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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第九章 次なる戦いへと向けて
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第二百十七話

第二百十七話です。


今回から少しずつではありますが、感想返信の方を復活させていきたいと思います。

「ウ、ウサトさん! スズネ様に会わせてもらってもよろしいでしょうかッ!」


 それは僕にとって、恐れていた事態であった。

 魔王領と人間の領域の間に流れる大河を確認して帰ってきた僕は、拠点内でレオナさんと別れ救命団の活動拠点へと戻ってきていた。

 魔王領へ出発するのは明日。

 夜は拠点で過ごすことになっていたので、心を落ち着けて過ごそうかなーなんて考えていた矢先に、僕の元を訪れてきたケイトさんが、やや食い気味にそんなことを頼んできたのだ。


「おい、ケイト。ウサトさんを困らせるんじゃない」


 彼女と一緒に僕のもとを訪れてきたゲルナ君が、そう注意する。

 しかし、それでもケイトさんは止まらない。


「チャンスは今しかないのっ。今止めると、ゲルナ君……君を未来永劫恨み続けることになるよっ!」

「弾んだ声で恐ろしいことを言わないでくれないか……?」


 ケイトさんの様子からして、悪意はないはず……だよな?

 先輩達の許可を得なくてはいけないけど、僕としては今日まで救命団の助けとして頑張ってくれたケイトさんの頼みを無下にすることはできない。


「分かった。でも先輩に許可を取ってからでいいかな? もしかしたら、断られるかもしれないけど……」

「それでも構わないです! むしろそういうのもアリです!」

「いや、アリなのかよ……」


 なんだろう、有名人が近くにいるだけでワクワクする的……な?

 しかし、先輩も人気だなぁ。

 カームへリオでは普通に女性人気がやばそうではある。


「そうと決まれば、早速行ってみるか。ゲルナ君は来るかい?」

「俺は……こいつが何するか分からないので、一応ついていきます」


 ゲルナ君は夢心地なケイトさんを指さしてそう口にする。

 ケイトさんとゲルナ君と共に救命団の活動拠点を出て、先輩の元へ向かう。

 松明の明かりがともされた場所を進んでいると、ふと何かを思い出したようにケイトさんが僕へと話しかけてくる。


「あ、そういえば戦争が終わってからウサトさんに聞きたいことがあったんですっ!」

「ん? 先輩との噂は誤解だけど……」

「そっちの話ではなくてですね。ウサトさんはどのようにして、今のような治癒魔法使いになれたのかなって……」


 ケイトさんの質問にゲルナ君が一瞬だけ硬直する。

 今のような治癒魔法使いって、つまりそういう方向のってことだよな?

 しかし、問題は……ケイトさんがメモ帳のようなものを取り出していることだ。いったい、なにを書くつもりなのだろうか、この娘は。


「えっと、その手帳はなんのために?」

「ウサトさんの訓練法とかを記すためです!」

「なんのために? もしかして、君自身が実践しようと……?」

「いえっ! ここに派遣される際に、王国の偉い人に頼まれたからです!」


 やだ、この娘すごい正直。

 形は違うけれど、それは僕が最初に危惧していたやつだ。

 しかし、当のケイトさんは救命団の内情を探りにきた……だろうけど、先輩に夢中すぎて今の今まで忘れていたようだ。

 つまり先輩のファインプレー(?)だ。


「カームへリオで、僕や団長みたいな治癒魔法使いを作り出そうとしているのか……」

「え、そうなんですか? 無理だと思いますけど」

「お前は否定するなや。スパイの自覚なしか。こいつ……」

「すぱい?」

「もういいよ……」


 こてんと首を傾げるケイトさんに、疲れたようにそうツッコむゲルナ君。


「それで、偉い人って誰かな? ナイア王女?」

「ナイア様ではなく、カイル様と大臣の方でしたね」

「……あぁ、そうか。うん」


 まさかのカイル王子かぁ。

 どう判断しよう。僕の治癒魔法使いとしての秘密を探ろうとしたのか?

 会談の後すぐに、彼女をよこしたと考えると、手が早すぎるように思えるけど……それほど対抗心を燃やされていたって考えれば不思議ではない。


「ケイトさん。君はカームへリオに戻ったら、ナイア王女と謁見する機会があるかな?」

「うー、ナイア様はお忙しいらしいですからね。カイル様だったら、適当な時間でも会えるらしいのですが……」


 カイル王子……いや、きっと今は違うだろう、多分。

 しかし、ナイア王女には、そう簡単には会えないか。


「それなら、その手帳だけを渡すことは可能かな?」

「あ、それはできます! 検査のために中身を確認されるかもしれませんが!」

「じゃあ、ちょっとその手帳を貸してくれないかな?」

「はい!」


 ものすごい躊躇なく手帳を渡してきた彼女に逆に驚きながら、その場で立ち止まり挟んであったペンを手に取る。

 内容は……この文面は僕が書いていることと、治癒魔法使いには過酷な訓練をさせないようにと、派遣された治癒魔法使い――ケイトさんに何かしらの害が及ばないように頼むこと。

 それと、代替案ってほどじゃないけれど、僕達のような治癒魔法使いを育てるよりは、オルガさんやウルルさんのような癒す方向に特化させた治癒魔法使いを育てたほうがいいと記しておいた。

 加えて、今回の戦争で、ケイトさんのような治癒魔法使いがどれだけ活躍したのかを、できるだけ詳しく書いた上で、その有用性をアピールしておく。


「これで、よしっと。はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」

「う、うん?」


 ……なんでお礼を言われたんだ。僕は……? サイン色紙か何かなの? 

 再び歩き出すと、すぐに目的の場所へと到着する。

 そこには小さなテントがいくつも並んでおり、その中心には焚火が明るく周囲を照らしていた。


「……あ、いた」


 焚火の明かりに照らされる場所で、椅子代わりにした丸太に腰を下ろしている先輩、レオナさん、そして焚火を挟んだ場所で同じように座っているカズキの姿を見つける。

 とりあえず、ケイトさんとゲルナ君をその場に待たせて、三人へと近づいていく。


「ん? ウサト君じゃないか。どうしたんだい?」


 僕に気付いた先輩の声に、カズキとレオナさんがこちらを見る。

 僕は困ったように頬を掻きながら、先輩へと返答する。


「実は、先輩に会いたいという子がいましてね」

「私に会いたい子?」

「先輩の熱烈なファンだそうです」


 割と冗談抜きでそう言うと、額に手を当てた先輩はフッと笑みを零した。


「熱烈なファンか。ならば、勇者としてその期待に応えないと……いけないねッ!」

「オッケーってことですか?」

「オフコース!! レオナ、準備はできているか……ッ!!」

「す、スズネ! わ、私は関係なくないか!?」


 今日は一段とテンションが高いっすね。

 隣のレオナさんが滅茶苦茶困惑しているけど、いつの間に互いに呼び捨てにするようになったんだろうか?

 とにかく、了解を得たので背後の二人に手招きをする。

 すると目を輝かせたケイトさんが、小走りでこちらへ駆け寄ってくる。


「ウサトさん! ありがとうございます!!」

「気にしなくてもいいよ。さあ、思う存分、先輩と話してくるといいよ。先輩の隣にいる人は、レオナさん。彼女はミアラークの勇者なんだ。そして正面にいるのがカズキ、リングル王国のもう一人の勇者だよ」

「っ!? もう一人の勇者のカズキ様と、ミアラークで起こった大事件をウサトさんと共に解決したレオナ様ですか!? なんという僥倖! もう一生分の運を使い切ったと言われても、文句は言いません!!」


 もう一度、深々とお礼を言ってきたケイトさんは、笑顔で手招きしている先輩の元へと向かっていく。


「スズネ様、レオナ様! お初にお目にかかります! 私はカームへリオ王国の治癒魔法使い! ケイトと申します!!」

「うんうん、ケイトっていうんだね。よろしく、私はイヌカミ・スズネ。リングル王国の勇者だ」

「わ、私はレオナ。ミアラークの……その、勇者だ」


 自信満々に自己紹介する先輩と、恥じらいながら名乗るレオナさん。

 対照的な二人を前にしたケイトさんは、歓喜に胸を躍らせている。

 ……うん、なんだかんだで大丈夫そうだな。


「おーい、ウサトー」


 先輩とレオナさんとは別の丸太に座っているカズキがこちらに手を挙げている。


「今行くよ。ほら、ゲルナ君も」

「え、いいんですか?」

「全然構わないよ。それに、年も近いことだし」


 ゲルナ君と共にカズキの元に近づき、丸太の空いているスペースに腰を下ろす。

 三人座っても全然余裕があるな。


「ウサト、そこの彼は?」

「ニルヴァルナ王国から救命団の増援に来てくれたゲルナ君。彼も僕と同じ治癒魔法使いなんだ」

「は、はじめまして、ゲルナです。カズキ様のことは、ニルヴァルナに訪れてきたこともあって、よく知っています」


 畏まった様子で頭を下げたゲルナ君に、カズキも困ったように頬を掻いた。


「え、えーと、様付けはしなくてもいいぞ? 見たところ同年代だし、無理して敬語で話さなくてもいい」

「いえ、そんな……」


 僕も同い年くらいのゲルナ君に敬語で喋られるのは、ちょっとむず痒い。

 ルクヴィスのハルファさんのような日常的に敬語を使っている人ならともかく、ゲルナ君のいつもの喋り方は違うだろうし。


「今更だけど、僕も敬語で話さなくてもいいよ。初めて会った時みたいな口調でも全然構わないよ」

「……わ、分かり……分かった」

「それじゃ、改めてよろしくな。ゲルナ」


 明るく笑いかけたカズキに、戸惑いながらも頷くゲルナ君。

 次にカズキは、焚火の向こうで話している先輩達へと目を向ける。


「ウサトはあの子を先輩に会わせるためにここに来たのか?」

「そうだね。彼女はカームへリオから来てくれた治癒魔法使いなんだけど……先輩に会いたいって頼まれて、連れてきたんだ」

「そっかぁ。前も先輩は慕われていたけど、この世界でも変わらないみたいだな」

「前というと……」

「ああ、そういうことだ」


 ゲルナ君に配慮したのか、カズキは表現をぼかしていた。

 前ってのは、僕達が召喚される前の世界って意味だろうな。


「しかし、よほど楽しみにしていたんだろうなぁ」

「この一週間、ことあるごとに勇者について聞かされてたよ。俺は……」

「そ、それほどか……さすがはカームへリオの人だ……」


 げんなりとするゲルナ君に、カズキも苦笑い。

 カームへリオは勇者信仰があるので、ケイトさんの執心具合はある意味で当然のものかもしれない。

 ……傍から見ていると、芸能人に会えて滅茶苦茶喜んでいるようにしか見えないけども。


「ウサトは昼間に、大河の方を見てきたんだろ? どんな感じだった?」

「そうだね……今日見た限りは、それほど流れは速くなかったね。幅は少し広かったけど、レオナさんの魔法なら橋をかけるのも難しくはないと思うよ」

「そっか。魔王領に入る前に躓く、なんてことがあったら大変だから、少し安心した」

「ははは、たしかに」


 そうなったら別の方法を考えるだろうけど、無駄な足止めを食らってしまうことは確かだろう。


「……二人は凄いところに行くんだな」

「ゲルナ君から見て、魔王領ってどんなところ?」

「俺は、というよりほとんどの人間は魔王領がどんなところなのか知らないと思う。元より、何百年も前から互いに憎しみあってきた種族だからな」


 そう言ってゲルナ君は焚火をジッと見つめる。


「想像で言うなら、魔族ってのは恐ろしい亜人だな。多分、先代勇者の頃の魔王軍と戦っていた先祖の言い伝えを聞かされてきたからかもしれないが、それを抜いても今回の戦いでは……正直、心の底から震えあがったよ」


 ニルヴァルナは武闘派な方の多い国だ。

 そんな国ならば、先代勇者の時代にも果敢に魔王軍に挑んでいたかもしれない。

 それこそ、手記に記されていた通りの悪逆非道の限りを尽くした“恐ろしい魔王”が率いる魔王軍を相手に。


「……って、明日出発する二人にこんなこと言うべきじゃなかったな。すまない」

「いや、参考になった。ありがとう」


 申し訳なさそうにして謝るゲルナ君に、カズキが首を横に振る。

 この世界の人々の魔族に対する認識は、恐ろしい存在ってことなんだけど……その逆で、魔族が人間に対して持つ認識はどうなんだろうか?

 ……もしかしたら、魔族も人間のことを恐ろしいと思っているのかもしれないな。


『スズネ様、私、あの場にいたんです!』


 その時、ふと前の方でそんな声が聞こえてきた。

 見れば目を輝かせたケイトさんが、先輩に話しかけている姿が見える。

 しかし、先輩の表情はどこか引き攣っているように思えた。


『あ、あの場とは……どこかなァ?』

『? スズネ、声が震えているぞ。どうした?』


 なんとなく予想がついたのか動揺する先輩に、首を傾げるレオナさん。

 そんな彼女の動揺を知ってか知らずか、ケイトさんはそのまま言葉を発した。


『カイル王子の告白を一刀両断した、あの広場です!』

『……あ、え、ウ……ガハッ!』

『う、ウサトぉー! スズネが胸を押さえて崩れ落ちたぞぉー!?』


 ケイトさんと僕の顔を交互に見た先輩は、顔を真っ赤にさせるとそのまま噴き出した。

 後ろに倒れかけた彼女を支えたレオナさんが、僕へと助けを求めるが、当の本人は必死に首を横に振っている。


「ま、なんとかなるか……」


 とりあえず、魔王も、魔族も魔王領もこの目で見てみなければ始まらない。

 良い意味で騒がしい先輩を見て、幾分か緊張も解けた僕は先輩を助けに向かうべく、立ち上がるのだった。



次回で第九章は終わりとなり、閑話を挟んだ後に新章へと続いていきます。


以上で今回の更新は終わりとなります。

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