第百九十九話
第百九十九話を更新いたします。
前話を見ていない方はまずそちらをー。
正直、この場にレオナさんが駆けつけてくれたのは予想外どころではなかった。
事前に援軍に来てくれるという連絡を受けていないし、なによりここからミアラークは遠く離れており、ミアラーク自体もまだ復興しきっていないはずだからだ。
「失礼。この場を指揮しているハイドという者だが……君はミアラークの勇者で間違いはないのか?」
身動きがとれずに尻尾を暴れさせているバルジナクを警戒しているレオナさんに、ハイドさんが話しかける。
「ああ。女王ノルン様から勅命を受け、この場へと駆け付けた」
「君一人でか?」
ハイドさんのその言葉にレオナさんが頷いた。
彼女は凍結され、未だに身動きのとれないバルジナクへと視線を向ける。
「少しの間だが、奴の動きを封じた。その間に態勢を整えてくれ」
「……君を信じよう。ヘレナ! 魔力が枯渇している者を後ろへ下げさせろ! 今一度、陣形を整えこの化物を討伐するぞ!」
バルジナクの動きが封じられている間に、ハイドさんが部下達に退避するように呼び掛けていく。
その様子を見たレオナさんが僕へと振り返ると懐から小瓶のようなものを取り出し、それを渡してきた。
「ウサト、これを」
「え? 小瓶?」
なんで今、これを……?
それを受け取り首を傾げる。
小瓶の中には半透明の液体が入っており、ミアラークの女王ノルン様が飲んでいたポーションに酷似していた。
「ファルガ様に持たされてな。魔力を回復させる効果と、ちょっとした気つけ効果があるポーションだ」
「魔力を回復って……もしかして、物凄く貴重なものなのでは……?」
「気にするな。これは君に必要なものだからな」
魔力量を回復させる、か。
ごくりと生唾を飲みながら小瓶の口を外し、それを一気に喉へと流し込む。
独特の刺激臭と苦みで涙目になりながらも飲み込むと―――体の中心が徐々に熱がこみ上げてきた。
「ッぐぅ……!?」
「ウサト!?」
『毒か!?』
思わず胸元を押さえ倒れかけてしまうが、その前にレオナさんが支えてくれる。
「心配はいらない。魔力を回復させる過程で、体が熱を発しているだけだ」
「は、い……」
「すまないが、このまま聞いてくれ」
自身の中で魔力が回復していく不思議な感覚に苛まれながら、レオナさんの話に耳を傾ける。
「まず、遅れてしまったことを詫びよう。ミアラークで最も速い小型船で飛ばしてきたが、それでもかなり遅れてしまった」
「いえ、助けにきてくれただけで十分ですよ」
事実、バルジナクを足止めしてくれたことは本当に助かった。
「もしかして、レオナさんが遅れた理由って……」
「ああ」
僕の言葉に彼女は頷く。
最初から戦いに参加してくるのなら彼女が遅れてくるはずがない。
「遅れはしたが、ファルガ様から託されたものをここまで運んできた」
「! ここにあるんですか?」
「いいや。既に担い手として認められた者達の元へ向かっていったよ」
レオナさんがそう言葉にした次の瞬間、先輩とカズキがコーガとアーミラと戦っている方向から白い輝きと、跳ねるように迸る電撃が発せられた。
それに伴い、僕の右腕の籠手とレオナさんの槍が共鳴するように震える。
……そうか、ついにファルガ様が作ってくださった“勇者の武具”が二人の手に渡ったんだな。振動する右手に手を添えながら喜びをかみしめる。
ついに先輩とカズキの元に勇者の武具が届けられた。
二人にとってはぶっつけ本番で使うことになるだろうけれど、二人ならきっと使いこなせるはずだ。
「レオナさん、ありがとうございます。本当に」
「君への恩を返すためさ。私にとっては、これでもまだ足りないくらいだよ」
むしろ、助けられてばっかりな気がする。
そして、フェルム。なんか、服の内側からポコポコと殴られているような感じがするのだけど、なにかね? 叩いて熱を逃がそうとしているのかな?
というより、レオナさんの前では口を開こうとしないな……意外と人見知りなのかな?
「君も……少し見ない間に随分と様変わりしたな」
「ははは、ちょっと仲間の一人と融合? みたいなことしてますからね」
「……ん? んん?」
さすがに説明が足らなかったのか、首を傾げられてしまった。
見かねたネアが、レオナさんに話しかける。
「あー、こいつがいつも通りのことをしているって考えれば納得できると思う」
「……なるほど」
なんで納得されたのだろうか?
というより、いつも通りのことをしてるってなんですかね? 常にフェルムと同化する並みのことをやらかしているみたいに聞こえるのですが。
「……よし」
内側から湧き上がっていた熱が引いていく。
枯渇していた魔力が体感的に四割ほど回復している。これぐらい魔力があれば十分だ。
「もう、大丈夫です」
「む、そうか」
レオナさんから離れ、自分で立ち上がる。
周りを見れば、ハイドさんにより陣形が整えられバルジナクを迎え撃つ態勢に移っている。
「ウサト。君は、これからどうする?」
「ここで怪我人を助けます」
「フッ。なら、もう一度君と肩を並べることになりそうだな」
どこか嬉し気な様子で槍を回したレオナさんは、周囲に八本の氷の槍を浮遊させる。
勇者としての自分を完全に受け入れた彼女の姿を見て、こんな状況にも関わらずなんだか嬉しくなってしまった僕は、思わず笑みを零してしまう。
「今回は役に立てるかどうか分かりませんが、頑張ってみます」
やるべきことは最初から変わっていない。
今、重大な局面を戦っている先輩とカズキ―――そしてローズのために僕達がこの戦線を守り切る。
そう、内心で決意した僕は、凍結が解け、再び動き出そうとするバルジナクを見据えるのであった。
●
「はああああ!」
「オオォォ!」
電撃を纏わせた二つの剣を振るい、アーミラと剣戟を交わす。
肌が焼けつきそうなほどの熱量と、確かな実力と経験から繰り出される一撃は、私を戦闘不能に追い込むのに十分なほどの威力を内包していた。
「そのような得物ではな!」
「チッ……」
たったの数合で両手の剣が砕け散ってしまった。
舌打ちをしながら心臓目掛けての刺突を電撃を纏わせた掌で弾きながら、後方へ跳躍。
着地すると同時に地面に捨てられている剣と槍を拾いもう一度アーミラへと攻撃を仕掛ける。
「とんでもない力だね! まるでオーガを彷彿とさせるよ!」
挑発しつつ、電撃を纏わせた槍を投擲する。
「貴様は恐ろしく速いな。まるで駆け回る犬のようだ」
「言うに事欠いて犬といったね!?」
そこはオオカミとかじゃないの!?
しかし、迫る槍を剣の一振りで燃やし尽くしてしまうアーミラが、力だけの騎士だなんて思うはずがない。
速さに任せて連続攻撃を仕掛けるも対応してくる時点で、彼女は並みの戦士ではない。
電撃と剣での攻撃を織り交ぜて、攻撃と炎を回避しながら打開策を考えていると、やや苛立った様子を見せたアーミラが足を止め、自身の剣を両手で握りしめた。
「鬱陶しい、炙りだしてやろう……!」
「ッ!」
纏った炎をさらに燃え上がらせ、剣を下段に構えるアーミラ。
決定的な悪寒に身を震わせた私が、すぐさまその場から飛び下がろうとすると彼女は尋常じゃない熱量と気迫と共に、剣を振り上げ爆炎を振りまいた。
「く、ぅ……なんて炎だ……!」
地面に着地した私は、焦げ付いた右肩の鎧を投げ捨てながら苦悶の声を漏らす。
少し食らってしまったが、動く分には問題ない……が、あの爆発力は驚異的だ。
橙色に燃え広がる炎の中でゆっくりとした歩調で近づいてくるアーミラはぴんぴんしている。唯一当てた攻撃も、浅くて致命傷には至っていない。
「カズキ君とも随分と離れちゃったね……」
かろうじて目で確認できるが、カズキ君の方もコーガという魔族の男と苛烈な戦いを繰り広げている。
相手はウサト君並みの身体能力と、闇系統の魔法を持つ魔族だ。
できれば、早くアーミラを倒して加勢にいきたいところだけど、それも中々難しいところだ。
「———ん?」
刃こぼれだらけの剣を地面へ捨て去り近くの剣を拾おうとした時、空に何か光るものが見えた。
なんだ? と思い、炎を伴いこちらへ近づいてきているアーミラを警戒しながら見上げると、その光る物体は真っすぐと私の方へと落ちてきていることに気付いた。
「え?」
金と銀の光り輝く二つの球体。
それらは空中で分かれ、銀色の球体はカズキ君へ、もう一つの金色の球体は私の元へと落下し―――強烈な光と共に弾け、溢れんばかりの電撃を放ちながら、周囲を黄金色へと染めた。
『己の心を形にしろ』
あまりの光に目を開けることのできない私の耳に、誰かの知らない声が聞こえた。
重々しく荘厳だけど、どこか優しさのようなものが感じられる声だ。
それに伴い、光で溢れる私の視界に戦場の景色ではない別の光景が映り込む。
この世界に召喚された時の記憶。
救命団にいるウサト君の元へと訪れた時の記憶。
リングルの闇に遭難した時の記憶。
他にも私が黒騎士に殺されかけた時の記憶とか、ルクヴィスでウサト君とカズキ君と離れて旅をするときの記憶までが走馬灯のように駆け巡る。
見て、すぐに理解できた。
これは、私の記憶じゃなくてウサト君の記憶だ。
「嘘でしょ……!?」
なんだこれ?傍から見ると私はここまで変な人だったの!?
色々とやらかしすぎなんじゃないかな!?
そりゃあ、ウサト君もあんな反応するよ!?
私、超面倒くさい人じゃん!
元の世界では決して味わうことのない体験に悶えつつ、なんとか耐えきる。
「私の心を、形にしろ……か」
今起こっている現象がなんなのかは分からない。
だけど、今アーミラに攻撃されていないのは、自分を覆っている光が私のことを護ってくれているからなのは分かる。
私に投げかけられた声と、金色の光を信じ、私はゆっくりと目を瞑る。
すると、次第に私を覆っていた光は薄れてゆき、次に目を開いたときには先ほどと同じような戦場での景色に戻る。
眼前には目を見開いたままこちらを見つめているアーミラの姿がある。
「貴様、なんだそれは……」
「ん?」
「その手に持っている武器のことだ」
「ぶき?」
言われるままにアーミラが指さした自分の手元を見て、言葉を失う。
私の手には先ほどまでなかった武器が握られていた。
「か、かかかかか、カターナ!?」
思わずカタコトになってしまうほどの衝撃……!
黒い鞘に納められた刀の柄には黄と黒の文様があしらわれており、鍔は一際目立つ金色をしていた。
日本刀———この世界では、先代の勇者が使っているものしか確認できない代物が、今私の手の中に存在していた。
「これが、ウサト君の言っていた……私だけの勇者の武器」
ぶっちゃけると、刀については詳しくは知らない。
しかし、今私の手の中にあるコレは私の力を最大限にまで高めてくれるであろう武器であることは理解できる。
そう思い、アーミラへと武器を構えようとすると―――、
『貴様が勇者スズネか』
「……はえ?」
不意に刀の方から何者かの声が響いた。
咄嗟にアーミラを見るが、彼女の方は何も聞こえていないのか首を傾げている。
私にしか聞こえていない……!?
え、つまり、もしかしてはこれは、あれなんじゃないのか? 最早、王道といってもいいアレなんじゃないのかな!?
『我が名はファルガ、今貴様の武具を通して―――』
「つ、ついにおしゃべり系武器が私の手の中に!?」
『……』
まさかまさかの展開にアーミラの攻撃に直撃しかけながら、刀に意識を向ける。
いや、ちょっと待って。ファルガってウサト君の言っていた……って!?
「危なぁ!?」
「いつまで棒立ちでいる。私を嘗めているのか?」
目前にまで迫っていた炎を避けながら、額を拭う。
幾分か距離をとった私に、ファルガと名乗った剣は叱るように厳しい声を投げかけてくる。
『戦闘の最中に何を考えている。このバカ者。ウサトの話通りの戯けだな、貴様は』
「はい、すみません……」
思ったより毒舌なファルガ様に面を食らう。
私が関わる喋る人外は悉く当たりが強くて泣きそうになってくる。
『はぁ、光の勇者は真面目な青年なんだがな。……今、貴様の武具を通して会話を行っている。まもなく、その繋がりはなくなるが、それまでに貴様の武具の扱い方を教えよう』
「わ、分かりました」
『まずはそのカタナを引き抜いてみろ』
ファルガ様の言葉に従い鞘から刀を抜くと、波打つような文様が刻まれた白銀の刀身が露わになる。
それを常に帯電しているように電撃系統の魔力が循環しており、鞘から刀身の全てを抜き放つと何かが解放されるように刀の柄から私の体にかけて紫電が走る。
“雷獣モード” ―――と同じ感覚ではあるが違う。
今までのように無駄に電撃をまき散らしたりはせずに、この刀を通して私という器に効率よく電撃を循環させているような感覚であった。
「これは……!」
『驚いている暇はないぞ』
「え?」
「どこを見ている……!」
炎を爆発させることで加速したアーミラが、私の頭を両断しようとばかりに迫ってくる。
即座に電撃を纏いながら横に飛ぼうとしたその時、私の想定していた以上の加速が発生する。
———雷獣モードを発動していないのに、それ以上の加速をした……!?
「ッ!」
一瞬のうちに三〇メートル以上の距離を移動した私は、地面に刻まれた焦げた足跡を見つめる。
『魔力の効率化。それも貴様に最も適した形で適用させるものか』
「驚くほど魔力の消費が少なくて……速く動ける……」
刀を握りなおした私は軽く移動し、その場へと戻ってみる。
その速さは今までの比ではない。
『加えて、カタナの刃にもいくつかの能力が備わっているようだな』
「能力?」
『相対する敵がいるのだ。そいつで試してみろ』
「了解!」
鞘を剣が収められていたベルトへと差し、刀を右手で握りしめた私はアーミラへと相対する。
アーミラも私が来るのを察したのか、剣を構え防御態勢に移った。
「行きます……!」
刀から伝わる紫電をその身に纏い、身を低くすると同時に前方へ飛び出す。
電撃を帯びた足跡を刻みつけながら、一気にアーミラの眼前へと迫った私は、正確にカウンターを叩き込もうとする彼女を睨む。
『小娘、刀身に魔力を籠めろ』
「はい!」
右手を通し、刀身に魔力を籠める。
白銀の刀身が輝き、バチィッという強烈な音を発し始める。
炎を纏わせたアーミラの剣に合わせ、それをぶつけようとすると彼女は無理やり剣の向きを変え、地面へと叩きつけた。
地面から弾かれた炎に包まれた礫を避けながら、アーミラの行動に驚愕する。
「剣を逸らした!?」
『断ち斬られるのが分かったのだろう。相手も相当な使い手だぞ』
「それは、私の方が分かってます!」
そう返している間に、アーミラは地面に叩きつけた剣を無理やり引き上げ、私の胴体を薙ぐような一撃へと軌道を修正する。
この角度じゃうまく刀に合わせられない……!
わざわざ打ち合う必要もないし、速さに任せて勝ちを狙いに行く!
「はッ……!」
跳躍と同時に剣を回避、そのまま勢いのまま空中で回転しつつアーミラの首元へと視線を固定する。
——このまま首を断ち切る……!
視界が逆さまのままアーミラの首を薙ぎにいく。
「させるかァ!」
しかし、相手も並みではない。
自身の体に纏う鎧を燃え上がらせ、熱風で私の体を押し出すことで首を薙ごうとした一撃は僅かに肩の鎧を切りつけるだけに抑えられてしまった。
仕留めそこなったか……!
一旦体勢を整えるべく距離を取った瞬間、アーミラの肩の鎧に刀で刻みつけられた部分から電撃が放たれ、彼女の体へと襲い掛かった。
「何ッ!? ぐ、うぐ……ッ!」
私が斬った場所から電撃が発せられた……のか?
電撃を食らい膝をついたアーミラに、ファルガ様は冷静な口調で声を発した。
『籠めた魔力に応じて切れ味を増す。斬りつけたあらゆる物体に電撃を付与する。現状把握できるカタナの能力はこの二つだな』
試しに地面を刀で軽く斬ってみれば、数秒ほどして電撃が迸る。
なるほど……つまり、使いようによっては罠のように設置することも可能かもしれないと。
「さて、この隙に追撃を……っと」
アーミラが怯んでいる間に攻撃を行おうとするが、体に纏った紫電が消え失せ動きも普通の速度に戻ってしまう。
刀身に帯びていた魔力も消え失せ、普通の刀に戻ってしまっている。
『カタナに蓄えられた魔力が尽きたようだな』
「え!? もう使えないのですか!?」
意気揚々と飛び出そうとしたところなのに!?
ショックを受ける私に、ファルガ様は呆れたため息を零す。
『話は最後まで聞け、バカ者。それを鞘に戻せ。そうすればカタナに力が戻るはずだ。だが、タイミングを間違えば致命的な隙に―――』
「再チャージとか、ロマンの塊じゃないか……!」
『……まあ、貴様ならば大丈夫だろう。……はあ、勇者の片割れはとんだ問題児だな……』
マイナスな部分も考えようによってはプラスになる。
私の場合、再チャージというロマンに気力とテンションが上がる。
『そろそろ武具と我の繋がりが途切れる頃だ。あとは我が説明しなくとも大丈夫だろう?』
「助言、ありがとうございました! できれば、次に話すときは実際に会って話したいですね!」
『……』
「……あれ?」
ブツッ、と電話を切るかのように声が途切れてしまった。
え、これはあれだよね?返答する前に繋がりが切れちゃったとかだよね? ナチュラルに会うことを拒否されたとかじゃないよね!?
「さすがは、勇者……いや、勇者というだけで称えるのは貴様にとっては失礼に値するか」
「……!」
「改めて名乗ろう。我が名は、アーミラ・ベルグレッド。魔王様に仕える……肩書きもない戦士の一人だ」
焦げ付いたマントを捨て去りながらアーミラがこちらへ振り返る。
電撃でのダメージは確実に彼女の体を蝕んでいるはずなのに―――先ほど以上の圧と気迫を彼女から感じ、私は鞘に納めた刀の柄に手を添える。
……名乗られたからには、私も名乗るのが礼儀というものだね。
「私はスズネ。イヌカミ・スズネだ」
「フッ、人の身で我らを容易く凌駕していくか。人間、というのは本当に末恐ろしい存在だ。……だがな」
そう言葉を続けたアーミラは、再びその身に炎の鎧を纏う。
これまでとは比較にならない熱量。
十数メートル以上離れた場所にさえ伝わるほどの炎を肌で感じ、彼女が次の一撃にどれだけの力を籠めてくるかを理解する。
「イヌカミ・スズネ! ここで貴様を生かして帰しはしない! 魔王様のため! 私の命に賭け、貴様の命をここで刈り取る!」
「そうかい……! 生憎、私は絶対に生きて帰らなきゃいけないんでね! 意地でも超えさせてもらうよ!」
刀を引き抜き、鞘を地面に捨てた私は両手で柄を握りしめながらアーミラだけを睨みつける。
居合なんてぶっつけ本番な技は使わない。
今の彼女を相手に、そのような技を使う方が失礼だ。
「行くよ……!」
この一撃にチャージした分の魔力を籠める……!
刀身を覆う魔力が加速し、溢れんばかりの電撃と共に振動し始める。
「来い!」
アーミラの声に合わせ、下段に構えたまま全力で前へと踏み出す。
一瞬で最高速にまで達した私は、熱を振り払いながらアーミラへと刀を振るう。
対してアーミラは私の動きを予想していたかのように、正確に私へと剣を振り下ろしていた。
「……ッ!」
「はあああ!」
炎の纏った剣と電撃を帯びた刀がぶつかり合う。
互いの魔力が弾け、刃物のように体を傷つけるがそれでも前へ踏み出そうとする足は止めない。
「ここで引いたら確実に負ける……!」
今のアーミラの一撃は文字通りの全身全霊の一撃。後先なんて考えず確実に私だけを屠ろうという意志のみでその技を繰り出している!
私にはアーミラのように命を賭して戦う理由はないけれど! 絶対に生きて帰らなければならない理由がある!
呼吸を止め、柄を握った両手と踏み込んだ足に渾身の力を籠める。
そのまま目を瞑り、自分の感情のままに声を吐き出す。
「うぉぉぉ! ウサトくぅぅぅぅぅぅん!!」
「!?」
自分でさえ認識できない雄叫びと共に、全力で刀を振り切り、前方へ飛び出す。
そのままアーミラとすれ違うように体勢を崩した私は、地面を転がるように体を投げ出した。
「はぁ……はぁ……今なんて叫んだ!? 私!?」
物凄くシャレにならない雄叫びをあげてしまったような気がする。
いや、それよりもアーミラだ!
彼女はどうなった!?
慌てながら体を起こし、アーミラがいた場所を見れば半ばから溶解されたように断ち切られた剣を握りしめたまま、どさりと彼女が倒れ伏していた。
攻撃が直撃したであろう脇腹からは血が流れてはいたが、それでも生きているように見えた。
「強敵だった……あの雷獣よりも、ずっと……」
戦いにおける覚悟も、気迫も、経験も明らかに私を上回っていた。
悔しい話だが、この刀がなければ私は彼女に勝つことができなかったかもしれない。
「少し無理をしすぎたかな……いたた……」
さすがに私も無事ではいられなかったようで、体のあちこちが傷だらけだ。
とりあえず、鞘を手元に戻そうとすると―――ふと、この刀に名前をつけていないことに気付く。
「この刀に名前をつけなきゃ……」
名前付けとはすなわち、直感。
犬切丸……いや、なんか犬の妖怪を斬った逸話があるみたいだから、ボツ。
雷狗……なんか刀っぽくない、ボツ。
体を休めがてら、数秒ほど考え、刀の名前を決定する。
「……この刀の名前は、“犬丸”と名付けよう。うん。シンプルイズベストだね」
あとでウサト君に自慢しよう。
体の痛みに悶えながらも、私はそう決心するのであった。
先輩の武器はもうこれしかないと思いました。
刀とか、もうね……。
次話の更新は明日の18時を予定しております。