第二十六話
「戦うのが怖い」それが、カズキの口から飛び出してきた弱気な言葉。
普通なら、そういう反応をするのは当然だろう。ましてや召喚された僕たちは元の世界では高校生だったんだ。犬上先輩は別としてカズキがそう思うのは予想できたことだ。
彼は物語に出てくるヒーロー気質の主人公でもなく、傍若無人な主人公でもない、ごく普通の男子なのだから。
「王国の外に訓練に行った時……モンスターと戦った時、本当は怖かった。初めて見るモンスターに足がすくみそうになった」
「……」
「でも襲われた時、必死に……必死に抵抗して……倒した時。俺は自分がどれだけ、この世界の事を楽観視していたか改めて気づいたんだ……」
「……落ち着いてカズキ」
カズキは犬上先輩と違って感受性が強すぎる。
犬上先輩の場合はこの世界を受け入れているが、カズキは曖昧にこの世界に馴染んでしまったせいか必要以上に考え過ぎてしまい、自分の想像に押しつぶされてしまったのだろう。
実際、目の前のカズキが感情を高ぶらせている事から、彼の光魔法が両手から漏れ出すように周囲を照らしている。僕の言葉に気付き、光を収めるが未だにその表情は暗いままである。
「魔王軍だって、俺を殺す気で襲ってくるはず……それが堪らなく怖い。でも、臆病になる俺にこの王国の人達は優しくしてくれた、応援してくれた。期待してくれた……それが、今の俺にとって何よりもつらい」
勇者であるが故の苦悩。勇者と言うだけで、人は羨望の眼差しで見つめ、崇める。それがどれだけカズキにとって重荷になっている事は定かではないが、その重みは尋常じゃないだろう。
だから僕が彼に言える言葉は一つしかない。
「カズキは戦わなくてもいいんだよ」
「……は?」
この会話が、今後の戦力にどれだけ大きな損害を招くかは、この際関係ない。
巻き込まれた僕たちは、この国の為に戦う必要なんてないんだ。それがどれだけ非情な事だとしても、カズキにはその権利がある。
「だってさ……誰だって死にたくないんだよな。すごく分かる」
「ちょっ、ちょっと待てよ!もし俺が戦わなかったら、ウサトはどうすんだよ!」
「僕は出るさ。僕は死ににくいからね」
それ以外にも理由はある。
救命団の人達とか、オルガさんとかウルルさんとか……後ローズの為とか。
「そう言う問題じゃないだろ!!ウサトだって死ぬのが怖くないのかよ!!」
「僕の事はいいだろ!」
「ッ!?」
思わず語気が荒くなってしまったが、このまま行かせて貰おう。
「僕がどうこうじゃなくて、君はどうしたいんだ!?戦うのが怖いんだろ!?ならさ、逃げてもいいんだよ!!僕も……多分犬上先輩も王様もセルジオさんもウェルシーさんもシグルスさんもセリア様も誰も君を責めないんだよ!!」
「………ぁ……」
ヤバイ、少し言いすぎちゃった?
カズキ俯いたまま、手で目元を覆ってるんですけど。
俺は何て情けない奴なんだ。
こんなにも周りが見えていなかったなんて……結局自分の事しか見ていなかった。何をしていいか分からない自分を良しとして他人と同じことをしていただけなんだ。何時だってそうだった。
副会長になったのも皆が望んだから。魔王軍と闘うのも皆が望んだから。いつも、いつも、いつも、いつも、いつも、周りに合わせて生きてきた。皆が望むことなら喜んでした。「皆」の大部分は女性比率が多かったのは気のせいだと思いたいけど。
だからウサトに「闘わなくてもいいんだ」と言われて、真っ先にウサトの事を聞いてしまった。もしその時、ウサトは「僕は戦いに出ない」と言ったら、きっと俺は戦いに出ないと選択したと思うから。
でも彼は俺自身が何をしたいかを聞いてきた。
「……戦うのが怖い……でもさ―――」
最初は腹が立った。
勝手に呼び出しておいて、勇者になって魔王軍と闘ってくれないかなんて……でもさ、この国の皆はすごく良い人たちなんだ。
王様も、セリアも……みんなみんな、裏の無い温かい人たちなんだ。だからさそんな人たちを危険に晒すなんて我慢できない。
だから……あまりにも小さい理由だけど……俺は―――。
「死なせたくないなぁ」
暫し無言だったカズキに、内心震えながらそろそろ謝ろうかなと思い始めていた僕の耳にぼそりとカズキが呟いた声が聞こえる。『死なせたくないなぁ』と、決心を決めたのか……?
「……やっぱ、怖いや。でもさ……俺やってみるよ」
……決心がついたようだ。
彼の中で、どのような答えが出たのかは定かではないけど、それがカズキにとって納得できるものなら僕は何も言わない。……というより何も言う資格はない。
「そっか」
「ありがとな、ウサト」
「友達だろ、気にすんな」
「…………あっ、ああ!」
はっ、恥ずかしイイイイイイイイイイイイイイ!!
穴が有ったら入りたい、こんなの全然僕のキャラじゃない!僕はもっとドライなキャラだった気がするのに――――ッ!そしてヤメテ、満更じゃない顔やめて、後戻りできなくなるっ。
「へへっ、そろそろ城に戻るよ。夜、起こして悪かったな。後は俺なりに考えて答えを出すよ」
「頑張れよ」
「じゃっ、おやすみ」
月明かりに照らされた道を小走りで走っていくカズキ。その背中はどこか以前よりもたくましく見えた。
彼の姿が見えなくなるまで見送った後、大きく欠伸をしながら宿舎に向かって歩き出そうとする。明日も魔王軍侵軍に備えての訓練があるんだ。早く寝ないと。
「ふぁ~……眠い、戻って寝よ」
「いや~あれが男の友情とでもいうのかい?中々良い物を見させてもらった」
背後から聞こえる声。
だけど、声の主は分かっているので振り返らない。とりあえず一応は声を掛けておく。
「すいません、眠いから貴方に構ってあげられないので……できれば明日にしてもらえませんか犬上先輩……」
全く気付いてなかったが、この人ならここに居てもおかしくないだろうと思っていたので、そんなには驚かなかった。
「……あれ?反応がおかしくないかい?ここは「なっ、何故、鈴音先輩がここに居るんですか!?」とか「うわあああ!!すずたんだぁぁぁぁぁ!」とか声を上げるところじゃないのかな!?」
「僕の先輩への呼称を勝手に変えないでください……って、どうせ、先輩の事だからカズキの様子がおかしい事に気付いてたんでしょ……」
「鈴音先輩」とか「すずたん」とか一回も呼んだことはない。
見たまんま、思いつめているカズキの様子に、生徒会長である犬上先輩が気付かないはずが無かろうに。恐らく、夜中に城から飛び出したカズキの後を追ってきたという事だろう。
全く、いるなら最初から出てくればいいものを……まあ、ある意味で空気を読んだのだろう。
「なっ、なんだかウサト君、私に対してドライだね?私は何か君を怒らせるような事をしたのかい?できれば言ってくれ、すぐに直すから」
「何で、そんなに必死なんですか……てか、先輩も城に戻ったらどうですか……」
「……そろそろ泣くぞ」
「御冗談を」
先輩が泣くとか。
いや、実際に泣いたら土下座をする事も考えているが、「そろそろ泣くぞ」と自分で言っている限りは全然大丈夫だろう。
歩き出そうと思っていたが、犬上先輩の登場のおかげでまた脚を止める事になった。
隣に佇んている先輩は、月を見上げながら感慨深げに呟く。
「カズキ君も吹っ切れたみたいだね。あの子は違う意味での自主性に欠ける所もあったから……」
「……僕は……本当は逃げてほしかったですよ。カズキには……」
カズキに言った言葉は本音だった。
戦いたくないなら、戦わなくてもいいじゃないか。何が悲しくて、死の危険がある場所に行かせなくてはいけないのか。
そう思いながら、カズキの走っていった方向を見ていると、何を思ったのか犬上先輩は僕の肩に手を置く。
「……ウサト君は……私に戦ってほしくないか?」
「そりゃあ、そうですよ。でも先輩は戦いたくないなんて思っていないじゃないですか」
「………じゃあ、私が戦いたくないと言ったら、君は私を慰めてくれるのかい!?」
「何言ってんだアンタ」
「ふふふ、とうとう敬語がなくなってしまった」
もうこの人が分からない。
やっぱり、カズキと犬上先輩は根本的に違う。
「慰めませんよ、だって犬上先輩は先輩じゃないですか。先輩なら年下に慰められなくても大丈夫でしょ?」
「むっ、先輩も何も関係ないじゃないか……」
「カズキはクラスメートで友達です。僕にとってはそれだけで十分ですよ」
犬上先輩に背を向け宿舎に向けて歩き出す。少し後ろを振り返ると立ったまま俯いている先輩。
……少しきつく言いすぎちゃったかな。フォローしておこうか。なんだか悪い気がするし。
「でも―――」
「ウサト君は、少し攻略難易度が高すぎるよ。もっとデレを見せてくれ。……ん?今何かを言おうとしたかい?」
「………なんでもないです」
「そ、そうか。私も……そろそろ城に戻ることにするよ……おやすみ」
「おやすみなさい、先輩」
僕の言葉にかぶせて言い放たれた犬上先輩の言葉に無言になりながら、彼女と別れた後は早足に宿舎に戻る。
……犬上先輩は、一体僕をどうしたいのだろうか。割と本気で気になる。