第二百三話
お待たせしました。
第二百三話です。
今回の話で、第八章の終わりとなります。
ハンナが敵の手に。
コーガとアーミラは退避。
ネロは治癒魔法使いに敗北。
戦いの要のバルジナクが倒されるのも時間の問題。
「……頃合いか」
戦場から遠く離れた城の玉座で、戦いの状況を知覚した私は、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
傍らに控えている侍女のシエルが、何事かと思ったのか首を傾げる。
「いかがなさいましたか? 魔王様?」
「外だ」
「……はい?」
「……」
要領を得ないといった表情になるシエルをよそに私は玉座から離れ、広間の扉から階段へと通じる通路へと歩み出る。
「魔王様……何を、なさるつもりなんですか?」
「やるべきことをしようと、思ってな」
暗い階段を一段ずつ昇っていく。
かつて、活気に溢れた城の面影はなく、今では城のほとんどの者が戦いへと赴き、いるのは城の管理を任されている侍女と、守りを任されている数人の守衛くらいしかいない。
それほどまでに、魔族という種族は追い詰められていた。
――勇者に封印されている私を頼るしか手段がないほどにまで。
「あの……私は、ついていかないほうが……」
「いいや、ついてきてくれて構わない」
足を止めかけるシエルにそう返事をしながら、階段の先を見上げる。
城の頂上、最も高い位置から魔王領を見渡すことができる場所。
開けた屋上に出た私は、そのまま戦いが起こっているであろう方角を向く。
「……」
私は、自身の力のほとんどを魔王領を維持するために注ぎ込んでいる。
一度、供給を途絶えさせてしまえば、魔王領の大地は瞬く間に死んだものへと逆戻りになるだろう。そうなれば、この地に生きる同胞達は、飢えに苦しむことになる。
そのため、私自らが戦うことはせず、今の今まで城の中で行動と力を制限させていた。
しかし、自らに課した枷を破らなければならない時がきてしまったようだ。
「暫しの間、魔王領に私の力を及ばすことができなくなる」
「……え?」
同胞を生かすために、私が今から行うこと。
封印される以前の――勇者との決着をつける前の私ならば嘲るような行動ではあるが、やらなければならない。
「これから、連合軍へと攻撃を仕掛ける。それで私は大部分の力を使い切ることになる」
「……戦っている皆さんを助ける、ためですか?」
「それだけではない、が。そうとも言えるだろう」
多数の国による連合が密集している時に、相手側にも痛手を負わせたかったという理由もある。
「最初から魔王様が攻撃をしていれば、兵士の皆さんが戦いに行く必要はなかったのでは……?」
「そう考えるのも当然だろう。しかし、それは到底無理な話だった」
そもそもが人間側が連合を作り、兵力を密集させているからこそ、この手段がとれている。
いや、それ以前にこれから行おうとする大規模な攻撃を行えば、魔王領に回すべき力が枯渇してしまい、侵略する以前に魔族という種族が力を失ってしまうだろう。
シエルもそれが分かっているのか、顔を俯かせた。
……本来の力であれば、この場にいたとしても戦うことができたが———それは無理だ。
なにせ、私の力の大部分は、未だに奴に“封印”されたままなのだから。
私個人への戒めなのか、それとも、こうなるのが分かっていたのかは定かではないが、我が宿敵ながらやることが陰湿だ。
「すまないな」
「……はい」
本来なら、彼女は「そんなことを言わないでくれ」と言葉にしたかったはずだ。
しかし、あえてそう言葉にしなかったのは、私の心情を汲み取ってくれたからだろう。
気を遣わせてしまったことに申し訳なく思いながら、私は掌に魔力を集め―――魔術を発動させる。
「伝心の呪術、心を伝える魔術」
伝えるのは、退避とこれから行う攻撃への備え。
短く、軍の者に退避するように指示した私は、次の魔術を発動させる。
「傀儡の呪術、亡骸を操る魔術」
「亡骸……?」
私の呟きに、シエルがやや怯えた反応をする。
「死した魔物を操り、逃げ損ねた同胞を退避させるだけだ。……本来の使い方はお前の想像通りではあるがな」
あらかじめ私の力で干渉しておいた魔物が死んだ後に、その亡骸を操る。
遠隔では短い時間しか効果を維持できず、単純な命令しか行えないという欠点はあるが『魔族の兵士を退避させろ』という単純な命令は遂行できるだろう。
操った魔物が兵士達を退避させるよう命じたところで、シエルにこの魔術について簡単に説明する。
「この魔術はある種、特別でな。かつて、この魔術を習得した術者は、自身の子孫に魔術そのものを埋め込み、人間とは異なる存在へと変貌させた。今では、ネクロマンサーと呼ばれる魔物がそれだ」
「は、はい……」
……操った魔物達が続々と同胞たちを逃がし始めたな。
そのまま並行し、次の魔術を発動させる。
「魔転の呪術、空間を繋げて魔力のみを転移させる呪術」
本来は半永久的な魔術を機能させるための魔術。
だが、今回は、魔術そのものを空へ張り巡らせた魔法陣を通して―――落とす。
目の前に展開させた魔法陣―――魔転の呪術全てに繋がったそれに掌を添え、最後の魔術を発動させる。
「——火炎の呪術」
単純に炎を放つ魔術。
この魔術は魔力を籠めれば籠めるほど、その範囲も、威力さえも際限なく高まり続けるものだ。
その魔術に、私の魔力のほとんどを注ぎ込み、連合軍へと絶え間ない火炎の雨を降らせる。
体の内にある魔力が削れていく。
「……力のある者には容易く防がれてしまうのだろうな」
火球の威力はそれほどは強くはない。ある程度の実力のある者なら、なんら脅威のない威力だ。
しかし、この世界の一般兵士程度になら脅威だろう。我が軍との戦いの後となれば、なおさらだ。
敵方の力のある者が対処に追われているその間に、同胞達が生き延びてくれればそれでいい。
「……戦士達よ。お前達の命は勝利よりも重く、尊いものだ」
無意識に流した涙が、頬を伝う。
彼らの犠牲を、ただの敗北で終わらせるわけにはいかない。
恐らく、次で人間達は魔族という種族を滅ぼすために魔王領へとやってくるだろう。
―――だからこそ、その前に、彼らには痛手を負ってもらわなければならない。
●
レオナさん、ハイドさんとニルヴァルナ王国の戦士団の力を合わせ、バルジナクを倒すことができた。
それに伴い、魔王軍の兵士達が何かに急かされるように逃げ出していく。
それは、魔王軍との戦いに勝利したことを意味していた。
勝利の喜びに打ち震えるニルヴァルナの戦士達だが、僕達はすぐにそれがぬか喜びだと思い知らされることになった。
空に浮かんだ黒い魔法陣から、大量の火球が僕達のいる戦場へと落とされたのだ。
魔法陣を指さしながら、動揺しながらもネアへと何か分からないか聞いてみる。
「ネア、空のあれは魔術か!?」
「あんな、頭のおかしい規模の魔術なんて知らないわよ!? え、なにあれ!? そもそも、生物でできる範疇を超えてんじゃないの!?」
『ウサト! 来るぞ!』
話している間に炎の球が迫っている。
これに巻き込まれないようにするために兵士達は慌てて逃げていたのか……!
いや! 今はとにかく、この状況をなんとかしなくては!
「一応聞いておくけど、何をするつもりなの?」
「火球を防ぎながら、騎士達を逃がす……!」
「フェルムゥ! そろそろこいつの扱いは分かったわよねぇ!?」
『そんなもの、とっくの昔に知ってる! 最後まで付き合ってやるよ!』
両腕からは剣を、両肩からコーガと同じ鎌のような鞭を創り出し、空を見上げる。
とりあえず、目先の炎を迎撃しようとしたその時、八つの槍が空へと向かって飛んでいくのが僕の視界に映り込む。
「ウサト!」
「レオナさん!」
氷で作られた槍が別々に動き、青白い軌跡を描きながら次々と火球を貫いている。
彼女は滑るように僕の隣にやってくると、頭上の槍を操作しながら僕へと話しかけてくる。
「私一人では全てを防ぐことはできない! 君はハイド殿と共に、ここにいる人々を頼む!」
「分かりました! ここは任せます!!」
この場はレオナさんに任せ、ここにいる人たちを逃がすために動く。
動けない人達をできる限り背負いながら、周りの騎士達に精一杯の声を投げかける。
「皆さん、ここから逃げてください! 魔法の使える人は仲間を庇いながら火球を防いで! 怪我人を連れている人は僕の近くに来てください! ……ッ!」
レオナさんの槍での迎撃をすり抜けた火球を、左腕の剣を伸ばし切り裂く。
耳をつんざくような爆発と共に火球は消え失せるが、それでも火球は次々と落ちてくる。
それらを対処しながら味方を逃がしていくも、それでも防ぎきれない火球は地上へ落ち、爆発と共に周囲の人々を傷つけていく。
『魔族は撃退したはずなのにっ、どうして!』
『逃げろ! 逃げるんだ!』
『熱いッ、うわあああ!?』
それは、まるで地獄のような光景であった。
必死に味方を逃がしながら、火球への対処を行う僕は想像もしなかった最悪の展開に動揺せずにはいられなかった。
「戦いが終わったのに……! どうして、こんな……!」
痛み分けにでもしようとしているのか?
どちらにしても、これほどのことをしてくる時点で普通じゃない。
すると、拠点の方向へと退却を促している僕の視界に、光のようなものが地上から空へ上がっていくのが見えた。
「あれは……!」
そう遠くない場所から、眩い光を発する電撃と、目視できるほどの輝きを放つ光の球が空へと飛ばされるのが見える。
それらはレオナさんの槍と同じく、火球を迎撃していく。
「先輩にカズキ……二人とも、無事だった……!」
魔法の存在だけではあるものの、二人の魔法を見て心の底から安堵した僕は自分のやるべきことをしようと前に進みだす。
『ッ、ウサト! また来てるぞ!』
「それはともかくとして! これをやった奴は、いつか絶対ぶん殴ってやる!」
拳を硬く握りしめながら火球を迎撃すべく、後ろへ振り返り、脅威へと立ち向かう。
空から降り注ぐ火球。
燃える大地。
戦いは終わったはずなのに、まだ僕達は戦っている。
「ようやく、ここにいる皆が、生きて帰れるところなんだよ……!」
それをここで台無しになんてさせてたまるか……!
こうなったら、意地でも! この後ぶっ倒れてでも! 自分の使命を全うしてやる!
全身全霊で皆を生かすために、僕はこの攻撃が終わるその時まで、ひたすらに動き続けるのであった。
実のところ、炎を落としたのは、魔王にとっては苦肉の策だったりします。
魔王領に及ぼしていた力を切らしたくなかったが、魔王領における戦力である魔王軍を失うわけにもいかなかったので行動に出た……といった感じです。
慌ただしく状況が動いたまま第八章は終わりとなります。
次回は、閑話となります。
更新は明日の18時を予定としております。
できれば、登場人物紹介も更新できればと思います。