第二百八話
お待たせしました。
第二百八話です。
気絶から目覚めた翌日。
早朝、アマコを家に送った後、ネアと共に城へと向かっていた。
先輩とカズキには事前に城に向かうと知らせているので、入れないということはないと思うけど、状況が状況なので、邪魔になるようだったら迷惑をかける前に帰るつもりだ。
「アルクさんはいるのかな……」
「どうかしらね。まだ戦場にいるのかもしれないけど」
城門にまでたどり着くと、守衛の騎士さん達がおり、その中に見知った赤色の髪の男性の姿を見つける。
彼は城門に近づく僕達の姿に気付くと、笑顔を浮かべ手を振ってきた。
「ウサト殿ぉー!」
「アルクさん!」
小走りで駆け寄り、近くでアルクさんの安否を確認する。
彼は頭や腕に包帯を巻いてはいたが、それ以外には怪我をしている様子はない。
多分、多少の怪我を押してここに戻ってきたのだろう。
僕が治癒魔法を纏わせた手を差し出すと、彼は苦笑しながらそれに応じる。
「ありがとうございます」
「いえいえ、アルクさんが無事でよかったです」
「ウサト殿も、壮健そうで何よりです。昨日、お目覚めになったと聞いていますよ?」
先輩とカズキから聞いたのかな?
アルクさんの言葉に頷くと、フクロウの状態のネアが呆れながら肩を竦めた。
「昨日、ようやくね。その間は、呑気な顔してずっと寝てたのよ? 全く、戦場でいきなりぶっ倒れた時は、どれだけ心配させられたか……」
「ははは、あれだけの活躍をしたんですから。疲れるのも仕方がないですよ」
「倒れ方の問題でしょ。前触れもなく白目向いて倒れるって、本当に心臓に悪いから……」
「え、僕ってそんな倒れ方したの?」
ぶっ倒れたことは覚えてはいたが、そんな壮絶な気絶をしたのか。
なんというか、前触れもなく目の前が真っ暗になったようなものだったから、周りからどう見えていたかは考えもしなかったな。
「周りにいた人たちは、そりゃもう大慌てよ。その場にいた騎士全員が、ウサトを担いでウルル達のいる拠点に運んだら、当の本人はやり切ったような顔して、爆睡してただけだったという」
「その時、私もその場にいましたが凄かったですね。カズキ殿やスズネ殿など、多くの人が駆けつけていましたからね」
僕が気絶しただけで、そんな多方面に心配をかけるだなんて思いもしなかったんですけど。
いや、紛らわしい倒れ方をした僕も悪いのだけど。
「アルクさんは、いつここに戻ってきたんですか?」
「昨日ですね。騎士も怪我で動けない者が多く、ここの戦力が手薄になってしまうので、私を含めた動ける騎士のみがここに戻ってきたんです」
「そうだったんですか……。怪我をしている人がいるなら、治しましょうか?」
そう提案すると、アルクさんは首を横に振った。
「いえ、そこまでお手間を取らせる訳にもいきません。戦場で既に救命団の皆さんの治療を受けていますし、ウサト殿も病み上がりでしょう?」
「病み上がりといえば、病み上がりですけど……」
朝、思いっきりナックとフェルムと朝の訓練がてら走り回ってしまった。
微妙な表情をする僕に、アルクさんは続けて言葉を発した。
「なら、無理はなさらないでください。多分、貴方が思っている以上に、貴方の心は弱っているでしょうから。これを機に十分な休息を取り、体と心を休めてください」
そんな自覚はなかったけれど、共に旅をしてきたアルクさんが言うなら、そうなのかもしれないな。
アルクさんの言葉に頷くと、彼は僕の肩にいるネアへ視線を向け話しかける。
「ネア、ウサト殿のことを頼みますよ?」
「ええ、任せなさい」
アルクさんの言葉に、ネアは自信に満ちた表情で頷く。
……ん? アルクさん。なぜにネアが、僕の保護者みたいな扱いを……?
「さて、そろそろ私も職務に戻らないといけませんね」
「すみません。お邪魔してしまって」
「いえいえ、むしろこうして無事に再会できて嬉しく思います」
その後、二言ほど言葉を交わした後に、別れようとすると城の方から二つの人影が現れる。
「おーい! ウサトー!」
「カズキと……フラナさんか。彼女もここに帰ってきたんだな」
守衛の誰かが伝えてくれたのか、どうやら迎えにきてくれたようだ。
アルクさんと、近くにいる守衛の皆さんにお辞儀をした後、二人と合流し、城へと足を踏み入れる。
「戦場で会って以来だね。あの時は助けてくれてありがとね」
「君も元気そうでよかったよ」
第三軍団長との戦いは、他の軍団長とは違ったものだったな……。
でも、第三軍団長を無力化できたのは、本当によかった。
あのまま僕を無視して空を飛んで逃げられてしまったら、さすがに追いかけられなかったからな。
「カズキ。今はどこに向かっているの?」
「訓練場方面だな。レオナさんは、今そこにいるらしいから」
「訓練場か……。そういえば、先輩は?」
先輩の姿が見えないことに今更ながらに気付き、カズキに尋ねてみる。
「ああ、今日はあの戦争で得た敵方の情報とかをまとめるらしいんだ。俺達はこの後だから、その前にウサトを迎えに出たってわけ」
「そうなんだ……」
それじゃ、僕にも報告の話は回ってくるのかな?
その時は多分、アルフィさんあたりが担当してくれると思うけど。
「うーん」
「ん? フラナさん、どうしたの?」
カズキの隣から僕の眺めているフラナさんに首を傾げる。
何か顔についてたのかな?
「……ウサトってさ、戦いの時と普通の時の、雰囲気が全然違うよね」
「まあ、それは……自覚してる。というより、最近自覚するようにした」
いつまでもとぼけていると、アマコに怒られるからね……。
しかし、なんと言われようとも僕は、人間であることには変わらないのだ。
誰が何と言おうとも、そこは絶対に譲らん。
「確かに、戦いの時になったウサトは、これ以上なく頼もしいな。うん」
「時折、カズキの純粋さが怖くなるよ……」
「頼もしいのは分かるけれど。言動が常軌を逸しているのがねぇ」
うんうん、と頷いているカズキにやや引いた反応を見せるネアとフラナさん。
僕としては、頼もしいと言われて嬉しくはあるけども、少しむず痒いな。
「でも戦っている相手からしたら、ウサトって物凄く怖いだろうね」
「そうかな?」
「実際、一時的ではあるけど捕獲した第三軍団長と、部下の怯え方は普通じゃなかったし。今聞くけど、あの時は一体何をしたの?」
「それは僕が知りたいんだよね……。いや、本当に」
自分の幻影魔法が効かずに混乱していたってのは分かるけど、いきなり自分の足にナイフを突き刺そうとしたり、何もしていないのに突然謝り始めたり。
挙句の果てに、悪魔扱いとかどうなっているんだ。
なぜに僕の主食が魂にされなきゃならんのだ。
ま、諸々の原因については、大体の察しはついているんだけどね。
「後で、宿舎にいるフェルムとネアに聞き出してみるよ。……きっと、何をしたか知っているはずだからね?」
「ヒェ!?」
会話に混ざらないように、物言わぬフクロウと化していたネアに、笑顔を向ける。
気絶していたせいで忘れていたけれど、しっかりと聞きださないとね。
顔を青くしたネアから、前を向くと、ふとアマコの予知のことを思い出した。
「……」
そういえば、カズキとフラナさんはアマコの予知について聞いているのかな?
……いや、ここで話すべきじゃないだろうな。
どこに人の目があるか分からないし、そもそもロイド様から予知のことについて知らされていないかもしれない。
下手に混乱させるくらいなら、口に出さない方がいいだろう。
「ウサト、どうかしたか?」
「……ううん、なんでもないよ」
「? まあ、何もないならそれでいいけど……そろそろ訓練場だな」
カズキの声に前を向くと、僕もいつも利用している城の訓練場が見える。
その場所で、槍の素振りをしている女性の姿を見つける。
「フッ!」
綺麗な金色の髪を後ろで一つに結っている女性、レオナさんだ。
彼女は、勇者の武具である槍を持ち、薙ぎ、払い、突き、それを一切の乱れもなく、流れるように繰り出していた。
ミアラークで手合わせをした時以上に洗練された動きに、フラナさんはやや浮ついた声を零した。
「レオナさんってかっこいい人だよね。ちょっと憧れちゃうかも」
その気持ちはすごく分かる。
バルジナクとの戦いで駆け付けてくれた時は、本当にカッコよかった。
訓練場の近くにまで到着すると、足を止めたカズキがこちらへと向き直った。
「さて、俺達は報告に向かうとするよ」
「うん。ここまでありがとね、カズキ。」
……あ、そうだ。
ここでカズキと別れる前に、魔力に弾力をつける方法を教えてもらえないか聞かなくては。
「今、カズキと同じように魔力に弾力を持たせられないか考えているんだけど、コツとかあったら教えてもらってもいいかな? 勿論、時間があったらでいいんだけど」
「ウサトが魔力に弾力を? ……なるほど、全然構わないぞ!」
笑顔で頷いてくれたカズキに僕ももう一度お礼を言う。
他ならないカズキに教えてもらえるなら、鬼に金棒だな、うん。
「時間なら、今日の午後はどうだ?」
「うん。その時間なら僕も大丈夫だよ」
「……大丈夫というより、基本訓練しかしてないしね」
小声でそう呟いたネアに、図星を突かれながらも頷く。
「それじゃ、午後に訓練場に集合ってことで、それじゃウサト! ネア! またな!」
「うん、またね、カズキ」
「案内ありがとねー」
軽く、訓練をする日程とかを相談した後に、カズキとフラナさんと別れた僕とネアは、そのまま訓練場の方へと足を運ぶ。
訓練場には、未だに槍を振るい続けているレオナさんがいるが、さすがに訓練の邪魔をするわけにはいかないので、訓練場の端で一段落つくまで待っていることにした。
「槍を持っている人と戦ったことはあるけど……レオナさんの槍の動きは、それとは違う感じがするな」
なんというか、攻撃に芯が通っているような感じだ。
突き、薙ぎ、払い、それをただ繰り返しているだけなのに、その動きに淀みがなく隙がない。
「槍術は基本を突き詰めれば、他の技は必要ない……って話をいつか、聞いたことがあるわね」
「え、誰から?」
「百年くらい前に操った、どこぞの槍使いから」
「君というやつは……」
「正直、私も言っている意味がよく分からなかったから、すぐに解放しちゃったけどね」
あっけらかんとしているネアに、思わずため息を零してしまう。
そんなやり取りを交わしていると、槍での訓練をしていたレオナさんが、僕達に気付いた。
「ウ、ウサト!? い、いいいいたのか!?」
「そ、そんなに驚くことですか……?」
先ほどまでの凛々しい顔つきを、驚きの表情に変えるレオナさん。
彼女は、動揺しつつもこちらへ歩み寄ると、困ったような笑顔を浮かべた。
「君も人が悪いな。いるなら声をかけてくれればいいのに」
「いえ、さすがに邪魔をするのも悪いと思いまして……。今、話せますか?」
「勿論さ。君と話したいことがあったからな」
手に持っている槍を光と共に、ペンダントに変えたレオナさん。
とりあえず、落ち着いて話すべく近くの原っぱに腰を下ろす。
「ネア、君も元気そうでよかった」
「貴女も前よりも、勇者らしくなったわね」
「そ、そうだろうか?」
ネアの言葉に、レオナさんはやや照れた様子を見せる。
……今のうちにお礼を言わなくちゃな。
「レオナさん。改めて、助けにきてくれてありがとうございます」
「礼には及ばないよ。戦いの時にも言ったが、私も君への恩を返しにきたんだ。むしろ、これだけしてもまだ返しきれないくらいさ」
「で、でも――」
「しかしだ」
僕の声を遮ったレオナさんは、人差し指を立てた。
「君の性格を考えると、それで納得はしなさそうなので、ここはお相子ということにしないか? 私も、君に救われた身だからな」
「その言い方はちょっとずるいです……」
面を食らう僕を見て、彼女はおかしそうに笑った。
やっぱり、顔で分かってしまうのだろうか? うーむ、考えを読まれてしまう。
「フフ、私は君の年相応な反応が見れて嬉しいよ」
「えぇ……」
まるで普段の僕が年相応じゃないみたいな言い方だ……。
若干照れながら、視線を逸らしていると肩のネアがレオナさんに同意するように頷いた。
「普段の行いからして、子供かと思うくらいに手がかかるけど、貴方も十七歳なのよね」
「約三〇〇歳の君が言うと説得力あるね」
「フッ、吸血鬼基準で、私は貴方と同い年よ」
「……え?」
なにそれ初耳。
いや、基準ってだけで僕より年上には変わりないけど、吸血鬼ってそんな寿命あるんだ。
今まで気にしていなかった事実に驚愕しつつ、落ち着きを取り戻した僕は、再びレオナさんの方を向く。
「レオナさんは、戦いが終わった後にリングル王国に?」
「ああ、戦いへ赴く前に、ファルガ様にリングル王国に待機するように命じられていたんだ」
「なるほど……」
ミアラークの現状からして、レオナさんはすぐに帰らなくてはいけないと思い込んでいたけど、ファルガ様も何か考えがあって、そう命じたのかもしれないな。
「今は、ミアラークにいるノルン様、ファルガ様と、リングル王国の王、ロイド様と、フーバードを介しての情報交換を行い、話し合いを行っている」
「話し合いというと、戦後の対策のようなものですか?」
「その内容自体は私も知らされてはいないが、少しばかり違うらしい」
もしかしたら、アマコの予知にあった魔王討伐の旅についての話し合いなのかもしれないな。
それなら、秘匿されている存在であるファルガ様を交えて、話し合いを行っていることに説明がつく。
「君は、大体の察しはついているようだな」
「……すみません。今は……」
「分かっている。無用な混乱を避けるためだろう?」
僕って本当に顔に出てしまうのだろうか?
レオナさんは、自身の頬を触りながら首を傾げている僕から、訓練場の方へと視線を変える。
「戦いの後だというのに、落ち着かないな……」
「そうですね。多分、心のどこかで安心するべきじゃないって、思い込んでいるからかもしれません」
彼女に同意するように頷き、掌に魔力を浮かばせる。
まだまだ波乱が終わっていない、そう思っているからこそ僕は自分の弱さを補える技を身に着けようとしていた。
掌に浮かべている魔力に興味を持ったのか、レオナさんが質問をしてくる。
「ウサト、それはなんだ? 前にいっていた系統強化を暴発させるものとも違うみたいだが」
「ああ、これは――」
魔力に弾力を持たせるために練習していることを、説明する。
それを聞いたレオナさんは、どこか慄いたような反応を見せた。
「ま、また君はおかしな方向に成長しようとしているんだな……。今度は危険のない方向性で安心したが……」
「ははは……」
「魔力に弾力か。炎や雷のような属性とは違う、不定形の魔力だからこそできる技。私の魔法の特性上、行うのは不可能ではあるが……興味深いな」
レオナさんは、顎に指を当てながらそう呟く。
「それは、可能なのか?」
「ファルガ様の籠手を用いればですが。できるかどうかは、試してみないと分かりませんね」
例え、不可能でも何かを掴めればそれでいい。
ぶっちゃけ弾力ってほどじゃない硬さでも、手加減用の治癒グローブとして扱えるし。
「それに今度、カズキ……魔力に弾力を持たせることのできる勇者に、訓練を見てもらえるんですよ」
「そうなのか?」
「ええ。今日の午後にやる予定なんです」
多分、先輩も来てくれるだろうから、訓練抜きにしても楽しみではある。
訓練の話を聞いて、思案する様子をみせていたレオナさんが、顔を上げる。
「その訓練、私も参加してみてもいいだろうか?」
「……え!?」
突然の申し出に驚いてしまった。
驚く僕を見て、彼女はやや不安そうな表情を見せる。
「……す、すまない。迷惑なら――」
「い、いえ! 願ってもない申し出です! でも……いいんですか? レオナさん、忙しいんじゃ……」
「いや、立場上、他国の会議に口を出せるわけでもなくてな。ファルガ様とノルン様から次の命が来るまで、時間を持て余しているんだ」
そういうことなら……。
「それじゃあ、レオナさんも午後の訓練に参加ってことで」
「君の力になれるかどうかは分からないが、そうなれるように頑張ってみるよ」
でも、勇者三人と一緒に訓練をするなんて、我ながら贅沢な話だ。
三人にがっかりされないように、今日は何かしら掴めるように頑張らなくちゃな。
「それはそうと、リングル王国はどうですか?」
「初めてきた場所だが、いい場所だと思う。ミアラークと違って木々に囲まれていて……なんというべきか、落ち着く場所だな」
ミアラークは湖に囲まれた都市だから、リングル王国と比べると何もかも違って見えてくるのだろう。 ……午後にまでは、まだ時間があるか。
「まだ時間もあることですし、街の方を案内しましょうか? アマコにも会わせたいですし」
「む、いいのか?」
「以前、ミアラークを案内してもらいましたし。そのお返しですよ」
「そういうことなら、君の厚意に甘えさせてもらおうかな」
そのまま立ち上がり、城門へ向かって歩きはじめる。
戦争のせいとはいえ、折角リングル王国に来てくれたんだ。
少しでもここの良いところを知ってもらおう。
「まず、ここの良いところはですね。僕がブルリンを背負って走っても驚かれないところですねっ」
「……リングル王国の民は強かなんだなぁ」
「慣れてるものね。多分、他の王国の人達より肝が据わってると思うわよ?」
んん? なんか僕の予想していた反応と違う?
やや引いた様子のレオナさんに、首を傾げながらも僕達は街へと繰り出すのであった。
よく考えると、勇者三人に訓練を見てもらうって結構贅沢(?)ですね。
今回の更新はこれで終わりとなります。
※来月、二月二十六日にてコミカライズ版『治癒魔法の間違った使い方』の第四巻が、角川コミックス・エース様より発売されることとなりました。
詳細については、時期を見て活動報告を書かせていただきます。