第二百十一話
お待たせしました。
第二百十一話です。
カズキ達と一緒に訓練を行った翌日。
城からの使いの方がやってきた。
伝えられた内容は、王広間にてロイド様が重大なお話をするので、アマコと一緒に僕も参加してほしいとのこと。
すぐさま救命団員としての正装である白い団服を着た僕は、ナック達に留守を任せた後、救命団の宿舎を出た。王城までに向かう間にアマコと合流した後は、城の人の案内に従ってロイド様のいる広間へと向かっていた。
「ウサト、昨日はどうだった? レオナさん達と訓練をしたんだよね?」
「収穫はあったよ。それに聞いて驚くなよ? 広範囲型の治癒魔法弾を考えたんだ」
「また変な技を考えたんだね」
「失礼な。まるで僕が毎回変な技を作っているような言い方はやめてほしいな」
相手の攻撃もかき消せる上に味方のサポートもできる優れものなんだぞ?
やれやれと肩を竦めながら、隣を歩くアマコへと笑みを向ける。
「ウサトが思いついた技で変じゃなかった技はないよ?」
「なんてこと言うんだ、君は」
物凄く澄んだ瞳でそんなことを言われてしまった。
これはあれだ。
この子狐、心の底からそう思っているぞ。
「今度は大勢の敵を吹き飛ばすための魔法を作り出すかなって思ってたところだよ。ウサトなら、それくらいのことやりかねないし」
「よ、予知魔法を使うのは卑怯だぞ!」
「……え?」
「え?」
本気で驚いた顔で僕を見上げるアマコ。
墓穴を掘ったことに気付いた僕は、誤魔化すように咳ばらいをして前を向く。
「んんッ、そういう使用方法もあるけど、主に上に向けて放って治癒魔法の魔力を散布させる技なんだよ」
「ふーん、そうなんだ。すごい技なんだね。うんうん」
「うぐぐ……」
なんだこの敗北感。
なんなんだこの敗北感は。
にやにやとしているアマコに妙な敗北感を覚えていると、ロイド様のいる広間へと到着する。
そこにはロイド様にセルジオさんにウェルシーさん、そしてカズキと先輩とレオナさんがいた。
広間に足を踏み入れた僕に気付いたロイド様は、ややこけたように見える表情を朗らかなものにさせた。
「おお、来てくれたか、ウサト。すまないな、病み上がりに」
「い、いえ。お気になさらず」
「アマコもよく来てくれた」
「はい、ロイド様」
僕の身を案じてくれるのはすごくありがたいけれど、ロイド様の方が心配だ。
戦後の処理と対応に当たっていたせいか、その表情は疲れ切っており、遠目でも分かるくらいの隈ができている。
気遣う暇もないまま、カズキ、先輩、レオナさんが並んでいる場所に座るように促される。
「おはよっ。ウサト君、アマコ」
「おはようございます」
「おはよう、スズネ」
小声で挨拶を済ましていると、僕で全員が揃ったのか広間の扉が閉じられる。
数秒ほどの沈黙のあと、その場にいる全員を見回したロイド様は、僕へと視線を向ける。
「ウサト、此度の活躍は耳にしている。救命団として、よく戦ってくれたな」
「……はい」
「本来ならば、このような短い期間ではなく長い休息を与えるべきなのだが……すまないな」
「いえ、僕自身、今の状況は分かっているつもりです」
「そうか。……お主はアマコから聞いておるのだな?」
ロイド様のお言葉に頷く。
カズキと先輩が不思議そうな表情でこちらを見たが、アマコの予知についてはこの後説明されると思うので、今は静かにしておこう。
「今回の招集の内容は機密となっている。よって、この場に集められたのは限られた者しかいない。まず、それを伝えておこう」
ロイド様のお言葉に、レオナさんが戸惑いの表情を見せる。
彼女はミアラークの人間なので、この場にいることに疑問を抱いているようだ。
その疑問を察してか、ロイド様が彼女に視線を向ける。
「ミアラークの勇者である貴殿も関係のある話だ。本来ならば、事前に伝えるべきなのだが、ファルガ様に極力情報を漏らすなと念を押されてしまってな」
「いえ、当然の判断かと」
やはりというべきか、この件にはファルガ様も関わっているのか。
「魔王軍との戦いで勝利を収めた連合だが、魔王軍側が行った超広範囲に及ぶ魔術攻撃により我々は大きな打撃を受けることとなった。その被害は決して少なくはなく、敗走する魔王軍への追撃すらもできない状態に陥ってしまった」
気絶してしまったせいか、現地でどれほどの被害を受けたかは知らないが、あれほどの規模の攻撃だ。大勢の人が怪我をしているはずだ。
少なくとも、救命団の治癒魔法使いが数日かけても癒しきれない数の怪我人がいる。
「その時、ミアラークの神龍、ファルガ様より、緊急の文が届けられた。その内容は、戦いの最後に行われた攻撃は魔王が行使した魔術によるものだという事実を示唆するものであった」
「魔王……ッ!?」
今まで直接的な干渉をしてこなかった魔族の親玉。
先の大規模攻撃が魔王によるものだと知って、魔王と言う存在がどれだけ強大な存在かを理解した。
そして、同時にあの攻撃の意図がようやく分かった。
あれは、痛み分けにするという攻撃でもあり、同族である魔族を逃がすための攻撃だったことだ。
「我々は強大な力を持つ、魔王の攻撃に痛手を負いこそしたが、逆を言えば今の今までその一端すら捉えることのできなかった存在を知ることができたということになる」
しかし、それは逆に魔王の圧倒的なまでの強さを目撃することになったと言える。
あれだけの攻撃をすることのできる魔王に、ただの人間が太刀打ちできるのか? 心のどこかでは、そう不安に思ってしまう。
その不安を顔に出さないように努めながら、ロイド様のお言葉に耳を傾ける。
「“魔王は弱っている” それが神龍であるファルガ様が導き出した結論だ」
「弱っている……? それは、どういうことでしょうか?」
「現在の魔王は、封印される以前よりも力が落ちているらしく、今回の攻撃を行ったことでかなりの力を使い果たしたと、ファルガ様は仰っていた」
そうか、だから魔王は勇者の手記に記されていたような侵略方法を行わなかったのか。
手記に記されていたようなえげつない侵略が実行されていたら、戦いなんてせずに連合側は陥落してもおかしくはなかったからな……。
「この数日、大臣達を交えてファルガ様と話し合った結果、ある計画を立てた」
そのまま無言になってしまうロイド様。
彼の顔からは、後悔と戸惑いが見て取れた。
十数秒ほどして、ロイド様は絞り出すように計画について言葉にする。
「魔王軍討伐の為の少数部隊。三人の勇者、スズネ、カズキ、レオナと、彼らを補助する治癒魔法使い、ウサトを基本とした精鋭中の精鋭を集めた部隊を編成し、魔王領へと向かわせるというものだ」
「「「!」」」
「我々にとって、魔王が弱っているであろう今が好機。人類側の最高戦力を以てして、その隙を突き、一気に攻勢に転じる」
僕とアマコを除いた面々が驚愕の表情を浮かべる。
カズキと先輩、レオナさんを含めた三人の勇者と、治癒魔法使いの僕か。
……改めて考えてもなんで僕? ってなるけど、多分ファルガ様が僕を推薦したのだろう。
正直、それ以外に考えられない。
「正直、私はこの計画には賛成することはできなかった。死闘を終え、生き延びたお主達をまた死地へと駆り立ててしまうからだ。ファルガ様に何か他の方法はないか訴えてはみたものの、代替案は見つかることはなかった。加えて――」
ロイド様の視線が僕とアマコへと向けられる。
「アマコがお主達が魔王討伐のための旅に出るという予知を見てしまったことから、計画は実行することになることが決定づけられた」
アマコの予知が外れたことはない。
彼女の予知に現れた、アマコ自身と、僕、先輩、カズキが旅に出ることは既に決まっていることなのだろう。
それでもロイド様は顔を上げ、真っすぐとした目で僕達を見る。
「しかし、私はそれでもお主達に問おう。魔王討伐の任、受けるか否か。勿論、拒否しても責めはしない。正直な答えを聞かせてほしい」
沈黙が場を支配する。
最初に沈黙を破ったのは、先輩であった。
「ロイド様、私は既に覚悟はできております。この世界に召喚されて短い間ではありますが、私にとってはリングル王国は第二の故郷です。この地に生きる人々の為となるのならば、私はこの剣を取りましょう」
「俺も、先輩と同じ気持ちです。俺の力で、ここにいる人々の暮らしを守れるなら、魔王とだって戦います」
続いてカズキがそう言葉にする。
先輩と同じく、僕の中で覚悟はできている。
一度、隣にいるアマコを顔を向けると、彼女は僕の団服の袖を握りしめた。
「ウサトが決めたことなら、私は何も言わないよ?」
彼女の言葉に頷き、ロイド様へと向き直る。
「ロイド様、僕も救命団員として魔王討伐に参加します」
「……お主も、構わないのか?」
「はい」
ここで尻込みするようでは、また団長にどやされてしまう。
そして、救命団としての使命とは別に、先輩とカズキの助けになりたい気持ちも大きい。
他の誰でもない、治癒魔法使いの僕だけにしかできないことをしよう。
そう、僕達三人が宣言すると、最後にレオナさんが一つ歩み出た。
そのままロイド様を前にして、膝をついた彼女は、一つ間を置いた後にその口を開いた。
「元より、私は勇者としての使命を受けこの地を訪れました。なれば、魔王討伐の任、断る理由はありません。それに――」
レオナさんが僕を一瞥する。
首を傾げる僕に小さく笑みを浮かべた彼女は、続けて言葉を発する。
「彼、ウサトとは死線を潜り抜けた間柄です。彼がいるならば、私も心置きなく勇者としての力を振るえるでしょう」
「れ、レオナさん……」
「宣誓の場で、アピールだとぅ……!?」
そう言葉にされると、普通に照れてしまう。
なぜか先輩は小さな声で悔しがっているが、僕としてもレオナさんが味方にいてくれるのは、すごく心強い。
僕を含めた四人の返答を聞き終えたロイド様は、脱力するように肩を下ろした。
「リングル王国、いや、大陸に住む人々の命運をお主達に託そう」
「「「はい!」」」
「スズネ、カズキ、ウサト。また重荷を背負わせてしまうことになり、一人の大人として情けなく思う。だが、それでも言わせてほしい。必ず……必ず、生きて帰ってきてくれ」
魔王討伐の旅、それがどれだけ困難な旅かは想像もつかない。
それでも、託されてしまったからには絶対にその使命を全うしなければならない。
必ず生きて帰ろう。
そう、ロイド様のお言葉を忘れないように心に刻んだ僕は、力強く返事を返すのであった。
●
魔王討伐の任への参加を表明した後、魔王討伐の任についての全容や、アマコの見た予知についての説明を受けた僕達は、一旦別室へと案内されることとなった。
資料や地図などが集められた部屋に並べられた椅子に腰かけた僕達は、抱えた資料をテーブルにのせたウェルシーさんに、これから向かうであろう魔王領について教えてもらっていた、
「魔王が弱っている今、できるだけ早い段階で出発することが望ましいのですが……まずは魔王領についての地理と情報について知ってもらわなくては、却って危険です」
机に大陸の地図を置いたウェルシーさんが魔王領と書かれた黒い土地を指さす。
魔物の領域を挟んで獣人の国と隣接する魔王領。
その地図をまじまじと見ながら、ウェルシーさんの説明に耳を傾ける。
「正直、魔王領は獣人の国と同じ、我々にとっては未知な土地なんです」
「誰か入った人とかはいないんですか?」
「入っていこうとした方は多くいたらしいですが、生きて戻ってきた方はほとんどいなかったそうです」
それほど過酷な土地なのか?
いや、単純に魔族側の守りが堅いということもありえそうだ。
「数少ない情報があるとすれば、魔王領は凶暴な魔物が生息していることくらいですね」
「それでは、馬をまともに走らせることも難しいのかもしれないな」
「ええ、その可能性も高いでしょう」
レオナさんの指摘に、ウェルシーさんが頷く。
馬での移動が無理だとすれば、徒歩に限定されてしまう。
荷物を運ぶ関係上、重い荷物を抱えての移動は避けたいところだけど……ブルリンなら、魔物も恐れずに移動することができるかもしれないな。
「問題は、魔王のいる場所までの道のりが分からないってことですね」
「はい。捕虜への尋問を行いはしましたが、この短い期間では有力な情報が上がっては来ません。正直、今の段階で魔王領に向かうのは非常に厳しいでしょう」
「……捕虜にした魔族に道案内をさせるわけにもいかないからね。下手をすれば、こっちが罠にかけられてしまう」
腕を組んでそう口にする先輩。
捕虜に案内役を任せても、最悪嘘の場所に連れられるか、罠にかけられ危機を招くことになる可能性が高い。
そもそも、敵対心を抱いている魔族の捕虜と共に旅をするという時点で気が休まらないどころじゃない。
「案内してくれる、魔族か」
心当たりはある。
でも、彼女を誘ってもいいのだろうか迷っている。
……いや、今僕だけが悩んでいても意味がないな。
「ウェルシーさん、僕に心当たりがあります」
「もしかすると、彼女ですか?」
「はい。でも、一日だけ待ってもらっても構いませんか?」
「それは構いませんが……大丈夫でしょうか?」
不安な面持ちのウェルシーさんに、心配いらないと返す。
彼女はもう危険な存在ではないが、人間側にとっても魔族側にとっても難しい立ち位置にいることは間違いない。
それに、彼女の過去を考えると、魔王領に行くことを拒むかもしれない。
まずは、宿舎に戻って彼女と―――フェルムと話し合おう。
修行と仲間集めを終え、ある意味でのスタート地点に立つことができましたね。
今回の更新は以上となります。