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閑話 彼女から見た救命団

お待たせしました。


今回は閑話を更新いたします。

時系列的には、お墓参りから数日ほど前となります。


カンナギ視点です。

 久しぶり……というより数百年越しに訪れたリングル王国は驚くほど変わってはいなかった。

 亜人差別が未だにあるこの世界で、私を見ても誰も顔を顰めないし、むしろ歓迎してくれているほどだ。

 改めて、あの時ヒサゴをここに連れてこれなかったことを少しだけ後悔しながらも、私はこのリングル王国で生活することになった。


 滞在している間に泊まる場所は、ウサトの住んでいる救命団の宿舎。

 私の中の私が、一瞬だけ表に割って入り主張したことで決定づけられてしまった宿泊場所ではあるけれど、唯一私が不安なく泊まれる場所なのは確かだった。

 リングル王国にやってきて数日は、城で色々と質問をされたり、話をしたりで中々に大変だった。

 特にウェルシーを含めた学者の人達の鬼気迫った表情は少し怖かった。


「———久しぶりだな、カンナギ」

「お久しぶりです、ファルガ様。老けましたね」

「相変わらず失礼か、貴様」


 そして、ファルガ様だ。

 私が封印される以前に見たときより、老いはしたけれどその存在感は全く変わらない。

 広間の噴水を模した魔具での交信で彼と会話をしたが、やはりというべきか私の中の私―――ファルガ様が武具として切り離した力が変質した魂について聞いてきた。


「貴様は我ではなく固有の魂として存在している。ならば、貴様は我でもカンナギでもない、意志を持った生命だ。……言うことなど、何もない」


 そこまで会話し、私の中の私がファルガ様に質問したいことがあると言ってきた。

 何やら真剣な様子だったので彼女の意識と私の意識を切り替えさせると、私の口が勝手に動き出す。


「ファルガ。どうして、クレハの泉なんてものが存在している」

「……」

「そもそもあれは、元からミアラークに存在していたものなのか? お前自身、そこ(・・)から離れられないほどに守らなければならないほどのものなのか?」

「……」

「平行世界の予知。そしてウサトがミアラークを訪れたことで初めてクレハの泉なんて物騒な存在を知ったんだ。ファルガ、クレハの泉は……人を狂わせる泉は、どこからやってきたものなんだ?」


 彼女の質問にファルガ様は暫し無言を貫く。

 この場には私以外にロイド王たちがいる。

 彼が口を噤むと言うことは―――今の段階で言うべきではない話ということになる。


「ここでは言えぬ。何が(・・)聞き耳を立てているか分からないからな」

「……分かった」


 そこで引き下がった彼女は、私の内側に引っ込んだ。

 身体の主導権が戻った私達を、ファルガ様が見る。


「世界が動く、人が、亜人が―――そしてあの若造が封印し、解き放たれた世界の裏側に潜む者達もな」

「……またあいつかぁ……」


 その言葉だけで大体を察してしまう。

 ヒサゴが抱いていた世界への絶望と希望。

 ごちゃまぜになったそれらは、今を生きる人々に牙を剥く。


「これは人間だけの問題ではないだろう。複雑な心境ではあるが、今は魔王はこちら側にいる。奴にも協力させよう」

「貴方様が話すのですか?」

「……ああ。非常に、非常に面倒ではあるのだがな」


 ドラゴンの顔だけどすごく嫌そうなのは分かる。

 ファルガ様と魔王は、以前は水と油みたいな立ち位置だったからなぁ。

 そりゃ、嫌そうな顔をするのも分かる。

 しかし、必要なことだろうから、これ以上なにも言わずに任せるしかない。

 ヒサゴが残した負の遺産―――現代を生きる人間達への試練。

 それがいったいどのようなものかは分からないが、この時代の人々のために私も頑張らなければ。



 城での話を終えて、救命団の宿舎に戻る。

 すると、その道中でいつものように走り込みをしている救命団の強面と呼ばれる彼らと会う。

 彼らは私の姿を見つけると、足を止め―――、


「「「「「お疲れッす! カンナギの姉御ォ!!」」」」」


 ———そんな、衝撃波が飛んできそうな勢いのお辞儀と声が飛んでくる。

 ローズさんと手合わせの一件から、彼らは私を変な名前で呼んでくるのだ。

 思わず頭を抱えていると、強面達が声をかける。


「カンナギの姉御! どうしたんですかい!」

「ウサトのバカ野郎でも呼んできますか!?」

「待って、圧が凄いからちょっと離れて。あと姉御はやめてね……?」


 色々ともうテンションがすごい。

 私、獣人なのにこの人たち毛ほども気にしてない。

 私の言葉に彼らは総じて首を傾げた。


「だって、団長と渡り合うやべぇ人、最早姉御と呼ぶしかないでしょ」

「私、年下だよ……?」

「うちには年功序列とかないんで」


 言われてみれば、たしかにそんなことないな……。

 でもウサトに対しては、いつも喧嘩腰なのはなぜだろうか?

 ……あ、そうだ。


「ウサトは、今訓練中かな?」

「ウサトの野郎ですか? あいつはついさっきまで走り込みしていたんですが、今は訓練場にいると思いますよ」


 訓練場か。

 お礼を言うと、彼らは威勢のいい返事を返してくれる。

 救命団という場所の異質さを改めて確認しながら、私はウサト君のいる訓練場にまで移動する。


「本当に毎日が訓練なんだね」

『だからこそ、ウサトはああなったんじゃないか?』


 私の中の私がそう呟く。

 勇者二人と違って、ウサトにこれといった戦いの才能があるわけではない。

 私のように異常に身体能力が高いわけでもない。

 治癒魔法を用いることで無理やり伸びしろを増やし続ける無理やりなもので、強くなり続けるのだ。

 彼の特異な部分があるとすれば、その精神性にこそあるのだろう。

 彼は、折れない。

 どんな状況に立たされても、どんな絶望的な状況でも決して諦めない。

 その常軌を逸した鋼の精神は、ついに魔王に負けを認めさせるにまで至った。


『あの女の訓練もそれで乗り越えられたんだろ』

「そうらしいね。ははは……」


 彼がローズさんにどのような訓練を施されたのかは見ていない。

 ただ、彼以外に誰も達成したものがいない―――ローズと同じ治癒魔法使いを作り上げるものであれば、まさしく並みの精神では超えることすらできないものなのだろう。


『お前から見て、どうなんだ?』

「どうって?」

『一度、手合わせしてただろ』

「お互いに本気じゃなかったけどね」


 程度は違えど、ローズさんと同様に本気でやったら周囲を破壊してしまうことには変わりない。

 なので、軽い気持ちでウサトと手合わせをしたことは記憶に新しい。

 同化をしない状態の彼は、右腕の籠手を巧みに操り私の振るう刀を悉くはじき返してみせた。

 彼の並外れた反射神経と強固な籠手による防御は、まるで刃の通らない鉄塊を相手にしていることを錯覚させた。


「あ……」


 訓練場に入るとすぐにウサトの姿を見つける。

 彼は入り口付近の石でできた四角形の重りの傍で訓練をしているようだ。

 すぐに彼に声をかけようと思い、近づいてみると―――よく見ると彼は立っている訳ではなく、逆立ちをした状態で片腕での腕立て伏せ? を行っていたのだ。


「ぬ、ッ、うぅぅん! ナック、まだいけるかァ!」

「まだまだ平気です……!」

「よォし……! 後、少しだぞ!」


 隣で普通に腕立て伏せをしているナック君に声をかけながらも彼は、身体全体を支える右腕をゆっくりと曲げ、元の位置に戻している。

 しかも、身体に重りを巻き付けている時点で普通の訓練ではないことが分かる。


「えぇ……」

『訓練方法が力技すぎる……』


 なんというか、見ているだけで普通に疲れてくる訓練法だ……。

 私もできないことはないんだろうけど、いったいどれくらいの時間をやっているのだろうか。

 なんだか邪魔するのも悪いので遠目でその訓練を見守ることにした。


「ナック、辛かったら休んでもいいんだぞ?」

「ま、まだいけます!」

「……よし!」


 さりげなくナック君に治癒魔法を飛ばすウサト。

 そのまま延々と彼らが訓練する光景を見ている訳だけど―――、


『お、終わらない……!? どういうことだ、カンナギ! 終わらないぞ!?』

「あ、あはは……」


 そう、全く終わる気配が見られないのだ。

 ナック君に関してはウサトがちょくちょく治癒魔法を飛ばしているので、回復しながら訓練しているのが分かるのだけど、当のウサトは治癒魔法を全く自分に使っていない。

 なのに、延々と倒立片腕立て伏せという荒行を続けているのだ。


「よし――」

「あっ、ようやく――」

「次は左腕だな」

「……」


 終わったと思ったら、左腕になってまた続けられる。

 そのまま同じ時間だけ、訓練を続けた後にようやくウサトは倒立の状態から元に戻る。

 色々な意味ですごいなぁ、とやや黄昏ているとウサトが私に気付いた。


「ナギさん。すみません、気づかなくって」

「あ、うん。……ナック君は大丈夫?」

「だ、だいじょうぶ、れす」

「よく頑張ったぞ、ナック」


 息を乱しながら地面に倒れ伏すナック君に治癒魔法をかけながらウサトは穏やかな笑みを浮かべる。

 ……未だに治癒魔法を使ったようには見られない。


「ウサト、疲れてないの?」

「え、いえ、治癒魔法を使いましたから大丈夫です」

「……え、いつ?」

「? ついさっきです」


 ……。

 もしかして、私の目でも気付けないほど早く自分の身体を治癒魔法で癒したの?


「き、気づかなかった」

「ははは、これも魔力回しのおかげかもしれませんね。これのおかげで全身に魔力を巡らせる効率と速さがぐんと上がった気がします」


 そう言ったウサトは、私に魔力弾が浮かべられた手を見せてくる。

 それは人差し指から、中指、薬指と、次々ととてつもない速さで移動していく。

 魔力の基本をとことんまで突き詰めたことで、私にすら気付けないほどの治癒を行えるようになっていたってこと……?

 彼の技に唖然とさせられていると、先ほどまで倒れていたナックがすくりと立ちあがる。


「ウサトさん、まだまだいけます」

「じゃあ、今度は回避訓練でもやろうか?」

「魔力弾を避けるアレですか?」

「うん。……あ、そうだ」


 ウサトが顎に当てて何かを考え込む。

 どうしたのだろうか?


「本当は団長とやろうと考えていた訓練法があるんですけど……ナギさんとなら、もしかすると……」

「え? なにかな? 私で良かったらなんでも力になるよ」


 役に立てると思いやや食い気味に了承する。


「ありがとうございます。結構簡単なので説明しますね」


 歩き出したウサトについていく。

 大体、ナック君のいる場所から十メートルほど離れた場所で止まる。


「ここに立ってください」

「うん」

「今から、キャッチボールというのをやります」

「スズネとやっていた魔力弾を投げ合うやつかな?」

「あ、そうです」


 ウサトの籠手から見ていたアレだ。

 笑顔で頷いたウサトは、私から20メートルほど離れると、その手に弾力付与で包まれた魔力弾を作り出す。


「今からこれを投げるので、投げ返してきてください。コツは取ったらすぐに投げ返すことです」

「わ、分かった。早くてもいいからね」


 了解、と呟いた彼が腕を振るい魔力弾をこちらへ投げてくる。

 私はそれを手で受け止め、すぐに返す。

 それを五往復ほど続けたら、ウサトはもう一つ魔力弾を作り出し追加する。


「数も増やしていきますよー」

「あ、楽しいね、これ」


 二つ、三つとお手玉のように増えていく魔力弾。

 心なしか、こちらを見ているナック君の表情がどんどん青ざめていっているように見えるけど普通に楽しい。

 投げたり受け止めるのが楽しい。

 弾力付与の効果が消えて魔力弾が消えていくごとに追加されていくため、今のところ三個までが限界のようだ。

 一旦、魔力弾を全て消し去り手を止めた彼は、私に笑いかけてくれる。


「どうですか? 大丈夫そうですか?」

「全然、大丈夫。でもこれがどうやってナック君の訓練になるのかな?」

「それも今から説明します。ナック」


 ウサトが彼の名を呼ぶとすぐにやってくる。

 ウサトは、自身と私のいる位置の間あたりを指さす。


「ナック、僕とナギさんの真ん中あたりに立ってくれ」

「は、はい?」


 なにかを察知したのか躊躇しながらも、私達の丁度真ん中に移動するナック。


「た、立ちましたけど……」

「よし、じゃあ、始めようか」

「「え?」」


 弾力付与で包まれた魔力弾を作り出したウサトが、魔力弾を投げる。

 それをギリギリでナック君が避けると、その後ろにいる私が魔力弾を受け止める―――が、


「え、え? でもナック君が間に……」

「ふふふ、実は前だけではなく、後ろからの魔力弾も避ける訓練なのです」

「「……」」

「さあ、ナック、治癒魔法だから安心して訓練だ!」


 続けて魔力弾を作り出すウサトに、ナック君が頬を引き攣らせながらこちらを見る。

 な、なんでも手伝うとはいったが、まさかこんな恐ろしい訓練をすることになるとは思わなかった。

 だけど、理にはかなっている。

 理にかなってしまっている事実は否定できない……!

 たしかに回避力を鍛えるためにはいい訓練法だ……!


「ナック君、私も心を鬼にするよ!」

「る、るるる、ルクヴィスの、悪夢再び……!?」

「避けてみせろナァァック!!」

「ひぇぇぇ!?」


 私とウサト君の間に魔力弾が飛び交い、少年の悲鳴が響き渡る。

 これが救命団の訓練……!

 恐ろしいけれど、それから得られる成果は凄まじいものがある……!

ナック、地獄のドッジボール訓練でした。


そして魔力回しとかいう地味だけど、やべぇ技。


次回の更新は明日の18時を予定しております。


※コミカライズ版、治癒魔法の間違った使い方、第六巻についての活動報告を書かせていただきました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 裏のカンナギ『こ れ は ひ ど いWWW』
[良い点] 最後の最後に笑いを堪えられませんでした [一言] ルクヴィスの悪夢再来!
[一言] 結局のところ、最後にモノを言うのは地道な努力なんだと思いますよ。 ウサトのは規格外ですがw
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