、恐らく護衛であろう獣人の兵士さん達の姿も見える。
ヒノモトでアマコがジンヤさんに囚われた時、一緒に戦ったハヤテさんの部下の人達だ。
「魔王はなにかしてこなかった? あいつ、今も性格悪いから君達を困らせたりしていなければいいんだけど……」
「いえ、話し相手とかをしましたが、特に怪しいことはしていませんでしたよ?」
「ウサトは?」
「アマコ、この流れで僕が怪しいことをしていると思うのはおかしくない?」
魔王の次に何かをやらかす男だと思われているのかよ。
「だってウサトだし。まあ、目を離したら壁にはりついててもおかしくないし」
「……」
「嘘でしょ……?」
「壁じゃない、天井だ」
「バカなの……?」
くっ、言い返せない……!
ネアにも同じことを言われてるから……!
「な、ナギさんはどうでしたか?」
「え、私? ミアラークは大分街並みとか変わってるし……あとは、ここの人達にはものすごく驚かれちゃったよ」
ナギさんがからからと笑うと、近くにいる護衛さん達が首を縦に振る。
「銅像とほとんど同じ姿だから、そりゃ驚きますよ……」
「カンナギ流の門下生なので、御指南賜りたい所存です」
「……こ、こういうこと」
「なるほど……」
恥ずかし気に頬を染めるナギさんに頷く。
自分の名前のついた流派が今の世にまで続いていれば恥ずかしくなるのも当然か。
「というと、私はカンナギ師匠の弟子。つまりは君達は私の弟弟子ということになるのでは?」
「先輩、ここにお菓子がありますよ?」
「うん? ありがとう?」
なにかやらかしそうな先輩に、目の前のテーブルに置かれている包装に包まれたお菓子を渡す。
不思議そうに首を傾げる先輩を横目に見ながら僕は話を続ける。
「ナギさんは、ハヤテさんと会ってどうでしたか?」
「安心した……かな。君の籠手を通して彼のことは知っていたこともあるけど、実際に話してみて信用に足る人物だということもよく理解できたし」
「そうですか……」
言葉には出さないが、ナギさんが獣人の皆さんに受け入れてもらえそうでよかった。
なにより、年齢的には隣の先輩とほぼ変わらない年頃なのだ。
だからこそ獣人の国が彼女にとっての新たな故郷になればいいなと心の底から思う。
「実は、君達に話したいことがあったんだ」
「話したいこと、ですか?」
なにかあったのだろうか?
首を傾げながらナギさんの話に耳を傾ける。
「この都市に入って、なにかおかしなことはなかったかな?」
「……? いえ……え、そういう騒ぎがあったんですか?」
そう質問するとナギさんは険しい表情のまま首を横に振る。
「ううん、騒ぎがあればファルガ様が異変を感じ取ってくれるだろう。……そういうのじゃなくて、違和感のようなものを感じなかったのかなって」
「現状で……違和感を抱くようなことはなかったはずです」
「私もウサト君と同じだよ。少なくとも私に害意を持つ輩はいなかったはず」
一瞬、人懐っこい表情でこちらに手を振ってくれた少年? の姿を思い浮かべるが、あれは違和感というには違う気がしたのでその考えを振り払う。
「殺気や悪意とかなら、なんとなく分かるんですけどね……」
「それはそれで結構おかしいと思う」
アマコにさらっとツッコまれる。
こう、肌がざわっとする感覚で分かる感じだ。
「なにもなかったならそれでいいんだ。もしかしたら、私が神経質になりすぎているだけかもしれないからね」
「……いえ、僕達も気をつけておきます」
予知魔法持ちで感覚の鋭いナギさんが警戒するのなら何かが起こる可能性は高い。
気を付けるように心がけていると、上階からリンカが降りてくる。
「ウサト! 父さんがウサトのことを呼んでるよ!」
「ん、分かった」
どうやらハヤテさんとは上階で話すことになりそうだ。
ばたばたと一階に降りてきたリンカは、僕達の元へと駆け寄ってくる。
その姿を見た先輩は、真顔のままこちらを向く。
「ウサト君———」
「先輩、ここにお菓子がありますよ?」
「雑じゃない!? 行動を起こそうとした私が言うのもなんだけど、私はお菓子で釣れるほど簡単な女じゃ―――」
「スズネ、ここのお菓子すっごい美味しいんだよ!」
「おいしいれす!」
即堕ちかよ。
テーブルを指さしたリンカの言葉を聞いた先輩は、ものすごい速さでお菓子を口に放り込み満面の笑みを浮かべる。
「ウサト! 父さんは、この階段を上ってすぐ前の部屋にいるよ!」
「ありがとう、リンカ。ちょっと先輩と一緒に遊んでもらっていいかな?」
「うん!」
「どうして、ウサトがスズネの保護者みたいなことを言うの……?」
「リンカも頷かないでよ……」
ナギさんとアマコの呟きを耳にしながら、僕は上階へと上がりハヤテさんのいる部屋へと向かう。
「やあ、久しぶり。ウサト」
「お久しぶりです。えぇと、お元気……ですか?」
久しぶりにあったハヤテさんの顔色は、お世辞にもいいとは言えなかった。
いや、病気とかそういうものじゃなくて、単純に疲れ切っているとかそういう感じのものであった。
「とりあえず……」
「うん?」
「治癒魔法、かけましょうか」
多分、ここに来るまでの過程とか色々な心労を抱えているんだろうなぁ。
それをすぐに察した僕は、まずは治癒魔法使いとしての仕事をしようと考えるのであった。
●
ハヤテさんに治癒魔法を施した後、テーブルで向かい合う形に座った僕はこれまでに起こったことについて話すことになった。
ヒノモトを出てから、今日に至るまでの道のり。
それをできるだけ簡単に話すと、ハヤテさんは感慨深いため息を零す。
「君がヒノモトに来た時のことを思い出すよ」
「ははは、あの時も結構無茶をしてしまいましたけどね」
「でも、その無茶があってこそ、今があると……僕は思うよ」
ヒノモトに来た時は最初からが波乱だったもんなぁ。
リンカから矢を放たれたりしたし、その後集落の獣人さん達と仲良くなったりと怒涛の展開が続きまくっていた。
「……トワは、今はどうなっていますか?」
予知魔法を他者へと移す魔具。
娘であるアマコに予知魔法による束縛された生活を送らせないために、カノコさんが作ろうとした魔具。
それは失敗に終わり、カノコさんは予知魔法を前族長であるジンヤさんに奪われてしまっていた。
今は、トワを逆に利用しカノコさんの予知魔法を元に戻したが、その後、トワがどうなっていたかはまだ知らない。
「今は分解して保管しているよ。本当は処分した方がいいんだろうけど、他ならぬカノコがそれを止めたからね」
「カノコさんは、もう一度トワを完成させようとしているんですか?」
「それは分からないらしい。少なくとも、今のヒノモトはそこまで予知魔法を重要視しているわけじゃないんだ」
必要としている訳ではない?
今も変わらず予知魔法使いはヒノモトにとって重要なことじゃないのか?
「予知魔法によって一時、ヒノモトは混乱の危機に陥った。もちろんそれは、カノコとアマコのせいではないのは理解している。しかしそれは、ヒノモトにとって予知魔法の認識を改めさせる切っ掛けとなったんだ」
「……」
「僕達は予知魔法にばかり頼っていいわけじゃない。未来だけではなく、現在を生きているってね」
月並みな発言だけれどね、とハヤテさんは照れくさそうに笑う。
これから予知魔法がどういう扱いになっていくのかは僕にも分からないが、なるべくいい方向に進んでくれたらいいなとは思う。
ハヤテさんはジンヤさんとは違い穏健派なので、それほど心配することもない。
「カノコさんはどうしていますか? 身体も大分良くなったと聞いていますが」
「あぁ、彼女はね。うん、元気だよ。むしろ元気すぎて困るくらいに元気だ……」
途端に疲れ切ったような表情を浮かべる。
その表情に「あっ」と察したような声を零してしまう。
「彼女は昔と変わらず自由すぎるところがあってね……目を離すとふらっとどこかへ行って、大騒ぎになったりしてもう大変だったんだ……。まあ、それは彼女が元気になったという証拠だから喜ぶべきことでもあるんだけど……」
そこで言葉を切った彼は、顔を挙げる。
「今更だけど、愚痴を呟いてもいいかな?」
「ええ、僕なんかで良かったら」
「ありがとう……! ありがとう……!」
この人は獣人族の族長として今日まで動いてきたのだ。
立場的にも部下の方たちに弱音を言えない彼に降りかかる心労は、とてつもないものだろう。
まあ、今はハヤテさんとの久しぶりの会話を楽しもう。
先輩とリンカという相性抜群コンビ。
次回の更新は明日の18時を予定しております。
次回は閑話となります。