第二百十六話
第二百十六話です。
前話を見ていない方は、まずはそちらをー。
拠点へ到着した日の昼。
ローズと再会した僕は、次に強面共と顔を合わせることとなった。
相も変わらず恐ろしい面をした奴らではあるが、誰一人欠けずに生還していたことに内心で安心した。
……まあ、その後は煽り合いの末に喧嘩になりかけて、テントから出てきたローズに蹴り飛ばされたけど、それはまあ、救命団での見慣れた光景なので、珍しい景色でもないだろう。
団員全員と挨拶を交わした僕は、その後にシグルスさんに呼ばれ拠点の中央にある会議用のテントへと足を運んでいた。
垂れ幕をくぐると、テントの中にはシグルスさんと、先輩とカズキとレオナさんの四人がいた。
「さて、ウサト様も来て揃いましたし話を始めましょうか」
今回、この場に僕達四人が集められた理由は、明日魔王領に突入するのでその話し合いをするためである。
大まかな計画はリングル王国で行ったが、この拠点では魔王領に突入するにあたっての、別の問題について話し合うことになる。
「一番の問題としては、魔王領と人間の領域を分断する形で流れている大河についてですが……」
「ああ、これについては既に解決策が出ているよ」
「そうなのですか?」
シグルスさんの言葉に先輩が答える。
「ミアラークの勇者であるレオナさんが魔法で急造の橋を作る。そして、フェルムと同化したウサト君が黒い魔力で橋を補強し、その上からネアが魔術で耐性を施す。これで、私達が渡れるほどの橋が作れるはずだ」
正直、僕がフェルムと同化する必要あるのか疑問なんだけども。
いや、ネアとフェルムのコンビネーションを重視させるなら、僕がいたほうがいいのか?
「本当は俺も手伝えたらよかったんだけどなぁ」
「私とカズキ君の魔法は攻撃に特化しているからしょうがないさ」
カズキは触れたものを消滅させる光系統。
先輩は強力な雷を操る電撃系統。
どちらも強力な魔法ではあるけど、橋を作ったりするには向かない。
「ふむ。理論は分かりますが可能ですか? レオナ殿の見解を訊かせていただきたい」
顎に手を当てたシグルスさんが、レオナさんへと尋ねた。
「大河の幅自体は確認しておりますので、不可能ではないかと。できれば、一度橋をかける適切な場所をこの目で確認しておきたいところですが……」
「では、今日中に大河の方を見に行かれますか? 今からなら日が暮れる前には帰れるでしょう」
シグルスさんの提案に、レオナさんが暫し悩む様子を見せる。
ひとしきり考えをまとめたのか、彼女はシグルスさんに頷いた。
「そうですね。まずは私自身が確認に行くべきでしょう。馬をお借りしても?」
「勿論です」
……レオナさんは今から大河に行き、橋を架けるポイントを探しに行くのか。
それじゃあ、橋を作る際に僕も関わるだろうから、僕も確認した方がいいな。
部下の騎士さんに馬を手配するように指示しているシグルスさんに、手を挙げながら話しかける。
「シグルスさん。僕もレオナさんについていってもいいでしょうか? 僕も大河を確認しておきたいので」
「えっ?」
「分かりました。では、ウサト様の馬も用意しましょう」
なぜかレオナさんが驚くが、それより僕に馬が用意されることに驚いた。
……いや、ちょっと待って。
僕、馬に乗ったことないんですけど。
「あのっ、馬はいいです!! 僕、馬に乗れませんから!!」
「む? では、部下に手綱を任せて後ろに―――」
「いえ!」
さすがに騎士さんに迷惑をかけられない。
それにここから大河までは、そう遠くはないはずだ。
「走っていくので大丈夫です!」
その瞬間、シグルスさんと部下の騎士さん達の表情が固まった。
そして次には「ああ、なるほどなぁ」と言わんばかりの悟ったような表情をされてしまうのだった。
●
平原地帯。
戦いを経てボロボロとなった木製の防壁の前で、僕とレオナさんは出発の準備を整えていた。
「君もついてくるとは思わなかったよ」
「明日の為ってんなら、私も行くべきでしょ」
フクロウの状態で肩にとまっているネアは、ふふん、と上機嫌に胸を張る。
そんな彼女に苦笑しながら準備運動をしていると、先に準備を終えたのか馬に乗ったレオナさんが近づいてくる。
「ウサト、こちらはいつでもいけるぞ」
「っし、僕も準備できました」
「君の身体能力の高さは理解しているつもりだが……不思議な気分だ」
なんともいえない表情でそんなことを口にするレオナさん。
「早く慣れたほうがいいわよ。こいつ、ミアラークにいた時以上におかしなことしだすし」
「う、うん?」
「獣人の国の時なんて、ちょーっと目を離しただけで、正気とは思えない技を編み出して、もう大変よ」
このフクロウ。レオナさんになんてこと言うんだ。
ネアの忠告に、レオナさんは僕のことを気にしながら曖昧に返事をする。
全く、僕はどれだけ信用がないんだ。
……ネアには、治癒爆裂波のことはもう少し隠しておこうかァ。
「レオナさん、そろそろ出発しましょう」
「え? あ、ああ!」
これ以上、何か言われる前にさっさと行こう。
レオナさんの馬が走り出すと同時に、僕も前に飛び出す。
『……? ……ヒンッ!?』
レオナさんの馬が、並走する僕を見て変な鳴き声を上げる。
「比較する相手がいると、ほんと化物よね、貴方って。馬も綺麗な二度見をしてたわ」
「……舌を噛むぞ!」
並走するレオナさんの乗っている馬と僕を見て、そんなことを呟くネア。
そんな彼女の言葉を聞き流しながら、僕は馬と共に平原を駆けるのであった。
戦いが行われた平原地帯は、酷い有様であった。
魔物の死体などは片付けられてはいたが、魔王が最後に行った空からの攻撃によって地上に刻みつけられた傷は広範囲に及んでいた。
酷いところは元が草原だったことすら分からないほどに、燃やしつくされており、魔王の攻撃がどれほど強力だったのか改めて思い知らされることとなった。
戦いの影響が色濃く残る平原から、木々の生い茂る森を通過した僕達は、すぐに目的の場所である大河へとたどり着いた。
「……ここが、そうですか」
「ああ。君達は船に乗っている時に、同じような河を見たことがあるだろう?」
「あの時は、途中でスズネと会ってここまで来ていなかったけどね」
それなりの高さがある崖の下には河が流れている。
幅が広く、流れが速い河を見下ろした僕は、レオナさんに話しかける。
「丁度いい場所とかありましたか?」
「……これくらいの流れなら、氷で支柱を立てても大丈夫だろう。問題はどこで掛けるかだが……ここでは足場が不安定だな。場所を移そう」
「分かりました」
馬から降りた彼女についていく。
誤って落ちないように、足場に気を付けなくちゃな。
「……今思えば、不思議なものだな」
「なにがですか?」
「最初に君と会った時のことを思い出してね。あの時は河ではなく凍らされた湖の上ではあったが」
最初に会った時というと、暴走したカロンさんと初めて戦った時か。
あの時は、レオナさんを男性と勘違いしちゃってたんだよな……。
今思えば、本当に失礼なことをしてしまった。
「あの時は、まだ籠手もなかったし、ただの精神耐性が化物なだけのオーガだったわね」
「オーガじゃないよ?」
「……あ、その前にオーガを一発殴っただけで昏倒させてるし、オーガじゃないわね。ごめんなさい」
あれれ? 謝られたのに、謝られた気がしない。
本人は本当に申し訳なさそうだけど、なぜか言葉が噛み合っていない。
「君達の仲の良さも相変わらずだな」
「当然よ。だって、私はこいつの使い魔だもの。むしろ、こいつの無茶に付き合える使い魔は、私をおいて他にはいないわ」
「そこまで言う?」
上機嫌な様子でネアは、ぺしぺしと僕の頬を翼ではたく。
いや、僕の無茶に何度も付き合ってくれたことは確かだけども、そこまで自慢することでもないような……。
頬のくすぐったい感触を煩わしく思っていると、馬を引きながら歩いているレオナさんが、くすくすと楽しそうに笑っていることに気付く。
「レオナさん……?」
「君達と話すのが楽しくてね」
「え? 楽しいって……」
「こうやって他愛のないやり取りをするのは、私にとっては新鮮なことなんだ」
そこまで面白いことを言っている自覚はないけれど……傍から見れば、結構愉快な光景なのかもしれない。
肩にいる上機嫌なフクロウに、延々と頬をファサファサさせられている光景は、中々にシュールだと思う。
「今回の旅は勇者として参加したが、そう決断できたのは君がいたからだ」
「僕……ですか?」
その言葉に首を傾げると、ピタリと足を止めたレオナさんは「あっ」という声を漏らした。
少しだけ慌てながらこちらを振り向いた彼女は、手をあたふたと動かしながら口を開いた。
「い、いや、別に深い意味はなくてだな。共に戦った君がいると心強いというか、なんというか……」
「えーと、治癒魔法使いである僕がいると、心強いという意味ですか?」
「……それは違う。君が治癒魔法使いだからという理由で決断したわけじゃない。うまくは言えないが、それは断言する」
「は、はい……」
鬼気迫った様子で、誤解を正してくるレオナさんに気圧される。
治癒魔法使いとしての僕ではなく、個人としての僕がいるから参加してくれたって考えてもいいの……かな?
レオナさんにそれほど信用されているのか、物凄く心配されているのかのどちらかだけど……自分の行動を顧みると、普通に心配されている可能性が高いんだよな……うん。
「ありがとうございます。僕としては、その……嬉しいです」
「そ、そうか! そう思ってくれて私も安心したよ!」
不安な様子から、表情を明るくさせたレオナさんは前へと振り返った。
「あ、足が止まってしまったな。そろそろ進もう!」
「そうですね……」
「うーん、この堅物勇者と訓練バカ。どっちも不器用ともあって、見事に噛み合ってないわね」
互いに頷き歩き始める僕とレオナさんを見て、ネアが小声でそんな失礼なことを呟いた。
噛み合っていないとは……?
そんなことを疑問に思いながらレオナさんについていく。
「……ここがよさそうだな。ウサト、手綱を持ってくれないか?」
「了解です」
すると、立ち止まったレオナさんが僕へ馬の手綱を渡してくる。
少しだけビビりながら僕が手綱を受け取ると、レオナさんはその場にしゃがみ込み、地面に手を添える。
「うん。ここなら足場にしても問題はなさそうだ。今日雨が降らなければ、明日ここに橋をかけよう」
「目印とかつけますか?」
「目印か……。そうだな、そうしよう」
僕の言葉に頷き、立ち上がったレオナさんは掌に冷気を漂わせた。
一体何を……? と思うのも束の間、彼女の手から発せられる魔力の色が濃くなり、その形状が棒状のものへと変わっていく。
「——系統強化」
彼女がそう呟くと宙に氷の槍が形成され、地面へと突き刺さった。
……僕以上の使い手とあって、間近で見ると系統強化への過程がものすごく丁寧なんだよな。
「よし、これならすぐに見つけられるだろう」
白い靄を纏わせている氷の槍に、目印代わりの布を巻き付けたレオナさんはこちらへ振り向いた。
「溶けたりしないんですか?」
「系統強化によるものだから、明日の朝までは余裕で保つ」
「へぇ、これほどの冷気を纏ってるなら、魔物も迂闊に触れられないから、倒される心配もなさそうね」
と橋を架ける場所も決めたことだし、あとは帰るだけだな。
その前に、僕も布を巻き付けた槍―――旗のある地点から、対岸を見ておく。
目視ではあるもののどれほどの距離にあるのか確認しておこう。
「改めて見ると、結構遠いって……ん?」
「どうしたのよ?」
「いや、対岸の方から猛獣の鳴き声が聞こえたような……」
怪訝な表情のネアが、僕と同じように耳を傾けると、確かに対岸の方から何かの鳴き声が聞こえる。
人間でも魔族でもない獣の声。
しかも、かなりの数だ。
「……魔物の声ね」
「あれ全部が!?」
「戦争の影響で魔物の動きが活発になっているかもしれないわね。このまま対岸へいったら、襲われるかもしれないわね」
「では、場所を変えるべきか?」
レオナさんの言葉にネアが首を横に振る。
「ここがそうなら、他の場所も同じようなものでしょ。それなら安全に渡ることを優先させた方がいいわ」
明日は対岸の様子に気を配らなきゃいけないってことか。
幸い、僕達にはブルリンという頼もしい相棒がいるので、先に渡らせておけば魔物を追い払ってくれるだろう。
……でも、あっちで魔物が騒いでいるということは、彼らも戦争の影響を受けているってことか。
「ウサト。橋を架ける場所も決めたことだし、拠点へ戻ろう。対岸の魔物についても報告しなければならないしな」
「そうですね」
レオナさんに馬の手綱を渡しながら、大河に背を向けて歩き出す。
明日、ここを渡って魔王領へと侵入する。
書状渡しの旅とは違う、相手を直接倒すための使命を帯びた旅だ。僕自身、今までのような甘い考えのまま進んでいいわけがない。
気を引き締めていかなきゃな。
「明日渡るときさ。ウサトを先に行かせた方がいいかもしれないわね」
「ん、なんで?」
「魔物除け。魔物って基本、実力が上の同族には襲い掛からないし」
「ナチュラルに僕を魔物扱いするんじゃない」
ムッとしながらそう返すと、さすがに彼女も悪いと思ったのか、軽い調子で謝ってくる。
「ごめんってば、そんなに拗ねないでよ。……でもさ、フェルムと同化した貴方は、ほぼ魔物みたいなものじゃない。あの姿、在り方としては限りなく暴走した状態のカロンに近いわよ?」
「えぇ、怖いこと言うなよ……」
そう言われると普通に怖いんですけど。
あれかな? フェルムと同化し続けるといつか僕の肉体が人間じゃなくなってくる的な?
まあ、あくまで近いというだけなので、それほど危険ではないだろう。
馬に乗れないけど、素で馬より早いから問題ないという発想。
これは脳筋極めてますね……。
次話の更新は明日の18時を予定しております。