第二百二十七話
第二百二十七話です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
あの後、先輩とカズキ、そして僕とアマコは例の遺跡へと向かうことになった。
本当は確認のため全員向かうべきなのだが、グレフさん達だけを残していくわけにはいかないので、集落にはネア、フェルム、レオナさん、ブルリンを残した。
「先輩、遺跡で何が起こったんですか?」
「簡潔に説明すると、私とレオナの武具が反応したってことかな」
「反応するとは、どんな風に?」
カズキの質問に、前を歩いていた先輩はその時の状況を話してくれる。
「遺跡が見える場所に近づいたら、こう、ぶわっ! って感じのオーラみたいのが飛んできたんだ。その次の瞬間には、勝手に武器が展開されて、遺跡の中にある何かと共鳴するような反応を示してもうびっくりだよ!」
「あまり緊張が伝わってこないよ、スズネ」
「はは……」
アマコのツッコミに苦笑しつつ、僕とカズキを呼んだ理由に合点がいく。
「僕とカズキにも同じ現象が起こるか確かめるんですね?」
「ああ、それでどうという話ではないが、同じことが二度起これば、確証が得られるだろう?」
先輩に同意するように頷く。
しかし、いざ向かうとなると緊張するものがあるな。
かつて魔王が根城にし、勇者との決戦の場として用いられた地。これまで先輩とカズキという勇者のことを知っている僕からしてみれば、何かしらの因縁があると思わされる場所だ。
「ウサト、キーラとの訓練はどのくらい進んだの?」
「そういえば、ウサトは闇魔法使いの子に魔法の扱い方を教えてたな」
ふと、隣を歩いているアマコがそんなことを聞いてきた。
先輩とカズキも興味があるようだ。
「順調だね。呑み込みも早いし、すぐに自分の魔法をものにできると思うよ」
「結構すんなりだね」
「そうでもないよ。闇魔法に詳しいフェルムがいたから、教えられたようなものだよ」
彼女がいなかったら、キーラにアドバイスすることはできなかっただろう。
いや、そもそも彼女の魔法に問題がある理由すらも分からないままだったかもしれない。
「なんか、ナックの時を思い出すな。あの時も、ウサトは彼に色々と教えてたよな」
「ハハハ、確かにそうだね。あの頃が懐かしいよ」
書状渡しという使命とアマコの母親を救うために、旅に出た僕達。
あの頃の僕は、それから先の旅がどれだけ波乱万丈なものになるのか想像すらしていなかったんだよなぁ。
「旅の最中で地味に驚いたのはアマコのお母さんが、中々にお茶目な性格をしていたことだったな」
「え、そうなの? どんな人だったの?」
「ウ、ウサト!」
ふと呟いた言葉に興味を持った先輩が尋ねてくるが、あたふたと慌てたアマコが止めてくる。
身内のことだから、アマコとしては恥ずかしいのだろうか?
ここは黙っておくべきだが———話の種として丁度いいので続行する!!
「綺麗な人でしたよ。少しうっかりしているところはありましたが、とても元気な人でした。もしかしたら、先輩と性格が合いそうな気もしますね」
「なるほど……アマコの母君とくれば……」
ちらりとアマコを見た先輩は、数秒ほど考え込むと、キリッとした顔でアマコの方を向く。
「アマコ、この戦いが終わったら君のお母さんに会いにいってもいいかな?」
「スズネ、母さんに会いたいっていうなら―――私が相手になる」
「臨戦態勢!?」
余程会わせたくないのか、アマコは並々ならない覚悟でそう言い放つ。
さすがにそこまでとは思わなかったのか、ボケたはずの先輩がツッコミに回ってしまう。
珍しい組み合わせでのやり取りだなー、と思っていると、そんな僕にアマコが話しかけてくる。
「ウサト、スズネを母さんに会わせたら、どうなるか分かってる?」
「え? 仲良く……なる?」
「たしかに、スズネとは仲良くなる。それは私にも分かる」
カノコさんは、おおらかで優しい性格だし、先輩ともうまく話せそうだとは思うのだけど。
でも、それの何が問題なのだろうか?
首を傾げる僕に、彼女は鬼気迫ったような表情で続きの言葉を口にする。
「スズネは、お調子者のリンカとも相性がいい」
「うん」
「リンカとスズネのコンビに母さんが加わることになる」
「……うん」
「間違いなく大変なことになる。具体的に言うと、ハヤテさんの胃が爆発する」
……。
……、……。
脳裏にヒノモトの長として日々頑張っているハヤテさんの姿がよぎる。
「……先輩、僕から言うのもなんですが……僕が貴女を止めることになりそうです」
「えぇ、まさかのそっち側!? ウサト君は味方じゃないの!?」
「ハヤテさんは、僕が護らねばなりません……!」
「誰ぇ!? そんな苦渋の表情になるほどなの!?」
ただでさえ、カノコさんのことで胃を痛めているんだ。
それが、あの元気を擬人化したようなリンカと合わさった先輩がヒノモトを跋扈したら、ジンヤさんの時以上のストレスが彼にかかることは間違いない……!
それだけは避けなければ……!
僕が彼を護らなければ……!!
「クッ、さすがはアマコ、我がライバル……! いとも容易くウサト君を味方に引き込むとは……!」
「私が思うに、スズネはまず自重するべきだと思うの」
「フッ、それをしたら私じゃない! むしろ心配されてしまうのが目に見えている!!」
「自己分析はしっかりできているのが性質悪いっすね」
「たしかに心配はしますね……」
僕とカズキが思わず納得してしまう。
少なくとも、今元居た世界のような性格の先輩に戻ったら、驚くよりもまず心配してしまうだろう。
「ん、そろそろ遺跡が見える場所に着くよ。多分、君達が想像している以上の場所だと思うから、心の準備が必要かもしれないね」
「? ……分かりました」
やはり遺跡というからには、それっぽい場所なんだろうか?
先輩の言い方に疑問を抱きつつ、森の中を進んで行くと―――開けた空間に出る。
「これは……!」
まず目に映ったのは、まっさらな大地。
何百メートルも先まで、草木すら生えていない場所に、呆然としてしまう。
「ここが、魔王領……?」
今まで歩いてきた森とはかけ離れた、まさしく“死んだ大地”。
生命の欠片も感じない場所に、僕は潜在的な恐怖を覚えたが、ここからそう遠く離れていない場所に、建造物のようなものを見つける。
半壊した神殿のような建物。
「先輩、あれが……」
「ああ、魔王と勇者が戦った遺跡だ」
「なんか、不気味な感じがしますね」
カズキに同意するように頷いた次の瞬間、遺跡の方から突風のようなものが吹いてくる。
魔力のようなものが込められた生暖かい風。
その風を感じた瞬間、僕、先輩、カズキの持っている勇者の武具が勝手に展開されてしまう。
「うわっ、先輩、まさかこれが……!」
「やはりか。どうやら、一定の距離まで遺跡に近づくと勇者の武具が勝手に展開してしまうようだ」
僕達はそれぞれの勇者の武具を見て驚く。
僕の籠手をよく見てみると、何かに共鳴するように小さく音を発している。
―――来て―――、駄目。ウ―――ト―――!!
「っ」
突然、直接頭に語り掛けてくるような女性の声が響いてくる。
微かな痛みと眩暈を覚え、ふらついてしまうと、カズキが咄嗟に支えてくれる。
「ウサト!?」
「お、おい、大丈夫か!」
「……ありがとう、カズキ。でも大丈夫、ちょっと謎の声が聞こえただけだから」
「ウサト君、それは大丈夫じゃないと思うんだけど……!?」
頭の痛みも一瞬だし、心配はいらない……はず。
「来ては駄目、誰か知らない声はそう言っていました」
「……警告かな?」
「どこか必死な感じがするような声でした。むしろ……僕達に逃げるように伝えているような……。アマコは何か感じなかったか?」
こういう感覚に鋭いアマコに聞いてみるも、彼女は首を横に振った。
「なにかしらの不気味な雰囲気は感じたけど、声までは聞こえてない」
「そうか……」
と、いうことは僕の幻聴か、僕だけに聞こえる謎の声ってことか。
僕達に逃げるように警告するということは、敵じゃないかもしれない。
誰かが囚われている?
「一旦ここを離れよう」
「ですね。ウサトに何かしらの影響を与えていることもそうですし、これ以上ここにいるべきじゃない気がします」
「私も、その方がいいと思う」
これ以上ここにいれば、また何かしらの影響を受けるかもしれない。
その危険を考慮した僕達は、報告のために一先ずレオナさん達の待っている集落へと戻ることになった。
●
結論から言うと、あの遺跡には向かわず、迂回することになった。
まず僕達の勇者の武具が強い反応を示してしまった時点でアウトだし、何より謎の警告する声が聞こえてしまったことにより、向かわない方がいいと決まった。
僕自身厄介事は避けたいので、決定には異論はないけれど、心のどこかで本当にそれでいいのかと思ってしまっている。
あの謎の女性の声は何者だったのか、だとか、勇者の刀は僕達にとって必要なものなのかもしれないだとか、考えてしまうのだ。
「フェルムはどこだ……」
太陽が傾き、空がオレンジ色になってきた頃、僕は空き家の間を歩きながら、フェルムを探していた。
団服のフードを被っているので、もしグレフさんに姿を見られても問題はないけど、できるだけ怪しまれたくないので、早くフェルムを見つけなくちゃならない。
「ネアは、こっちにいるって聞いたけど……」
グレフさんにフェルムのことは紹介していないので、姿を現しているとは考えにくい。
周りに気を遣いながら歩いていると、午前中にキーラの訓練を見ていた近くの空き家の影に、彼女の姿を見つける。
壁に背を預けた彼女は、物陰から何かを見ているようだ。
「フェルム、ここにいたのか」
「っ!? お、驚かせるな……!」
「はは、ごめんごめん。……それで、どうしたの?」
「あれを見てみろ」
フェルムが顎で示した方向を見ると、午前中に訓練をしていた場所でキーラが闇魔法の訓練を行っていた。
休息を取るようにいっておいたんだけど、一人で闇魔法を操ろうとしている。
ここは注意すべきなんだろうけど……自分の力をなんとかしたいと思う彼女の気持ちも分かる。
「……ここが魔王領じゃなかったら救命団にスカウトしているところだよ」
「フンッ!!」
ゲシッ、と脛をつま先で蹴られる。
茶化しただけなのに、威力強すぎない?
「冗談だよ。……あの子はいつから訓練を?」
「お前が行ってからすぐにだよ」
「すぐにって、あれからずっと続けているのか?」
フェルムに同化するように言って、キーラの元に向かう。
魔族の姿になり、すぐにでも物陰から出ようとすると、その前にキーラの操る闇魔法が僕が訓練の際に置いた石ころに近づいているのが見えて、思わず足を止めてしまう。
焦燥を忘れ、固唾を呑んでキーラを見守る。
「頑張れ……」
自然とそう口にしてしまう。
すると、ゆっくりと彼女の意志により動いた黒い魔力は、たしかに石ころに触れるのが見えた。
壁によりかかり、再び彼女に視線を向けるが———どういうことか、目標を達成したのにキーラが喜んでいる様子はない。
ただ、ジッと石ころを見つめているだけだ。
「キーラ?」
『……』
数十秒ほどそのままの状態が続いていると、不意に彼女の身体がぐらついた。
———まずい!?
咄嗟に、物陰から飛び出し彼女の背中を支えるように受け止める。
そして、気付かれないように治癒魔法をかける。
「ゥ、ウサトさん……!?」
「休憩しておけっていったじゃないか」
「———ご、ごめんなさい! あ、あの、いつから?」
「ついさっき。倒れそうになっている君を見つけて飛び出してきたんだ」
「……」
魔力を多く使ってしまったからか、キーラの表情には疲れが見える。
それに加えて、隠れて訓練をしていたことがバレて気まずいのか、僕から視線を外した。
「……これだけ練習しても、石には触れることさえできませんでした」
……ん? でも、さっき成功しているように見えたんだけど。
見間違いだったのかな?
もしかして、さっきはギリギリ届かなくてショックを受けていたのかな?
「気にしなくてもいい。まずは休んで、明日またやろう」
「……は、い」
そこまで口にしてゆっくりと目を閉じた彼女は、そのまま眠ってしまった。
ここまで疲労するまでやるなんて……無茶をするな。
いや、これは僕のせいだ。
彼女の自分の魔法をなんとかしたい気持ちを理解しながら、強く止めることをしなかった。
配慮が足りなかったことを反省しながら、キーラを抱えグレフさん達のいるであろう空き家の方へと向かっていく。
『ウサト』
「ん、どうしたの?」
今の今まで無言だったフェルムが重々しい声で話しかけてくる。
『……あいつは……親に捨てられたどころの話じゃないのかもしれない』
「……どういうことだ?」
『ボクが魔王軍にいた頃に、ある村の話を聞いたことがある』
村の話?
魔王軍にいた頃というと、黒騎士と呼ばれていた時代か。
「その話は?」
『子供を育てられない親が、魔物の住処に子供を向かわせ、食わせてしまうという胸糞悪い話だ』
「子供を魔物に、食わせる……?」
なんだ、それは。
身体の芯から凍えるような感覚に苛まれる。
それから先の話は聞きたくない―――が、僕はそれを聞かなければならない。
『さすがにこれはないと思ったが、こいつの“さっき”の行動を見て、ソレにあった可能性が高くなってきた』
「さっきの行動って、この子は何かおかしなことをしたのか?」
『そいつは嘘をついた。闇魔法の魔力はたしかに、あの石に触れていた。それにも関わらずお前にそれを隠したんだ』
「……なんのために?」
困惑する僕に、フェルムは言葉を続ける。
『初めて会った同じ闇魔法使い。自分の危険な魔法も恐れずに、受け止めてくれる。だがこれだけで、嘘を吐いてまで誤魔化す理由にはならないが———』
「そこで、子供を魔物に食わせる話が関わってくるのか?」
『ああ』
そこで言葉にするのも苦痛なのか、フェルムは言い淀む。
『……その話で、子供を魔物の住処に送り出すときは、決まって嘘を吹き込む』
「嘘って……」
『子供が親の元に帰ってこれないようにするため、確実に魔物に食わせるための嘘だ』
フェルムの話を聞き、抱えているキーラに思わず視線を向ける。
嘘を吐かれた時に、闇魔法の魔力が暴走してしまう。
それは、キーラの心に刻み込まれているトラウマ。
『“忌み子送り”、ボクが知る限り最も悪辣な風習だ』
キーラは誰かに嘘をつかれて何かしらの酷い目にあったと考えていたけれど、フェルムが口にした話は僕の想像を遥かに超えて、残酷なものであった。
因みにですが、キーラが精神的に不安定なのは理由があります。
今回の更新は以上となります。




