第三十話
お待たせいたしました。
前半はカズキ視点
後半は主人公視点です。
明朝、この広大な平原を見据えながら、震える右手を王様から頂いた剣に添える。
「大丈夫……大丈夫……」
自分に言い聞かせるように、言葉を口ずさみ不安を紛らわせる。
開戦は魔王軍の影が現れたと同時。正直に言えば、魔王軍なんて来なければいいと思っている。来なければ戦わなくてもいいし、この世界で知り合った人達を亡くさないで済むから。
勇者である俺と先輩の役割は、開戦時、魔法で敵兵を迎撃しつつ味方の兵と共に、敵将までの道を切り開き、可能ならば敵将を討ち取る事。あくまで可能なら……だ。その事をシグルスさんは強調して言っていたが……恐らく俺たちの身を案じての言葉だろう。軍団長である彼は、元一般人の俺たちを戦わせることに罪悪感を感じていた。
「カズキ君、無理はするな。戦うのが嫌なら後方に――――」
俺の隣にいる先輩が、労わるようにそう告げる。
「大丈夫です。俺の事は心配いらないです」
「そうは言うがな……」
「先輩だって、色々不安じゃないんですか?」
「不安は感じているさ……でもねこんな時に言うのは何だが……正直言って高揚している」
高揚?元の世界で副会長として彼女に付き従っていたが、こんなあやふやな言葉を使う先輩はあまり見たことがない。
しかし……なんとなく先輩の言いたいことは分かる。だからこそ俺は―――
「先輩の気持ちは俺には分かりませんよ」
「ふふっ、そうだろうな……ウサト君曰く私は「変な人」らしいからな。普通とは違う頭をしているだけさ」
「変な人?ウサトがそう言っていたんですか?」
なんと、ウサトはそのような事を先輩に向かって言ったのか。
「ああ、私とウサト君が行方不明になった時の話だけどね……まあ、今は話す事じゃないね。無事帰れたら話すとしよう」
「帰ったら……ですか」
「帰らなくちゃいけない理由ができただろう?」
ニコリとこちらに笑みを向ける先輩。
こんな緊迫した最中でも、こんな表情を浮かべられるのはこの人だけだろうな。悪く言えば緊張感がないと言われそうだが……良く言えば頼もしい。
「ええ、それに……俺には帰りを待っている人がいますからね」
「……カズキ君、その台詞は少しマズイと思うんだ」
「どういう意味です?」
「え!?ああ、気にしなくていいんだ……そう、気にしなくていいんだ」
途端に表情を青くさせ、平原の方に目を移す彼女に疑問を隠せない。何か変な事を言ってしまったのだろうか。
若干挙動不審な彼女に疑問の言葉を掛けようとした瞬間、体を包み込むような強烈な悪寒が全身を駆け抜ける。思わず平原の彼方に目を向ける。
しかし、未だ魔王軍の姿はない。……だが近づいてきているのは分かる。
先輩も緊迫した面持ちで平原の先を見つめている。
「先輩!」
「……来たな」
恐らく、シグルスさんも気付いているはずだろう。
現に、悪寒を感じてからすぐに、部隊それぞれに伝令が飛び交っている。作戦通り、魔法専門の兵士が前衛に出始める。
「……私達も準備するぞ」
「分かっています!」
ゆっくりと深呼吸し息を整え、魔力を高める。
俺の魔法は、光……この魔法が魔王軍にどれだけ効くかは定かじゃないが……やるだけやってやる。体中に力が循環する感覚に体を慣らしてゆく。
やはり慣れないモノだ。魔力を感じる事なんてね。
『我らが王国軍は、魔王軍を打倒するため力の限りに戦う!』
後方で指揮をしているシグルスさんが、兵の士気を高めるために声を張り上げている。彼の声に応じて兵の眼光は次第に鋭くなっていく。
『我らが王の為ッ!民の為ッ!リングル王国の為に!!』
何時しか彼らの瞳には不安が消え、兵を鼓舞するシグルスさんと共に声を張り上げる。約1500人の兵が大地を震わせんばかりに声を張り上げる様は、壮観と言ってもいいだろう。
「………」
鼓膜を大きく震わせる喧騒の中、平原の丘陵地点に一点の黒い影。その影はとても小さく、距離が遠いせいかもしれないが、暗闇を思わせるような真っ黒い影。
「何だ……あれ……」
次第に影は雪崩れ込むかのように増えてゆく。
その姿は、明らかに人間とは違い、姿はバラバラ、共通している点もあるが、違っている点の方が多い。角が生えている奴もいれば、褐色の肌の奴もいる。
しかしそのどれもが……人の形をしていた。
「嘘だろ……あんなの、人間と大差ないじゃないか……」
平原の奥からやって来た『そいつら』はこちらと同じような怒声を上げながら、武器を構えてこちらに押し寄せてくる。
もっと、化け物みたいな姿をしていると思っていた。腕が6本だったり、頭が沢山あったり、そもそも形すらないアメーバのような奴だと……そんな奴らを攻撃できるのか?人の姿をしているんだぞ……そんなの攻撃できるはず――――
『魔法部隊準備ィ―――――――!!』
「はっ!?」
シグルスの大声で現実に引き戻された俺は、頭に浮かんだ弱気な思いを振り払うように首を横に振り、こちらに疾走してくる魔王軍に目を向ける。
「一番槍は私達だ。できるかい?」
「やってやりますよ……やるしかないんだから!!」
掌を前方に向け、魔力を収束させる。
モンスター相手なら使ったが、人の姿をしている相手には初めて……だが迷ったらこっちが殺される。やるしかないんだ。
「悪く思うなよ……」
前衛に待機していた魔法を扱う兵士も俺たちに合わせて、魔法を放つべく手の平を前方にかざし始める。
射程距離内に入ったら、一気に魔法を放つッ。
「初手は派手に激しく打ち上げなくちゃね」
先輩も、全身から雷を迸らせている。彼女も準備はできたようだ。
俺も何時でも魔法を放てる……他の兵も準備はできた。こちらの迎撃の準備が完了したが……依然として魔王軍の脚は止まらない。その無鉄砲な進軍は、まるで特攻のよう。
『合図と共に放て!!』
魔王軍と王国軍との距離がどんどん狭まってゆく。もう後には引けない、歯をギシリと噛み締め、目を見開き、俺は――――
『放てェェェェェェェ!!!!』
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
全力を以て、白く輝く光魔法を前方に解き放つ。やや遅れてから、王国軍の放った様々な系統の魔法が魔王軍へと殺到するのだった。
「……始まったか」
外で大きな炸裂音が聞こえた。そして大きな怒声と騒音、これは開戦の合図と見て良いだろう。
現在、僕達救命団は団長であるローズの目の前で、一列になって整列している。
「分かっていると思うが……治癒魔法持ちは一旦此処で待機、黒服持ちは、先に戦場で怪我人を連れてこい」
『へい!!』
黒い上着を着た強面共が、威勢よく声を上げる。
しかしこいつらの服のデザインおかしくないかな?ジャケットに似た服に黒い色とは……完全犯罪者だな。こいつらに捕まったら正直、誰でも泣くんじゃないのかな?
「灰服は、終始ここで活動。但し緊急事態の時は逃げろ」
『はい!!』
ローズや僕と似たような形状の灰色の服を身につけた、オルガさんとウルルさん。
この二人が、この場所の中核を担う重要な二人。
「で、お前と私が、戦闘経過と共に前線に出る」
「分かりました」
「よし、じゃあ早速だが……トング、アレク、ミル、ゴムル、グルド、頼んだぞ」
『へい!』
「ふっ、じゃあ行け。前回の様に生きて戻ってこい」
一様に声を上げる強面共。
こいつらなら心配はいらないかもしれないが、やはり一抹の不安はある。こいつらが魔王軍にやられる事だって……うん、ないな。
ドタバタと出入り口から、飛び出して行くトング達。彼らを見届けた僕達はとりあえずテント内で待機。
「先輩とカズキは大丈夫かな……もう戦闘ははじまっていると言っていいだろうし……」
「友達が心配?」
「ウルルさん……そりゃ心配ですよ、友達ですからね」
「私は……ウサト君が心配だな~」
「それってどういう――――」
彼女の言葉に疑問の言葉を投げかけようとした時、テント内に慌ただしく入って来る一人の強面の男。
その男はトング、我が救命団の構成メンバーの一人。泣きじゃくる女性を楽々肩に担ぎ上げながら僕達の方に歩いてくる。
「連れてきたぜぇ!!」
「「早っ!?」」
ウルルさんと声が被る。
いや、まだ戦闘開始から5分も経っていないだろ。
「当然だろ、戦争なんだこれが普通だ……続々来るぞ。トング、そいつはウサトに預けて、次の怪我人を連れてこい」
「へい!!おいウサト、頼んだぜ」
「お、おう」
トングから、女性兵士を預けられる。容体は……肩と足に刃物によってつけられた深い傷が刻み込まれている。
「うぅ……顔、怖い……」
「可哀想に、きっと痛くて泣いているんだな……そうだ、そうに違いないな。もう大丈夫、痛みは消える」
「ウサト君、現実から目を逸らしちゃ駄目だよ……」
聞こえんな。
何故か執拗に、僕に縋り付こうとする女性兵士を拒みながら、傷に手をかざし治癒魔法を流し込む。これぐらいの傷ならば、すぐに治る。
僅か数秒ほどで傷を治す。
「大丈夫ですか?」
「……君は……そっ、そうだ戦いで怪我した後……作戦が失敗して……特攻してきた魔王軍が幻影魔法で……大きな化物に黒い敵……攫われ――――」
「少し落ち着いてください」
ショックで記憶が混濁しているようだ。一時的な物だろうが……作戦失敗に、幻覚魔法に、大きな化物に黒い敵。
……黒い敵……黒い鎧を纏った――――
「ッ!!」
ズキリと頭に痛みが走る。脳内で再現されるのは、獣人の娘に見せられたヴィジョン。
今、なんでこの光景を思い出すんだよ……これじゃあまるで本当に――――
「カズキと先輩が死ぬみたいじゃないか……ッ」
「ウサト君!こっちを手伝って!!」
「あ~~~ッもう!分かりました!!」
きっと大丈夫だ、カズキと先輩なら。彼らは僕なんて比べ物にならないほど強いんだ。そう簡単にやられたりはしない。
でも、もしもだ……もしも二人の命が危険に晒されたら、僕が――――
「やるしかない」
怪我を治すのは僕の仕事で、味方の命を守るのも……僕の役目だ。