第二百四話
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。
今年も、本作を楽しんでいただけたらと思います。
お待たせてしてしまい、申し訳ありません。
2019年、最初の更新です。
今回は、三日に分けて三話ほど更新いたします。
目覚めると、僕の目と鼻の先には黒く丸まった毛玉のような物体があった。
我ながら意味の分からないことをいっているけど、本当に目の前に黒い毛玉があって、それが僕の鼻先をくすぐっている。
「うん……?」
ここは、救命団の宿舎か?
窓の外を見る限り、まだ明るいように見えるけれど……。
「どうして、ここに……」
僕は魔王軍との戦いの時、空から落ちてくる火球から騎士の皆を逃がすために全力で動いていたはずだけど……もしかして、また気絶しちゃったのかな?
少しずつ自分の記憶を辿っていると、僕の目の前にある黒い毛玉がひょこっと動き、二つの耳が立ち上がり、赤い瞳が僕へと向けられた。
「キュっ!」
「ああ、ククルか。君だったんだね。どおりでくすぐったいと思ったよ」
黒い毛玉だと思っていたのは、団長のペットであり、ノワールラビットのククルであった。ククルは、僕の頬に顔をよせると、人懐っこい仕草で頬ずりをしてくる。
相変わらず、悪魔のように人を惑わせる魔物だ。
そんなククルを撫でつけながら寝ているベッドから起き上がると、床に転がっている黒色の何かを見つける。
よく見ると、それは目を回したフクロウであった。
「……ネア?」
「……ハッ!? なんで、私は床に!?」
「それはこっちが聞きたいんだけど」
フクロウに変身したネアが、なぜか床で寝ていたのだが、どういうことだろうか?
僕の声で目を覚ました彼女は、僕の肩にいるククルを見つけると、怒りを表すかのように翼を大きく広げた。
「あ、あああ、あんたの仕業ね!? 私をベッドから突き落としたのは!」
「キュー」
ネアは翼をはためかせながらククルを追い出し、僕の肩に着地するが、傍から見ている僕には何が起きているかはさっぱり分からない。
ベッドで寝ていたところをククルに叩き落とされたということか?
「フーッ! フーッ!」
「まあまあ、落ち着いて。それより、ネア。今いるここが、救命団の宿舎だってことは分かるんだけど……どうして、僕はここに? 団長は? 皆は無事なの?」
逆の肩に回ったククルを威嚇しているネアに、今の状況を尋ねる。
「貴方は戦いが終わってからの三日間、眠ったままだったのよ。あの空からの攻撃が終わった次の瞬間に、倒れちゃってね」
「……まあ、僕もそこまでの記憶はある。それで、皆は……」
「救命団の人達は全員無事よ。ローズはネロとの戦いで重傷を負っちゃったけど、なぜか、ピンピンしてる。でも、貴方だけは、すぐに目覚めないくらいに疲労していたから、ここに運ばれたの」
「……なるほど」
「ちなみに、戻ってきた団員は、私とフェルムだけね。他は戦地で怪我人の治療をしてる」
……ローズが重傷、か。
あのネロ・アージェンスを相手に、無傷ではいられないと思っていたけれど……。でも、ネアの口ぶりからして元気そうでよかった。
きっと今も、率先して救命団として動いているんだろうな。
本当は僕も戻るべきなんだけれど、僕がここに戻された理由は、ただ疲労していたってわけじゃなさそうだ。
ベッドから降りようとすると、部屋の扉が開かれ、黒髪の少年、ナックが入ってきた。
彼はベッドから足を下ろした僕に驚きの声を上げた。
「……ウサトさん! 目覚めたんですね!!」
「ああ、ナック。ただいま」
「おかえりなさい!」
元気よく挨拶を返してくれるナックに、なんだか安心しながら、ようやく立ち上がる。
「僕達が留守の間、城に?」
「はい。色々と手伝ったりしていました。戦いが終わってウサトさんが帰ってきたって聞いて、ここに戻ってきたんですよ」
「そっか……」
生きてここに帰ってこれて、本当によかったな。
ここは、この世界での僕の家みたいなものだからなぁ。
しみじみとそう思っていると、ナックが何かを思い出したかのように、ハッとした表情を浮かべる。
「そうだ、アマコさん達が食事を用意してくれているところなんですよ」
「アマコが?」
「ええ。ウサトさんが起きるのを予知で見たらしく、ついさっき、スズネさんと一緒に食事を作りに……」
「え? 先輩がここに?」
確かに、お腹が減っていたけれど、先輩がここにいるなんて思わなかった。
いや、無事が確認できて、嬉しくはあるけれども。
「カズキも来てるわよ」
「カズキも……それなら、早く下に降りないとな……。ネア、ナック、着替えるから、先に下で待っていてくれないかな?」
「はーい。ナック、行くわよー」
「あ、はい!」
羽ばたきながら扉の外へ出ていくネアをナックが追いかけていく。
肩にいるククルを下ろし、着替えようとすると―――ふと、壁にかけられた団服が目に入る。
「……」
ローズに直してもらった団服だけど、戦いのせいでまた汚れて、小さな傷とかたくさんできてしまった。
やりきれない思いもある。
助けられなかった人もいる。
「それでも……僕は……」
「キュ?」
小さな頭を傾げて僕を見上げるククルにハッとして、もう一度撫でつける。
そして、思い出す。戦いの最中、ネロ・アージェンスにとどめをさされかけていた僕を助けてくれた団長の姿を。
「……ククル、お前の主人はやっぱり凄い人だよ」
失ったものが帰ってくることはない。
無力感と後悔に苛まれても、僕が足を止めるわけにはいかない。
戦いが終わった後でも、魔王軍との争いが終わったわけではないのだから。
●
着替えを済ませて、下の階に降りると、思っていた以上に下の階は賑やかであった。
いつも強面達が座っている長テーブルの椅子にはカズキとナック、フェルムとネアが座っており、先輩とアマコは立って食器やら料理をよそっていた。
時間的に、昼頃なのだろうか?
それにしても、あの戦いから三日が経っただなんて思えないほどに穏やかな風景だ。
「あ、ウサト君! 降りてきたんだね!」
「先輩……」
こちらに気付いた先輩は、花のような笑顔を浮かべ、手招きをしてくる。
見たところ、先輩もカズキも元気そうでよかった。
安堵しつつ、カズキの隣の空いた席に座ろうとすると、アマコが近づいてくる。
「ただいま。アマコ」
「……うん、おかえり。ウサト」
彼女が持っている、パンの載せられた器を受け取りながら、僕の方から話しかける。
もしかして、気絶していた僕の看病をしてくれていたのかな?
眠たげな目をしているアマコを見て、そう察した僕は彼女の肩に軽く触れて、治癒魔法を施す。
「心配をかけさせちゃったかな?」
「ううん。ウサトなら大丈夫だって信じてたし」
「そっか……。でも、ありがとう」
一度、しっかりをお礼を言うと、少しだけ目線を逸らしたアマコは悩まし気な表情を浮かべた。
「あの、後で相談したいことがあるの」
「相談したいこと?」
「うん」
「……分かった」
そう答えると、アマコは先輩と共に厨房の方へ戻っていってしまう。
なんだろうか? 思いつめたようだったけれど、予知に関係することか? なんとなく、邪龍や獣人の国の時のような感じだったけれど。
……いや、話は後で聞くとして、今は席に座ろう。
パンの入れられた器をテーブルに置きつつ、隣にいるカズキに挨拶をする。
「おはよう。カズキ」
「おはよう。ようやくのお目覚めだな。ウサト」
とりあえず、カズキと再会の挨拶を交わした後に、喉が渇いていたので、手元にある水を一口飲むと、斜め前の席に座っていたフェルムが、やや不貞腐れた様子で僕を睨んでいた。
「ようやく、起きたか。寝すぎなんだよ。お前」
「そんなに寝てたかな?」
「三日は寝すぎだろ」
僕だって、できるだけ気絶なんてしたくなかったんだけどね。
苦笑いする僕に、フェルムの隣でテーブルに肘をついていたネアが口を開いた。
「こいつが気絶すんのは今が初めてじゃないわよ? 少なくとも、旅をしている間に3、4回は気絶してぶっ倒れてるわね」
「え、嘘だろ?」
微妙な表情をする僕を見て、フェルムが信じられないとばかりにドン引きする。
いや、まあ、なんか事件がある度に気絶していることは認めるけども。
そう考えていると、フェルムを見て、戦いの最中、ずっと懸念していたことを思い出した。
「……あ、そうだ」
「なんだよ?」
「君との同化が解除できてよかったなって……ずっと、あのままって可能性もあったからね。ははは」
僕としても、フェルムとずっと同化したままというのは、辛いものがある。
この子と一緒にいるのが嫌というわけじゃなく、ずっと団服を着たままだったり、四六時中一緒にいるというのは互いにとって、色々と辛いだろうからだ。
やや冗談交じりでそう言うと、酷く狼狽えたフェルムがさらにこちらを睨みつけてくる。
「ぼ、ぼぼぼボクだって、お前と離れられてせーせーしたわ! 第一、あれはボクの魔法がお前のことを気に入っているだけなのを忘れるなよ!」
「え、ああ、うん。……ごめんね?」
彼女自身の魔法のことなのだから、茶化していいことじゃなかったな。フェルムの場合、僕とは違って、かなり深刻に考えていたのかもしれないし。
僕の謝罪にフェルムは何を思ったのか、頭を抱えて唸りだす。
「う~……」
「ぷっ、素直じゃないわねぇ」
「うるさいっ」
なんかニヤニヤしながら話しかけてるし、フェルムのことはネアに任せておくか。
なんとなく空腹を感じながら、テーブルに並んでいる食事を眺めていると、今度はカズキが声をかけてきた。
「お互い、無事に帰れたみたいだな」
「そうだね。本当に大変だったけれど……うん、今こうしていられるのが不思議なくらいだよ」
何度死にかけたことか……。
ネロ・アージェンスを足止めした時なんて、生きた心地がしなかった。
「カズキと先輩に届いたんだよね? 勇者の武器」
「ああ。俺はウサトと似た籠手で、先輩は刀になったんだ」
「先輩が刀かぁ。まあ、うん、ある意味で予想通りというか……」
実際、先輩なら刀とか鎖鎌とか、かっこいいイメージの武器になる気はしていた。
電撃も相まって、戦っている姿が映えそうだなぁ。
カズキは僕と似た籠手というと……もしかして、左手の手首に巻かれているリストバンドのようなものがそうなのだろうか? 僕のは腕輪だけど、カズキのとは全然違うな。
「これを最初に使った時、神龍……ファルガ様とも話したよ」
「ファルガ様に? 彼はなんて?」
「使い方と……後は、俺の心を形にしてみろって、アドバイスをしてくれた感じだな」
ファルガ様には助けられてばっかりだな。
彼も二人の武具を作って疲労しているはずなのに……。
できることなら、もう一度会ってお礼を言いたい。
「……魔王軍との戦いの終わり、か」
戦いが終わった、とネアとナックから聞いたが、そんな気は全くしない。
むしろ、まだ事態が終わっていないとすら思える。
「カズキ、今リングル王国はどうなっているんだ? 前の戦いの後みたいな雰囲気じゃないよね?」
「そう、だな。戦いこそ勝利はしたけど、あの最後の攻撃で受けた被害が大きすぎた。今は、どこも慌ただしく動いて、勝利を祝うほどの余裕もない感じだ」
「……怪我をした騎士達は、今もあの戦場に?」
僕の言葉にカズキが頷く。
ここに救命団の皆がいない理由は、戦地で怪我を負った人々の治療を行っているから、か。
多分、増員で来てくれたゲルナ君達も参加しているだろうから、本当なら気絶から目を覚ました僕も向かうべきなのだろう。
というより、行けるならすぐにでも向かいたい。
「……僕だけがリングル王国に戻されたのは、気絶したって理由だけじゃないんだろう?」
「ああ。勇者の俺達がここに戻された理由と同じらしい」
「カズキと先輩と……?」
そこまでは予想できなかった。
勇者の二人が関わるとなると、何か重大なことなのかもしれない。
「お待たせ。料理、運んできたよー!」
「ほとんど有り合わせだけどね」
そう考えていると、厨房の方から料理がのせられた皿を運んでくる先輩とアマコが現れる。
二人を見たカズキは、険しかった表情を緩める。
「料理も出てきたことだし、話は後にしようぜ。ウサトも、腹減ってるだろ?」
「確かに、三日間何も食べてなかったからね」
何をするにしても、まずは体調を戻さなくちゃな。
アマコが僕の隣に、先輩が僕の正面に位置する席に座ると、先輩は相変わらずの笑顔をこちらへ向けてくる。
「君が目覚めてくれて本当によかったよ」
「ははは、大袈裟ですよ……」
「大袈裟なもんか。君がいないと私は駄目になってしまうからね」
……駄目になるとは?
真面目で言っているのか、冗談で言っているのかは分からない。
僕の身を案じてくれていることは分かるので、そう受け取っておこう。
「ウサト君、あまり自分を軽く見ないことだよ」
「え?」
「誰もが君の身を案じているはずだよ。ここにいる面々を含めてね」
「……」
いつもはおちゃらけている先輩でも、決める時はきっちり決めてくれる。
だからこそ、僕はこの人を見損なうことはないんだろうな……。
「おい。なんで、お前がボクの隣に座るんだよ」
「うん?」
しんみりとそんなことを思っていると、フェルムが面倒くさそうな顔で、隣に座る先輩に話しかけていた。
一瞬、きょとんとした反応をした先輩だが、すぐにいつものどやっ、とした自信に溢れた表情になる。
「君とは話してみたいと思っていてね。……面と向かって話すのは初めてだよね? 私の名前はスズネ。角とか触っていいかな?」
「なんで、自分を殺しかけた相手に、普通に話しかけられるんだ……?」
「フッ、それは最早、過去の出来事さ。君がウサト君の友達なら、私の友達といっても過言ではない……!」
「それがおかしいのは、ボクでも分かるぞ!? お前とまともに話したことないだろ!」
あ、いつもの先輩だ。
いや、わだかまりもないなら、僕としても嬉しいことなんだけれど、先輩がぐいぐいいきすぎて、あのフェルムが押されてしまっている。
「ツンデレボクっ子銀髪褐色魔族とか、是非とも友達になりたい! フェルム! 私と友好を交わそうじゃないか!」
「うわああ!? ウサト、助けろ! こいつ、人の言葉が通じないぞ!?」
しかし、先輩は大丈夫でもカズキはどうなんだろうか?
彼も、先輩と同様にフェルム―――黒騎士に殺されかけたはずなんだけど。
顎に当てていた手を下ろし、隣でフェルムと先輩のやり取りを見ていたカズキに話しかける。
「カズキは、フェルムのことは……」
「ん? 思うところがないと言えば嘘になるけど……」
カズキの視線がフェルムへと向けられる。
「こうやって、ここに馴染んでいる姿を見れば、あの時みたいな恐ろしい存在じゃないってのは分かる」
「……そうだね。僕から見ても、あの子は変わったよ」
「それに、今回の戦いではウサトを助けるために動いてくれたんだろ? それなら、俺も心配することはないさ」
カズキがそう言ってくれるのなら大丈夫か。
一安心しながら、フェルムと先輩を見れば、目を離している間にフェルムがネアの座っている椅子に掴みかかっていた。
「ネア、席を交換しろ! こいつに絡まれるのは嫌だ! こいつ、あれだ! ウルルと同じ、面倒な奴だ!」
「嫌よ! 貴女はスズネへの生贄として、そこに座ってなさい!」
「お前っ、お前ぇ!!」
渡さんとばかりに自分の席にしがみつくネアと、なんとかして椅子を奪おうとするフェルム。
そんな二人を見た先輩は、何かを閃いたように表情を明るくさせる。
「フェルム、私の席なら交換してもオッケーだよ!」
「ネア、お前も道連れだぁぁ!」
「ホワァァ!?」
戦いとは無縁な、騒がしくも楽しい光景。
笑顔の先輩と、必死な面持ちのフェルムとネア。
そんな彼女たちを、苦笑しながらも眺める、アマコ、カズキ、ナック。
今一度、彼らを見回し、ようやくの安心感を覚えた僕は、三日ぶりの食事に手を伸ばすのであった。
年が明けても相変わらず元気な先輩でした。
何気に、フェルムとがっつり会話するのは黒騎士以来かもしれませんね。
次回の更新は、明日の18時を予定としております。