第二十七話
翌日、魔王軍進軍の旨が王様自らの言により、王国全体に広まった。兵士は緊張するように身を竦ませ、国民は不安を募らせる。
魔王軍に対して王様が出した対抗策、それは平原地帯にて魔王軍を迎え撃つことだった。
王国騎士団長のシグルスさんの指揮の元、カズキ、犬上先輩の勇者二人を筆頭にした軍を指揮。勝てるかどうかは定かではない、だがこの戦争の勝敗を分かつ要因と成り得るのは間違いなく勇者と救命団の存在。
言うなれば前衛で動く僕の肩にも少なからず責任があるってことだ。元の世界でごく普通の高校生だった頃では、想像もできない事態だろう。
王様の宣言の後、僕達救命団の皆はローズによって食堂へと集められた。
集められたのはいいものの、ローズは何も話さない。僕達の前で腕を組み何かを待つように思案気に目を瞑っているのだ。
「姉御、一体……」
痺れを切らしたアレクが、遠慮気味に質問する。
「ん?……あぁ、まだ来てねえ奴がいるから待ってんだよ」
「来てない?」
『遅れてすみませーん!』
『こ、こらウルルッ』
食堂に入って来る二人の男女。オルガさんとウルルさん、そうかローズは彼らを待っていたのか。
ウルルさんは、懐かしそうに周りを見ながら、僕の姿を捉えるとフレンドリーな笑みを浮かべて小さく手を振る。……どう返せばいいのか。
「丁度良い時に来たな。座れ」
「はい」
「分かりましたー。久しぶりだねーみんな」
恐れを知らないのか、トング達に気軽に挨拶するウルルさん。普通の女子なら悲鳴を上げて逃げる程の強面集団なのに、すごい人だな。でもこの人がトング達と同じ空間にいると、世界観が違うように見える。世紀末ヒャッハー共と可憐な乙女との異色の図な意味で。
僕の隣の席に座るウルルさんとオルガさん。座る際に「昨日ぶりだね」と言われたが、そう返していいか分からず苦笑いを浮かべるしかなかった。だってこの人、カズキと同じ感じがするんだもの、すごく純粋そうな感じがするんだもの。いらぬ事を言って、変な反応されたくない。
でもこれで全員が揃った。僕がこの世界に来てから初めてじゃないのだろうか?
「揃ったようなので、話を始めるぞ」
やはり今度の戦争に関してかな?
オルガさんとウルルさんも午前中に王様から聞かされていたみたいだし。
「知っていると思うが、魔王軍が来ている。……まあ、今は橋を造るのに必死になっていると思うが、来るのには変わらねえ」
貴方が壊したもんね。
いくら河を挟んでいるからって、どうやったら一人で橋をぶっ壊せるのだろうか?
僕なら木か何かをぶん投げるね。
「二日後、王国軍は魔王軍撃退の為、平原へと進軍する。救命団はそれに同行、平原にて陣地を築く……以前とは違い激しい戦いになるため心して掛かれ」
「はい!」
『へい!!』
皆、返事やっぱりおかしいよ。オルガさんとウルルさんの声が掻き消されちゃったじゃないか。
「……特に、ウサトとウルルは初の戦争だ。気を抜かないようにな」
ウルルさんは前回の戦争に参加していなかったのか……それなら前回の戦争ではオルガさんただ一人で怪我人を治していたのか。
……数年前としたら、ウルルさんはまだ中学生ほどの年齢。戦争に参加させるのには若すぎる年齢だな。
その時点でローズの話は終わり、解散。
「おいオルガ、話がある」
「はい?分かりました」
食堂を出る際に、オルガさんがローズに呼ばれる。
何やら込み入った話のようだからすぐに食堂から出て行こうとすると、不意に僕の腕を掴むウルルさん。
「な、なんでしょうか……」
「お兄ちゃんが、ローズさんと話があるようだから私、暇だなー」
「暇……ですか?」
「ウサト君……君、ブルーグリズリーを連れて町を走ってたって聞いたよ」
「そうですけど」
「見たいなー」
「えと……」
「きっと可愛いんだろうなー」
「凶暴ですから……」
「………」
「こっちです……」
「ありがと!」
弱いよ僕!犬上先輩だったら何とか誤魔化せるのに……。犬上先輩と同じ年のはずなのに、全然感じが違う!くっ、この娘、やるッ。
ニコニコ笑う、ウルルさんを連れ、ブルリンのいる馬小屋を訪れる。
馬小屋の中には、暇そうに寝転がり欠伸をかく小熊が一匹。少し体が大きくなっている気がする……そろそろ本格的に運動させるべきだなこいつ。
ブルリンの姿を捉えた、ウルルさんは不意にブルリンに近づき腕を広げ―――
「あっ、危ないですよ!!」
「可愛いー」
いや、この場合。犬上先輩ならまだしも相手はウルルさんだ、純真度合いが天と地の差だ。下心がない純粋なまでの庇護欲をもってすれば流石のブルリンも僕と守衛さん(とローズ)以外の人にも触ることを許すはず。
『グゥオ!』
「へぷっ!?」
「ウルルさーん!!?」
ブルリンに撃退された。腕を振り回し、ウルルさんを藁の束に吹き飛ばす。ブルリン、お前……どれだけ斜め上を往くんだ、誰に似たんだ全く。
慌ててウルルさんを藁の山から引っ張り出すと、ショックを受けたような表情をしたウルルさんが、僕の肩をガッと掴む。それほど強く殴られたわけではないので、怪我はないようだ。
心なしか目が潤んでいる気がするが、そこの所はあまり触れないでおこう。
「……ウサト君」
「は、はい……」
「君が撫でてみて」
「分かりました。だから肩に置いた手を離してください」
爪が……爪が食い込んで痛いです。どれだけ悔しいんですかウルルさん。
とりあえず、ブルリンに手を伸ばし普通に撫でる。
「ほら」
「じゃ、じゃあ私も!」
『グァ』
即座に叩き落とされる、ウルルさんの右手。行き場を失った右手を呆然と見つめたウルルさんは、瞳に涙を溜め、誤魔化すように頭を搔くような動作をする。
うちのブルリンがすみません。
しかし、落ち込むウルルさんに、救いが訪れる。彼女の肩に見覚えがある黒い小動物がピョンと飛びついたのだ。
「……ク、ククルちゃん……」
『きゅ?』
そうノワールラビット。そしてローズの忠実なるペット、ククル。
僕の純真を弄んだモンスターである。クッ、首を傾げる動作も可愛いじゃないか。
「きゅきゅー」
「慰めてくれるの……ありが」
「きゅー」
「あっ―――」
ククルに頬擦りしようとするウルルさん。しかしあの小動物、彼女の肩を跳び僕の肩に移動しやがった。この兎、少しは空気を読まないのか。最悪だ、僕の右手はブルリンに、そして左肩はククル。そして目の前には呆然と、口を開けているウルルさん。
沈黙が場を支配する。
『グアー』
『きゅー』
貴様ら黙れい。
ヤバイ、気まずい。すごい気まずい。フォローをフォローを……駄目だ。いい言葉が思いつかない。犬上先輩ならッ犬上先輩なら、この状況も簡単に打開できるのに。
「……うぅ」
決壊寸前だ―――!!
元はと言えば、僕の肩に寛いでいるウサギのせいだ。右手でつまみ上げウルルさんに差し出す。ククルよそんなつぶらな瞳で見ても無駄だ。
無言で両手で抱きしめるようにククルを受け取ったウルルさん。
「きょ、今日はブルリンの機嫌が悪いんですよねー、さっ外に出ましょう!ウルルさん!」
「……」
ククルを抱えたまま無言で、外に出るウルルさん。
とりあえずは宿舎に向けて歩く。依然無言のウルルさんに、戦慄を隠せない。何だこの人さっきとは全然、違うぞ。
「ねえ、ウサト君」
「ひゃ……」
不意に声を掛けてくるウルルさん。裏声になってしまった僕は悪くない。
「ローズさんって、怖い人だよね」
「何ですか、唐突に何当たり前のこと言っているんですか」
「ウサト君も結構言うね……」
どういう意味の怖いなのか、それによっては僕が彼女の事を語る時間が大幅に変わるのだが。
いいだろう、彼女がどれだけ怖い人か教えてやろう。
「あ―――」
「だってさ、私達が入った時あの人……何かに執心する様に私たちの訓練についてくれたんだよ。……結果はお兄ちゃんが訓練について行けなくて、別の道に進んだけど……あの時のローズさんはとても怖かった。あの人は何も語らないから……」
「……全然気にした事なかったです……」
最初はあの訓練方針がローズのデフォルトだと思っていたから。
「多分、今でも同じようだね」
「そうなんですよ、もう今は平気ですが、最初なんて本当に死ぬかと思ってましたから!」
僕の言葉に「ふふふっ」と笑うウルルさん。
僕にとっては決して笑い事じゃないですよウルルさん。それから一言二言言葉を交わし、宿舎の入り口近くにつく、ククルを地面に降ろしたウルルさんは僕の方に振り返る。
「私が思うにはねウサト君。あの人はとても傷つきやすい人なんだよ」
「いやないでしょ」
「ははは、即答は酷いと思うなあ」
傷つきやすい……とはどういう意味だっけ。思わず意味すらも忘れてしまうほどの違和感を感じ得ない僕に苦笑する彼女。
「大体ですねー、あの人ホント鬼畜ですからね!最近は態度を軟化させることもありますが、それだってたまに見せるだけで基本的に僕はあの人にいい様に扱われているんですからね!!」
「あ、あのーウサト君?」
「森に放り込まれた時は、どれだけ辛かったことか……森で待機していた事には少し感動しましたが、あれはあれ、これはこれです!!あの時は死ぬかと思いましたよ!!しかもあれで、25歳なんて逆にビックリですよ!!無駄に大人っぽいから二十代後半かと思ってましたよ!!」
「……ご愁傷様だね、ウサト君」
何でそこで謝るん―――――ん?僕の頭がとてつもない力で掴ま――――
「痛い!?いだだだだだ!!」
「随分、好き勝手に言ってくれるじゃねえか?あ”あ”?」
前門のウルルさん、後門のローズ。というか何時から居たんですか。ふと横目で背後のローズを見ると、彼女の肩にククルの姿―――――また貴様かッ!!おのれ見た目と同じように心も真っ黒か貴様ッ!!
痛みのあまり喋れない僕を余所に、ローズとウルルさんが話し出す。
「………テメエには少し灸を据えなきゃァならねえようだな」
「あまり苛めないでやってくださいねローズさん」
「それは無理だな。……オルガが中で待っている。必要な事は大体奴に言っといたから聞け」
「はーい、じゃあね~ウサト君」
ウルルさんに見捨てられた……ッ!?
頭部の握撃から解放され、身体に力の入らない僕を抱えたローズは、ビキリと額に青筋を浮かべ宿舎の中に僕を連れてゆく。
またこのお手軽感……もうどうにでもして。
多分、次回から『対魔王軍編』が始まると思います。