第二百九十一話
昨日に引き続き二話目の更新となります。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
第二百九十一話です。
体感的に長いように感じた船での移動が終わり、僕達は無事にミアラークに到着した。
幸い、道中に騒ぎという騒ぎが起きなかったので、一安心しつつも気を緩めずに僕達は荷物を纏めミアラークの港へと降りることにした。
魔王とコーガ達を先導する形で港へと降りると、そこには知っている顔が出迎えにきてくれていた。
「カロンさん!」
「おう、しばらくぶりだな。ウサト!」
快活な笑みが印象的な大柄な男性、カロンさん。
以前、龍の力のせいで暴走していたミアラークの騎士だ。
彼は僕達に軽く手を振ると、次に真面目な様子で魔王へと話しかけた。
「ようこそおいでくださいました。魔王殿」
「む、ファルガの血族か」
「! ご存知でしたか……」
「当然だ。龍と人の混血など、そうそういるものではない」
魔王の言葉に照れくさそうに頭を掻いた彼は、胸に拳を当てる形の敬礼をした。
「自分がミアラークの女王ノルン様の元へご案内いたします」
どうやらカロンさんは城までの案内役のようだ。
魔王が了承したのを確認した彼は、次にこちらへ向く。
「あとは俺に任せて君達は宿の方に移動するといい」
「了解しました。宿の方は……」
「事前に知らせた通り、魔王殿の近くになっている」
ここからは魔王はノルン様、ロイド様、そしてファルガ様と対面することになっている。
僕達は一旦、護衛の任をカロンさんとレオナさんに引き継ぎ、この国での拠点宿舎へと向かう。
「前以上に精悍な顔つきになったな、ウサト」
「い、いえ、まだまだですよ」
「そういうところは相変わらずだなぁ」
僕の肩を軽く叩いたカロンさんは、レオナさんを見る。
「レオナ、寄り道せずに案内してあげろよ」
「分かっている。お前こそ、自分の仕事をしろ」
「ははは。じゃあ、また後でなウサト」
彼とミアラークとリングル王国、両国の騎士達が魔王と共に城のある方へ向かっていくのを見届けていると、あることに気付く。
カロンさんは、杖無しで普通に歩いているではないか。
「カロンさんの足はよくなったんですか?」
「日常生活に支障がない程度にはな。ファルガ様の魔術とポーション、それとリハビリによってなんとか快復する方向に向かっているんだ。さすがに以前のように戦いはできないがな」
「それでも十分ですよ」
本当によかった。
カロンさんが、杖無しで歩けるようになった事実にひたすらに安堵する。
すると隣にいる先輩が難しい表情を浮かべていることに気付く。
「先輩、どうかしましたか?」
「え、ああ……別の世界のカロンとは一度会ったからね。そう考えるとなんだか不思議な気分だなって」
「あー」
先輩は以前、カズキと共に平行世界の僕と戦っていたんだったな。
そこでその世界のカロンさんと遭遇していたことを忘れていた。
「平行世界の彼がそうだったのは、多分、ウサトが私と出会わなかったからでしょうね」
「そうなの? ネア」
「だって、カロンの龍の力が暴走したのは邪龍の魂が蘇ったからだもの」
ネアは僕を捕まえるために邪龍の亡骸を操ろうとして、そのはずみで邪龍の魂が蘇ってしまった。
その出会いそのものがなければ、邪龍の目覚めによって暴走するカロンさんはおらず、それで平行世界ではミアラークの勇者としてのカロンさんがいたということか。
「うーん、そう考えるとちょっとだけ寂しいわね」
「ちょっとだけって、自分に厳しいなぁ」
「実際、それほど心配してないわよ。平行世界の貴方は一応改心したんでしょ? それなら、いつかは私と出会うことになるでしょ」
妙に確信めいているな。
まあ、正直僕もそんな風に考えてしまっているけど。
「私はもう死んでるから出会うことはないけどね!」
『ボクも多分死んでるか、ものすっごい仇だから出会うこともないね!』
「『……』」
「落ち込むなら言わなければいいのに……」
「アホなのかしら、こいつら……」
どんよりと落ち込む先輩とフェルムに、僕とネアは呆れる。
そう、あちらにいる僕は、今僕がいる現実に辿り着くことはないのだ。
先輩とカズキがいない。
そんな現実に耐え切れなくて自分を傷つけてまで戦い続けた。
それが、先輩とカズキを救うことができなかった自分への罰になると思いこんでいたんだろう。
「それでも、戦う理由があったんだよな……」
きっと、あっちの僕には復讐以外に戦う理由があったはずだ。
それがあるから、最後の一線を踏み越えずに誰かのために戦い続けた。
「ねえねえ、ウサト」
「うん?」
「見てみなさいよ。ミアラークの街並みよ」
ネアの声に前を向くと、場所は港から城下町へと移動した。
街は人で溢れており露店や、市場のような海産物が売られている店がたくさんあった。
以前来た時とは全く違う光景に僕は、目を奪われる。
「ここは、人で賑わっている方が絵になりますね」
「この都市の光景を君達に見せたいと思っていたんだ。……前に君がここを訪れたときは、ミアラークの民は避難していたからな……」
前はカロンさんが龍の力に呑み込まれて暴走していたせいで、この都市の人々は別の場所に避難していたのだ。
そのせいでここはゴーストタウンと化していたので、今の人で溢れたこの街並みは僕にとっては初めて見る光景といってもいいのだ。
『なんか魚がたくさん売られてんなー』
「やっぱり人がいると活気があるわね」
僕と同化しているフェルムと、フクロウ状態で肩にいるネアも興味深そうに周囲を見ている。
闇魔法の魔力を表に出さずにはいるけれど、肩にフクロウを乗せている時点で周囲の人々から結構な注目を集めてしてしまっている。
『あれがウサト様に勇者様か……』
『彼のおかげで俺達はここにいられるんだな……』
『まだ子供なのに、立派ねぇ』
……いや本当にすごい注目を集めているんだけど。
やっぱりこの都市の勇者であるレオナさんがいるからだろうか?
僕が首をひねっていることに気付いたのか、苦笑しながらレオナさんはこちらへ話しかけてくる。
「君はこの都市を救った立役者だからな。勿論、顔も知られている」
「え……な、なんだかむず痒いですね……」
「それに加えて、戦争終結に関わる一人として、勇者スズネの色恋騒動の渦中の人物として、様々な意味で名前が広がっているんだ」
「「がはぁっ!」」
僕と先輩が同時にむせる。
魔王関係はともかく、ここで先輩のアレが響いてくるのは本当に不意打ちだった。
「ま、まさかここにきて過去の失敗が……ごめん、ウサト君、こればっかりはものすごく反省しているけれど……!」
「い、いえ、悪気がないのは分かっているので、今更責めるようなことはしませんよ……」
それにリングル王国から噂の修正を行ってもらったので、疑念こそあれど勘違いされるようなことはないはずだ。
というより、そう思いたい。
かといってこの注目の中に、そういう勘違いをしている人がいると思うと気が滅入る。
僕はともかく、先輩にとってもあまり気分のいいことじゃないだろうからね……。
「はぁ……ん?」
その時、ふと視界に街の人とは雰囲気の違う人影を見つける。
思わず足を止めてそちらを見ると、そこにいたのは旅人が着るような灰色のローブを纏った中性的な容姿を持つ少女? ……少年であった。
ローブに加えて腰には鞘に納められたカトラス? に似た曲刀を装備している。
赤みがかった黒髪をひとまとめに後ろに結っている彼はジッとこちらを見つめていたが、僕の視線に気づくと、人懐っこい笑みを浮かべてこちらに手を振ってくれる。
『ウサト、知り合いか?』
「いや、違うけど……とりあえず手は振っておこう」
無視するのも悪いし、律儀に手を振って返す。
すると、僅かに視線を動かした彼は不意にその表情を苦々しいものへと変える。
「———!」
「ん?」
遠目でも分かるほどの端正な顔を歪める彼に、どうしてそんな顔をされるのか分からない僕は首を傾げる。
僕に視線を送っているわけじゃないし、いっそのこと尋ねに行くか?
そう考えていると、立ち止まった僕に近づいた先輩が僕の肩に手を置いた。
「ウサト君、どうしたの? そんなところで立ち止まって」
「あ、いえ……さっき、そこの……って、いない?」
さっきまでそこにいた少年がどこにもいない。
近くに路地があるからそちらに行ってしまったのか?
「いえ、なんでもないです」
「そう? なら先を行こうか」
……一応、さっきの少年のことは覚えておこう。
今気づいたことだけど、さっき彼が表情を苦々しいものに変えた時、彼の見ていた先にはちょうど先輩がいたのだ。
もしかするなら、先輩に恨みを持つ誰かという可能性がある。
「先輩」
「んー?」
「誰かに恨みを買った覚えはありますか? 僕以外で」
「え、ないよ? ……って、君は私に恨みがあるの!?」
まあ、そうだろう。
この人がおいそれと人に恨まれるようなことはするはずがない。
……いや、ここで考えても永遠に答えは出ないだろう。
とりあえずこのことを報告しつつ、今自分にできることをしていこう。
●
レオナさんに案内され街を進んだ先は、以前までは湖の上だった区画だった。
どうやら、今度行われる会談のために都市を広くしたらしく、その上に魔王やこれからやってくる王族、その関係者たちのための宿を建設したらしい。
都市から伸びるように増設された区画にはいくつもの大きな宿が立ち並んでおり、これら全てが会談にやってくる人たちが泊まる宿だというからすごい。
短時間でこれほどの規模のものを作れるのは魔法の存在があるからだろうけど、ここが水上都市と呼ばれる所以がよく理解できた。
「フェルム、同化を解いていいよ」
『ああ』
宿についたところでフェルムとの同化を解く。
外観は宿というより豪華な屋敷って感じがしたけれど、中もかなり広い、
「分かってはいると思うが、君達はここで魔王の護衛、見張り役として住むことになる」
「もちろん分かっているさ。……カズキ君はロイド様のところかな?」
先輩の言葉にレオナさんが頷く。
「カズキ殿はロイド王の護衛として同じ拠点となっている。ここからそれほど遠くない距離にあるので会いに行ってみるといいだろう。ただ……」
フェルムへと視線を移したレオナさんが複雑そうな表情になる。
不思議そうに首を傾げる彼女に、レオナさんは重々しい声色で話しかける。
「魔族……フェルムは極力外を出歩かないようにしてほしい。ここに集まるのは他国の王族、その関係者達だ。魔族のイメージもそうだが、亜人差別を持つ者も多くきているだろう。だから―――」
「分かってる。ボクのために言ってくれているんだろ?」
「……すまない」
「いいよ。ありがとな」
魔族との戦いが終結したのは少し前の話だ。
未だに魔族に恐ろしいイメージを持っている国があってもおかしくはない。
フェルムもちゃんとそれを分かっている。
「というより、リングル王国がおかしいだけでむしろこれが普通だろ。変に気遣わなくてもいいよ」
「そ、そうか……?」
「ああ。外に行くときはウサトかネアに同化してついていくから問題ないし」
「フッ、私でもいいよ? フェルム」
「お前は生理的に無理」
「私、同じ女の子だよ!?」
フェルムの物言いにガビーン、とショックを受ける先輩。
後は……魔王にも同じことを言えるわけだけど、魔王、シエルさん。アーミラはそういう勝手なことをしないだろう。
問題はコーガだけど、奴に関しては僕が見ていればいいか。
「続きを話すぞ?」
それからレオナさんにこの宿についての説明を受ける。
まずここで働く従業員への配慮とサポートについてだ。
ミアラークは亜人に対して偏見や忌避感のない者を雇ったという話なのだが、やはり相手は背が高くて普通にしているだけで威圧感を放っている魔王。
亜人を怖がらない人でも怖がってしまうやべぇ人なので、そこはここを拠点とする僕達が助けるという話となった。
こればかりはしょうがない話なので僕と先輩は、この話を了承した。
「後はそうだな、これはあまり多用してほしくないが、この宿がある区画には訓練場が設けられている」
「訓練場? なぜですか?」
「これから、ミアラークに多くの国の王族か、その関係者が集まると言っただろう? 会談の数日前にやってくる団体もあるから暇を持て余さないように訓練場のような、娯楽目的の場所が用意されたんだ」
王族本人が訓練するわけ……じゃないよな? だとしたら観戦するような場所があるということか?
レオナさんの懸念は、僕が訓練場でやらかさないか心配しているのか。
「御心配には及びません。ここに滞在する間は救命団でしていたような訓練はしないと決めていますから」
「船内で逆腕立て伏せっていうおかしなことをしていたバカは違うわねー」
「絶対お前、別方向で変なことするだろ。知ってるぞ、ボクは」
「……」
僕は無言でフェルムとネアの首根っこを掴み、レオナさんへと振り返る。
「レオナさん、ちょっとその訓練場の場所教えてもらえませんか? ―――ちょっとこの子達とドライブしてきますから」
「う、嘘に決まってるじゃない!? だから旅先で訓練はやめてぇ!?」
「は、放せぇぇぇ!」
……。
まあ、さすがに冗談なので二人を解放する。
顔を青ざめさせる二人に、レオナさんは苦笑する。
「なにかあれば宿の者か警備をしている騎士に知らせてくれ」
「了解しました」
「私はこれからノルン様の元に戻る。後は頼んだぞ」
「はい。ここまでありがとうございました」
宿の扉から出ていくレオナさんを見送る。
彼女が扉を手にかけたところで何かを思い出したのか、こちらへ振り返る。
「ああ、そうだ。先ほど警備の者から聞いたんだが、君達以外に既に到着している者達がいたんだ」
「え? そうなんですか?」
「獣人の国ヒノモトの長殿だ。彼のいる宿に、アマコもカンナギ殿もいるから訪ねてみてはどうだ?」
ハヤテさんが来ているのか!?
たしかに、ミアラークとヒノモトは隣同士にあるから早く来ても全然おかしくないな。
魔王たちが戻ってくるまでまだまだ時間があるから、それまでにハヤテさんに挨拶しにいこうか。
ミアラーク到着&謎の人物登場回。
何気にIF世界のカロンが覚醒済みなので、邪龍の目覚めに影響されることがないという面白展開が起こります。
今回の更新は以上となります。
次回の更新をお楽しみに。




