第二百十二話
思ったより早くできましたので、一話だけ続けて更新します。
第二百十二話です。
「魔王のいるとこまでの案内? やってもいいぞ」
「あれぇ!?」
ロイド様から魔王討伐の任務を命ぜられた日の夜。
宿舎に戻った僕は、真剣な面持ちでフェルムに魔王領への案内について相談したのだが、返ってきた答えはあまりにもあっさりとしたものだった。
食堂のテーブルを挟んで座っているフェルムは、驚いている僕を不思議そうに見た。
「なんで驚いてるんだよ?」
「いやいや! 君って魔王領にあまりいい思い出がないんじゃないの!?」
「お前、ボクのことを子供扱いしてるだろ……!」
なぜか不機嫌になる彼女に、訳が分からなくなる。
混乱する僕を見て、隣に座っているネアはけらけらと笑っている。
「やっぱり、貴方、心配性すぎてフェルム本人よりも深刻に考え込んでるわよ。こいつがそんな繊細な奴に見える?」
「うん」
「即答すんな」
フェルムは結構繊細なのは分かる。
正直、牢屋に閉じ込められた時から薄々気付いていたし。
落ち着きを取り戻そうと深呼吸をした彼女は、勢いよく椅子に座りなおし、腕を組んだ。
「大体、魔王領はボクにとっていい場所ではなかったけど、それだけだ。生まれた村とだってとっくに縁を切ってるし……魔王軍にしてみても、ボクはもう裏切りものだから、今更悩む必要はない」
「……いいの? 大丈夫?」
「くどい。ボクが大丈夫って言ってんだから、大丈夫なんだよ。それにな――」
ビシッ、とフェルムが僕を指さす。
目を吊り上げた彼女は、わなわなと肩を震わせた。
「忘れてないぞ! ボクを救命団に放り込んだあと、すぐに書状渡しの旅に出て行って置いていったのをな!」
「ん? ああ、そうだね」
あれは置いていったというか、フェルムの立場上王国の外には出すことができなかっただけだと思うけど。
「あの後、ボクがどれだけローズに地獄を見せられたか分かるか!?」
「……?」
「な、なんでそこで不思議そうな顔ができるんだ……?」
「何をいまさらって顔してるわね……」
まあ、さすがにフェルムが救命団に入る原因である僕が彼女をほっぽり出して旅に出てしまったのは悪いと思っている。
でも、そんなに旅に行きたかったんだな……。
ここまで根に持っているとなると、その気持ちの強さが伺える。
「どちらにしろ、君が案内してくれるなら心強い。僕としても君がいてくれるととても助かるからな」
「……ボクはお前の鎧じゃないぞ」
「そうじゃないよ。仲間として心強いってことだよ」
「……」
たしかにフェルムと同化した姿は強い。
けれど、それ以上に頼れる仲間が身近にいてくれるのは心強いんだ。
何を思ったのか、俯いたまま肩を震わせているフェルムから、テーブルに頬杖をついているネアへ話しかけようとして、やめる。
「ネアは、まあ、行くだろうし聞かなくてもいっか」
「いや、聞きなさいよ。ついていくけど」
「じゃあ、聞かなくてもいいじゃないか」
そう言うと、ネアはなぜか不敵な笑みでテーブルから体を起こす。
「分からないの? 適度に構ってもらえないと寂しいじゃない」
「君は乙女かなんかなの?」
やだ、なんて誇らしげなの……?
そんな自信に満ち溢れた顔で言われると、逆に男らしく感じてしまう。
やや慄きながらネアからフェルムに視線を戻す。
「フェルム、魔王討伐の旅についてきてくれるなら、明日一緒に城に来てもらってもいいかな」
「ああ、ボクは何を話せばいいんだ?」
「多分、魔王領の地形とか魔物……とかについてだと思う」
「……たしかに、魔王領はこことはかけ離れてるしな。分かった」
顎に手を当てて頷くフェルム。
そんな彼女を見てふと気になったことを聞いてみる。
「魔王領ってどんなところなの?」
「陰気な場所」
「か、仮にも自分の故郷なのに、すごい言い切ったわね……」
ドン引きするネアと僕に、フェルムは鼻で笑う。
「少なくともボクの育った村はそうだった。作物が育ちにくい土地柄のせいで、その日食う飯にも困っていたし、狩りをするにしても凶暴な魔物しかいない場所だから、常に森の中には危険がつきものだった」
「……凶暴な魔物か」
「もう聞いてるかもしれないが、馬での移動はほぼ無理と考えてもいいぞ。あんな場所で馬なんて乗ったら、すぐに魔物に狙われるか、飢えた奴らに狙われることになる」
「そこまで困窮しているのか? 魔族は」
「魔王が目覚める前は、もっと酷かったけどな」
興味なさそうに魔王の名を口にしたフェルムは、窓から見える外の景色に目を移す。
「どうやったのかは知らないが、魔王が魔王領と言う土地に力を与えた。奴のおかげで作物も育つようになったし、水もわりかし綺麗になった」
「……とことん規格外だね。魔王ってのは」
「魔術かしら……? そうだとしても、魔王領という広大な範囲を賄えるほどの魔力はやばすぎるわね……」
しかし、話を聞いた限りでは今の時代の魔王は魔王領に住む魔族のために動いたということになるのか?
もしかして、人間側に戦いを挑んだのも……いや、それは甘い考えか。
魔王が手記に記されていた通りの方法を取るような人物であったのなら、自身の手足となる軍を作るための手段と考えるのが普通だ。
あくまで、これは一つの考えとして胸の内に留めておこう。
しかし――、
「魔王を倒すことは勇者としての使命、か」
なら、魔王を倒した後、魔族はどうなるんだろうか?
彼らが戦うそれぞれの理由も僕達は知らないままだ。
それを知らないまま、魔王に挑んでもいいのだろうか。
「僕は、この目で魔王領を見るべきだな」
まだ自覚が足りない。
魔王を倒すことにどういう意味を持つかということに。
それを知るために、知らなくてはならない。
「ねえ、ウサト」
「うん?」
我に返った僕が声をかけてきたネアを見ると、再びテーブルに突っ伏した彼女がやや眠そうな様子で話しかけてきた。
「その魔王討伐の旅って、いつ出発するの?」
「魔王の状態からして、いつ回復するのか分からないから、できるだけ早く出発したいらしい。ウェルシーさんが言うには……早ければ三日以内にはリングル王国を出発して、一旦戦いのあった拠点で最後の準備を整えてから、魔王領に突入するってさ」
「ふぅん、結構切羽詰まってるのね」
「そうだね。やっぱり魔王がいつ回復するのか分からないってのが難しいところらしい」
急ぎたい気持ちはあるけれど、『焦りは判断力を鈍らせるので、冷静にっ!』とウェルシーさんに注意されてしまったので、焦らずに慎重に事を進めていかなければならない。
そこまで考えていると、ネアが思い悩んだような顔をしていることに気付く。
「私達がすぐに出発するのは分かるけど、そしたらナックはまた一人になってしまうわね」
「……そうだね」
ここにいる僕とネアとフェルムが出て行ってしまえば、ここにはナックしか残らない。
ローズたちが帰ってきていない今、十二歳の彼をここに残すことになってしまう。
「彼のことはちゃんと考えているよ。このあとに話そうって言ってあるしね」
「そうなの? だったら、大丈夫そうね」
ナックのことは僕も考えてはいたので、後で話す約束をしていた。
そこまで話していると、食堂にナックがやってくる。
丁度いいと思い、立ち上がった僕は彼に話しかける。
「来たね。ナック」
「はい。えと、お話があると聞いたのですが……」
「ああ」
……ここで話してもいいのだけど、気分転換がてら外で歩きながら話すか。
「ネア、夕食を作っておいてくれないかな?」
「ええ、分かったわ」
「一人じゃ大変だろうから、ナックとの話が終わったら手伝いにいくよ」
「いいわよ、それよりナックとしっかりと話してきなさい。こっちはフェルムに手伝わせるから」
「はぁ!? なんでボクが!」
異議を唱えるフェルムに「さー、行くわよー」と、厨房のある方に向かっていったネア。
渋々とついていったフェルムを見送り、ナックへと振り向いた僕は外に出るように彼へ促すのであった。
●
救命団の宿舎から訓練場に続く道を歩む最中、僕はナックに魔王討伐の旅について簡単に説明をした。
まだ一般には明かされてはいない情報だけれど、ナックには話しておくべきだと思い、話しておいたが——それを聞いたナックの反応は、どこかショックを受けているようだった。
「なんで……」
やはり、ここに一人残されてしまうかもしれないことに、ショックを受けてしまったのだろうか……。
無理もない、そう思い彼へ続けて話しかけようとしたその時、僕よりも先に彼が声を発した。
「なんで、ウサトさんは、そんな命がけなことばっかりするんですか……」
「ナック……?」
「戦いが終わったばかりなのに、次は魔王だなんて……このままじゃ、ウサトさんが死んじゃいますよ……」
……僕はバカだな。
ナックが一人になってしまうことにショックを受けていると、そう思っていた自分を恥じる。
「いくらウサトさんが、ありえないくらいに頑丈で」
「うん……」
「ローズさんに食って掛かるほど神経が図太い人で」
「う、うん……」
「時折、二重人格か疑うくらい嗜虐的な性格を持っていても」
「……な、ナック?」
ちょっと言いすぎじゃない?
しかし、俯いたナックは止まらない。
「傍目でも分かるくらいの好意に鈍感でも」
「……ん?」
「ネーミングセンスが壊れてても」
「……」
「人とは思えないほどの動きに磨きがかかっていても」
「……」
「さすがに魔王が相手だなんて無理ですよ……多分」
「おう、ちょっと待てや。ナック」
過去最多だよ! もう心の中の本音が溢れ出てるよ!?
あと気落ちした感じに言っているけど、結構なこと言ってるからね?
あれ!? もしかして、やっぱり一人置いてかれることに怒ってる!?
「すみません。半分くらい言ってしまいました」
「半分じゃないよね? 全部だよね?」
「いえ、言いたいことの半分を言ってしまったという意味で……」
そういう意味の半分かよ。
残り半分が怖くて聞けないのだけど。
「正直、ウサトさんが危険な場所へ行かなくちゃならない理由は分かってるつもりです。城の手伝いをしているとき、ウサトさん達の活躍を耳にしましたから」
「そっか……」
「だから、俺のことは気にしなくても大丈夫です」
「ん? なんで?」
ナックの言葉に素直に疑問に思ってしまった。
そんな僕の返しに、彼はやや驚きながら続きの言葉を口にする。
「大事な任務を受けたあとなんですから、俺のことよりそちらの方に集中したほうがいいですよ。俺も、ウサトさんの邪魔にはなりたくないですから」
「ナック」
立ち止まり、彼の名を呼ぶ。
僕がナックに救命団に入る道を示した。
その後の指導はローズに任せているけれど、それでも僕には責任がある。
「いいか? 僕は君のことを邪魔だなんて思ったことも考えたこともない」
「……」
「君は僕の弟子で、部下で、そして同じ救命団の仲間だ。年なんて関係ない。もちろん任務のことも大事だけど、それを理由にして君をおざなりにするような、割り切れる性格じゃない」
ナックの気持ちは分かる。
しかし、それでも僕は彼をないがしろにすることはできない。
「ナック、団長達の手伝いにいかないか?」
「……え? 手伝いって……皆さんは今……」
「そう、今は平原地帯にある拠点で怪我人の治療をしている。多分、そこでは人手が足りていない」
いくらゲルナ君達がいても限界がある。
ローズも重傷を負っているのなら、なおさら一人でも助けが欲しいところだろう。
「近いうちに僕達は魔王領へ向かうために、一旦拠点の方に向かうことになっている。そこで君を団長に預ける。……そのあと、どうするかは君次第だ」
戦いが終わった後だから危険はないが、それでもナックにとって辛い光景が待っているかもしれない。
僕としても、彼を拠点の方に連れていくのが正しいかどうか分からない。
それを改めて説明した上で、彼に行くかどうかを聞いてみる。
「どうかな?」
「……行きます! ここで一人で燻ぶっているよりはずっといいです!」
「決まりだね」
ナックは強い。
辛い過去を経験し、何度も打ちのめされてきたからこそ、彼の精神は強く、並みのことでは折れはしない。そんな彼なら僕がいない間も任せられると、そう思えた。
……僕が拠点に残るわけにはいかないからね。
握りこぶしを作り、やる気を見せているナックを見守りながら、近くにいつも利用している訓練場が見えていることに気付く。
「……まだ戻るには早いな」
ネアとフェルムが夕食を作ってくれているけど、今戻っても少し待つことになるだろう。
「よし、ナック、ネアには内緒だぞ?」
「え? なにがですか?」
「君に僕の技を少しだけ教えよう」
以前、ネアに忠告されてしまったが、彼の成長を促すために少しだけなら構わないだろう。
そのまま訓練場へと向かった僕とナックは、訓練場の傍にある木の近くにまで歩み寄る。
掲げた拳に魔力を纏わせ、それをナックへと見せる。
「治癒パンチは単純に治癒魔法を纏わせた拳で殴る技。それ以外には何もしていない単純な技だけど、こいつを使えばどんな相手も無傷で意識を奪うことができるんだ」
「結構、単純なんですね。俺でもできそうですけど……多分、ウサトさんのようにうまくはいかないでしょうね……」
「そこは前に言ったように、君だけの技を見つければいいだけさ。僕のはただただ乱暴な技だからね」
そして次に、手に纏わせた魔力を掌に集め、魔力弾を作る。
「そして治癒魔法弾。これは君がよく知っているね?」
「はい! 滅茶苦茶当てられましたから!」
なんか引っかかる言い方だな……。
いや、悪気がないのは分かるけども。
気を取り直して、治癒魔法弾を視線の先にある木に投げる。
パァン、という音と共に木に直撃した魔力弾が弾け飛ぶ。
「でも、魔力弾を普通に投げてもあれほどの威力は出ないですよね? 一度、俺もマネしてみましたけど、全くできませんでした」
「ん? ははは、この技は投げる必要なんてないよ」
「ええ!? そうなんですか!?」
勘違いされやすいけれど、僕の治癒魔法弾は力技で魔力弾を投げるだけの技にすぎない。
普通に魔力弾を放てられるのなら、投げる必要はないのだ。
「俺、てっきりそういう技なんだと……」
「僕には魔法を放つ才能がなかったから、投げるしか手段がなかったんだ。だから、普通に魔力弾を放とうと思えば、誰でもできる技なんだよ」
「俺にも、ですか?」
「ああ。君の、君だけのやり方でやればいい。むしろ僕は反面教師みたいなもんだ。間違っても参考にしちゃいけないぞ?」
「は、はは、分かりました」
僕の言葉に頷いたナックは、僕と同じように右手に魔力弾を作り出した。
そして、魔力弾を浮かべた掌を前に構え、そのまま前方へと魔力弾を放った。放たれた魔力弾は目標の木を僅かに逸れて、後ろへ飛んで行ってしまった。
「は、外れた……」
「でも成功した。ナック、これが君の治癒魔法弾だ」
「俺の、治癒魔法弾……」
やや声を震わせながら、そう口にするナック。
見たところ、狙いの付け方は治癒飛拳と同じ感じなようだ。それなら、僕にもアドバイスできそうだ。
彼の隣に近づいた僕は、右腕を真っすぐにさせ肩に手を置く。
「肩から掌までを真っすぐに伸ばす。イメージとしては肩から掌までの間を通って、魔力弾を放つように」
「はいっ」
「失敗してもいい。焦らず、しっかりと狙いを定めるんだ」
「焦らず……」
そう呟き、もう一度掌から魔力弾を放つナック。
そんな彼の姿を後ろから見守っていた僕は——少しだけ、僕を訓練しているローズの気持ちが分かったような気がした。
なんというべきか、自分の“次”を託すことのできる弟子がいるということは、ここまで安心できることなんだな。
ナックの投げない治癒魔法弾は、普通のサポート回復技になりますね。
ウサトの投げる治癒魔法弾は、回復効果に加えて衝撃が入ります。