第二百二十二話
お待たせしました。
第二百二十二話です。
今回は三日にかけて三話ほど更新する予定です。
怪我をした魔族、グレフという男性を近くの家に運び込んだ僕は、とりあえず中に人がいないかを確認した後、彼を手近なベッドに寝かせることにした。
「家に人がいなくなってから、結構経つのかな……?」
ベッドの上に積もった埃を軽く払った後に、グレフさんを寝かせる。
彼は褐色にやや大きめの角、魔族にしては少し弱々しい印象を抱かせる四〇歳ほどの男性であった。
そんな彼がどうして、子供を連れて魔物に囲まれていたのか疑問に思っていると、彼の傍らに二人の子供―――ロゼとラムと呼ばれた八歳ほどの少年が駆け寄っていた。
「グレフおじちゃん……」
「……」
グレフさんの子供か?
……いや、おじちゃんと言っているから違うのか?
「グレフの怪我は……大丈夫なの?」
「応急処置はしたから、心配はいらないよ」
「でも……血が、沢山出てたし……回復魔法じゃ……」
ロゼとラムから一歩離れた距離でグレフさんを見ていたキーラは、不安そうにそう呟く。
この子は彼の傷がどれほど深かったのか理解しているようだ。
言い淀む僕に見かねたのか、ネアが落ち着いた口調でキーラに話しかける。
「それこそ心配無用よ。この人はね、回復魔法が大の得意なの。だから、もう彼は大丈夫よ」
「……本当に?」
「ええ、嘘はついてないわ。ね? そうでしょう?」
「あ、ああ」
物は言いようだけど、ネアがいてくれて良かった。
というより、誤魔化すのが下手くそすぎるだろ、僕。
安堵するように胸を撫でおろしたキーラは、意を決したような顔で僕を見上げて「あっ」という声を漏らす。
「ん?」
「す、すすいません! おじさんだなんて呼んでしまって……お兄さん……ですよね?」
『こいつ、単純に気付いてなかったのか』
角と褐色の肌で、魔族としてか認識されていなかったのだろうか?
そういえば、最初の時以外はこの子に後ろ姿しか見せていないから、勘違いされてもおかしくはないな。
でも……。
「渋くてかっこいいからじゃないのか……」
『どこがだ』
「え、嘘、普通に落ち込んでるの?」
普通に落ち込みながら、不安そうな面持ちのキーラに笑いかける。
「別に怒ってないから大丈夫。それに、おじさん呼ばわりくらい全然気にしてないよ」
「そ、そう、ですか……」
「それより、君たちのことを教えてくれないか? 教えられる範囲で構わないんだけど」
ちらりとグレフさんを見たキーラは逡巡する様子を見せてから、口を開いた。
「……私達は、皆で魔王領の中央に向かっていて……その途中で、魔物に襲われてはぐれちゃって……」
「皆? 集団で移動していたのかな?」
「はい。大体二十人くらいで……今、魔物が活発に動いていて危ないから、住むところを移そうって……」
魔物から逃れるために魔王領の中央に向かって移動していたのか。
その最中に魔物に襲われて、キーラ達と一緒にはぐれてしまったグレフさんは安全な場所を見つけるために、ここに来た―――のはいいけど、そのタイミングでハングウルフの群れに襲われた、と。
「その一団と合流できる目処はついているの?」
「グレフが言うには、この先の遺跡を超えたところにこことは別の“捨てられた集落”があるから、そこで合流する話になってるって」
遺跡……?
いや、それより、いざという時の合流方法は既に用意してあるんだな。
だったら、僕達はこれ以上は関わらないでおくべきか? ……いや、一応、グレフさんからも直接話を聞いておくべきかな。
「あのお兄さん……ウサト、さんはどうしてここに? 私達と同じように中央に向かおうとしているの?」
「ん? まあ、同じようなものだよ。近くを通りかかったところで、君たちの悲鳴が聞こえて急いで駆けつけたんだ」
魔王を討伐するという本当の目的を話すわけにもいかない。
かといって変に誤魔化すと怪しまれてしまうので、ここは彼女達と同じ目的でこの場にいるということにしよう。
……そろそろカズキ達が到着した頃だろう。
「ネア、この子達とグレフさんを見ててくれ。僕は皆に説明をしてくるから」
「ええ、ちゃんと見ておくから心配はいらないわ」
ネアにこの場を頼み、部屋を後にする。
その直後、背後からキーラが僕に声を上げた。
「あ、あの! あなたは、私と同じ闇魔法の使い手なんですか!?」
「……」
キーラに背を向けたまま思わず足を止めてしまう。
その声に込められていたのは、自分が闇魔法使いと名乗ってしまった不安と自分と同じ闇魔法使いに出会えてたという喜び。
『頷け、怪しまれるぞ』
フェルムの声で我に返った僕は、頬を引き攣らせながら精一杯の笑みを浮かべ、キーラへと振り向く。
「……うん、君の言う通り。僕は闇魔法使いだ。このことについては後で話そう」
「は、はい!」
嬉しそうな様子の彼女に背を向けて、そのまま外へ出る。
「悪いことしちゃったな……」
『間違ってはいないだろ。ボクと同化した今なら、お前は闇魔法使いだ』
「そうは言うけどさ……」
僕達の正体がバレないためとはいえ、キーラのような子供を騙すのはあまりいい気分じゃない。
『……多分、あの子は親に捨てられた子供だ』
「どうして分かるんだ? グレフさんの娘かもしれないだろ?」
『勘だ。直感的にそう思った』
よりにもよって勘だけか。
……ローズというほぼ確定な直感を持っている人がいるわけだし、一概に否定もできない。
『あまり踏み込むなよ。依存されるぞ。ただでさえお前、コーガみたいな変な奴に好かれやすいんだからな』
「なんでよりにもよって、コーガなの……?」
『あいつが一番やばい奴だからだ』
否定するべきなのだが、不覚にも納得してしまった。
あばばば、笑顔で殴りかかってくるコーガをイメージしてしまった……!
そんなことを考え頭を抱えていると、僕達が今いる集落の外れに先輩とカズキ達の姿を見つける。
先輩がちゃんと伝えておいてくれたのか、ブルリン以外の全員がフードで頭を隠している。
「まずは僕からも状況を説明しないとな」
『……そうだな』
少し元気のないフェルムを気にしながらも、僕は先輩達と一旦合流するべく彼女達の元へと駆け寄るのであった。
●
まず最初に僕が魔族の姿をしていることに驚かれた。
先輩は一応説明してくれていたようだがカズキとレオナさんは、僕の見た目の変わりように驚き、アマコは表情を顰めて「防げなかった……!」と悔しそうに呟いていた。
まあ、僕の見た目についてはフェルムと同化を解けば元に戻るけれど、まずは近くの空き家にお邪魔して、ここまでの状況を報告することにした。
因みにブルリンは家の入口で待ってもらっている。
「……魔族の男と三人の子供か」
居間らしき場所で、僕の報告を聞いたレオナさんは顎に手を当てる。
居間には、木製のテーブルがあった。
「可愛い子達だったよ」
「……」
「ウサト君、他意はないよ? だから距離を取る必要はないよ?」
距離を取ろうとする僕の腕をがしりと掴む先輩。
僕の行動を先読みされた!? つ、強い……!?
恐々とする僕に、不敵な笑みを浮かべた彼女は思案しているレオナさんに声をかける。
「レオナ、君の考えを聞かせて欲しい」
「ふむ、魔族に私達の正体が知られてしまうという危険はあるが……。よくよく考えれば、それは私達にとってはそれほど痛手ではない」
「え、どうしてですか?」
カズキの疑問に、レオナさんは答える。
「最悪、ネアの力を借りるという手もあるからだ」
「ネアの吸血鬼としての力ですか……」
ネアは対象の首から血を吸うことで、その対象を操ることができる。
行動から記憶まで広い範囲で操れる破格の力だ。
「しかし、私としてもこれはあまり多用したくはない。あくまで最終手段として考えておくべきだ」
「そう、ですね。この場限りで操っても、後々怪しまれてしまう可能性もありますし」
それに、ネアもあんな幼い子供を操るなんてことしたくはないだろう。
ヒノモトの隠れ里の時と、さっきの子供への反応からして、子供好きなのは分かっている。
あくまでこれは最後の手段と考えるべきだろう。
「それで、これからどうするんだい? すぐにでも出発するべきかな?」
「……いや、これはある意味で良い機会とも言える」
そう先輩に返したレオナさんの言葉に首を傾げる。
「今日までの旅路で幾度も戦闘を繰り広げた私達は少なからず疲労している。空き家ではあるが、体を休められる場所があることだし、短時間でも休息を取るべきだ」
「たしかに、みんな戦い通しだったもんね……」
魔物達の襲撃を見ていたアマコが納得するように頷く。
肉体面は僕の治癒魔法でいくらでも癒せるけど、やっぱり精神に関しては治癒魔法の効力は及ぶことはない。
レオナさんの言う通り、僕達は精神を休めるためにちゃんとした休息を取らなくちゃならない。
「近くに枯れていない井戸があったことだし水分の心配はない。あとは……食料も集めておいた方がいいだろう。まだ食料に余裕こそあるが、今後の旅を見越して、旅の道中で調達しておこう」
「最初の分だけじゃ、足りなくなってしまいますもんね」
なにせブルリンを含めて八人分の食料だ。
どこかで調達しなくちゃ、どれだけ切り詰めても限界がくる。
彼女の言葉に納得していると、アマコが手を挙げた。
「それなら、ここに来る時に、近くに川の流れる音が聞こえたよ。魚がいるかどうか分からないけれど、行ってみる価値はあると思う」
魚と聞いて思い浮かぶのは、リングルの闇で魚を取っていた先輩の姿だ。
「では、先輩の出番ですねっ」
「ウサト君。私としては君に頼られるのはやぶさかではないけど、その役割が魚とりなのは複雑な気分だよ?」
「信頼しているからこそです」
「ノルマは百匹でいいかな?」
やりすぎでは?
異様なやる気に満ち溢れている先輩に苦笑していると、次にカズキがレオナさんへと言葉を発した。
「でもちょっと悠長じゃないですか?」
「私達の最終的な目的は魔王を倒すことにある。だからこそ、それまでの道のりで魔物にやられてしまっては意味がない。……ウサトの治癒魔法も完璧な訳じゃないからな。この旅は必要以上に慎重になった方がいい」
「……たしかに」
その言葉に納得した様子のカズキ。
他の面々からの理解を得たと判断したレオナさんは、今一度僕達を見回し、口を開いた。
「この空き家で休息を取っている間、ウサト、フェルム、ネアはここにいる魔族達の対応と監視。カズキ、スズネ、アマコ、私は食料の調達が主な役割となる。食料を調達する際は、なるべく二人以上で行動するように」
監視といっても僕達の正体がバレないようにするって意味の監視なのかな?
魔族の変装をするのは僕としても気が重いけれど、我儘は言ってられない。
「あ、レオナさん」
「ん? どうしたアマコ」
「私は獣人だってバレても問題ないと思う。魔族にとって獣人は、人間より近しい存在らしいから」
「そういうことなら、君にもウサトのサポートを任せよう」
アマコも来てくれるのか。
なんだか、書状渡しの旅をしている時を思い出す面々だ。
アルクさんがいれば完璧だけど……彼もリングル王国で頑張っている。
「僕も、頑張ろう……。フェルム、アマコ、僕達はキーラ達のところに行こう。君の紹介もしなくちゃならないしね」
「……そうだな」
「うん、分かった」
フェルムの身体が影へと沈み、僕と同化する。
それに加え、彼女の同化の力によって肌の色と髪色が変わり、頭に黒い魔力でできた角が生える。
「よし、これで大丈夫だな」
「いざ、目の前で変身すると本当に不思議だなぁ……」
「オーガが魔族に。……悪魔化?」
感嘆した様子で僕を見るカズキに、苦笑する。
アマコの呟きは僕の耳には届くことはなかったけれど、後でちょっとした仕返しはしておこう、うん。
頭に角があるか確認していると、隣にいた先輩が僕の肩に手を置いてきた。
「ウサト君、正体がバレないように注意してね」
「はい。先輩も魔物に気を付けて」
「分かっているさ。でも君は無意識に色々と悩みを溜め込んでしまうところがあるからね。……だからこそ、君には私達という仲間がいることを伝えておこうと思ったんだ」
「先輩……」
ちょっとしたお節介ってやつだ、と言葉にした先輩に頷く。
やっぱり、なんだかんだ言って先輩は僕にとって尊敬できる―――、
「後、あの子達に私の印象がよくなることを言っておいて」
「……」
『台無しだな』
キリっとした表情のまま、そんな台無しなことを言われてしまった。
心なしか、僕と同化しているフェルムもげんなりとしている。
あぁ、あぁ、そうだ。これも先輩なんだよな……うん。
肩を落としながら、返答する。
「お断りします」
「なら後で角を触らせてくれ」
「嫌です」
「じゃあ、今度その魔力で猫耳生やして」
「嫌に決まってんだろ」
じゃあ、ってなんだ、じゃあって。一つも譲歩していない上にやべぇ要望が一つ加えられたんですけど。
いつも使っている敬語すら忘れてドン引きしていると、堂々とした様子の先輩が不敵な笑みを浮かべていた。
「身持ちが固いな……! だがしかし、ウサト君はそうでなくては……!」
「今日の貴方はいつにもましてややこしいですね!?」
というより、身持ちが固いとか男に言う台詞じゃないですよね?
なんで貴方が僕を攻略する立場にいるんですか? 割と、今日の先輩は強くてちょっと押され気味だ。
「押して駄目なら引いてみろ、引いても駄目なら押し通すまでだよウサト君!」
「先輩、全く意味が分からないです……」
いつものごとく常人の三歩先の会話を行っている先輩にちょっとげんなりするが、その一方でこんな他愛のないやり取りを楽しんでいる自分がいる。
これから先も不安はあるけれど、この人がいるなら僕は僕のままでいられるのかもしれないな。
強かさを身につけた先輩でした。
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