第二十五話
魔王軍が王国に近づいているという報告を済ませたローズは僕を連れ、救命団の宿舎へと戻っていた。
一旦自室に戻り、少し間をおいてからローズの居る団長室に向かう。
団長室があるのは、二階の奥の部屋。一度も訪れた事はないが、訓練時以外、彼女はいつもそこにいる。
団長室の扉の前に辿り着き、三度扉を叩く。
「すみません、ウサトです」
『入れ』
「失礼します」
部屋の中の声を聞き、扉を開け部屋の中に入る。
中は思っていた数倍は綺麗に整頓されていた。本棚の中には様々な分野の書籍が並び、机の上には積み重ねられた書類。
その机に肘をつき、椅子に座っているローズ。どことなく彼女の髪が濡れているように見えるのは、水でも浴びた後なのだろう。めちゃくちゃ砂埃ついていたからな。
「座れ」
「分かりました」
ローズに促され、机の前に不自然に置いてある椅子に座る。対面する形なので落ち着かない感じがする。
「……一応聞いておくが、自分の役割は理解しているんだろうな?」
「えと、団長と同じように前衛で、負傷者の治療をすればいいんですよね」
「しっかり覚えているようだな。じゃあ、その事について詳しく話すぞ?……まず、戦闘が始まった場合、最初の段階では私とお前は前衛には出ない」
最初の段階では、ってことはそれ以降に行かなければいかないということになる。それならば最初から出ていればいいのではないかと思ってしまうところだが、ここはローズの話を聞いてから考える事だろう。
「その間トング達が出て、怪我人を今日お前に手紙を届けに行かせた診療所にいるオルガとウルルを加えた私達四人の治癒魔法使いが居る拠点に運び、治療を始める」
「何で最初に出ないんですか?」
「お前、怪我人の居ない序盤の戦闘に治癒魔法使いが何しに行くんだよ。前衛も混乱する事に加えて、体のいい的になるぞ?」
「あ、確かにそうですね」
そこまで考えてはいなかった。確かに序盤の戦闘は怪我人もそうは多くない。治療すべき怪我人がいないと僕たちの役目はないに等しい。
だから最初はトング達に任せて、僕たちは後方で怪我人の治療をして頃合いを見て前線に突入する訳か。
「後、前衛を往くなら一番重要な事がある」
「重要な?」
「ああ重要だ。これは私にも言える事だが……助ける人間を間違えるなってことだ」
「……それは、あれですか?敵を助けるなとかそんなですか?」
何を当たり前の事を言っているのだろうか。襲ってきた相手を理由もなく助けるなんて意味が分からない。
「あー、そう聞こえるかもしれねえが、全然違ぇ。私が言ってんのは不用意に怪我人を治すんじゃねえって事」
「それはつまり……どういう事ですか?」
「例えば、軽症を負いつつ戦闘を続けている兵士が居たとする。もしお前がそいつを助けようとそいつに近づいたらどうなる?」
「……戦っている人の邪魔になりますね」
「それが理由だ。前衛で治療活動っつっても全ての人間を治すわけじゃねえってことだ」
成程、味方の邪魔にならないように注意しながら、味方のサポートをすればいいという訳か。筋が通っている。
「これで、一つ目の話は終わった。次はお前のことだ」
「僕?」
さっきの話は僕のことじゃないのか?
しかし、なんというかいつものローズじゃない感じがする。城に入る前もそうだ。なんだかいつもより棘がない。一体どのような心境の変化なのだろうか、それとも上げてから落とす作戦なのだろうか……。
ん?何か飛んでき―――
「うわっと!」
「それが救命団の正装だ。試しに着てみろ」
「え……?」
投げ渡されたのは、白衣に似たコートのような服。右胸部分に救命団のシンボルである赤色の花の刺繍が施されている。それに加えて上質な皮のように滑らかで頑丈な生地。これはローズのいつも着ている服と同じものだ。
「それは、前衛での戦いで目立つように仕立てた専用の服だ。丈夫に作られている、水も弾く優れもんだ。それをお前にやる」
「あ、ありがとうございます」
相当高いんだろうなこの服。何が素材に使われているかは聞かないでおこう。
……何だか、少し嬉しくなってきた。袖に腕を通し、前を留め金で閉じる。着てみた感想は意外と軽く動きやすい。それに着心地も良い。
「……ほお、中々様になってんじゃねえか。今まで鍛えてきた甲斐があったもんだ」
「うっ……」
この人いつの間に僕の近くに……足音すら聞こえなかったぞ。
手を伸ばせば届く距離に近付いたローズは、僕の頬に手を添える。体が金縛りにあったように動かない。
これは恐怖じゃない。
義務感のような何かが僕の意思を無視し、体を拘束している。
「トング達には黒色、フルール兄妹は灰色。そして、私と同じ白色を纏う意味がお前に分かるか? 因みにこれは元々二着しか作る予定はなかった」
「え、どうしてですか?」
「フッ、お前が知るのはまだ早い」
「は?」
刹那、首筋に衝撃を感じ視界がグルンと一回転する。
やっぱり、ローズはローズだったよ。
薄れゆく意識の中、何故か安心してしまった僕であった。
●
「……やっぱ、ローズは酷い!!」
『うわっ!?』
「……ってあれ?」
目が覚めると、そこは僕のベッドであった。隣にはいびきをかきながら寝ているトング。
あれ、壁にローズから貰ったコート……いや、団服が掛けられている。
……というと、僕をここに寝かせたのはローズで壁に掛けたのもローズ?
「ぐぬぬ、あの人、ツンデレなのかそうじゃないのか分からん……そういえば、さっき僕以外の叫び声が聞こえた気が……」
確か「うわっ!?」って男の声が聞こえたけど。
『うっ、ウサト~』
窓から声がする……ここ二階だぞ。
こんな所に人が来るはず―――
『気付いてくれ~』
「カズキぃ!?」
思わず裏声になってしまった。
寝ぼけているのかと思い、目を擦ってみるが、改めて見ても目の前には窓の取っ手に張り付いているカズキの姿があった。
とりあえず、窓を開け下に飛び降りる。
「と、とりあえず下で話そう!」
「あ、ああ!」
まさかトングの居る部屋にカズキを入れる訳にはいかない。
それに、こんな時間に起きていることをローズに知れたらたまったものじゃない。
降りてきたカズキを連れて、宿舎から離れた場所に移動する。月の光が明るいので足元には困らないので歩くのも楽だ。
「っで、こんな夜中に何の用?……まっ、まさか……僕にそんな趣味はないぞ!!」
「……何言ってんだウサト?」
「ごめん、僕の心が腐ってたわ」
君は純粋すぎるッ。犬上先輩とは雲泥の違いがあるほどに……ッ。
いつも訓練している訓練場に移動した僕は、とりあえず地面に座りカズキの話を聞くことにした。
「ははは、変な奴だな~先輩と同じ反応してやんの」
犬上先輩ェ。
心中お察しいたします。でもカズキ、君は可笑しくなんてないんだよ。僕と犬上先輩の心が汚れているだけだから気にしなくていい。
……っと、最初聞こうと思っていた話から脱線してしまった。
「結局、何しに来たの?」
「……夜さ、王様から魔王軍との戦いが始まるって聞かされてさ」
「あー」
魔王か……王様も伝えるのが早いな。
犬上先輩はともかく、カズキが不安に思ってしまうのもしょうがないな。
「先輩は少し戸惑ったけど、すぐに元気になった……でも俺ずっと戦いの事考えてさ……夜も眠れなくて……気付いたら城を抜け出して……そしたら何故かウサトの所訪ねてた」
「……」
「落ち着いてみると、俺、逃げ出しちまったんだ。……ウサト……俺さ……」
こちらを振り向いたカズキの顔が月明かりに照らされる。何時もは凛々しいイケメンのはずの彼の表情はどこか弱弱しかった。
「戦うのが怖い」
とりあえず、心の中で言わせてくれ。
どうして犬上先輩ではなく、僕に相談するんだ……。




