第二百七話
お待たせしました。
今回は二話ほど更新いたします。
先輩とカズキが城へ帰った後、救命団の宿舎にいるのは救命団員である僕、ナック、ネア、フェルム、それとアマコであった。
日も落ち外が暗くなってきた頃、夕食を食べ終えた僕は、食堂の椅子に座り、カズキに見せてもらった弾力を持つ魔力を作る練習を行っていた。
練習と言っても、そこまで大袈裟なものではなく掌に浮かばせた魔力の密度を操作したりするという中々に地味なものだ。
そんな練習をネアの協力の元、行っていたわけだが――、
「駄目ね。貴方じゃ無理よ」
「始まって五分も経ってないんだけど」
始まって少ししたら、思いっきりダメ出しを食らってしまった。
僕の右手を包む魔力は、ただ揺らめくばかりで一向に変化する気配がない。
「というより、貴方じゃなくても無理。少し見て分かったけど、カズキの魔力操作は練習云々で習得できるものじゃないわ」
「……魔力操作、か」
「そもそも、光という形のない魔力の硬度を操れる時点で、私達とは異なった感覚を用いて魔力を扱っているはずよ」
以前、カズキは手を扱うような自然な動作で魔力を扱う、と言っていた。
つまり、カズキにとって魔力は自身が普段動かしている手と変わらない認識ということになる。
言葉で表現するのは簡単だが、実行するのは難しいってレベルじゃない。
「でもね。貴方だけの力じゃ無理だけれど、その籠手を使えば分からないわよ?」
ネアが指さしたのは、僕の右腕にある腕輪。
ファルガ様からいただいた、元は勇者の刀だった籠手。
「その籠手は、バカみたいな硬度以外に魔力を補助する能力があるはずよ。その能力を利用すれば、魔力に弾力を持たせるのも不可能じゃない」
「なら、練習するときはこの籠手を使えばいいってことだな?」
「そういうこと。ま、それでも簡単じゃないと思うけれど」
ということは、この技術を習得しても右腕でしか弾力を持つ魔力を扱うことができないって訳か。
「……いや、待てよ」
「? どうしたのよ?」
籠手で作り出した魔力弾を体を通して移動させるってのはどうだろうか?
以前、初めてルクヴィスを訪れた時、僕はハルファさんとの模擬戦を行った。
その時、ハルファさんの“魔力の揺らぎで動きを先読みする”魔視を確かめるために、腕から足への魔力の移動を試みた。
あの時は、特に意識はしていなかったけれど……もしかするなら、その技術を生かせるかもしれない。
「そうと決まれば、これも練習してみるか」
「えぇ、また何かするの? 魔力に弾力を持たせる話だけでも現実味のない話なんだけど……」
「いや、これはそれほど難しくないものだよ」
ネアの前に掌を広げ、人差し指に魔力を灯す。
それを見て不思議そうに首を傾げたネアに、人差し指から中指に掌を経由して魔力を移動させるのを見せる。
「へぇ、器用ねぇ」
「これをなるべく速く、素早く行えるようにする。これが上達すればするほど、魔力の流れが洗練されるだろうし、治癒魔法の効率も上がると思う……多分」
自信なさげにそう言うと、ネアは物珍しそうに指から指へと移動する魔力を眺める。
「私も、フクロウの姿で貴方の肩にいるときは、同じようなやり方で魔術を流しているのよ?」
「え、そうなの?」
思えば、ネアから僕の体を通して腕や足などに、魔術を送り込んでいるのだから、原理は同じなのは当然だった。
「逆に、貴方がそんな基本を身に付けていることに驚いたぐらいよ」
「……基本なの、これ?」
「知らなかったの?」
「魔力の扱いは、走りながら覚えたようなものだから……」
「そ、そう……」
いや、今思うと相当な習得方法だと思う。
結果的には治癒魔法のおかげで、あの言葉で表すことも恐ろしい訓練を乗り越えることはできたが。
「大抵の魔法使いは、自身の中心から魔法を発する手に魔力を流し込むだけで事足りるから、あまり鍛えようとは思わないけど……貴方に関しては、効果的な訓練かもしれないわね」
「魔力を腕から足に、とかはできるけれど最終的には、頭で考えた瞬間に移動し終えているくらいがいいんだよな……」
「これに関しては時間はかからないでしょ。見たところ、指から指への魔力移動もすごくスムーズにできてるし」
人差し指から親指へ、親指から小指へと魔力を移動させていると、ネアがそう言ってくれる。
「とりあえず……この“魔力回し”も並行して練習するよ」
「あまり根を詰めすぎないようにね? そうさせないために、私が見ているようなものだけど」
「て、手がつけられない子供か。僕は」
「それより性質が悪いでしょ。あー、本当に目が離せないわー」
頬を引き攣らせる僕に、ネアはやれやれとため息をつきながら、テーブルに肘をついた。
そのまま頬杖をついて、僕の目を真っすぐに見つめる。
「私は、貴方の使い魔だからね。戦いが終わった後も、今まで通りに付き纏ってあげるから」
「……はは、僕が元の世界に帰ることになったらどうするんだ?」
自分でそう言葉にした瞬間、すぐに後悔した。
元の世界に帰る方法は見つかっていないけれど、もし帰れるとしたらそれは、この世界の人々との別れを意味するからだ。
口に出してから動揺する僕を見て、特に驚くことなく、それどころか笑みを浮かべた彼女は僕に人差し指を突き付けた。
「貴方についていくに決まってるじゃない。私が探し求める未知がある限り、どこまでもついていくわよ」
自信に満ち溢れたその言葉が嘘ではないのは、すぐに理解できた。
だからこそ、僕は呆気に取られながらも、無意識に笑みがこみ上げてしまう。
「……君なら本当についてきそうだね」
「言ったじゃない。一生付き纏ってやるって」
確かに、無理やり使い魔契約をさせられた時も、そんなことを言っていたな。
それほどでもないのに、あの邪龍の一件から随分と時間が経った気がする。
少し前のことを思い出しながら、ネアとそんなやり取りを交わしていると、調理場からアマコが出てきた。
「ウサトも大変だね。ネアに取り憑かれちゃってね」
「聞いてたのか?」
「うん、少しだけど」
「ちょっとー、大変ってどういうことよー」
ネアの声を聞き流しながら、エプロンをテーブルにかけたアマコは、テーブルを挟んだ向かいの席に腰を下ろした。
「ウサト。ナックとフェルムは?」
「ナックは、先に部屋に戻ったよ。フェルムは……」
「日課の日記でもつけてるんでしょ。あの子、結構マメだから」
今でも日記をつけてくれてたのか……。
僕がオススメしたとはいえ、まだ続けてくれていることに嬉しくなる。
まあ、書かれているのは僕に対しての愚痴とかだろうけれど、それでも良いことには違いない。
「それじゃあ、アマコ。……話ってのを聞かせてくれるかな?」
「……うん」
アマコが僕に話したいこと。
急ぐようなものではないのは察したが、思い悩む彼女の表情を見る限り、複雑なもののようだ。
「予知を見たの」
「……僕が寝ている間に?」
「うん」
それならこの表情に納得がいく。
しかし、どうやら今の彼女を悩ませているのは、それだけではないようだ。
「途中まではいつもの予知と変わらなかったけれど……少し違っていたの」
「違う……?」
首を傾げる僕とネアにアマコは自身が見た予知について話し始めた。
旅に出る僕と先輩達。
魔王領と勇者の過去―――そして、先代勇者の刀の一振り。
それと、予知魔法で見ている景色の中から直接アマコに語り掛けてきた謎の女性。
……予知の最初の部分を聞く限り、これから何が起こるかは予想できたな。
「んー、アマコと同じキツネの獣人で、刀を持っていた、ね。その人に会ったことはないんだね?」
「名乗りもしなかったし、ほとんど言葉を交わさないまま消えちゃった」
獣人、刀、予知魔法。
それに、アマコの母親、カノコさんに似ている。
分かる情報はそれくらいだな。
「予知については城の人には話したのか?」
「うん」
「予知夢に出てきた獣人の女については、どう?」
ネアの言葉にアマコは首を横に振る。
まあ、予知魔法の一環で見たとしても、獣人の女性は非常に不確定な情報だ。
下手をすれば、アマコが見た予知自体が偽りっていう可能性もある。
「だから、ウサトに相談したかったの。あの女の人、“彼”を通じて私を見ていたって訳の分からないことをいっていたから、それがもしかしたら、ウサトなんじゃないかって……」
「僕? なんで僕?」
話を聞いただけじゃ、僕が関わっているようには思えないのだけど。
その“彼”っていうのは、何かしらを通してみていたっていうし、間違いなくそれには僕は関係ないはずだ。
首を傾げる僕に、アマコは気まずそうに視線を斜めに下げる。
「だって、ウサトだし……」
「あー……」
「君達。まずは、僕が常に厄介ごとに巻き込まれているという認識を改めようか?」
なぜかネアにさえも同意されてしまったので、さすがに否定しておく。
「僕、こう見えても別の世界の出身だからね? 縁もこの世界に来てからのものしかないからね?」
全く、濡れ衣も甚だしいぜ。
いくら往く先々で先代勇者関連の事件に巻き込まれている僕にだって、さすがに身に覚えのないことだ。
「そもそも僕を通して何かを見るなんてそれこそ無理だ。ファルガ様のように魔術を使える人が見ていたってことの方がまだ信じられるよ」
「……まあ、言ってみただけ」
そうは言うが、君の疑わしい視線は変わらないのだけど?
どれだけ、厄介ごとの渦中にいると思われているのだろうか?
今までのことを考えると無理もないけどさ。
「とにかく、予知の内容からして、近いうちに僕達に声がかかるのは間違いない。アマコも、旅をしている予知の中にいたんだよね?」
「うん。でも、スズネとカズキ以外のメンバーは分からなかった」
……これは考えてもしょうがないか。
多分、その予知はすぐに現実になるだろうし、その日まで僕達はいつも通りに過ごしていけばいい。
予知の話は一旦終わらせて、次に明日のことについて話す。
「明日は城にいるレオナさんに会いにいこうと思っているけど、アマコも行く?」
「本当は行きたいけど、明日はお店の手伝いをしなきゃいけないから……。レオナさんに会ったら、よろしく伝えといて」
「うん、分かった」
ネアは当然行く気なので、聞かなくてもいいだろう。
「……レオナさん、どんな様子だった? 戦場で会ったんだよね?」
「すごく頼もしかったよ。あの人が来なければ僕は動けなくなっていたからね。本当に、来てくれて助かった」
「魔力回復ポーションなんて希少なものを惜しみもせずに渡してくれたもんね」
「やっぱり、あれって高いやつ?」
「ええ。ウサトが思っている何倍もね」
戦いの時ははぐらかされてしまったけれど、僕としてはあのポーションの価値を知っておきたいな。
「そもそもの話、飲んだだけで効果の出るポーションは基本高価よ? 特に自然に回復させるしかない魔力を回復させるポーションは製法も特殊で、たくさん作ることは難しいらしいわ」
「そうなのか……」
戦いの最中とはいえ、そんな希少なものを飲んでしまったとは。
あれのおかげで、あの後も動き続けられたわけだし本当に感謝してもしきれないくらいだ。
「とにかく、明日はしっかりとお礼を言いに行こう」
「だったら明日に備えて今日は早めに休むことね。貴方、今日目覚めたんだから本調子ではないでしょう?」
確かにそうだ。
でも、休む前に――、
「アマコ、君は宿舎に泊っていくのかな? 帰るんだったら、家まで送っていくよ?」
「ううん。今日もここに泊まる」
今日も、ということは僕が目覚めるまでの三日間はずっとここにいたってことか。
本当に心配をかけちゃったんだな。
改めて、そう思い至りながら続けて話しかける。
「寝るところは用意してあるの?」
「私とフェルムの部屋に布団を用意したから心配はいらないわよ。アマコは小さいから、それほどスペースもとらないし」
「むっ!」
むっとした表情で睨むアマコに、微笑むネア。
アマコを家に送り届ける必要がないなら、僕は早めに休もうかな。
ネアの言う通り、今日目覚めたばかりで本調子じゃないから、一度睡眠をとって調子を整えよう。
ネアは特殊な立ち位置にいるヒロインですね。
使い魔という最も近いポジションに居座っているので、それ以上を求める必要がない感じです。
なお、ククルというマスコット的な意味での最大の敵がいる模様。
次回の更新は、明日の18時を予定しております。




