第二百十話
お待たせしました。
第二百十話です。
魔力の放出から意識する。
右腕に集めた魔力をそのまま放出するのではなく、編み込み、重ねていく。
籠手の魔力補助能力を最大限にまで活用する。
かなり集中しなくちゃいけないけれど、今までとは違った感覚に、微かな手ごたえを感じる。
「……」
一分ほどかけて編み込んだ魔力を、掌から放出させる。
魔力が手首から先を包んだことを感じ取り、目を開ける。
開けた視界には、いつもと変わらない、緑色の魔力に覆われた右手がある。
「……見た目は普通ですね」
「うーむ、そうだね」
先輩、カズキ、レオナさんの視線が、魔力を纏った手に集まる。
見た目はなんの変哲もないけど、試しに触ってみるか。
左手で右手の魔力に触れてみると、プヨッ、と擬音が聞こえそうな弾力が返ってきた。
「い、いけてるぞ! ウサト!」
「せ、成功してる? これ、成功してるの!? プヨってしてるけど!?」
喜ぶカズキに焦っていると、掌の魔力は一瞬にして霧散してしまう。
空気中に消え去った魔力に僕とカズキが呆けていると、先輩が難しそうな顔で話しかけてくる。
「どうやら、気を抜いたら解けてしまうようだね。いや、もしかすると、単純に持続時間が短いのかもしれない」
「つまり……?」
「練習あるのみってことだね」
やっぱり、そうなるかぁ。
発動させるまでには慣れが必要だし、依然として、実戦には程遠いな。
「しかし、さすがだな。一度目でほぼ成功させるなんて」
「レオナさんの解説があってこそですよ。僕にも分かるくらいに分かりやすかったですし」
「そ、そうか? そう言ってくれるなら、参加した甲斐があったよ」
ミアラークの時もそうだったけれど、まだまだレオナさんには教えられてばっかりだな。
さて、レオナさんのおかげで切っ掛けを掴むことができたし、後は今まで通り、それができるまで、数をこなしていけばいいな。
幸い、系統強化の時のようにいちいち自分の手を傷つけなくてもいいし、気持ち的には楽だ。
「早速、弾力付与を試してみたいと思います」
「お、早速、使ってくれているね。弾力付与」
「名前がないと、不便ですからね」
なにより分かりやすいし、いちいち魔力に弾力を~なんていうのは面倒だ。
やけに嬉しそうにしている先輩に苦笑しながら、掌に弾力付与させた魔力を纏わせる。
できるだけ、集中を途切れさせないようにし、手刀の形にさせた籠手を前に構える。
「……思ったんだけど、ウサト君はそれをどういう風に使うつもりなのかな?」
「先輩っ、今、ウサトが集中しているんですから……」
「ふむ、それは私も気になるな……」
目の前の空間を注視し、敵の姿をイメージする。
イメージするのは、敵として最も印象の深い魔族、コーガの姿。
黒い仮面を被った奴が、その爪をこちらへ振り下ろそうとしているところに、弾力付与の施された籠手を払うように当てる。
「ふっ……!」
力をいれずに、弾力付与の魔力で弾くように右腕を動かす。
治癒加速拳が僕の動きに変化を加える技術なら、弾力付与は僕の動きから無駄を省く技術だ。
最小限の魔力、動きで相手の攻撃を弾いていく、魔力消費の激しい系統強化の暴発に代わる、魔力温存のための戦い方。
弾力により強制的に大きく腕が弾かれた隙を狙い、その無防備な懐に―――踏み込みと共に繰り出した左拳を突き出す。
「……」
所詮、イメージはイメージだ。
こうなるのが理想的なんだけど、今のままこうはうまくいかない。
……今の一連の動きだって傍から見たら訳の分からないものに違いない。
三人に変な目で見られたらどうしよう。
そう不安に思いながら弾けてしまった右手の魔力を払い、三人へと振り向く。
「右手の籠手で強制的に相手をのけぞらせて、空いた左拳でズドンか」
「さらに接近戦に強くなったな。ウサト」
「敵からしたら、相手にしたくない類の技術だな……」
「あれぇ!?」
皆、洞察力が高すぎじゃない!?
説明するまでもなく、技の全容を把握されてしまった。
あまりの理解力に、頬を引き攣らせる。
「ともかく。思ったより早く訓練の目的が達成されちゃったな。後は、それぞれの伸ばしたいところを練習していくか?」
「そうだね。魔王軍との戦いで、私も不足している部分も自覚できたし、そうしようか」
カズキの言葉に頷いた先輩。
さすがに僕だけのために訓練の時間を潰してほしくないと思っていたので、僕も同意する。
すると、先輩は話の行く先を見守っていたレオナさんの方へと振り向いた。
「レオナさん。私に系統強化について、教えてくれないかな?」
「ん? ああ、構わないぞ。しかし、危険が伴うが、それでも構わないか?」
「危険は承知の上さ! 今後、魔王軍と戦っていくには、系統強化のような技が必要だからね!」
強い意志の籠った目で握りこぶしを作る先輩。
彼女の熱意に、レオナさんもやる気になっているようだけど……僕には分かるぞ。
「本音は?」
「私も二人みたいな必殺技使いたい! ……ハッ!?」
ボソッと呟くくらいの声で話しかけると、すぐにボロが出てしまった。
ハッとした顔をする先輩だが、それを聞いたレオナさんは、やや引いている。
「いや、私だけ系統強化を会得してないとか、先輩としての面目が丸つぶれだよ! というより、危険だから練習しないでって言われてたのに、カズキ君が影で練習してたし、ずるくない!?」
「そこで俺に飛び火しますか!?」
まさか話が回ってくるとは思っていなかったのか、にこにこと僕達のやり取りを見守っていたカズキが驚く。
しかし、カズキに矛先が向けられたのは一瞬で、先輩の視線はすぐに僕へ向けられる。
「そもそも、ウサト君が先に覚えてたのがずるい!」
「いえ、僕はなんの前知識もなしで、自力で魔力を暴発させて気付いただけです」
「初耳!? どういった状況でそうなったの!?」
オルガさんの診療所で、治癒魔法の色を濃くしようとした時だな。
いやぁ、思えばあの時が今の戦い方になる切っ掛けだったのかもしれないなぁ。
「ちょっと待て、ウサト。君は今なんと……? 自力で暴発させた? 君は系統強化を知らない状態で、何をしようとしたんだ……?」
しまった、墓穴を掘った……!
怪しむような眼で僕を見るレオナさんに、笑って誤魔化しながら、話題を変えようと試みる。
「か、カズキ! 先輩とレオナさんは系統強化の訓練をするらしいから、僕達でなにかやらないかな!?」
「お、おう。あ、それなら剣の訓練に付き合ってくれるか? コーガとの戦いで、近接での戦いでの力不足を感じたからさ」
カズキの言葉に頷いた僕は、彼を急かしながら、訓練へと取り掛かるのであった。
●
訓練は夕暮れ前ぐらいに切り上げることになった。
あの後は、訓練相手を交代しながら、それぞれの訓練をすることになったが、先輩との系統強化の訓練が、驚きの連続であった。
驚いたというのは、先輩が系統強化の習得に苦労したとか、そういう話ではなく、その逆で、ありえないくらいの速さで、系統強化を会得しつつあったことだ。
レオナさんの教えが巧かったのか、先輩が天才肌だったのかは分からないけれど、それを含めても、驚いた。
「ふんふーん」
「上機嫌ですね。先輩」
「私もようやく系統強化を会得したからね。そりゃ嬉しくもなるさ」
城からの帰り道、上機嫌な先輩につられて笑みを浮かべる。
なぜか「途中まで送っていくよ!」と言ってついてきた先輩。特に疑問に思わず了承したけれど、何か話したいことでもあったのだろうか?
「ま、それを含めても、今の私には系統強化は必要な技術だったってこともあるけどね」
「……?」
「アーミラとの戦いで、ただ速いだけでは、一定の実力者には通じないってことが分かってね。私にとっての必殺技が必要だって思ったんだ」
「やっぱり、アーミラは、強かったんですか?」
僕も顔を合わせたのは二度くらいしかない。
強いとは分かってはいても、その実力は知らない。
「凄まじい相手だったよ。経験、剣技、魔法、そのどれをとっても、私を上回っていた。私が勝てたのは、ファルガ様の武具の力のおかげだろう。……そういう意味では、私はまた君に助けられてしまったといってもいいな」
「いえ、そんなことは……」
「君がいなければ、私はこの場にはいない。最初の戦いの時も、二度目の戦いの時も同じさ」
そう言って、先輩は、手首に巻かれているリボンへと目を向ける。
彼女は左手でそれに触れて、呟くように言葉を口にする。
「私は、まだまだ弱い。だから、もっと……もっと強くならなくてはいけない」
その言葉にどれほどの意味が込められたのかは、隣を歩いている僕には分からなかった。
この時、僕の脳裏に、かつて、サマリアールで見させられた先代勇者の姿がよぎった。
暴虐を尽くす邪龍と、たった一人で戦っていた先代勇者。
圧倒的な力と、孤独な背中。
『ねえ、誰が悪いの? 王様? 怖いドラゴンさん? それとも……勇者様?』
魔術師の操る魔術により、サマリアールに縛り付けられていた魂の一つ、名もなき少女の言葉を思い出す。
助けようとした人々にすら恐れられる力。
……先輩には、ああなってほしくはない。
「なら、僕も先輩に負けないくらい鍛えなきゃなりませんね」
「え、どうしてそうなるの?」
突然の僕の言葉に先輩は、きょとんとした顔になる。
「だって、先輩を放っておいたら、変なことになりかねないですし」
「変!? 私への信頼なくないかな!?」
沈んだ空気が明るくなってきたことを感じながら、僕は肩を竦める。
「さっき思いつめながら、強くならなきゃとか修羅堕ちフラグみたいなこと呟いてた人がなに言ってるんですか」
「私、真面目だったんですけど! アイニードモアパワーしてたんだけど!」
「あ、そういうの似合わないので、普通に困ります」
「君はシリアスな私はお気に召さないと申すかぁ!」
お気に召すとか、訳が分からないんですけど。
でも暗い先輩はらしくないとは思う。
食い気味に突っかかってくる先輩を受け流しつつ、僕は口を開く。
「先代勇者のように、一人で戦わせませんよ。貴女には、僕達がついているんですから」
「!」
多分、先代勇者の隣にも、誰かがいたんだと思う。
彼について記された『勇者の手記』の持ち主が、その“誰か”だと思うけれど、その人は先代勇者を一人で戦わせていたことを、ひたすらに後悔していた。
たった一人で戦ってしまった先代勇者は、信じていた人々、守っていたはずの人々からも裏切られ、彼自身も誰も信じることができなくなり、孤独になってしまった。
それがどれほど辛いことなのか、僕には想像できない。
でも、そういう思いを、先輩にも、カズキにもしてほしくはない。
「一緒に強くなって、力を合わせて立ち向かっていきましょう」
「……うん。ありがとう、ウサト君」
明るく笑ってくれる先輩に一安心しながら、暗くなりかけた街中を歩いていく。
すると、左側を歩いていた先輩が、何かに気付いたのか、僕の右手を指さした。
「……あれ? ウサト君、籠手をつけたままだよ?」
「え? あ、本当ですね」
右腕を見れば、たしかに、ファルガ様の籠手を展開したままだった。
訓練終わりにしまったはずだけど、無意識に出してしまったか、そもそもしまっていなかったのかな?
とりあえず、籠手を腕輪の形に戻しておく。
「……たしかに、戻してたはずなんですけどね……」
「私もあまり気にしていなかったから、今まで気付かなかったよ」
今日は色々なことがあったから、疲れているのかな?
まあ、それほど気にすることでもないだろう。
そう軽く考えた僕は、一度右手の腕輪に視線を向けた後、再び前へと向き直るのであった。
――果たして、なにが“彼”を見ていたのか。
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