第百九十七話
気付けばもう12月ですね。
三話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
戦いが始まってからかなりの時間が経った……ような気がする。
私達は、救命団の拠点で怪我人を治療し続けているけれど、運ばれてくる怪我人は減るどころか、どんどん増えていくばかりだ。
拠点のテントに入りきれず溢れた人たちは、あらかじめ用意していた麻布を地面に敷いてそこに寝かせた後に私達治癒魔法使いが治療を行っていく。
それで一先ずは場所を確保できているけれど、まだ問題はある。
それは、軍団長らしき男の持つ剣に斬りつけられた人たちのことだ。
なんらかの手段で傷を癒せなくなってしまった彼らを生かすには、応急処置をさせてその場を凌ぐしか手がない。
目の前で苦しんでいる人を助けられないのは、私達にとっては歯痒く、辛いものであった。
「ウルル殿、怪我をした者は私が運びます」
「あ、ありがとうございます……」
今、拠点で私達を守ってくれている騎士の一人、アルクさんが黒服が連れてきた怪我人を麻布を敷いた地面へと寝かせる。
彼はウサト君と一緒に旅をしていた人とあって、信頼できる人だ。
というより、私達が何も言わなくても率先して怪我人の手当てを手伝ってくれているし、もし操られている騎士が暴れても即座に鎮圧してしまうので、頼もしいどころではない。
この短時間で『気遣いの達人かっ!』と、何度も内心でツッコんでしまうほどである。
「よし……! 頑張ってください! 今治しますからねっ!」
気合を入れなおして、目の前の怪我人に治癒魔法をかける。
もう何十回と繰り返しているけど、この作業に慣れる気がしない。傷は何度見ても痛々しいし、痛みに悶え苦しむ顔は、目を背けたくなるほどに辛い。
だけど戦場を走ってくれている皆はきっと私以上に辛い思いをしているから、めげるわけにはいかないのだ。
それに――、
「こちらに余裕があるから、こっちに連れてきてくれ!」
「その調子だよゲルナ君! 私は正直、倒れるかもしれないけど頑張るよ!」
「いや、お前は少し休めよ!?」
「スズネ様と会うまでは気絶しないよ!」
今回来てくれたゲルナ君もケイトちゃんも、治癒魔法使いとしての仕事をちゃんとしてくれている。
特にゲルナ君は、最初の頃に見せていた戸惑いも消え、今ではしっかりと怪我をした人と向き合っている。
お兄ちゃんも――、
「オルガさん……」
「ご心配なさらず、シャルンさん。僕はまだ、大丈夫です」
「……はい」
う、うん? なんというか、私が少し目を離しているうちに距離が近くなっているような……。
いや、多分本人達はそんなこと考えずに真面目にやっているのだろうけれど……。
「シャルンさんがいるなら大丈夫そうだねっ! うん!」
今は浮かれたことを考えている場合ではないので、半ば強制的に思考を中断させながら、怪我人の治療を終える。
お兄ちゃんの浮いた話は大事だけど、今はそれにかまけている場合じゃない。
思考を切り替え、次に運ばれる怪我人への対応を行おうとすると、拠点に一人の騎士が慌てた様子で走ってきて、アルクさんを含めた護衛の騎士達に何かを伝えた。
なんだろう、と思いそちらを見ると、喜色の表情を浮かべたアルクさんがその場にいる全員に聞こえるように声を発した。
「騎士達を操っていた者……! 第三軍団長を捕えることに成功しました!」
「え、アルクさん、それじゃあもしかして……!」
「はい! これで操られる者が増えることはありません!」
よかった……。ようやく味方から攻撃される心配がなくなり、心の底から安堵する。
でも、操っていたのが第三軍団長とは思わなかった。
私は魔王軍の軍団長って呼ばれる人たちの強さを知らないけれど、かなりすごい人たちだということは知っていた。
「でも、第三軍団長は騎士の皆さんが捕縛したんですか?」
「ウサト殿が捕まえたそうです」
「……え、ウサト君が?」
「はい。確かな情報です」
———何やってんの、ウサト君!?
というより君、さっき聞いたときは別のところで別の軍団長と戦っていたって聞いたんだけど!?
「困惑するのも分かります。ええ、分かりますとも」
アルクさんの頷きも、やけに実感が籠っているような気がする。
「ウサト君……また戦っているんだね」
治癒魔法使いは戦うのではなく、助けることが本分だ。
そう考えると、ウサト君の判断は間違っていると思えてしまうけれど、彼の性格を考えれば何のために戦ったのかはすぐに分かる。
きっと目の前の敵をなんとかしないと多くの人が傷つくから、彼は戦った。
その判断が正しいか間違っているかは私にも分からないけれど、少なくとも私が思ったことは——、
「私も、もっと頑張らないとね……!」
ちょっと挫けかけていた心を持ち直す。
ウサト君が治癒魔法使いとして戦場を駆けているのと同じように、私も治癒魔法使いとして今、この場所に立っている。
なら、彼の救命団の先輩としても、お姉さんとしても不甲斐ない姿を見せてはいられない……!
●
魔王軍第二軍団長、コーガ。
闇系統の魔法を纏った彼の動きはウサトとは真逆だ。
ウサトの場合、戦っている相手の動きを見切り、問答無用でカウンターを叩き込むタイプとすれば、コーガは縦横無尽に動き、隙を突くように鋭い一撃を叩き込もうとするタイプだ。
「光よ!」
魔力弾を操りながら、コーガへと剣を振り下ろす。
奴が腕で剣を防ぐと同時に、降り注ぐように魔力弾を撃ち込むように操るが、それらはコーガの背中から伸びた鎌により、かき消されてしまう。
「その程度じゃ、俺には届かないぞ! 勇者ァ!」
「普通の魔力弾じゃ、背中のあれで打ち消されるな……」
普通に操っている魔力弾はいわば風船だ。
今のように鎌で切れ込みを入れられただけで、中の魔力が破裂してしまう。
今までは魔力弾の数で押し切ろうとしていたが、それは無理か……。
「……よし」
言葉は力だ。
声に出して、耳で聞いて、頭がそれを認識する。
頭で全部考えて動かすよりも、その言葉に込めたイメージを魔法として形にして操ったほうが効率もよく、魔法を形成するスピードが格段に速い。
多分、ウサトも俺と同じような理由で技名を叫んでいるはずだ。
「……チャクラム」
そう呟き、魔力弾を集め別の形へと形成する。
円形のブーメランに似た形状へと変わった二つの魔力弾は、高速回転を始める。
「消し去れるものなら消してみろ!」
「うげ、なんだそりゃ……!」
円形の魔力へと変わったこいつは、高速回転をしながら接触したものを切断してしまう危険な技だ。
普通の魔力弾とは違い、二つしか操れないがそれでも十分な威力がある。
剣を握りしめた俺は、円形の魔力を向かわせながら中距離からの魔力攻撃を行う。
「切り刻め!」
「上等!」
コーガは地面に両手を置き、背中から伸ばした四つの鎌を高速回転する魔力弾へと向かわせる。
今の魔力弾は切断に特化させた形状。
俺は、剣で鎌を削るように刻み、二つの魔力弾をコーガの胴体と首を切り離すべく飛ばす。
「生半可な防御じゃ止められねぇか!」
「食らえ……!」
それに合わせ、俺も左手を添えた右腕の掌から連続して光魔法による光線を放つ。
それらを巨大化させた腕で弾いたコーガは、自身を切り刻もうと迫る魔力弾を避けながら、こちらへの接近を試みようとする。
「追いつけないか……」
俺の魔法の系統は光ではあるが、光と同じ速さで操れるわけじゃない。
対象を問答無用で消滅させるという意味での、浄化としての光を意味している。
だから、魔法によるビームも魔力弾も、先輩の電撃の魔法より遅く、ウサトやコーガのような動きが速い相手にはとことん相性が悪い。
「勇者、お前の魔法も、その技術も驚異的だが、俺を捉えるにはあまりにも遅すぎるんだよ……!」
「嘗めるな……ッ!」
しかし、それで万策尽きたとは限らない!
両手で剣を握りしめ、コーガの振るう爪と鎌を剣で捌く。
コーガの動きは速く、読みにくいが——、
「はああ!!」
ウサトと手合わせをした今なら、対処できない速さじゃない!
コーガの体から突き出された帯を避けると共に、掌で生成した即席の魔力弾を放つ。
「ハッ、そんな遅いの食らわねぇよ!」
それも即座に背中の鎌で対処されてしまうが、回避したところを片手で持ち直した剣を掲げ、首を斬り落とすように振るう。
黒い魔力で防がれるのは分かっている。
あくまで本命の一撃のためのブラフだ……!
剣を持つ逆の掌に魔力を凝縮させた、小さな剣を作り出す。
「穿て……ッ!」
それを拳に浮かせ、剣への防御へと意識を向けたコーガへと振るう。
狙うは、その心臓!
対応される前に即死させる!
「光点剣!!」
「やばッ!?」
拳に添えるように浮かばせた剣を、技名を叫ぶと同時にコーガの胴体へと叩き込む。
打撃と共に光の魔力を凝縮させた剣を放つことで、防御ごと消滅させ貫通する一撃へと変わる!
「オラァ!」
「なっ!?」
確実にコーガの心臓を消し去る一撃。
しかし、光の剣がコーガの心臓を消滅させるその寸前に、彼が不自然な衝撃で弾かれ、押し出されるように後ろへと倒れた。
「今、コーガの両腕から魔力が破裂した……?」
標的を失い、遥か後方に飛んでいった光の剣から、想定外の行動に出たコーガへ視線を移す。
やや慌てながら後ろへ下がったコーガは、自身の両腕を見て感嘆の声を漏らした。
「なるほど、ウサトと違って俺のはこうなるわけだな」
「お前、今のは……ウサトの……」
「ああ」
コーガが後ろへ倒れる寸前、彼の両腕からヘドロのように濁った魔力が弾けた。
今、その両腕からは、噴き出した黒い魔力が剣に似た棘へと変化し、それが何本も手から飛び出していた。
「そりゃあ何度も体で食らったんだ。さすがにあいつが何をやっているかは分かる。……種が割れてもやってることは、まともじゃねぇけどな」
すぐに腕を元に戻したコーガは、唖然とする俺にひらひらと手を振った。
血は出ていない。
コーガはウサトと同様に魔力を暴発させても大丈夫なのか……?
「元より、肉体と同化させる闇魔法なら、フェルムと同化したウサトにできて、俺にできない道理はねぇからな」
「魔力を、自分から暴発させたのか……」
「失敗しても死ぬよりもマシだからな。でもさ、これすげぇ勇気がいるぞ。それをよくもまあ、あんなにポンポン使えるのが不思議でならねぇよ」
「でも」と言葉を区切ったコーガは、自身の背中の鎌を戻しこちらを睨みつけた。
仮面を被ってその表情は分からないが、確実に喜色に満ちた笑顔を浮かべていることは分かった。
「ウサトには感謝だな」
「……なんだと?」
「あいつと戦うほどに俺は強くなれる。さすがは俺の好敵手だな! ハッハッハッ!」
「……」
落ち着け、ここで怒ったら相手の思うつぼだぞ。
そう自分に言い聞かせ、今のコーガの力を考察する。
……ウサトと同じ技を使ったってことは、彼と同じ移動法ができるってことだ。さっきまでウサトと戦っていたコーガがそれをやらないわけがない。
「すぐに決着をつけるべきだな」
正直な話、全力のウサトと戦うのは精神的なものを抜きにしてもきつい。
戦い方は違うが、コーガもウサトと同じように何をしてくるか予測できない厄介な相手だ。
そう判断した俺は、傍で停滞させていた円形の魔力弾を操り、コーガへと向かわせる。
「……行けッ!」
「お? まあ、正しい判断だな。だが――」
両腕を大きくしならせたコーガが向かってくる魔力弾へと腕を叩きつけ、魔力の暴発を行う。
瞬間、コーガの両腕から先ほどと同じような刺々しい棘が衝撃と共に突き出され――、
「残念ながら、それはもう効かない」
彼を切り刻むはずの魔力弾を無理やり消し去ってしまった。
衝撃だけじゃなく、硬度までも備わっているのか……!
円形の魔力弾を消し去ったコーガは、両腕を地面につけるとその体を変形させ始める。
「ハァァァ……!」
「姿が、変わっていく……?」
今までは背中から四つの鎌を伸ばし、人と獣の中間ほどの姿だったが、今の奴は背中からヤマアラシのように剣に似た棘を生やした姿へと変身した。
まるで、殺傷能力のみに特化させたような姿に俺は最大限の警戒をコーガへと向ける。
「さてさて、あいつと同じように俺も新しい戦い方でやらせてもらおうか……!」
「っ!」
動揺を押し殺しながら次の魔力弾を生成しようとした瞬間、先ほどまで十メートル以上離れていたはずのコーガが目の前に迫っていた。
すぐに剣を叩きつけ迎撃しようとするも異常な速度で躱されてしまう。
「魔力を暴発させて、瞬間的な加速を得たのか!」
「その通り!」
速い……!
今までは十分に対応できていたが、ウサトと同じ加速法によって、その動きはさらに変則的なものへと変化してしまった。
かろうじてその動きを目で追っていく。
「ッ、そこか!」
「爆ぜろォ!」
背後を振り向き構えた剣を盾にする。
それにも拘らず、コーガは振り上げた拳を剣へと叩きつける。それと同時に、その拳から強烈な衝撃波と幾本もの黒い魔力により形成された棘が突き出される。
「うぐぁ! ッ、この!」
全ては防げずに左肩と脇腹に棘を受ける。
凄く痛いが、痛がっている暇はない! 放たれた衝撃波を利用し倒れ込むように後ろへ回避しながら、前方へと掌をかざし、魔力弾を連続して放つ。
マシンガンの如く迫る魔力弾に対して、軽やかに避けるコーガを視界に収めつつ、今のコーガについて分析する。
「慣れるのに、時間がかかりそうだな……」
普通の攻撃に衝撃波と棘での追加攻撃があることが分かった。
速さも格段に上がっているから、中途半端な距離での戦いはこちらに分が悪い。
今まで通りの対処法じゃ無理だ。
あえて奴に魔力を暴発させ続け魔力を削らせるか、負傷覚悟で確実に俺の魔法で即死させるか……。どちらもやれる自信はあるが、それなりのリスクを覚悟しなきゃならない。
「うん?」
魔力弾をかいくぐって襲い掛かってこようとするコーガを視界に収め応戦しようとしたその時、俺のいる場所に炎と雷を纏った何者かが飛んできていることに気付く。
炎を散らし綺麗に着地したその人は、チリチリと火が付いたマントに気が付かないままこちらへ笑顔を向けてくる。
「カズキ君、大丈夫かな!」
「先輩、それはこちらの台詞ですよ。……燃えてますよ、マント」
「え? 嘘……あ、熱っ!?」
着地の瞬間はかっこよかったけれど、慌てて火を消すところがなぁ……。
慌ててマントについている炎を消している先輩からコーガの方へ視線を移すと、彼はアーミラを横目に見ながら動きを止めていた。
一方で、先輩と戦っていたアーミラは肩から血を流してはいたがまだまだ戦意が衰えていないように見えた。
「……ふう! さすがは軍団長クラスの実力者だ。相手の炎をも利用した私のミラクル必殺技『炎雷疾走斬』でようやく一撃とはね……!」
火を消した先輩は、額を拭いながらそんなことを言ってくる。
「ははは……。そちらの方は大丈夫ですか?」
「私はまだまだ元気さ。でも、剣の方はさっきの一撃に耐えられなかったようだ」
そう言って掲げた剣は罅割れ、半ばから折れてしまっていた。
かなりの強度を持つ剣のはずだが、先輩の力には耐え切れなかったようだ。
かといって、俺の持つ剣も限界が近いことはなんとなく分かる。
「これはもしかして、絶体絶命の状況ってやつかな?」
「いえいえ、先輩はそんなこと毛ほども思ってないでしょう?」
「フフ、そうだね」
そう言って先輩は近くに落ちている二つの剣を手に取る。
「戦場には武器は腐るほどあるからね。お気に入りの剣が壊されたら、今度はこっちを使うまでさ」
回復魔法で応急処置を済まし、立ち上がる。
絶体絶命なんかじゃない。
不甲斐ない姿は、前回散々見せてきた。
だから、今度はしっかりと戦って―――勝つ。
「諦めずに戦いましょう」
「ああ!」
なら今度は、この世界で得た心からの友に恥じないようにしよう。
その言葉で思考を切り替えた俺と先輩は、眼前の強敵達へと立ち向かっていく。
>>多分、ウサトも俺と同じような理由で技名を叫んでいるはずだ。
ウサト「え?」(なにも考えてない)
カズキの光の魔法は基本防御無視で消滅させてきます。
手加減が効かない分、ウサト以上に容赦がないですね。
技解説。
技名『光点剣』(犬上先輩命名)
拳に添えた光の剣を、打撃と共に放つ技。
直撃すれば、拳を叩きつけた部分がくりぬかれるように消滅する。
防御無視で、出が速いのが特徴。
技名は、カズキの懇願により先輩が七回ほど考え直した末に決定した。
今回の更新はこれで終わりとなります。