第二百二十一話
第二百二十一話です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
暗い森の中に響いた子供の悲鳴。
それを耳にした僕と先輩は、全力でその場を駆けて声のする方へと向かうと、森から一際開けた空間に出てくる。
まず古びた家がいくつも並んだ集落のような場所が視界に入り込む。
「ウサト君! あれ!!」
電撃を纏った先輩が指さす方向を見る。
他よりも一回り大きい家の扉の前で、足から血を流し倒れている魔族の男と、彼の傍で泣きじゃくっている子供二人。そして、傷ついた男を護るように魔物達、ハングウルフの群れを前にして立ち向かっている少女がいる。
「あっちに行け! 近づくなぁ!!」
少女の足元では影が揺らめき、触手のようなものが宙へと飛び出し魔物達を遠ざけるように振り回されているが、それは弱々しい。
『あの子供、闇魔法を……!?』
「今は魔物をなんとかする方が先決だ!」
「その通り!」
さらにフードを深く被った先輩は、全身に電撃を纏いながら一気に加速し、闇魔法を使う少女を襲おうとしたハングウルフに強烈な飛び蹴りを叩き込んだ。
「———え?」
「あ、かわいい!?」
少女を見た先輩の叫びはスルーする。
先輩が子供達を襲おうとしたハングウルフに対応してくれているうちに怪我をした人の手当てをしなければ。
「先輩、魔物がこちらに近づかないようにしてください!」
「お任せあれっ」
先輩は前方に電撃を放ち、こちらに魔物を近づかないように牽制してくれている。
その間に僕は、泣きじゃくりながら魔族の男性に縋りついている二人の子供に近づく。
「近づかないで! だ、誰なの! 貴方達は!!」
闇魔法を使っている少女が警戒するように間に立ち塞がる。
声を震わせている少女の前で、視線を合わせるように屈んだ僕はできるだけ穏やかな声で話しかける。
「大丈夫。手当するだけだから」
「……っ、で、でも……」
年齢からして泣きじゃくっている子よりは少し年上だろうか?
黒っぽい銀色の髪と、小さな角が特徴的な少女。見た目からすると、ナックと年が近いようにも見える。
見ず知らずの、しかもフードを被って顔を隠している僕を警戒するのは無理はない。
『———はぁっ、しょうがない。やってみるか』
フェルム?
僕の中で彼女がそう小さく呟くと、僕の頭に被られたフードが何かに押し出される感覚がする。
それに伴い、体を覆う黒い魔力に少しだけ違和感のようなものを抱く。
『ウサト、フードを外しても大丈夫だ』
「え、でも……」
『いいから!』
黒い魔力で無理やりフードを動かされ、素顔が晒される。
咄嗟に顔を隠そうとするが、思いのほか僕の顔を見た子供たちは驚いてはいなかった。
子供達と同様に驚いていたネアが、肩の上から小声で話しかけてくる。
「ウサト、貴方、角が生えてるわよ? それに髪も白っぽいし、肌も魔族みたいになってるし……」
「え? え?」
困惑しながら頭に手をやるとたしかに側頭部あたりに角がある。
というより、手を見ると魔族のような褐色の肌になっている。
『同化の力を使って肌の色だけボクに寄せた。角は魔力で作った作りものだから、変な心配はしなくていい』
同化ってそんなこともできるの?
いや、少し複雑だけど、目の前の子供たちの警戒を解くことはできたようだ。
小さく深呼吸をして落ち着きを取り戻しながら、少女と向き合う。
「彼の手当をしたいんだ。構わないかな?」
「う、うん! グレフを助けて!! おじさん!」
……おじさん?
おじさん呼ばわりを少し気にしながら、グレフと呼ばれた魔族の男性の傷を見る。
ハングウルフに噛まれたのだろう。
この程度なら治癒魔法で治せる―――が、下手に治癒魔法を見せれば人間だとバレてしまうので、カバンから取り出した応急手当て用の包帯を巻き付けながら、さりげなく治癒魔法をかけて治す。
「これでもう大丈夫だ」
「ほ、本当!?」
「うん、でも気絶してしまっているから、君たちは少しここで待っていてくれ。僕達は、君たちを襲った魔物を追い払うから」
ちゃんと包帯を縛ってから立ち上がり、電撃を放っている先輩へと歩を進める
治癒魔法は人間にしか発現しない系統魔法だ。分かる人には分かってしまうので、治癒魔法を使わないで戦った方がいいだろう。
黒い魔力で両腕を覆い、背中から鞭を生やし後ろにいる子供たちを守らせる。
「わ、私と同じ闇魔法……」
後ろから少女の声が聞こえるが、今は目の前のことに集中しよう。
「怪我をした人は治しました。あとはこいつらを追い払うだけです」
「ウ、ウサト君、その見た目にツッコんでも大丈夫かな?」
「後にしてください……。ホント、魔族なのは見た目だけなので……」
いくら警戒を解く為といっても、僕自身が魔族の見た目になるとは思いもしなかった。
先輩も僕の後ろにいる魔族の子供達を見て、凡その事情を理解したようだ。
「じゃ、手早く片付けるとしよう!」
刀を引き抜くと同時に電撃を纏った先輩は、迸る音と共にハングウルフへと向かっていく。
意識を切り替えた僕は、一番近いハングウルフに狙いを定め、左腕を掲げる。
「伸びろ!」
左腕の黒い魔力を伸ばし、ハングウルフの首を掴み引き寄せる。
半狂乱になって暴れるハングウルフだが、黒い魔力で作られた腕は傷一つつくことはない。
「ば、ヴァう!?」
「そぉい!!」
「くぅ――――ん!?」
苦し気にうめくそいつを森の方へとぶん投げる。
悲痛な叫びと共に森の方へと消えていった仲間を見た二頭のハングウルフが、続けて僕へと突っ込んでくる。
すぐにフェルムが左腕を盾の形に変形させてくれたので、左腕を前面に押し出し体当たりを仕掛ける。
『使い方が違うぅ!?』
ちょっと何を言ってるか分からないけど、ありがとう!!
怯ませた一体と、そのまま攻撃を仕掛けてきたもう一体の首根っこを掴み上げる。
あとは森に放り投げれば——、
「危ない!」
「ん?」
「「ガァゥ!」」
そんな少女の声と同時に、左右から何かが飛び掛かってくるような音が聞こえる。
音からして、僕を挟み込むように攻撃しようとしているのか?
だけど―――、
『させるか!』
「見えてるのよね!」
―――この状態の僕に死角はない……!
背中の肩甲骨あたりから、黒騎士の籠手を模した鋭利な爪の生えた腕が伸ばされ、奇襲をかけようとした二体を掴み取ると、同時に拘束の呪術がかけられる。
「腕が使えなければ、容易く食らいつけると思ったか、このワンコロめ……!」
「うわぁ、見た目も相まって悪魔ね、これは……」
冷静に考えると、今の僕って結構やばい姿をしているんじゃないか?
魔族の姿だし、背中に黒騎士の腕みたいなもの二つ生やしているし。
加えて言うなら、それぞれの手にハングウルフを掴んでいる。
……いや、今は気にしないでおこう。
「そらっ!」
「「「「くぅ―――ん!?」」」」
とりあえず、掴み上げた四匹を森へ放り込んでおく。
「さて、と」
手をはたきながら先輩の方を見れば、電撃で痺れたハングウルフが痙攣しながら地面へ倒れ伏している光景が目に入る。
先輩の方は粗方片付いたようだな。
「僕の方は……っと、ん?」
「「「ッ!?」」」
残りのハングウルフを睨みつけると、彼らも投げ飛ばした奴らと同じことをされると気づいたのか、全身を総毛立たせながら、全速力で仲間が放り投げられた方向に逃げていってしまった。
「……最近、魔物に怖がられることの方が多くなってる気がする」
『自覚あったのかよ』
背中から伸びた黒い魔力を戻しながらそんなことを呟く。
ハングウルフの群れは撃退したのはいいけど、このままここにいた彼らに関わっていいのか迷う。
僕だけ魔族の姿に変装しても、先輩とまだ到着していない皆はフードで顔を隠さなくちゃならない。
こちらへ駆け寄ってくる先輩を確認しながらどうしようかなと考えていると、不意にネアが僕の肩から飛び上がった。
「……ネア、どうしたの?」
「いいこと思いついたわ。ちょっと待ってて」
「あ、おい!」
バサバサと翼を羽ばたかせたネアは、建物の影へと飛んでいく。
遠くにいったわけじゃないだろうけど、何しに行ったんだ……?
「ウサト君、どうする?」
「皆が来るまで待ちたいところですが、まずは倒れている彼を建物に運ぶべきですね」
「……あのさ、ウサト君」
「あの子達とは僕が話します。先輩はなんか、危険な感じがするので」
「君は私のことをなんだと思っているのかな?」
いや、闇魔法を使う子を見た第一声が「かわいい!」の人が何言っているんですか。
先輩に任せると一瞬でボロが出そうなので、僕から改めて話しかけようとすると、ネアが飛んで行った家の物陰から、フクロウから人型へと変身した彼女が出てきた。
まるで僕達を追いかけた体で駆け寄ってきたネアの頭にはヤギのような角が生えており、その肌も魔族と同じ褐色へと変わっていた。
「魔族に変身したわ。これなら怪しまれないでしょ」
「ネ、ネアに魔族ッ娘属性が……!? どれだけ属性を盛るの、この子!?」
「君というやつは……」
『こいつ何でもありだな……』
でも、僕一人で話すよりもずっとコミュニケーションがとりやすくなるのは間違いない。
そういう意味ではナイスな判断だ。
酷く狼狽えている先輩を、後ろに連れながら僕とネアは先ほどからジッと僕を見ている少女と二人の子供へと近づく。
「え、えーと、初めまして。僕はウサト、ウサト・ケンって言うんだ」
「こんにちは。私は彼の旅に同行してるネアです」
できるだけ怖がらせないように話しかけると二人の子供は涙を浮かべ、少女の背に隠れる。
うっ、まずい。距離感がつかめない。
そんな僕に見かねたのか、にっこりとした笑みを浮かべたネアが続いて口を開いた。
「妻です♪」
「なに子供に嘘吹き込んでいるんだ、君は」
「きゃん!?」
籠手から飛ばした治癒指弾をネアの額にぶつける。
女子らしからぬ声と共に悶える彼女を無視しながら、気を取り直して呆然とした様子の子供達へと話しかける。
「君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「……キーラ。この子達は、ロゼとラム」
「それじゃあ、キーラ。また魔物が襲ってくるかもしれないから、とりあえず気絶しているこの人を近くの家に運び込もう」
「……うん」
こくりとキーラが頷いたのを確認した僕は、グレフと呼ばれた魔族の男性を担ぐ。
「先輩。カズキ達が到着したら、説明とかお願いしてもいいですか?」
「どちらにしろ、今の私にできるのはそれだけのようだね……。分かった。カズキ君達と合流したら、近くで待機しているよ」
まずは保護者らしきこの人の安否を確かめることが先決だな。
グレフさんが倒れていた近くの家の玄関の扉に手をかけると、もう何年も使われていないのか、木材が軋む音と、カビ臭いにおいがしてくる。
「……他の家も同じ感じなのか?」
そのまま、ネアと共に建物に足を踏み入れようとすると後ろから服の裾を引っ張られる。
振り向くと、キーラと名乗った少女が、やや慌てながら団服の裾から手を離した。
「あ、あのっ、おじさん、その……ありがとうございます」
「おじさん……」
「ぷ、ふふ、おじさんですって」
笑いを堪えているネアを無視し、入り口にあるガラスの窓に映りこむ、自分の姿を見る。
ほこりでぼやけて汚れているが、そこには黒い角が生え魔族特有の褐色の肌に変わった僕の顔がある。
ロイド様、シグルスさん、ルーカス様、ハイドさんを思い浮かべながら、顎に手を添える。
前はおじさん呼ばわりはショックだっただろうけれど……うん。
「そんなに……ダンディだったかな?」
「満更でもないのね……」
『お前って、時々すっごいバカだな』
毎度毎度、ローズと似てるとしか言われないから、ちょっと新鮮な気持ちになっただけだし。
今までおじさん呼ばわりより酷い呼ばれ方されてるから気にならないだけだからね?
おじさんと呼ばれて満更でもないウサトでした。
今回の更新はこれで終わりとなります。




