第二十九話
平原地帯。モンスターが多く出る危険な場所。
そんな場所に王国軍は陣地を構えた。勿論救命団である僕達もそこに診療所のようなものを作る。馬車に積んできた簡易的なベッドに、支柱を立てれば建てられる屋根付きのテントのようなものと、その他諸々。役に立ちそうなものは粗方持ってきたというものだ。
しかし、ブルリンには留守番をしてもらった。混戦状態になると味方に攻撃されかねないからだ。
時間的には夕暮れ、兵士が交代で見張りをする中、僕は救命団の診療所内にて椅子に座っていた。木でできた椅子はお世辞にも座り心地は良いと言えないけど、あまり気にするべきじゃない。
何もすることがない。
ローズはシグルスさんの所に行ってるし、トング達は寝てる。オルガさんとウルルさんは兵士達の方に行っている。
あの強面共、何時魔王軍が来るかも分からねえのに呑気に寝やがってよぉ。何が「これは、あれだぜ。いざという時に備えて休んでいるんだよォ」だよ。
ローズからは、「お前も休んでろ」って。
休むってなんだろうか。
いや自分でもおかしい事を思っているのは分かる。でもよく考えたらこの世界に来てから意図的に休んだことはあるだろうか?いやない。
訓練の時も倒れるように眠り落ち、森に放り込まれた時も眠り落ち、犬上先輩と森に来た時も具体的な休憩を取っていない。
そして初めて貰えた休日もほとんど休んだ気がしない。
元の世界では休むとは、だらける事、ゲームをする事、寝る事と即答できたはずなのに。僕はどれだけこの世界になじんでしまったのだろうか。
「失礼しまっすッ!!」
「うん?」
テントに入って来る、鎧を纏った男。あの元気な声で分かる、守衛さんだ。僕と犬上先輩を探し出してくれた人。
「おお、ウサト殿!他の方々は?」
「今はいないですよ?少しすれば団長も帰ってきますが……」
「いえッここに来たのはある事を伝えに来たのです!」
背筋を伸ばしながら、こちらに向かって一礼する守衛さん。
「ある事」とは何だろうか……何か重要な事なのかな?
「自分ッアルク・ガードルは今回の戦いにて救命団の護衛を預かることになりました!!この身に代えても貴方達を守って見せます!!」
「……は、はいよろしくお願いします。アルクさん……」
やはりこの人はいい人だ。
感情論ではなく行動によってそれが分かる。ここは敵から真っ先に狙われるかもしれないのだ、できれば信頼できる人にも任せたいと思っていた。
「闘っている途中、僕も戦場に出ます。だから僕の仲間を頼みます」
「自分たちに任せてください!では自分は見張りに移るのでッ!」
「頑張ってください」
最後に一礼してからテントから出て行くアルクさん。うーむ、最後まで元気な人だったなあ、今回の戦いで怪我とかしてほしくないな。
アルクさんの出て行った出口を少し眺めてからまた椅子に座り直し、ボーっとする。戦いの前に呑気じゃないかと言われればそうかもしれないが、僕にとっては何もしない事が一番いいかもしない。よく言うだろう、「暇が暇じゃない」と。今この時が僕にとっての「休み」みたいなものなのだろう。
少しの間、宙空を見上げていると、またテントに誰かが入り込んで来る。
美麗な黒色の長髪を揺らしながらテントに入って来た人物……犬上先輩はこちらを見て、にやりとクールな笑みを浮かべるとこちらに近づいてくる。
「やあ、ウサト君」
「こんにちは犬上先輩」
近付いてきた先輩は、白銀に光る鎧を纏っていた。軽装なタイプなのだろうか、動きやすさを重視したような鎧だ。
僕の視線に気付いた先輩は、誇らしげに胸を反らす。
「ふふ、これかい?これはね……知りたいかい?知りたいよね?」
「いいです」
「知りたいだろう。では教えてあげるよ!特別にね!!」
人の話を聞いていますかー?
「この鎧には私の雷撃魔法をサポートする魔法が掛かっているのさ!それに加えて私の動きを阻害しないように作られているという優れものさ!」
「何か嬉しそうっすね」
「勿論さ!」
歪みねえなこの人。
まるで子供のように自慢してくる姿は……少し鬱陶しいな。
「ふふん、どうだい――――」
「先輩って、女子力ないですよね」
「な……ッ何を言っているんだい?」
「だって鎧貰って喜ぶとか、普通の女子じゃ考えられないじゃないですか」
「いや……違うんだよウサト君……私だって可愛いものが好きだぞ!?」
それは知っている。
貴方一生懸命ブルリンに触れようと頑張っていましたね。でも全て叩き落とされ、時には潰されかけましたね。
「そうだ!元はと言えばウサト君が、癒しを全部獲っていくのが悪いんじゃないのかい!!」
「ええ!僕が悪いんですか!?」
「だから君が私の癒しになればいいんじゃないか!!」
「すいません素で意味が分からないです」
何だその「ブルリンが駄目ならウサトがいるじゃない」の名言改変。
だんだんと犬上先輩がにじり寄って来る事に、何故か恐怖を感じ椅子からゆっくり立ち上がり、犬上先輩から離れる。
「戦いの前だからアリだと私は思う!」
「ないと思います」
「頑なだな!ウサト君ッッだが今日の私は引かないぞ!」
「元から押しても引いてもないです」
「ふふん、私は分かっているぞ!それは君の照れ隠し……つまりツンッであるとね!!」
何故か暴走してないか今回の先輩、よく見れば目の焦点が合っていない。
しかし意識があるのがタチが悪い。流石、犬上先輩……厄介極まりない。
「落ち着いてください、先輩。今の貴方はおかしいです」
「可笑しくなんてないぞ」
「……大丈夫ですか?」
やばい、何か本格的にやばい。
犬上先輩もこの戦いに恐怖心を抱いていたのだろうか。いや逆に抱かない方がおかしいのか。犬上先輩だって、元の世界では女子高生。表面上は気丈に振舞っていても内面ではかなり恐怖していたのだろう。
「私は、いやいやと抵抗するウサト君を手中に収めるというシチュエーションを所望しているのだよッ」
「やっぱ、違うわ。アンタ元からおかしいわ」
あ、この人微塵も恐怖してねえわ。カズキと違うわー絶対どっか壊れているわ。元の世界に頭のネジを置いてきてしまったのではないか?
「だから言っただろう、私はおかしくないとな」
「……分かりました。分かりましたから、一旦そこで止まりましょう。人は話をする生き物です、対話をしましょうよ」
犬上先輩だって元の世界では真面目を体現した生徒会長。きっと落ち着いて話してくれる。
ほら、今だって少し悩む動作をしてからの――――
「時には、力技も必要な時がある」
「カズキィィィィィィ!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
今すぐ助けを呼ばなくては……クッ、腕力と体力以外で犬上先輩に勝てる要素が見つからないッ。ローズを呼ぶのはなんだか情けない気持ちになるので、対抗できるもう一つの手段であるカズキを呼ぶ。
この声が聞こえているなら助けてくれ。マイフレンドカズキ。
「ウサトどうした!?」
「本当に来た!?」
犬上先輩とは違った重厚な鎧を纏ったカズキが、血相を変えてテントの中に入って来る。あまりの速さに逆に感動した。
犬上先輩の姿を目撃したカズキは、やっと見つけたと言わんばかりに彼女を指さす。
「……ッ!犬上先輩!?ここに居たんですか!?探してたんですよ!シグルスさんが作戦会議するから集まれって……」
「大丈夫だ、ウサト君を手中に収めたらすぐに行く」
「何を言っているんですか?」
隠す気がないのかこの人。
カズキも訳が分からず、首を傾げている。
「今の犬上先輩はご乱心だ!!今すぐ連れて行ってカズキ!」
「な、なんだか分からないが……ウサトの言う事だ!分かった!!」
だからカズキの中で僕の言葉はどれだけの影響力があるんだい。でもその判断はナイスッ、犬上先輩を羽交い絞めにしたカズキはずるずると彼女を引きずりながらテントから出て行く。
「む、やはり君が一番の障害かッ!!離せカズキ君!」
「何やっているんですか貴方は!」
その通りだねカズキ。本当に何をやっているんだ犬上先輩。
後、僕に助けを訴える視線を向けないでください。
「はなせ~!」
「じゃ、じゃあなウサト!」
「ありがとねカズキ」
嵐のように去っていった犬上先輩。カズキには感謝しなければならないな、全く……力技で僕が犬上先輩に押さえられたらかなうはずがないのに。
悪い人じゃないんだよな。意外に気が合う部分もあるし、性格も悪くもない。むしろ完璧すぎないから好感が持てたくらいだ。
でも何で僕を狙うのだろう、気に入られる理由も分からないし、どこぞのギャルゲーみたいに明確なフラグを立てた覚えもない。てか立てる会話力も行動力もない。
「うーむ、分からん」
事件は迷宮入りか。
まあ、今はそんな浮いた事を考えている暇はない。偵察に行っている人達が戻ってくるまで闘うまでの明確な時間が分からないんだ。
気を張らなければ。でもローズは言っていた。魔王軍が橋を造りだし、ここに押し寄せてくる時間は恐らく―――。
「明朝……か」
備えなくちゃならない。
守衛さんの名前出しと、犬上先輩が荒ぶった回でした。
次回、ようやく開戦ですね。




