閑話 異常事態
お待たせしました。
今回は、ミアラークにおけるノルンの視点となります。
クレハの泉。
ミアラークの王族が守り続けている神秘の泉。
その泉を一口でも口にすれば、絶大な力を手に入れることができるが、その代わりに泉の水を口にした人間の身体を壊してしまう危険なものだ。
そんな危険でしかない泉は、微かな光が差し込む洞穴の中では幻想的な光景を作り出している。
「ファルガ様。そろそろレオナ達は魔王領に入ったころでしょうか?」
いつもと変わらない地下洞穴の光景を目に映しながら、私は静かに目を瞑っている神龍、ファルガ様にそう問いかける。
『ノルン、そう心配するな。レオナは勇者として十分な実力を備えている。それこそ、リングル王国の勇者に勝るとも劣らないほどだ』
「ですが……」
いつもと変わらない重々しい声。
その声にはレオナへの信頼が見て取れる。
私としても、彼女の力を信じているがいざ魔王と戦うと聞けば、友人として心配にならないはずがない。
『奴は一人で戦うわけではない。リングル王国の勇者二人に、ウサトがいる。あれらは皆、個性こそ違えどそれぞれ違った長所がある。勿論、短所もあるが、彼らはそれを補うことのできる絆がある』
「ファルガ様から見て、二人の勇者はどのような印象を持ちましたか?」
ファルガ様が勇者に武具を預けた際、短時間ではあるが分割した意識を飛ばし、会話を試みたらしい。
戦いの最中とあって、それほど多くは言葉を交わすことはなかったらしいが、ファルガ様ならその短時間で、勇者の人となりを把握しているはずだ。
『印象か。ふむ、勇者カズキは今では珍しいほどに純粋な少年だったな。正義感に溢れ、純粋に友を思いやれる、ある意味で、カロンに近い気性の持ち主であった』
カロンのような人。
彼に対する認識は、人のいい気さくな人物という印象だろうか。
女王という立場故に、砕けた態度の彼は見たことはないが、レオナの話では皆に慕われる気持ちのいい性格をしている人物と聞いた。
今は、龍としての力が暴走した際の後遺症が残り一線を退いてしまったが、それでも彼の活躍はよく耳にする。
『しかし、その一方勇者カズキは精神的に脆い部分を持っている。自身の持つ力への不安と、戦いにおける不安と恐怖。……いや、これは勇者カズキが脆いのではなく、それが普通なのだろう』
そこで一呼吸をいれるファルガ様。
聞く限り、勇者カズキは好青年ということでいいのだろうか?
『勇者スズネに関してだが……うぅむ、どう言葉にしていいものか』
ファルガ様が悩むほど……?
瞳を閉じ、悩まし気に大きな頭を傾げるファルガ様。
『あやつと言葉を交わしてはみたが、心の躍動が激しい者だな。天性とも言える戦いの才覚、臨機応変に対応し、判断することのできる分析力を持ち合わせてはいるが……』
「が?」
『恐怖を紛らせるためか分からんが、戦いの最中にさえふざけた軽口が絶えず、意味不明な高揚で動きが洗練されていくような人物だ。なにせ、己の武具の弱点すらも利点と認識するのだ、これをおかしくないと誰が言える』
「えーと……」
勇者カズキとは対照的な人物だ。
ファルガ様がこれだけ疲れたような表情をしているのは、かなり珍しい。
『正直、アレを理解するのは我には無理だ。異世界由来のものか、単純に奴だけなのかは知らんが、あれの手綱を握れるのは極僅かなものだろう』
「そこまで言われますか……」
ファルガ様をして、そこまで評価される勇者スズネ。
色々な意味で恐ろしい。
『二人の勇者。これに異端の治癒魔法使いであるウサトが加わることになる』
「言葉だけ聞くと、ちょっとおかしくなりますね」
勇者に連なり、治癒魔法使いが入るのはちょっと違和感がある。
ウサトという人物の実態を知ると、別の違和感を抱くことになるのだけども。
『彼らがいれば、レオナは大丈夫だろう。いや、レオナにとってはウサトがいる時点でやる気に満ち溢れているのかもしれんが』
「フフッ、確かにそうですね」
カロンの一件から、ファルガ様はたまに冗談を言うようになった。
私を女王として認めてくれたのかは分からないけれど、私にとっては嬉しい変化だ。
『……』
「ファルガ様?」
ふとファルガ様が思いつめたように黙り込んでいることに気付く。
暫しの沈黙の後にファルガ様は大きな口を開いた。
『一つ、気がかりなことがあってな。武具としての繋がりを利用し、勇者二人と会話を試みた後、今更ながらある懸念を抱いたのだ』
「懸念、ですか?」
『ウサトの持つ籠手についてだ』
なぜそこでウサトの籠手が?
たしかあれは先代勇者が用いていたカタナを元に作り直されたものだったはずだ。
根本こそ同じだが、勇者二人の武具とは違う。
『元は先代の勇者、若造が扱っていた一対のカタナの一振り。かつて破壊の限りを尽くそうとした我が半身、邪龍を封印せしめるために、若造は邪龍の心の臓にカタナを突き刺し、邪龍の魂ごと封印させた』
「そのお話は、以前聞かされましたが……なにかおかしいことでも?」
私の質問に、ファルガ様は言い淀むような反応をする。
『邪龍の魂は、汚れているのだ』
「けがれて、いる?」
『数百年を経ても色あせず、破壊衝動のまま死をまき散らそうとする邪龍の魂がまともであるはずがない。それほどの執念、殺意、憎悪は、我々の想像を遥かに超える悍ましいものだ』
「……」
『だからこそ、我はウサトのカタナを籠手にする過程で、邪龍の汚れた思念を浄化することを試みようとしたが……ウサトの持つカタナに触れた時、邪なものは微塵も存在しなかった』
「それは……いいことなのでは」
『ああ、だが、腑に落ちないのは確かだ。汚れた邪龍の魂を押さえ込み続けたカタナには一切の曇りはない。それだけ若造の封印が強かったのならそれでいいだろう。だがもしも――』
言葉を区切ったファルガ様が、私に強く言い聞かせるようにその言葉を口にする。
『邪龍による汚染が、カタナを通じて“別のどこか”に向かっているならば――事態は、我々の想定を遥かに超えて、深刻なものだろう。なにせ、あの若造すらも想定していない異常事態に他ならないのだから』
「……考えすぎでは、ないでしょうか?」
『そうであってほしい。しかし、物事は常にいい方向に転がるものではない』
邪龍の姿を実際に見たのは、ウサト達だけだ。
それがどれだけ恐ろしく、悍ましい存在かは想像もできないが、ファルガ様と同じ神龍であることから、尋常ならざる力を持った怪物なのだろう。
そんな悪しき存在の魂に触れた先代勇者のカタナ。
「もう一振りのカタナの場所は、分かっているのですか?」
『いいや、あの若造はもう一振りをどこかに隠した』
「隠した?」
『悪用されるのを恐れたか、いや、単純に手放したのかもしれないが———その在処を知る者はいないだろう。来るべきところまで行きついてしまった奴は心を閉ざし、他者を信頼することを放棄したのだから』
そこまで口にして、彼は何かを思い出したように口を閉じた。
『いや……一人、いたな』
「勇者にも、心を開いていた人がいたのですか?」
『それは分からない。しかし、奴の近くには一人だけ付き従っていた者がいたのだ』
初耳だ。
少なくとも、勇者は一人で行動していたという話を聞かされていたので、ファルガ様の言葉に素直に驚く。
『勇者に最初に名を与えられた獣人。平行する未来すらも見通してみせた初代時詠みにして、剣術においては最強の一角を担う剣士』
時詠み。
他にも気になる部分はあれど、その言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのはウサトの隣にいた少女、アマコであった。
『——名をカンナギ。今でも思い出せるほどに、生意気な小娘だ』
遠い記憶に思いを馳せるように瞳を閉じた彼は、そう言葉にするのだった。
カンナギは、未来予知しながら斬りかかってくる剣の達人ですね。
戦い方としては、第六章でのジンヤは間違ってはいませんでした。
ただ相手が、ン我が救世主理論で予知を力技で上回ってくるやつだったのが悪かっただけです。
閑話は以上となり、次からは第十章が始まります。
第十章のテーマは「悪夢」「共闘」の二つとなります。
続けて【登場人物紹介+ウサトの技一覧】の方を更新いたします。