第二百二十三話
お待たせしました。
第二百二十三話です。
先輩達と共に今後の方針を決めた僕はフェルムと同化した状態で、アマコと共にネアとキーラ達のいる空き家へと戻っていた。
その際、事情説明のためにアマコにはフードを外してもらっていたが、彼女が獣人だと知ったキーラ達は予想通り驚きを露わにしていた。
ロゼとラムは、獣人を見たことがなかったこともあるが、アマコの見た目がキーラと近いことから思っていたよりも警戒はされてはいなかった。
一方で、キーラは僕の時とは違いアマコから距離を置いているように思えた。
「……疲れて眠ってるね」
「そうだね」
外が暗くなってきた頃、グレフさんが寝かせられている別室のベッドで二人仲良く眠っているロゼとラムを見下ろした僕は、壁に背を預けながらため息を吐く。
昼間魔物に襲われた疲れで二人の子供はすぐに眠ってしまった。
「フェルム、結構長く同化してるけど疲れてないか?」
『全然。魔力を使わない限りはボクにあまり負担はかからないからな』
僕自身にはなんの問題はないが、フェルムも同じようなものなのか。
下手に魔力を動かさなければ、同化も長時間保つと考えてもいいのかな?
『あ。一応伝えとくぞ』
「ん?」
『ボクが返事をしなかったら、多分寝てるか無視しているかのどっちかだから』
「無視も酷いけど、寝るとはどういう意味なの? え、僕と同化している状態って普通に眠れる感じなの?」
あれ? 意外と不自由はしてないの?
衝撃の事実に驚きを隠せずにいると、眠っているロゼとラムを見ていたアマコがこちらへ振り向く。
「ウサト、静かに」
「あ、ごめん」
怒られてしまった。
声を潜めながら、アマコへと話しかける。
「アマコ、この子達を見てどう思った?」
「……無邪気な子供。異様な早さで懐かれた理由は知りたくないけど。……ウサト、それから先を口にしたら怒る」
ちょっと茶化そうと思ったら、先読みされて忠告されてしまった。
「私は、ちょっと複雑な気持ちになった。魔族が獣人や人間と変わらないんだって、見せられたような気がしたから……」
「頭では分かっていたつもりだったんだけどね……。いざ現実を見るとどれだけ自分の考えが甘かったのか痛感させられるよ」
魔王を倒すと言うことは、魔族にとっての生命線を断つことと同じだ。
魔族は貧困に苦しみ、僕達が今日助けたキーラ達に辛い思いをさせてしまうかもしれない。
この子達は、悪いことなんて一つもしていないのに。
「……まあ、僕がどれだけ悩んだとしても、魔王を倒すという僕達の使命は変わらない」
魔王を倒して戦争が終わるのか、それも分からない。
だけど、侵略を止めるには魔王を倒さなければならない。
頭の中でぐるぐると回る疑問を隅に追いやりながら、目元に手を当てる。
「そのためにも、現実から目を逸らしちゃ駄目だな……」
目元から手を離し、今一度眠っている二人の魔族の子供へと視線を向ける。
すると、僕達のいる部屋の扉が開かれ、ネアが顔を出した。
彼女の後ろにはチラチラと僕の方を伺っているキーラがおり、その視線は僕から眠っているロゼとラムへと向けられた。
「ネア、どうした?」
「グレフが目覚めたわよ」
「! 分かった。すぐにグレフさんの部屋に行く。ネア、キーラ、この子達を見ていてもらってもいいかな?」
「ええ、任せなさい」
「……」
ロゼとラムを二人に任せ、グレフさんのところへ向かう。
すると、ネアから離れたキーラが無言で僕についてきた。
「キーラ?」
「……」
話しかけるも無言。
僕達とグレフさんが一緒の部屋にいるのが不安なのだろうか?
どことなく思いつめているように思える。
アマコから距離を取るようについてくるキーラを気にかけながら、グレフさんのいる部屋に到着する。
開け放たれた扉から中を伺ってみると、ベッドには上半身を起こしているグレフさんの姿がいる。
「グレフ」
「おお、連れてきてくれたか!」
キーラの声で僕達の存在に気付いた彼は、包帯の巻かれた右足を摩っていた手を離し、快活な笑みを向けてくる。
「ネアから聞いているよ。君達がウサトにアマコでいいんだな?」
「はい。お体に異常はありませんか? 傷は一応の手当てをしましたが……」
「それなんだけど、殆ど痛みがなくてびっくりだ。まるで、怪我がなくなっているみたいだ」
実際は、本当に傷は完治しているんだけどね……。
まあ、今のところは回復魔法で治療したということにしておこう。
「おっと、自己紹介をしていなかったな。もう知っているかもしれないが、俺はグレフ……魔王領を旅している変わり者の魔族さ」
「僕はきゅ……貴方と同じように旅をしているウサトと申します」
「アマコ。見ての通り、獣人。あと十四歳です」
「え!?」
なぜか年齢を強調したアマコ。
そして、今まで無言だったキーラが彼女の年齢を聞いて驚いている。
……まあ、アマコの身長を見て同い年くらいだと思っていたんだろう。
顔に出ていたのかさりげなくアマコに睨まれている僕に、グレフさんが深く頭を下げてきた。
「本当にありがとう。君達のおかげで俺だけの命だけじゃなく、キーラ、ロゼ、ラムの命も救われた」
「い、いえ、僕達としても見過ごせなかったので……」
毎度の如く慌てながら、頭を上げるようにグレフさんにお願いする。
「多くの魔族は大地と共に心まで腐ってしまうというのに……今時、君のような親切な魔族は珍しいな。ははは」
「そ、そうですか?」
グレフさんの言葉に動揺しながら愛想笑いを返す。
一般の魔族の人の性格が分からん……! 具体的には軍団長の面々とフェルムしか知らない……!
あれか? コーガみたいな感じでいけばいいのか?
「グレフ、ウサトさんが困ってるよ」
「え、そう? ははは、すまないな」
キーラに注意されたグレフさんが僕に謝罪をする。
少し話題を変えよう。
このままじゃ、ボロが出てしまいそうだ。
「グレフさん、怪我についてですが……大体、二日か三日ほどで歩けるようになるはずです」
「そうなのかい? あの血に飢えたハングウルフに噛まれてそれぐらいで済むとは……正直、目覚めた直後は、足は動かなくなるものばかりと思っていたからな。予想よりも、痛みがなくて本当にびっくりしたんだ」
グレフさんが右足をさすりながらそう呟くと、キーラが彼のいるベッドの傍らに置いてある椅子に座る。
「すごい怪我だったけど、ウサトさんがすぐに手当てしてくれたんだ」
「え、どれくらいすごかった?」
「やばい」
「やばいのか」
「うん、やばかった」
「そうか……やばかったのか……」
独特なやり取りだなぁ。
オウム返しのように「やばい」と呟いたグレフさんは、穏やかな笑みを浮かべキーラの頭に手を置いた。
「心配かけさせてごめん。それと、よく頑張ったな」
「……うん」
無表情のままこくりと頷くキーラ。
少しして頭から手をどけた彼は、彼女へ続けて話しかける。
「今日はもう休め。お前も疲れてるだろう」
「でも……」
「俺なら心配はいらないさ。それにほら、早く寝ないと恐ろしい治癒魔法使いが攫いに来ちゃうぞ?」
ん? なんだろう、今全く関係ないタイミングで僕に関係する台詞が出てきたような……。
「……グレフ、私はそんなことじゃ怖がらないよ」
「ははは、分かってるよ。さ、行きな」
「うん」
溜息をついたキーラが椅子から降りると部屋の入り口の方へと向かっていく。
そのまま部屋を出ていくかと思いきや、僕の前で立ち止まった。
「どうしたの?」
「ウサトさん……その、後で私に闇魔法の扱い方を教えてもらってもいいですか?」
!? や、闇魔法⁉︎ 治癒魔法や救命団式の訓練ならまだしも闇魔法は正直専門外だ。
……いや、僕と同化しているフェルムに教えてもらえばいいか。
断るという手もあるが、ここで断ると不審がられそうだし引き受けよう。
「ああ、構わないよ」
「あ、ありがとうございます! それじゃ!」
不安そうな面持ちから一転して明るい笑顔を浮かべたキーラは、そのまま部屋を飛び出していった。
彼女の背中を見送ったグレフさんは、困ったような笑みを浮かべている。
「すまないな。キーラも自分と同じ闇魔法使いに会えて、嬉しいみたいだ。気を悪くしないでくれ」
「いえ、気にしていませんよ」
「そう言ってくれると助かるよ。立っているのもなんだし、座るといい」
グレフさんの言葉に応じて、部屋の隅からもう一つ椅子を引っ張り出して、アマコと共に椅子に座る。
さて、まず聞きたいことがあるとすれば……。
「キーラは……貴方の娘さんですか?」
「……いいや。あの子は……旅の道中で引き取った子供なんだ」
「引き取った、というと……」
「事情があってね。あの子は家族の元には帰れないんだ」
『……やっぱりな』
今まで無言だったフェルムが、そう呟く。
「他の子達も?」
「ああ。あの子達は魔物に親を殺されてしまった子だ。一応、俺が親代わりをしているが、うまくやれている自信はない」
「そんなことないよ。さっきまで、あの子達は眠っている貴方から離れようとしなかったし……」
アマコの言葉に僕も頷く。
実のところ、ロゼとラムをベッドに運んだのは二人がグレフさんのベッドにもたれかかるように眠ってしまっていたからだ。
その様子を見る限り、あの子達はグレフさんを心から信頼しているだろう。
「……最近、魔物の動きが活発化してきてな。さすがに呑気に旅をしている場合じゃなくなってきた俺達は、中央への移住を試みている一団と共に、安全な場所へと向かおうと思ったが……そこで、魔物の襲撃にあって逸れてしまったんだ」
「キーラから聞きました。まだその一団とは、合流できるんですよね?」
「幸いなことにな。怪我も思ったより大事にはならないようだし、二日ほどしたらここを出発して、遺跡の近くを通って、合流予定の村に向かえるだろう」
……昼間も少し気になったけど、遺跡とはなんなんだろうか?
試しに聞いてみるか。
「あの、遺跡とはなんなんですか?」
「知らないのか? 魔族にしちゃ、これを知らないなんて今時珍しいな。遺跡というのは、何百年前に魔王とその部下達が根城にしていた場所のことだよ」
「えぇ!?」
「本当に知らないのか? 魔王と勇者が最後の戦いを行った場所でもあるんだけどな……」
思ったよりも重要そうな場所だった……!?
アマコも目を見開き、驚きを露わにしている。
「今では、復活した魔王は都市の城にいるらしいが……あの遺跡の方には色々と噂があってな。遺跡を護る魔王特製のゴーレムが今でも活動していたり、高濃度の魔力が遺跡内を満たしてたり、中には勇者の扱っていた武器が隠されているっつーものもあったな」
「! 勇者の扱っていた、武器ですか……」
脳裏に過ったのはアマコの予知。
僕の籠手の元になった小太刀とは別の刀。
それが、かつて魔王が拠点としていた場所にあるかもしれない。
アマコを見れば、僕と同じことを考えていたのか、顎に手を当てて何かを考え込んでいる。
「ま、信じるに値しない噂だけどな」
「で、ですよね……」
「それで、お前達はどうなんだ?」
「僕達?」
「俺と同じように旅をしているんだろ?」
少しドキリとしながら、あらかじめレオナさんと決めていたことを説明する。
「僕達は魔王領というより獣人の国の方面の旅を主としていますね」
「ああ、だから獣人のアマコが一緒にいるわけか。ここにいる君達とネア以外に人はいるのか?」
「ええ。この家からちょっと離れた空き家に四人と僕の相棒の魔物がいます」
さて、ここからが重要だ。
「ですが、僕達以外の面々は……人と関わることを避けていたり、行動に問題のある者もいるので、会わせることはできません。特に、仲間の一人は尊敬できる人物ではあるのですが、子供に悪影響な部分があるので……」
『一部は事実だな』
先輩は真面目な時は本当に頼りになるけど、暴走すると手がつけられなくなるし、行動と発言が別次元のものになるからな……。
「そ、そうか。まあ、旅の者は大抵過去に何かあった奴が多いから不思議でもないな。しかし、相棒の魔物とは? 使い魔じゃないのか?」
「いえ、使い魔ではなく単純に友人同士って感じですね。ブルーグリズリーって言うんですけど」
「……ブルーグリズリー?」
あ、これは既視感。
驚かれるのは分かっていたので、すぐに危険がないことを伝えておく。
「危険はないです。人を襲うことはありませんし、むしろ旅における頼もしい存在ですから」
「……お、俺も色々なものを見てきたつもりだが、君のような人は初めてだな。もしかすると、闇魔法繋がりで、魔王軍の第二軍団長と知り合いだったりするのか?」
第二軍団長———コーガか。
脳裏に浮かぶのは、救命団員としての使命を果たそうとする僕の前に立ちふさがり、笑いながら殴りかかってくるあんちくしょうの姿。
僕は考えるよりも先に、早口で返答する。
「いえ、違います。僕はあんな脳みそまで筋肉でできた奴とは知り合いではありません」
「……え、嘘だろ? 本当に知り合いなのか?」
「ハゥッ!?」
しまった、脊髄反射で即答してしまった……!?
『脳みそまで筋肉なのはお前だバカ』
「ウサト……」
フェルムの罵倒と可哀そうな人を見るようなアマコの視線を受け流しながら、僕は動揺しつつ笑顔を取り繕う。
「腐れ縁ですよ。何度か喧嘩したり、殴り合ったりしただけです」
「最年少で軍団長に成り上がった規格外と殴り合う時点で、相当だと思うぞ」
なんだろう、僕が口を開くたびにどんどん墓穴を掘っていく気が。
これは先輩のことを言えないな……。
設定上、キーラは初期のエヴァ並みに闇が深いキャラかもしれません。
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