閑話 魔王の“お願い” 後編
後編です。
同時更新なので、前編を見ていない方はまずはそちらをー。
上機嫌で花壇の土をいじっていたハンナ様に特大の煽りをかましたコーガさん。
当然の如く怒ったハンナ様は、大量の幻影魔法による魔力弾で、私諸共コーガさんを攻撃してきた。
よく分からない状況で死を覚悟していた私だけど、魔力弾が当たる寸前にコーガさんが闇魔法で作った触手のようなもので魔力弾を消し飛ばしてくれたので、なんとか無事でいられた。
そして――、
「無理です。私、貴方と違って忙しいので」
場所は、軍団長であるハンナ様が所有する建物の一室。
落ち着きを取り戻し、コーガさんと私がこの場に訪れた理由を耳にしたハンナ様は、考えるまでもなく即答した。
まあ、当然だろうなとは思った。
「なんでだよ。土いじりするくらいに暇だろ?」
「おバカなんですか? 私は第三軍団長としてやるべきことをやってから、数少ない時間を利用して、菜園の世話をしているんです」
「お、おう」
そこまでしてやって楽しいのか? と言いたげな微妙な表情のコーガさん。
そんな彼を察してか、彼女は溜息をついた。
「魔王様のご命令というなら、護衛の任を受けざるを得ませんが、あくまで護衛を増やすのはコーガ君の判断であり、実際に命令を受けたのはそこの侍女です」
その通りだ。
魔王様に頼まれたのはあくまで私なので、私自身が目的の地へと行って見てこなくてはならない。
……思ったけれど、これって結構な無茶では?
私、戦いも知らない侍女なのに……。
「加えて言うなら、私は先の戦争で敵の捕虜になるという大きな失態を犯しました」
「あ、ウサトにつか———」
瞬間、音もなくのびた手がコーガさんの顎を掴みとる。
味方であるはずのハンナ様からの不意の手に、油断していた彼は目を見開いた。
「その名を口にしないでください。うっかり飛んで来たらどう責任をとるつもりですか……!?」
「え、飛んでくる? なにが?」
「あの治癒魔法使いの皮を被った、あああああ、悪魔に決まっているじゃないですか……!」
「「はぁ?」」
声をこれ以上になく震わせ、そう言い放ったハンナ様は恐怖に震え、頭を抱える。
しきりに「ゆるして」とか「ごめんなさい」を早口で連呼しているあたり、普通ではない。
「ああ、ああ、ああ、夢幻と現実の狭間、不吉の鳥を従え、悪魔の翼をもつ白き御身は闇の帳からその姿を――」
「こ、コーガさん! まずくないですかこれ!? なにか召喚しそうなこと呟いてるんですけど!?」
「あいつマジでなにしたんだ……? まあ、とりあえず……」
さすがのコーガさんも慌てながら、取り乱しているハンナ様に軽い手刀を叩きつけた。
ガスッ、という音共に正気に戻った彼女は、表情を顰めながら顔を上げる。
「……すみません。取り乱しました」
「いや、取り乱したってレベルじゃないんだけど。錯乱してたんだけど」
「話を続けます」
「おい無視か」
先ほどの様子とは一変して、こほんと咳ばらいをした彼女は話を続ける。
「本来は軍団長の地位を失いかねない失態でしたが、魔王軍の現状を考えた魔王様は、私に第三軍団長を続けるように言い渡しました。それがどのような意味を持つかは貴方にも分かりますね?」
「……なんとなくな」
「なので、もう私には後がないので自分の役目を放り出すわけにはいかないんです。もう一度、失態を犯せば私はこの命を魔王様に捧げねばなりません」
さすがに魔王様はそこまで望んでいないような……。
切羽詰まった顔でそんなことを言ってくるハンナ様に、否定する勇気がない私は、そのまま無言で聞き役に徹する。
「第一軍団長も、傷が癒えぬうちにアーミラさんの修行をするといって、どこかに行ってしまいましたからね。私と、第一軍団長補佐のギレットさんがここで頑張らなければならないんです。コーガ君は普通に役立たずですし、なおさらです」
「なんか、最初に会った時より当たり強くない? いや、戦闘面でしか役に立ってない自覚はあるけどさ」
なぁ? と同意を求めるように私を見てくるが、気づかないフリをする。
一介の侍女が答えるには恐れ多すぎる。
「代わりに、有能な兵を紹介しましょう。名は、ノノ・ヘレステア。飛竜の扱いに長け、不測の状況でも冷静な判断ができる優秀な乗り手です」
「お、そりゃ助かる。飛竜には乗ろうと思っていたところだしな」
「飛竜……」
わ、わわ、私、飛竜に乗るの初めてだ。
ずっと魔王領の田舎で暮らしてて、魔物に乗ったことすらないのだ。
「それじゃ、そっちに行くか」
「ええ、彼女は飛竜に乗るのが好きらしいので、喜んで受けてくれるはずです」
「おう、分かった。」
「あ、彼女にも治癒魔法使いの話題は避けるようにお願いします」
「そいつもなのか……。やっぱりやべー奴だな、あいつ……」
そんなやり取りを交わした後に、ハンナ様のいる宿舎を出て、早速次の目的地——戦争で利用された飛竜などの魔物を飼育している厩舎へと向かう。
ハンナ様のいた宿舎からは距離はそれほど離れていないらしいので、すぐに厩舎へと到着したのだが……いるのは、躾けられたグローウルフや普通の馬しかいない。
もっとよく探してみるか、と思いコーガさんと共に厩舎を眺めながら目的の人物を探していると、ようやく飛竜らしい飛竜を見つける。
「あ、いましたね。飛竜」
「そうだな」
赤い体表に、鋭い牙。
腕と一体化したような翼と、尻尾はぶつけられただけで大怪我を負いそうなほど、大きく力強い。
少し気圧されながらも、近くに行くと飛竜の傍らに一人の魔族の姿があることに気付く。
その魔族の女性は、目を細めて唸る飛竜を撫でつけながら、何かを話しかけていた。
「ショーン。ごめんね。あまりいいご飯を食べさせてあげられなくて。それに最近、満足に飛べてないでしょ?」
「ギェァ……」
「うぅ、そうだよね。飛びたいよね。分かる、分かるよ、その気持ち」
ものすごく飛竜と心を通わせている……?
見て分かるほどの信頼関係を築いている彼女に驚いていると、コーガさんが彼女へと声をかけた。
「ノノ・ヘレステアだな?」
「何奴っ!? って、コーガ軍団長!? あ、え、べ、べべべ別に脱走計画なんて考えてませんよ!? ちょ、ちょっとお散歩させようかなって思ってたところです!!」
「綺麗な自爆だなおい。聞かなかったことにしてやるから、俺の話を聞け」
また愉快そうな人だなぁ。
ちょっとだけげんなりとしながら、コーガさんとノノ・ヘレステアさんの会話を見守る。
今回の私の護衛任務の話を聞いた彼女は、少しずつ目を輝かせていく。
「う、受けます! またこの子と飛べるなら、どこへだって行きます!! なんならこのままリングル王国に奇襲しますか!? 今の私達ならいけますよ!?」
「それは魅力的な提案だが、立場的に無理だ。残念ながらな」
もうこの人、第二軍団長やめた方がいいんじゃないのだろうか?
それが実行されたら私まで、リングル王国に行くことになるのですが。
「今回は、ちゃんと指示した場所まで向かってくれるだけでいい」
「はい! ショーン! やったよ!!」
「ギュルル……」
ぴょんぴょんと跳ねて喜びを露わにするノノさんと、そんな彼女を見て満足そうに鼻を鳴らしているショーンと呼ばれた飛竜。
なんだろうか。
もしかして、魔王軍の兵士は変人揃いなのだろうか?
侍女だから見えていなかった事実に頭が痛くなる。
「……はぁ、魔王様はどうして私に……」
何度も思うが私は魔王様の侍女を任せられているだけの魔族だ。
魔王様に信頼されている自覚はあるものの、碌に魔法も使ったこともないし、刃物なんて包丁くらいしか握ったことがない。
そんな私に、魔王様はなにをさせたいのだろうか。
確実に意味があることなのは分かるけれど、今回ばかりは少しばかり口数の少ない魔王様の説明の足らなさを恨めしく思うのであった。
ぽっと出にしておくのは勿体ないので、ノノという名前をつけて、ちょい役として登場。
次回の更新は明日の18時を予定しております。