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第二百八十四話

三回目の更新となります。

前話を見ていない方は、まずはそちらの方からお願いします。


 僕達が魔王領から帰ってから半月。

 その間に、リングル王国を中心として世界は大きく動くことになった。

 魔王という人間にとっての恐怖の対象が指揮していた魔王軍―――魔族が降伏したこと。その衝撃は並みのものではなく、リングル王国の人々だけではなく、他国も動揺を隠せなかったようだ。

 中には魔族を滅ぼすべき、だとか魔王をなぜ生かしたなどという意見も出ている。

 その話を、救命団に訪れたウェルシーさんに聞いたときは、予想していたとはいえ複雑な心境にさせられた。

 ……そして、各国の会談の話だ。

 これは、僕も度々城に呼ばれて話を聞くことになったけれど、まさか会談が行われる場所がミアラークになるとは思いもしなかった。

 さすがに、子供たちの集まるルクヴィスで行われるとは思ってはいなかったけれど、まさかファルガ様のいるミアラークだなんて想像もしていなかったからだ。

 主な利点としては、ミアラークからは多くの船が出ているということだろう。

 港さえあれば、あとは船でミアラークまでスムーズに進めるのは、多くの人が集まる会談に最適らしい。


『貴様達は魔王を迎えて船に乗せろ。レオナも向かわせるが、絶対に奴から目を離すなよ』


 その際にさらっと大役を任されてしまったのだけど。

 また魔王と会うことになるのは、ちょっとアレだけれど彼のことを幾分か知っている僕達でないと務まらないという判断からだろう。

 その際には、ナギさんもついてきてくれるだろうし、幾分か安心できる。

 そして、ナギさんについてだけど―――今日、彼女がリングル王国にようやくやってくるのだ。


「そろそろ到着かな?」

「もうすぐだと思う」


 リングル王国の外に通ずる門の前で、僕とアマコは魔王領から帰ってくるナギさんを待つ。

 リングル王国から、魔王領へ見張りとなる兵士達が派遣されたことで、ナギさんがこちらに来ることができるようになったのだ。

 ……本当はもう少し早く来ることができたらしいけれど、数日間派遣された兵士達の人柄を見てくれていたので、今日まで遅くなってしまったらしい。

 彼女がこちらに来ると決めたのなら、派遣された兵士さん達は大丈夫ということなのだろう。


「ウサト、ネアとフェルムは?」

「ん? 訓練だよ」

「あぁ、いつも通りね。じゃあ、ウサトはここにいていいの?」

「ロイド様からの命でもあるからね」


 まあ、日の出と同時に起きて訓練しているからサボっているわけではないんだけれども。


「サルラさん、ナギさんと会ったらびっくりするかもしれないね」

「姉妹に間違われそう……」

「ははは、ならカノコさんはどんな反応すると思う?」

「カンナギを私と間違えて、私をウサトとの子供と間違う」

「笑いが引っ込んだわ」


 どんな間違いだよ。

 アマコの身長そのものが変わっているじゃないか。

 でも、あの人のことだから、あながち冗談とも思えないのがなぁ……。


「そういえば、カンナギはどこに住むの?」

「あぁ、順当に行けば城の方になるんだけど、もしかしたら救命団の方になる可能性もある」

「え、なんで?」

「昨日、団長に使っていない部屋の掃除を指示されたから」


 実のところ、ロイド様もナギさんの扱いに困っている部分はあるのだろう。

 彼女にとってどのような環境がいいのか分からないので、いくつか住む場所の候補を用意しているというのがローズの考えだ。


「うーん、サルラさんに相談しないと分からないけど、私のところもアリだと思う」

「たしかに」

「同じ獣人だし、一応遠い家族みたいなものだしね」


 遠いといっても、横にというか縦に遠い感じのアレだけども。

 でも、もしナギさんが救命団の宿舎を選んだら―――、


「僕としては、ナギさんと団長で腕相撲をしてほしいところだ」

「……ローズさんが負ける姿、想像できる?」

「……」


 想像、できない。

 そもそも魔王領から帰った時はすっかり忘れていたけど、あの人出発する前は大怪我してたはずだよね?

 ネロ・アージェンスの魔剣に切り裂かれた左肩。

 普通に重症だったはずなんだけど、帰ったら普通に団長室でけろりとした様子で座っていたから、怪我のこと自体忘れていたわ……!

 マジで不死身なんじゃないのあの人……?


「———あ、そろそろ来るよ」

「ウサト様ー、到着しましたよー」


 我が師匠であり上司の出鱈目さ加減を改めて認識していると、扉の守衛をしている顔馴染みの兵士、トーマスさんがこちらへ声をかけてくる。

 彼に返事をしながら、馬車が通れるように横にずれる。

 重厚な扉が開け放たれ、そこから見慣れた馬車が進み―――僕達の前で停止する。


「……ここが、この時代のリングル王国かぁ……」


 馬車から鞘に納められた刀を腰に携えた少女が出てくる。

 空の眩しさに目元に手を当てながら出てきた彼女―――ナギさんは、リングル王国の街並みに目を移す。


「ナギさん!」

「あ、ウサト、アマコ、半月ぶりだね!」


 僕とアマコの姿に気付いた彼女は、こちらへ駆け寄ってくる。


「———わッ、お、とっとと……!?」

「?」


 目の前で、唐突にバランスを崩した彼女が不自然に立ち止まろうとする。

 とりあえず倒れると危ないので、彼女の肩を支えるように受け止める。


「大丈夫ですか?」

「あ、ご、ごめん! ずっと座っていたから足が痺れちゃったみたいだ! うぅ……内なる私ィ……!」


 何かを呟いているけど、怪我はないから別にいいか。

 気を取り直したように僕から一歩だけ距離を取ったナギさんは、僕とアマコの手を取って明るく笑いかけてくれる。


「また会えて嬉しいよ!」

「僕達もです。久しぶり……というより、何百年ぶりのリングル王国はどうですか?」

「うん。さすがに変わっているところが多いけれど、空気が同じだ」


 喜んでもらえているようでよかった。

 過去で、彼女は二度リングル王国に訪れることはなかったらしいからな。


「僕は貴女を城に案内するように言われているのですが……ここからは歩きで行きますか?」

「そうしようか。私も久しぶりの人の街並みを見てみたいし」

「分かりました」


 馬の手綱を引いてくれている兵士さんに、ここから先を任せてもらうように説明した後に、ナギさんを含めた僕達は城に向かって歩き始める。


「……うーん、こういうところは変わってないなぁ」

「何がですか?」

「獣人の私を見ても、睨まれないところ」


 街の方を見れば、僕達の姿を不思議そうに眺めている街の人々がいる。

 むしろ不思議そうに見られているのは僕のせいかもしれない。

 そんなことを考えていると露店を開いている女性が、声をかけてくる。


「あら、アマコちゃんのお姉ちゃんかい?」

「うーん、どちらかというと……先祖の妹?」

「ごふっ……」


 謎の衝撃を受けたナギさんが後ずさる。

 咄嗟に支えると、彼女は頬を引き攣らせながら胸元を押さえている。


「ナギさん、大丈夫ですか!?」

「いや、あの、割と現実を見せられて……ふ、ふふふ、先祖の妹て……そっかぁ、私、生まれた年考えると何百歳なんだ……」

「実年齢は、違いますから」

「うん、うん、分かってるぅ……」


 よくよく考えるとアマコとナギさんの家族関係ってすっごい複雑なんだな。

 だって、ナギさんからしてみれば、アマコは彼女のお姉さんの子孫みたいなものだし。


「複雑な関係」

「まあ、そうなの?」

「うん」


 なにやらアマコが無自覚に話をこじらせている感じがする。

 なぜか僕の方を見て神妙に頷いた女性を疑問に思いつつも、ナギさんを立たせて前に進む。


「うん? なんだか前の方が騒がしいね」


 ナギさんの呟きに前方を見ると、通りにいる人たちが何かを察したように横にずれていくのが見える。

 それだけで何かを察した僕はアマコと共にナギさんを横に移動させる。


「ナァァック! まだへばってねぇだろうなぁ!」

「はぁい!」


 前方から暑苦しい声と、子供の声が聞こえてくる。

 その姿が鮮明になっていくと、七人の集団がこちらへやってくる。


「頑張れ! テメェならいけるぜ!」

「まだガキなのに大した奴だよォ! オメェはよぉ!」

「水分補給は忘れるんじゃねぇぞ!!」

「限界だったらいつでも言え! きつかったら足遅めてもいいぜぇ!」


「あ、ありがとうござぃぁぁす!! ぎゃ、がんばりまずぅ!!」


 五人の強面共が少年を取り囲みながら走っている。

 控えめに言って誘拐現場にしか見えない光景にため息をついていると、その後ろで死んだ目でついてきているフェルムと、その頭の上に乗っているネアを見つける。


「もうやだ、こいつら」

「なんで、こいつらナックにだけ甘いんだ……?」


 フェルムが訓練してくれているようで安心した。

 ネアは、体力的に余裕はないので参加してくれるだけ上出来だろう。

 すると、目の前までやってきた強面達が僕の前で止まる。


「おう、化物! テメェはサボりかこの野郎!」

「丁度いいぜ! ナックに治癒魔法をかけてやれ!」


 言われなくともかけるわ。

 トングとミルをスルーしながら、疲れ果てているナックに治癒魔法をかけてあげる。


「大丈夫、ナック? 凶悪な人相に囲まれて、辛い思いしてない?」

「「「「「あぁ?」」」」」


 凶悪な顔で威嚇してくる強面共に、肩を竦める。

 ナックに親切にするのはいいけど、僕との扱いがまるで違うのはどうかと思うよ?


「あのさぁ、お前ら。僕が救命団に入った時と、全然態度違くない? 差別はいけないよ、差別は」


 そう言ってやると強面共が鼻で笑いやがった。


「は? 団長のマジ訓練についていく化物になんで優しくしなきゃならねぇんだ」

「テメェとナックを一緒にするなよ」

「お前、割と最初から俺達みてーなもんだったろ」


 ……。


「テメェら帰ったら表出ろ。誰が上官か思い知らせてやる」

「そういうところだと思うぞ……」

「顔は違うけど、ウサトって強面側よね……」


 フェルムとネアの囁き声を聞き流す。

 後で強面達とは決着をつけるとして、今はナギさんの案内を優先させよう。

 強面達とナックが訓練を再開させる姿を見送りつつ、ナギさんとアマコへと振り返る。


「さあ、城の方に行きましょうか」

「実際に見ると、すごいね……救命団。ウサトの変わり様とか……」

「救命団はこの国の名物みたいなものだからね」


 街の人の慣れた反応を見る限り、アマコの言葉があながち間違っていないのがね……。

 気を取り直して歩き始める。

 ちょうどいい機会なので、あらかじめ聞こうとしていたことを尋ねてみる。


「ナギさん、僕達がこっちにいる間、そっちはどうしていましたか?」


 街中なので魔王と魔王領という言葉を省いておく。 


「思っていた以上にあいつは大人しかったよ。なにか変なことをしようとすれば止めるつもりだったけれど、ずっと都市の復興に戦後の処理に力を注いでいたみたいだし」

「なるほど……」

「リングル王国からの兵士達が来た後も何日か様子を見ていたけど、特に問題も起こらないようだったし、今のところは大丈夫だと思う」


 魔王も魔王で魔族のために動いてくれているようだ。

 まあ、それほど疑っていたわけではなかったけれど、掌を返されるようなことをされなくてよかった。


「……これから、さ」

「はい?」

「どうしようかな、ってずっと考えていたんだ」


 リングル王国の街並みを眺めながらナギさんがそんなことを呟く。


「この世界は私のいた時代じゃない。あれほど戦った魔族も、魔王も敵じゃない」

「そうですね……」

「ちょっとだけ、私は生きる意味を見失っていた」


 ナギさんの過去を見る限り、彼女は戦いの中をずっと生きていた。

 本来なら魔王を倒して、普通の生き方をできると思った矢先にヒサゴさんに封印され、数百年先の未来に目覚めてしまった。

 彼女の心境は、推し量れるものではない。


「でもよく考えると、私ってそれほど知り合いもいなかったし、どの時代でも変わらないって気付いて、へこんだ」

「えぇ……」

「戦ってばかりの人生だったから、これから違う道を選べるのかなって考えたら不思議と前向きになれたよ」


 そうか……そうだよな。

 ようやく、戦い以外の道を歩めるんだよな、ナギさんは。


「ヒサゴが私を封印したことには意味があると思う。具体的には、奴が残した“何か”を止めるためとか。……あとは、君かな」

「僕ですか?」

「うん、君が魔王と関わっていくのなら、また面倒ごとに巻き込まれるかもしれないからね。その時は、私が力になるよ」


 面倒ごとに巻き込まれるのは普通に嫌だけど、ナギさんが助けてくれるのは普通に心強い。

 

「あ、その前に里帰りだよ。里帰り。リングル王国の後はヒノモトを見てくるよ」

「カンナギの銅像があった場所だね」


 ボソリと今まで無言だったアマコがそういうと、またナギさんは謎の衝撃に後ずさりする。

 そういえばリンカの実家である集落に、ナギさんの像があったんだな。

 本人からすれば、あれはなんともいえない気持ちになっているのかもしれない。


「……わ、忘れてたぁぁ……。どうしよう、現地で現人神みたいなことにならないかなぁ」

「貴女が私にされて、私が貴女の娘と認識される可能性がある」

「どういうこと……!?」


 大騒ぎになることは間違いないだろうな。

 今のうちにヒノモトにいるハヤテさんにナギさんのことを伝えておくべきだろうか?

 ……これ以上、ハヤテさんの胃にダメージを与えたくはないけれど……。


「カンナギが里帰りする時、私もついていく」

「え、アマコも?」

「うん、魔王軍のこととか片付いたから、母さんにも会いたいし」


 里帰りか。

 ……。

 いや……これ以上、考えるのはよそう。

 それより、ヒノモトか。

 今度、会談が行われる場所はヒノモトから最も近い人間の住む都市、ミアラークだ。

 もしかしたら獣人達の長であるハヤテさんも参加するかもしれないな。


「……そうなったら、他の亜人も来る可能性もあるってことか?」


 確証はないけれど、そんな予感がする。

 そもそも、ここにはエルフ族の族長の娘であるフラナさんもいる。

 僕の懸念が現実になるとしたら、魔王を中心とした会談は中々に混沌としたものになりそうだ。


「あ、ウサト。カンナギがどこに住むか聞いてみたら?」

「ん? ああ、そうだね」

「何の話?」


 アマコの言葉に我に返る。

 彼女がどこに住むのか、今のうちに説明しておこう。

 選択肢としては、先輩やカズキと同じような城での暮らし。

 救命団の宿舎。

 まだ決まっていないが、アマコの住まわせてもらっている家。

 その選択肢を聞いたナギさんは―――、


「む、むむむぅ」


 ものすごい葛藤を見せていた。

 ……そ、そこまで葛藤するようなことがあるのかな?


「じゃ、じゃあ、アマ……っ」

「……?」

「———いや、救命団でお願いしよう」


 がくん、と不自然な硬直の後にやや声を低くしたナギさんがそう言葉にする。

 すぐにハッと我に返ったナギさんは、頭を抱えた。


「わ、私の中の私ぃぃ!」

「……ウサト、カンナギって面白いね」

「ははは……」


 もしかしてもう一人のナギさんが答えたのかな?

 とりあえず、ナギさんを城に送ったら彼女が救命団の宿舎に来るとローズに報告しにいこうか。 

色々と賑やかな回となりました。

ナックには無駄に優しい強面達。なお、傍から見ると中々に危ない光景……。


次回で第十二章、最終話となります。

なるべく早く更新する予定です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今も昔も変わらず、何処と無くほんわか風味なリングル王国……滅びずに残ってる辺り凄いよなぁ しかも、魔族への防波堤の1つみたいな立ち位置にあるのにも関わらず、順応性も民度も高いから無理に…
[一言] うさとが地球へ帰るifストーリーでアマコ、フェルム、ネア、ブルリンが無理やり引っ付いてついて行く時に全員同化して全部混ざった女の子うさこの日常を見たい。
[一言] 内なる私ィ
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