第二百十三話
お待たせしました。
第二百十三話です。
今回は二話ほど更新いたします。
ウサトがフェルムを魔王討伐の旅への案内役として連れてきてくれた。
彼女が来てくれたおかげで計画が大きく進み、出発の目途が立ったわけだけど、正直な気持ちとしては俺はまだフェルムのことが少しだけ怖い。
悪い子ではないのは分かっている。
戦場で相対した時のような、暗く、重い雰囲気を感じさせる黒騎士の面影はもうない。
先輩は、持ち前の切り替えの速さで異様な対応を見せながら、今日もフェルムとのコンタクトを計ろうとしていたけど、そのあまりの熱意に彼女は、終始先輩から距離を取るようにウサトの背中に隠れていた。
こういう時、先輩の切り替えの早さが羨ましくなった。
「カズキ、私はここに残るよ」
「……そっか」
そして、二度目の話し合いが終わった後、俺の元を訪ねたフラナの言葉に頷く。
「やっぱり、父さんの許しはでなかった」
「フラナは族長の一人娘なんだから、しょうがない」
「うん。分かってる……できることなら、無視してもついていきたいけど……」
「けど?」
椅子に座り、俯いていた彼女が顔を上げる。
その表情に浮かべられた笑顔は、力のないものであった。
「正直、私が行っても足手まといにしかならないって思ってね」
「そんなことない」
「魔王軍との戦いの時、私の力不足のせいでついてきてくれた騎士の皆を危険に晒してしまった。あの時、ウサトが駆けつけていなかったら、第三軍団長も無力化できなかったと思う」
結果的に言うなら、戦いの最中に抱いた嫌な予感は的中してしまった。
フラナと騎士達が危険な目にもあったし、ウサト自身も魔力を多く使うことになった。
「私は、貴方達の旅についていけるほど強くない。カズキの重荷になってしまうことも目に見えているし」
「……もう決めたことなんだな?」
「うん。私はここで、セリアと一緒に貴方の帰りを待っている」
それなら、これ以上俺は何も言わない。
彼女の性格を考えるのなら、きっと俺が思っている以上に悔しいはずだから。
「あ、そうだ。私がいないからって無茶はしないことね。手に大怪我した時みたいなことはもうやっちゃ駄目だよ」
「わ、分かってるって」
それほど心配させたのは分かるが、事あるごとに未熟なまま系統強化を使った時のことを注意されるのは困る。
「あとはウサトのことをよく見ていた方がいい」
「ウサトを?」
「うん。彼、多分カズキよりやばい」
「やばいのか?」
「なんで、ちょっと嬉しそうなの?」
いや、そんな嬉しそうにしてはいないのだけど。
露骨に口元を引き攣らせたフラナに首を傾げると、彼女は気を取り直すように咳払いをする。
「何度か、彼の戦いを見ているけど実力的にも普通じゃない。まあ、それはネアとか彼を助ける人たちの協力があるからだろうけれど。それでも、見ていた私からすれば滅茶苦茶な戦いだった」
「まあ、俺も本気のウサトと戦えって言われたら、遠慮したくなるほどだしな」
相手を殺しかねない光魔法をウサトには使えないという理由もあるが、それ以前に彼の扱う“技”が厄介だ。
治癒加速拳、治癒破裂掌に、先日編み出したという治癒爆裂波。
そして魔力の弾力を利用させた格闘術。
ほぼ物理的攻撃力を持たないが、彼の編み出したほぼ全ての技が、戦う相手に確実に自身の最高の武器である拳を叩き込むものであるからだ。
「ま、俺がウサトと本気で戦うことなんて絶対にありえないから、気にするほどでもないと思うぞ」
「それは分かってるよ。でも、魔力切れを起こしかけながら、次の戦場へ向かおうとしていた時の彼は……怖かった」
魔王軍との戦争でのウサトの行動は聞いている。
ウサトは戦場を駆けまわり、怪我人やピンチに陥った人たちを助け回っていた。
その最中に軍団長とも相手し、消耗しながらも動き続けていた。
「私は、彼の精神的な心の強さを見て怖くなっちゃったんだ」
「……フラナ」
「いや、ぶっちゃけると、ローズさんとの戦いを見た頃から怖かったけど」
「おい、ぶっちゃけすぎだぞ」
深刻そうな顔して言うもんだから、思わずずっこけそうになってしまった。
「だって、アレだよ? 普段は普通なのに、いざ戦いになると怒りで暴れまわるシシェ・コンラッドみたいになるんだよ!?」
「ウ、ウサトをエルフ族の守り神に例えるんじゃない!!」
「え? エルフ族にとって最大の賛辞なんだけど」
「そういう問題じゃない……」
シシェ・コンラッドとは、フラナの故郷に伝わるゴリラの魔物である。
エルフ族の守り神のような存在であり、力と知識の象徴とも言われている。
だから褒めているのは分かる。分かるけども、ゴリラに例えるのはなぁ……。
「とにかく、ウサトのことちゃんと見ていた方がいいからね。あと、スズネが暴走しないように気を付けて」
「先輩は、ウサトに任せるから大丈夫だ」
「そ、そう? まあ、スズネもその方がよさそうだよね」
即答する俺に、フラナはやや引き気味にそう返す。
先輩は、下手に助言しても空回っちゃうからなぁ。
野球に例えるなら、監督がバントを指示したらフルスイングしちゃう……的な?
「……やっぱり、例えが下手くそだな、俺……」
改めて、それを自覚し落ち込んでいると、話を終えたフラナが立ち上がる。
「それじゃ、話したいことも終わったし、セリアのところに行こうよ。あと少しでカズキも出発しちゃうから、沢山話しておかなくちゃね」
「……ああ、そうだな。その通りだ」
フラナに頷き、俺も立ち上がるとそのまま彼女と共に自室をあとにする。
魔王討伐の旅。
アマコが見た予知を考えれば、魔王以外にも何か他のことが起こる可能性も高い。
不安も恐怖もあるけれど、それと同時に少しだけワクワクしている自分もいる。なにせ、先輩とウサトと俺、この世界に一緒にきた三人が共に旅をするんだ。
ルクヴィスで分かれて旅をした時とは違う。
力を合わせ、互いを信じ、共に進んでいく……ワクワクしないはずがないじゃないか。
●
今日はフェルムを城へ連れて行った。
フェルムがいてくれたおかげで計画は大きく進み、旅の出発日などが決められた。
その後は、帰り際にアルクさんやセリア様に挨拶しにいき、僕が旅についていく旨を自分の口で伝えることになった。
「手紙、たくさん来てるなぁ……」
帰り際に渡されたのは、僕宛てに届けられた手紙。
それに加えて、先日アマコから獣人の国からの手紙も受けとったので、机の上にはたくさんの手紙が重なっていた。
サマリアールからは、ルーカス様とエヴァ。
ミアラークからは、ノルン様。
ヒノモトからは、リンカ、ハヤテさんと……なぜかアマコの母親のカノコさんから。
ちょっと意外だったのが、カームへリオのナイア王女からも来ていることだ。
「先輩とカズキにも来ていたらしいから、僕だけに限ったものじゃないけど、律儀な人だなぁ」
改めて見ても、本当にすごい人たちから送られてきているな。
恐れ多いというか、なんていうか……。
「よしっ!」
旅に出る前に返事の文を書かなくちゃな。
意気揚々とペンを取り、机に向かおうとしていると——、
「ウサトー、ここに本とかないのー?」
後ろで呑気そうな声が聞こえてくる。
ため息をしながら振り向けば、なぜかネアが僕のベッドに寝っ転がっていた。
しかも我が物顔で本をよこせといってくるし、ふてぶてしい。
「ネア、どうして君はここにいるんだ。僕の部屋だぞ」
「え、暇だから」
「暇なら出てって」
「嫌よ。暇だもの」
そうかそれなら仕方な……いや、暇ってなんだ?
暇だから僕の部屋にいる? いや、僕として集中できないから出て行けといったら、暇だから嫌? え? どういうこと?
ネアの巧妙な話術に、僕は混乱してしまう。
「何をしているかと思えば、手紙の返事を書いてるのね。へー、沢山あるじゃない」
「……僕としてはありがたい限りだよ」
「これ全部に返事書くの?」
後ろから僕の手元を覗き込んだネアは「うへぇ」と嫌そうな声を漏らす。
「僕がちゃんと無事だってことを知らせるって意味もあるからね。それに魔王領への旅がどれだけかかるか分からないし」
「ふーん。だから珍しく訓練してないのね」
まるで、僕が四六時中訓練しているような言い方だな。
しかし間違ってはいない。
「フッ、座っている間にも僕は魔力移動の訓練をしている」
「は?」
左手を見せ、掌を高速で移動するビー玉くらいの魔力弾を見せる。
あやとりやペン回しみたいに気軽な感じで訓練できるのが、この“魔力回し”の利点なのだ。
指から指へ、指から手首へ、手首から肘へ、そして肘から手首へと魔力の移動を見せると、ネアは露骨に引いた反応を見せる。
「相変わらずの訓練バカで引くわ。生き物みたいに魔力弾が移動しているのもすごいを通り越してキモイ」
「酷くない?」
訓練ばっかりしているのは認めるけども。
しかし、ネアがいるとなると集中が乱されるな……。
近くの引き出しにしまっていた古びたボロボロの本を取り出し、それをネアへと差し出す。
「ほら」
「うん? なにこれ……あ、私の“勇者の手記”。忘れてたけど、そういえば貴方が持っていたのよね」
「これでいいかな?」
「ふふん。ありがと、これはいい暇つぶしにはなるわね」
上機嫌にベッドに倒れ込み、ぱらぱらと丁寧にページを捲っていく。
虫食いだらけの手記ではあったが、ネアによりところどころ文章が補填、修正されたりしている。
読書に没頭する彼女から、目の前の手紙を見た僕はゆっくりと背伸びをする。
「さーて、読みますか」
とにかくまずは手紙に目を通さなくちゃな。
最初に目についた手紙を手に取ると、そこには『リンカ』と記されている。
アマコの友達であるオオカミの獣人少女、リンカからの手紙だ。
できるだけ慎重に封を開いて、手紙の内容に目を通す。
―――やっほ! ウサト!
―――リンカだよ!!
「いや、元気だな」
文字から感情が伝わってくるってすごいな。
リンカがどんな気持ちでこの手紙を書いていたのか二行で分かったわ。
最初の文面を見て、苦笑しながら女の子らしい少しまるっぽい文字を目で追っていく。
●
やっほ! ウサト!
リンカだよ!!
ウサトがヒノモトを出てから少し経ったね。
アマコがいなくてちょっとだけ寂しいけど、私は元気にやってる。
父さんがヒノモトを治めることになってから、私は隠れ里とヒノモトを行き来するようになったんだ。
着物を着ろとか、おしとやかにー、だとか色々と言われるのがちょっとうるさいけど、父さんが治めているヒノモトはそれほど退屈じゃなくなったね。
そういえば、ウサト達が出て行ってから少しだけ騒ぎがあったのを思い出した。
少し前にアマコのお母さんが、勝手に一人でヒノモトを彷徨って大騒ぎになったことがあったんだ。
その時はもう国中が大慌て。
兵士の皆も血相変えてアマコのお母さんを探したんだ。
父さんは「いつものだ。久しぶりにいつものあれだ……」って何度も呟きながら、お腹を押さえてたなー。
結局は、アマコのお母さんはお散歩にいっていたらしく、半日ほどしたら、元居た場所に帰ってきていたんだけどね。
あとで話にいったら「あの人と会ったのもお散歩した時ね」って懐かしそうに言ってた。
小さい頃から思ってたけど、アマコのお母さんって面白い人だね!
あとは……ヒノモトに母さんが帰ってきて、父さんが色々と怒られたとか、それくらいだね。
アマコに送った手紙にも同じことを書いたけど、人間の友達のウサトにも、またヒノモトに遊びにきてほしいな。
前みたいな変な技があったら、また見せてね!!
それじゃ、また手紙送るかもしれないからよろしく!
●
「また行きたいな……。ヒノモト」
リンカの手紙を読み終えて、獣人の国、ヒノモトのことを思い出す。
リングル王国と同じように自然が溢れる土地だった。
懐かしい日本家屋が並んで、元の世界の景色を思い出すことのできるヒノモトの景色。
僕が来た時は、ジンヤさん絡みの騒動に巻き込まれて周りを楽しむ余裕なんてなかったけど、それでもヒノモトを囲む大自然と、そこに生きる獣人の人々の力強さを、僕は知っている。
もし先輩が、ヒノモトに行ったら卒倒すること間違いなしだろう。
それくらい、魅力に溢れた場所だった。
「それにしても、カノコさん、マイペースすぎでは……?」
記されているハヤテさんの呟きからして、二年前までも同じことをしているような感じだったけれど……。
だけど、目覚めた当初は衰弱していたカノコさんも、今では歩けるようになったんだな……。
これはアマコにとっても朗報に違いない。
「ねぇ、ウサト」
「ん? どうしたの? もしかしてページとか破れちゃってた?」
「ううん、それは元からあった。紙とペンが余ってたらちょうだい」
振り向いて、声をかけてきたネアに手紙用に用意しておいた紙数枚と予備のペンを渡す。
彼女は勇者の手記に目を通しながら、紙に何かを書き記し始めた。
「なにやってんの?」
「……解読? 暇つぶしみたいなもの」
「それ、文字がぼやけてたり、虫食いだらけだと思うけど……」
一部は僕でも読めるけど、所々が読めないので、結局のところまるで内容が分からないのだ。
ネアが解読してくれた部分までは読めるけど、それまでだ。
「内容と文字の形。それと文字の書き方の傾向から文章を予測して、直していくだけだから、ページ全部が駄目になっていなければ、部分部分で読めるように直せるわ」
私にかかればね、とドヤ顔でこちらを振り向いたネアに素直に驚く。
「ネアが賢く見える……」
「失礼ね! 私は元から賢いわよ!!」
事実賢いのだけど、普段の様子を見るとなぁ。
まあ、僕はそんな彼女に何度も助けられているんだけど。
「それ、後で見せてもらえない?」
「ん? いいわよ。でもこれといって面白そうなことは書いていないのよねぇ」
そう言ったネアだが、すぐに思い当たることがあったのか体を起こしてこちらへ振り返る。
「あ、でも。一つだけ気付いたことがあるわよ」
「え? なに?」
「この手記は先代勇者の手記でしょ? 年代的にも内容的にも本物だけど、明らかに不自然な点があるの」
もったいぶるように笑みを浮かべた彼女は、手記を見せてくる。
「これには、一切どこにも“先代勇者の名前”が記されていないの」
確かに書かれていない、と納得する一方で、僕はゾワリとした悪寒に苛まれた。
気にもしなかったささいな事実、しかし、その意味を考えれば考えるほど怖くなってしまった。
手記に勇者の名前が記されていなかったのは———先代勇者は、本来の名前すら呼ばれないほどの扱いをされていたのではないかと考えてしまったからだ。
「ウサト?」
「……いや、なんでもないよ」
黙り込んでしまったネアに、返事をして再び手紙を読む作業に戻る。
人々のために魔族と戦っていた先代勇者。
獣人に救世主という希望として尊敬されていた先代勇者。
しかし―――彼を本当の意味で見ていた人はいたのだろうか? 彼をちゃんと名前で呼んでいた人はいたのだろうか?
そんな疑問が頭の中でぐるぐると回り続けたが、僕は目の前のことに集中しようと努めるのであった。
エルフ族に伝わる神獣 シシェ・コンラッド。
初期名 グ ラ ン ド ゴ リ ラ。
さすがにこれはないと思い頑張って考えましたが“ゴリラ”という名前自体、完成された完璧なものだったので、どこぞの守り神な感じの名前にしました。
次の更新は明日の18時を予定しております。
※コミカライズ版「治癒魔法の間違った使い方」第四巻の活動報告を書きました。
以前、2月26日に発売とお知らせしましたが、発売日が変更となり、今月の3月の4日に発売することとなりました。
お伝えするのが遅れてしまい、申し訳ありませんでした。




