第二十二話
ウサトと犬上が退出した後の大広間。
その場に残った、ローズ、シグルス、セルジオの三名は王座に座り腕を組むロイドに視線を向ける。
「……ウサト達を襲ったフォールボアについて何か分かった事はあるか?」
「その事に関しては、まだ詳しい事は分かってはいませんが……」
フォールボアは、「森」と「平原」を重点的に生息しているモンスター。それが、平原に到着していないウサト達に襲撃を掛けた。偶然と言えば済まされるような出来事であれば、救命団長であるローズと騎士団長であるシグルスを呼び出したりはしない。
ロイドの言葉に背後に控えていたセルジオが一歩踏み出し、見解を述べる。
「平原地帯を超え、勇者達を襲った盗賊に尋問したところ。彼らが言うには「何時もよりモンスターが少なかった」と申しています。とはいえ所詮は隣国から流れ着いた罪人共の言葉なので、信じるには信憑性に欠けます」
「いや、信じよう。……盗賊達の言葉から察すると、平原地帯のモンスターが少なかったという事は、その場から逃げたということになる。それなら何処に逃げた?決まっている……怖ろしい何かがやって来る方向とは逆の方にだ」
セルジオの言葉に額を抑えながら、そう言い放つロイド。
ついにやってきてしまったのだ。来るべき敵が……前回の戦いのように敵は自国を舐めて掛かっては来ない。全力でリングル王国を手に入れるつもりで進軍してくるはず。
沈黙を保っていたシグルスは、思い悩むロイドに失礼を承知で話しかける。
「魔王軍……でしょうか」
「そうだ。ついにやって来てしまうのだ」
異種族を引き連れ、禍々しいモンスターを筆頭にリングル王国を襲おうとする、侵略者。できれば戦は避けたいが、それは前回の問答無用の侵略から無駄だと判断している。
「シグルス軍団長、全隊長格に通達……軍を整えておいてくれ、何時でも動かせるようにな」
「ハッ!!しかとご命令、承りました!!」
「うむ……」
ロイドの命に、力強く応答するシグルスに、満足そうに頷くロイド。その後、シグルスは恭しく一礼すると、軍を整えるべく大広間から出て行く。
続いて、ロイドが視線を向けるのは、シグルスとは打って変わって、壁に背を預け腕を組んでいる女性、ローズ。
「ローズ……」
「分かっていますよロイド様。私は魔王軍の侵攻状況を確認して来ればいいのですね」
「……すまぬ」
「気にせずに、国で一番脚が速いのは自覚しているんで。見る場所は平原地帯の奥、境界線付近でいいんですかね?」
「ああ、恐らくそのあたりだろう……こちらとしては居ない方がありがたいのだがな」
平原地帯には、三つの国に分かれる道がある。
一つ目はリングル王国、二つ目は隣国、そして三つ目がモンスター達が蔓延る地帯を大河で挟んだ「魔王領」。以前は「クウロ峠」と言われる危険地帯だったが、魔王の出現と同時に瞬く間に占領されてしまった。
「じゃあ、私は暗くなったら出ますんで」
「なっ、夜ッ!?危険ではないのか!?ローズ殿!!」
セルジオが止めるのは分かる。
本当に魔王軍が迫ってくれば、モンスターが大量にこちらに流れ込んでいると考えていいだろう。だが、往くのはリングル王国、元大隊長ローズ――――大抵の魔物なら文字通り一蹴に伏すだろう。
「ローズ……以前のように大隊長の地位に戻ってはくれないか?」
こちらに背を向け歩き出そうとするローズに思わずその言葉を投げかけてしまう。
断られるのは分かっている、だが質問せずにはいられなかった。
「……戻る気はないですよ。それに私はロイド様の思うような綺麗な人間じゃない」
「やはり、あの件の事を――――」
「引き摺っているさ、忘れるはずがない。この傷がアイツらが死んだ事実を忘れさせない」
開かない右目を指さしながら、徐々に口調が崩れてゆくローズ。表面上は右目を理由にして復帰を断ってはいたが、やはり、「あの事件」は彼女にとって悲劇と言っても差し支えない程の深い傷を残したのか。
「いい機会だな、私が救命団を作った理由を教えてさしあげましょうか?」
「それは……何だ?」
ローズの隻眼がロイドの目をジッと見据える。引き込まれそうな翡翠色の瞳に慄きそうになるが、王として……一国の主として見つめ返す。
前回の戦いで勝利に貢献した救命団。存在を認めたのは他ならぬロイドだが、その存在理由はローズ本人からは聞いてはいない。命を助けたい等という理由は二の次であることは確かだ。この女性には違う目的があるように思える。
「私は――――」
右目を右手で覆い隠し、何が可笑しいのか肩を震わせ、口角を歪にゆがめる。普段の彼女からは想像できない表情を浮かべながら発せられた言葉は、ロイドにもセルジオにも予期しないものだった。
「死なない部下が欲しいんだ」
「死なない部下」それが彼女の求めるもの。「非現実」そう思うと同時に、ロイドは脳裏に一人の少年の姿を思い浮かべた。