第二百二十六話
お待たせしました。
第二百二十六話です。
闇魔法を扱うための訓練を再開した僕は、まずフェルムに判断を仰いだ。
闇魔法について、この場にいる誰よりも詳しい彼女なら、何か思いついたのではないかと考えたからだ。
『ウサト。今から、ボクの言葉をこいつに伝えろ』
フェルムの言葉にさりげなく頷くと、彼女は小さな声で話すことを指示してくれる。
それに従い、フェルムの言葉をキーラへと伝えていく。
「キーラ。まず意識することは、君の魔法は君のものだということだ」
「私の、もの?」
「ああ。どういう理由かは分からないけど、君は自分の持つ魔法を意識的に遠ざけようとしている。まずはそれをなんとかしない限り、君の魔法はいつか暴走し、大変なことになる」
僕の言葉にキーラが表情を強張らせる。
「大変なことって……?」
「君の魔法が本当の意味で君のものじゃなくなるってことだ。使い手である君の手を離れ、ただ感情のまま暴れまわってしまう。そうなれば、最初に巻き込まれるのは君に最も近い人物であるグレフさん達だ」
「私のせいで、グレフ達が……」
自身の足元を見て、呆然と呟くキーラ。
ショックを受けるのも無理はないが、ここは下手に隠すべきことではないのは僕でも分かる。
正直心苦しいけど、まずは彼女に自分の魔法の状況を教えなければならない。
「キーラ、今のままじゃそれは避けられない。だからこそ、君は自分の魔法と向き合わなくちゃならない」
「でも私の魔法は、言うことを全然聞いてくれなくて……」
「そのために僕達がいる。君が周りの人たちを傷つけさせないように、力を尽くそう」
この子にとってグレフさん達の存在は、きっとかけがえのないものだろう。
そんな存在を手にかけてしまったら、心が壊れてしまう。
そんな結末、誰も望むはずがない。
「そのために、まずは君の認識を改める必要がある。多分、君は自分の魔法を、自分のものじゃないって認識してしまっている」
「それが、間違っているんですか?」
「ああ。君の魔法は、今でも君のものだ」
闇魔法により辛い目にあってきたからか、無意識に自分の魔法に嫌悪感を抱いている。
彼女の魔法が感情を反映させて動き出している状態だというのなら、そんな彼女の“自身の魔法に対しての嫌悪感”をダイレクトに反映させてしまっていると考えられる。
「と、いきなりこんなことを言われても、自分の魔法を受け入れられるはずがないよね」
「……はい」
「それなら、闇魔法を扱いながら慣らしていこう」
空き家の傍らに落ちていた拳くらいの大きさの石を拾った僕は、木箱の上にそれを乗せる。
「最初の目標は、自分の意志でこれに触れてみせること。できるかな?」
「や、やってみます!」
そう言って、キーラは足元の影から闇魔法の黒い魔力を伸ばす。
彼女は自分の足元から伸びる黒い魔力を見ると、二メートル先ほどにある木箱に乗せられた石に手を掲げる。
すると、足元の魔力は動くが、彼女の意志に抵抗する様子を見せる。
……駄目だ、まだ無理やり動かそうとしている。
「無理に操ろうとしなくてもいいんだ。自分の手足を動かすように、動かせて当たり前って思うことが重要なんだ」
「はいっ」
僕のアドバイスに、キーラは肩の力を抜いた。
彼女の足元の魔力も抵抗をなくし、ゆらゆらと動いている。
少しずつアドバイスをいれつつ、彼女の訓練の様子を五メートルほど離れた場所から見守る。
「これが治癒魔法の訓練だったら、僕もアドバイスできたんだけどね……」
「治癒魔法というか、体を鍛える訓練じゃない? 貴方の場合」
「否定はしない」
ネアの言う通り、僕は魔法を教えることに向いていないのかもしれない。
正直、魔法に関して教えられたことは“走りながら魔力を感じる”ことくらいだ。
「しかし、キーラを見ていると、ナックの時を思い出すな……」
『そういえば、あいつはお前の弟子なんだっけ?』
「ああ」
フェルムの言葉に頷く。
最初に会った時は、色々と複雑な事情を抱えていた彼も今や立派な救命団員だ。
彼に課した訓練は、僕やローズと同じ動ける治癒魔法使いを育てるためのものだったけれど、今思えばたった五日の訓練でナックはよく頑張っていたと思う。
少なくとも後半の二日は、僕も心を鬼にしてしごきまくったからな……。
「キーラにも救命団式の魔法訓練をさせることができるんだけど……闇魔法の性質を考えると危険すぎるからなぁ」
『なにするつもりだったんだ、お前?』
「走りながら魔力を扱うってやつだよ。とりあえず、走っていれば余計なことも考えずに済むから、魔法も自然と出していけるかなって」
理には適っているはずだが、それをすればキーラにかなりのストレスを与えることになるし、何より周囲からのドン引きは免れない。
僕にも、やっていいことと悪いことの区別くらいあるからね。
「……でも、やっぱり不思議な魔法よねぇ。闇魔法って、他の魔法と比べて異質だわ」
『だからこそ不気味に思われるんだけどな。下手をすれば暴走する危険もあるし、目覚める能力は既存の魔法からかけ離れたものだから、周りの奴らからすれば恐ろしい魔法だ』
キーラを見たネアとフェルムがそう呟く。
闇魔法使いとはどのような存在か改めて考えさせられていると、目の前で訓練を行っているキーラの闇魔法の魔力に変化が起きていることに気付く。
「……」
キーラの足元の魔力の一つが、ゆっくりと動いている。
無理やり動かされているようなぎこちなさはない。目の前に一つだけ浮かんでいる黒い魔力に、キーラは真剣な眼差しを向けている。
数秒ほどすると浮かび上がった黒い魔力は、足元の影へ戻っていってしまった。
緊張を解いた彼女が、こちらへ振り向いた。
「う、ウサトさん!」
「うん、ちゃんと見てたよ」
「少しだけど、私の意志で動かせました!!」
パァッ、と明るい笑顔を見せるキーラ。
呑み込みが早い。
これは思っていたよりもすんなりと使い方を覚えさせられそうだ。
「この調子でいけば、僕がいなくても大丈夫そうだね」
「———え?」
一瞬にして笑顔を曇らせるキーラ。
自然に口にしてしまったが、ここでキーラの調子を崩すのはまずい。
キーラに誤魔化すように手を横に振りながら、訓練を続けるように促す。
「ま、まずは、どんどん練習していこう!」
「……はい」
落ち着きを取り戻し、返事をした彼女は再び魔力の操作を行う。
切っ掛けさえ掴めれば、あとはそれを手繰り寄せていくだけだ。
キーラの姿を見守りながら、僕は安心して肩の力を抜く。
「魔法の方は、大丈夫そうね」
「ああ。最初は不安だったけど、この調子なら大丈夫そうだ」
『……うーん』
「フェルム、何か気になることでも?」
僕とネアの言葉に悩まし気に唸るフェルムに声をかけると、彼女はなんとも歯切れが悪い様子で返答する。
『これで本当に解決できたのか?』
「どういうこと?」
『分からないけど、ただ使い方を教えて終わりってことにはならない気がする』
「……」
そう、かもしれないな。
僕はキーラのことをほとんど知らない。
彼女がどんな過去を持っているか、今どんな気持ちで闇魔法の扱いを身につけようとしているのか。表面上のものでしか知らない。
『……いや、下手に入れ込むべきじゃないか。こいつに依存されても困るからな。ただでさえ、今の時点で結構な信頼を寄せられているし』
「分かる」
「いや、分かるなよ」
なぜ君達には依存されるかそうじゃないかの選択肢しかないの? 普通に信頼されているとかでよくない?
どんだけ僕がトラブルメーカーだと思っているの?
あんまりな扱いに釈然としない気持ちになりながらも、キーラから意識を逸らさないように努めるのであった。
●
訓練を続けてから数時間。
時間帯も昼にさしかかった頃、キーラに一旦訓練を休憩するように伝えた僕は、焚火を前にして串に刺した魚を焼いていた。
午前中、先輩が獲って来てくれたものだ。
レオナさんの魔法で保存するなり、色々と手を加えて保存食にすることはできるが、とりあえずはキーラ達への昼食にするべく、軽く下ごしらえをする。
「すまないな、ウサト」
「いえいえ、これぐらいお安い御用ですよ」
申し訳なさそうな表情を浮かべるグレフさんに、苦笑しながら返事をする。
ぶっちゃけ、内臓を取って串にさしていくだけの単純な作業だ。
それより、ネアも手伝ってくれるはずなんだけど……あいつ、フクロウの状態で飛んで行ったっきり戻ってこないな。
それほど遠くに行ったわけじゃないのに。
「……君は、本当に不思議な男だな。キーラの魔法をああも簡単にあしらってしまうなんて……」
「ははは、結構鍛えてますからね」
腕をまくりながらそう言うと、グレフさんは僕に釣られたように笑みを零した。
彼は、ブルリンの背に乗っているロゼとラム、そしてそんな彼らをあわあわとしながら見ているキーラへと視線を向け、小さなため息をついた。
「あの子と最初に会った時は大変だったよ。俺もそれほど強いわけじゃないから、生傷が絶えなくてな。あの子を引き取って後悔してるわけがないけど、本当に大変だった」
「今は違うんでしょう?」
「それは勿論さ。でもあの子は……今でもそれを気に病んでしまっている」
自分の魔法でグレフさんを傷つけてしまったことを後悔しているってことか。
そりゃあ、親切にしてくれている人に怪我をさせたとなれば、そう思っていても仕方がないな。僕も団長に怪我をさせてしまったら―――いや待て、そもそも話に当てはまらないから考えないでおこう。
止まっていた手を動かし、串で刺した魚を焚火の熱が当たる位置の地面に刺す。
「……そういえば」
グレフさんに聞きたいことがあったんだよな。
キーラの前でするには憚られる話だし、今尋ねてみるか。
「グレフさん。キーラは嘘をつかれたら魔法が暴走してしまうと言っていました。それについて、何か知っていますか?」
「……キーラがそれを、自分から?」
「? ええ、まあ」
「そうか……」
え、なにその反応は、すごい不安になるんですけど。
悩まし気に唸るグレフさん。
暫しの沈黙の後に、彼は意を決したような表情で顔を上げる。
「ウサト、キーラは———」
「おーい! ウサトー!」
グレフさんの声を遮る、大きな声が響く。
そちらを見れば、魔族の姿に変身したネアがこちらに手招きしている。
彼女の近くには、フードを被っているレオナさん達がいる。……グレフさんが何を言いかけたのか気になるけど、まずはネアの方だな。
「グレフさん、すいません。魚の方は後は焼けるのを待つだけなので……」
「いいさ。それより、仲間が呼んでいるなら早く行った方がいい」
グレフさんに断りをいれてからその場から離れる。
その最中に、僕に気付いたキーラが駆け寄ってくる。
「ウサトさん、どこかに行くんですか?」
「うん、ちょっと仲間に呼ばれてね」
「訓練、は……?」
早く自分の魔法をなんとかしたい気持ちは分かるけど、万が一に備えてキーラ一人で魔法の訓練をやらせないほうがいいだろう。
それに、午前中の訓練でキーラも魔力を消費しているはずだ。
あまり無理をさせるべきじゃない。
「僕が戻るまでは休憩にしよう。慣れない訓練で疲れているだろうから、無理は禁物だ」
「え、でも———」
「ウサトー!」
「ああ! 今行く!! ———そろそろ行くよ。大丈夫、君の魔法はしっかりと上達してるから」
そうキーラに伝えた後に、ブルリンの方を向く。
寝っ転がっているブルリンの背には、ロゼとラムがよじ登って遊んでいる。
その光景を微笑ましく思いながら、彼へと声をかける。
「ブルリン! 一旦ここを離れるかもしれないから、もしもの時はお前がグレフさん達を守ってくれ!」
「グア!」
「よしッ!」
威勢のいい鳴き声が返ってきたことを確認し、キーラから離れネアの元に移動する。
「ネア、一体どうしたんだ?」
「スズネ達が話があるそうよ。それより貴方、キーラに何か言った? 一瞬、すっごい睨みつけてきたんだけど」
「え、特におかしいことは……」
そう思いながらキーラへと振り返ると、睨みつけている様子はない。
「気のせいじゃないか?」
「……うーん、そうかもしれないわね。それより、皆も待っているからついてきて」
「分かった」
ネアについていき、その場を離れる。
そのまま一緒にいた先輩達の待っているという集落の外れにまで移動したところで、フェルムとの同化を解く。
その場には、ブルリンを除いた全員が集まっていた。
僕の姿を確認した先輩は、すぐに話しかけてくる。
「先ほど、私とレオナで例の遺跡のある場所に行ってみたんだ」
「……何かあったんですか?」
元から怪しかった場所ではあったが、本当に何かあったのか?
僕の質問に、先輩とレオナさんが頷く。
「もしかして、俺とウサトを呼んだのはそれに関係ある話ですか?」
「ああ、だから“勇者の武具”を持っている二人を呼んだんだ」
カズキの持つ左腕の籠手と、僕の持つ右腕の籠手。
そのどちらもがファルガ様にいただいた勇者の武具だ。
それを持つ僕達を呼んだということは、あの場所に―――魔王がかつていたという遺跡に、やっぱりなにかしらが関わっているということを意味していた。
自分を“置いて”仲間の元に向かっていくウサト―――トラウマスイッチ発動^p^
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