第二百十五話
お待たせしました。
第二百十五話です。
今回は三日に分けて三話ほど更新いたします。
約一週間ぶりの拠点。
魔王軍との戦いが終わって日が経っているからか、拠点内の物資や武器なども片付けられており、たくさんいた騎士達もそれぞれの国へ帰還しようとしていた。
馬車を降りた後は、シグルスさんへ『魔王討伐の旅』についての詳細を報告する先輩とカズキと、直属の上司であるローズに会いに行く僕に分かれることとなった。
レオナさんは、先輩とカズキに同行し、僕にはネア、フェルム、ナックの救命団員とアマコがついてきていた。
ククルは馬車を降りるとすぐさまどこかに行ってしまったけれど、まあ、向かった場所は分かるので放っておいた。
「……俺、ここに来てよかったんでしょうか」
ローズ達のいる場所へ向かっている最中、拠点内を見回したナックが不安そうに呟いた。
すれ違う騎士達は疲れ切ったように顔がこけ、中には血の滲んだ包帯を巻いている人もいる。戦いが終わったからって、それで終わりじゃない。
それを改めて認識しているであろう彼に、安心させるように話しかける。
「大丈夫。もしもの時は僕が殴られればいいだけだよ」
「怒られるじゃなくて殴られる前提なんだね……」
呆れた様子のアマコ。
暗い面持ちのナックを元気づけるため、ここは一つ冗談でも言おう。
「まっ、殴られて終わるそっちの方が手っ取り早いしね。ははは」
「「「「……」」」」
「おう、君達。冗談だよ? 冗談だからナックを僕から遠ざけるのはやめて」
フェルムが「マジかよコイツ」みたいな目で見てくる一方で、彼女と同じく引いているナックを、ネアとアマコが僕から遠ざける。
さすがに僕も、殴られる方がいいなんて言ってないからね?
あくまで手っ取り早いだけだからね?
「……分かってる。ウサトは痛いのが好きなんだよね? 叩いてあげる?」
「それに頷いたら、僕は人間として終わるんだけど!!」
すっごい優しい声で叩くって言われてしまった。
しかも、稀に見る明るい笑顔である。
「人間という種族としては終わっているわね」
「たしかに」
やかましいぞ! そこの吸血鬼と魔族っ子!!
僕の反応を見て、笑みを崩したアマコは両頬を触りながら前を向いた。
「ん、冗談」
「えぇ……」
「ウサトにそんなことしないよ」
気づけば、冗談に冗談で返されてしまったな。
……次はもっとマイルドな冗談を思いつくべきだな。
そんなやり取りをしていると、救命団の活動拠点が見えてくる。沢山並んだテントに、幾分かは減りはしたが積み上げられた物資に――、
「う、ウサト君!!」
その中に、僕達の姿を見て、驚きの声を上げた女性の姿を見つける。
抱えていた箱を落としてこちらへ掛けてきた女性、ウルルさんに僕は手を振る。
「あっ」
「ん? アマコ、どうしたのよ?」
「うーん。まあ、これはいいかな。うん」
「はぁ?」
隣のアマコとネアの会話聞きながら、ウルルさんに声をかけようとするも彼女は止まる気配はない。
え? と止まらないウルルさんに呆気に取られたその瞬間、彼女は体当たりと見間違うほどの勢いで、僕へと飛びついてきた。
「ウサトくぅぅん!? 無事でよかったよぉぉぉ!!」
「おごぉ!?」
以前村娘を演じていたネアに同じことをされた経験はあれど、勢いが半端ない。
彼女に怪我をさせないように、なんとか後ろへ下がりながら衝撃を逃がすと、ウルルさんが泣いていることに気付く。
「ウサト君が倒れて、王国に運ばれたって聞いてずっと心配していたんだよ……!」
「ウルルさん……」
「トング達は欠片も心配してなかったけど、私、不安でしょうがなくて……」
「あの強面共、あとで殴る」
あいつら、少しぐらい僕の心配をしろ。
……ウルルさんには、心配をかけちゃったな。
この人が弱音を吐くような人ではないのは知っているけど、彼女は今日まで戦場で怪我をした人たちを癒し続けていた。
その負担と、今日までに抱いてきた不安は相当なもののはず。
それを理解していた僕は、ウルルさんを引きはがさずに、彼女が泣き止むまで待つことにした。
少しして落ち着きを取り戻したウルルさんは、照れくさそうに笑いながら僕達を活動拠点へと迎え入れた。
テントの中に入れば怪我人はほとんどいなかった。
戦いの後はここは怪我人で溢れかえっていたはずだが、今日まで救命団の皆が頑張っていたということなのだろう。
「ウルルさん、オルガさんは……」
「お兄ちゃんは……昨日、倒れちゃったんだ」
「え!? どこにいるんですか!?」
「あ、ああ! 倒れたって言っても過労でね! 安静にしていれば大丈夫だよ! それにシャルンさんもついてくれているし!」
「そ、そうですか……良かった……」
体の弱いオルガさんが倒れる限界まで人を治していた。
ウルルさんも、気丈に振舞ってはいるが、かなり無理しているのが分かる。
他の団員は、物資や使わなくなったテントの片づけなどをしているというので、とりあえずテントを出ると、そんな僕達目掛けて何かが近づいてきていることに気付く。
「ん?」
ウルルさんを見て、ちょっとしたデジャブを感じながらも、そちらを向くとドスドスと重々しい足音を立てながら青い塊が近づいてくる。
「グルァー!」
「ブルリン!!」
彼、ブルリンの姿を認識した僕は、腕を大きく広げ、飛び掛かってきた彼を受け止める。
ウルルさんとは違い、前もって身構えていたおかげで、それほどのけぞらずにブルリンを下ろす。
「僕がいなくて寂しかったか!」
「グルァー!」
「ははは、噛むな噛むな、僕もお前に再会できて嬉しいよ。皆に迷惑はかけてないよな?」
「グルゥ!!」
勿論だ、と言わんばかりに胸を張ったブルリンの顎の下を撫でる。
ブルリンは、本当に頑張ってくれてたなぁ。
怪我人を背負って運んでくれたり、僕と一緒に敵の中に突っ込んでくれたし。
「こいつ今、ブルリンの突進を受けてもあとずさりもしてなかったよな……?」
前足で殴るようにじゃれついてくるブルリンに対応していると、後ろでフェルムがそんなことを呟いていた。
気にするほどでもない、と考えスルーしようとすると、彼女の声にネア達が反応する。
「今更、驚くことでもないでしょ」
「うん」
「ウサトさんなら、まあ……」
「お前らが慣れてても、ボクは違うんだよ……っ!!」
僕としては、その慣れは喜んでいいのかどうか微妙なんだけども。
「アマコ、ブルリンを任せてもいいかな?」
「いいけど……ウサトはどうするの?」
「そろそろ団長に会ってくるよ。ナックも来るよね?」
「はいっ!」
返事をするナックに頷いた僕は、ウルルさんにローズがどこにいるかを訊いてみる。
「ウルルさん、団長はどこに?」
「そっちのテントで休んでるよ」
「怪我をしていると聞きましたが……」
「まだ怪我を治せない状態みたいだけど、大丈夫そうだと……思う。でも、団長さんは、ウサト君と同じくらい無理をしちゃう人だから……」
……まあ、あの人がウルルさん達を不安にさせる振る舞いをするわけがない。
まずはローズに会って、傷の状態を聞かない限り分からないか。
一旦、アマコ達から離れ、ナックと共にローズがいるというテントへと歩を進める。
「……」
最後に彼女の姿を見たのはネロ・アージェンスの系統強化により作り出された竜巻に飲み込まれた時か。
僕は終始、ネロ・アージェンスに手加減をされていた。
手加減されても尚、耐性の呪術の上から斬られてしまったし……彼が本気になれば、僕は何もできずに殺されていたかもしれない。
そんな相手と戦って怪我をしたと聞いて、もしもの可能性を考えなかったわけがない。
無言のまま、ローズがいるであろうテントの入り口にまでたどり着いた僕とナックは、中にいる彼女に聞こえるように声を発する。
「団長、ウサトです。先ほどリングル王国から戻ってきました」
数秒ほどして、いつもと変わらない声で『入れ』と、短い返事が返ってくる。
入り口をくぐり、ナックと共にテントの中へ足を踏み入れると、二つほど並べられている木製の寝台に腰かけているローズがいた。
彼女はいつも着ている団服を肩に羽織り、その下は黒地のインナーを着ている。首にかけた布に通すように左腕を支えていることから、まだ傷は癒えていないようだ。
そして、やはりというべきか、怪我をしていない右肩には、さきほどまで一緒にいたククルがいた。
「ちょうど今、包帯を替えたところだ」
「キュ」
見れば、ローズの座っている寝台には血の滲んだ包帯が捨てられている。
血を見て、息を呑むナック。
……まずは、ナックを連れてきたことを説明するべきだな。
「王国からの文でお前と勇者達が旅に出るっつーことは、既に聞いている」
「はい。先輩とカズキのサポートをするべく、治癒魔法使いの僕が選ばれました」
「戦いの後に、また戦いか……。全く、お前も休む暇がねぇな」
「ははは……」
呆れたようにため息をつくローズに、苦笑いをする。
からからと笑う僕から、彼女は緊張気味のナックへと視線を移した。
「大体察しはつくが……なんでナックを連れてきた?」
「僕達が旅に出ることでナックが一人になってしまうので、この場に連れてきました。彼も十二歳といえども、立派な救命団員です。戦いには参加させられませんが、ここの作業を手伝うことができるはずです」
そこまで言葉にすると、傍らにいるナックが一歩前に歩み出る。
ローズの視線を受けて、怖気づいた様子を見せるがそれでも彼は声を張り上げた。
「お、俺! 皆さんの力になりたくてここに来ました! 絶対に弱音は吐きません!!」
「……」
暫しの沈黙の後、ローズは口を開いた。
「ここまで来ちまったからにはな……。いいだろう」
「! ありがとうございます!!」
「外でアレク達が拠点の片づけをしている。その手伝いにいってこい」
「はい!」
パァッ、と表情を明るくさせたナックは「失礼します!」と深々とお辞儀をした後に、小走りでテントの外へ出て行ってしまった。
嬉しそうな彼の背中を見送った僕は、再び前にいるローズへと向き直る。
「座ってもいいですか?」
「勝手にしろ」
ローズの座っている寝台の隣にあるもう一つの寝台に座る。
「怪我は大丈夫なんですか?」
「見た目ほど深刻じゃねぇよ。大人しくしてる分には支障はねぇ」
「え? 本当に大丈夫なんですか? 空元気とかじゃないですよね?」
左肩をバッサリ斬られたって聞いたのですが。
それで本当に大丈夫なのか疑う僕に、彼女はため息をついた。
「お前、私を誰だと思っている」
「……」
どうしよう、その言葉だけでもう大丈夫に思えてきた。
実のところ、本当の本当に心配していたのだけど、こうして目の前にするとその心配は杞憂だったと思い知らされる。
……我が師匠ながら、本当に規格外な人だ。
「ネロ・アージェンスの魔剣の呪いは、まだ残っていますか?」
「私以外の呪いは四日ほどで解けたな」
「……団長の呪いは?」
「忌々しいことに、まだ残っているんだな。これが」
ものすごく嫌そうな顔をしながらローズは左肩に手を添えた。
「あのいけ好かねぇ金髪をぶん殴るときに、致し方なく奴の剣を左肩で受けたんだが、奴もそれなりの力を籠めていたようでな。その影響で、私の肩の傷には他よりも強い呪いがかかっちまったようだ」
「……それほどの執念ってことですか」
「そうだろうな。私にとっては迷惑以外のなにものでもねぇが」
本当に迷惑そうな顔をしているあたり、ローズにとってネロの存在は“立ち塞がっただけの敵”という認識なのかもしれない。
「呪いは、解けるんですか?」
「少しばかり時間がかかるが、解けるだろうよ。その間は、左腕は使い物にならねぇだろうがな」
実はネアの解放の呪術でなんとか解くことはできないか、戦場で試したけどできなかった。
ネロの魔剣の力は呪いではあるが、それは魔術による呪いではなく、もっとシンプルな、人の憎しみからくる純粋な感情が、呪いとして剣に刷り込まれたものらしい。
そんなものを普通に振り回して、平気でいられるのが不思議でならない。
幽霊とか憑いてるって考えないのだろうか? 少なくとも、僕なら持った瞬間にビビりまくって、その場で叩き割っていることだろう。
そこまで思考して、ふと、ローズの左腕を見て、ある考えが頭に浮かぶ。
「……今、貴女と勝負したら勝てます?」
「ハッ、勝てると思うならやってみろ」
「……」
あ、無理だコレ。
例え両腕が使えない状態でも、勝てるビジョンがまるで思い浮かばない。
全力回し蹴りで彼方まで蹴り飛ばされる自分の姿が容易に想像できる。
大人しく敗北を認めた僕に、ローズは楽しそうな笑みを浮かべた。
「お前は今回も随分と暴れたようだな」
「僕としては、本意じゃなかったんですけどね……。もう死にかけるわ、迷惑なストーカーに付き纏われるわ、挙句の果てには謂れのない悪魔呼ばわりですよ?」
「ハッ、悪魔か。随分と愉快なことになってんなぁ、オイ」
「笑いごとじゃないですよ……」
悪魔呼ばわりは、それほど広まっていないから別にいいのだけども。
「何はともあれ、よく生きて帰ってきた」
「……はい」
「おっと、今度は泣きださないのか?」
「それ、今引き出してきますか?」
最初の戦いが終わった時、ローズに褒められた僕は不覚にも泣いてしまった。
その時は、正直恥ずかしい記憶として鮮明に覚えているし、今それを言われ顔が熱くなる。
「ハハ、睨むな。悪かった」
そんな僕を見てからからと笑うローズに、さらなる羞恥心に苛まれながら、なんとか言葉を返そうと思考を巡らせるのであった。
ウサトにとっては、ブルリンよりもウルルのタックルの方が衝撃的でした。
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