第百九十六話
二話目の更新です。
魔王軍内で悪評が留まることを知らないウサト。
今回も色々やらかします。
『ウサト様は心根の優しいお方だ』
尋問をさせたリングル王国の騎士はそのようなことを口にした。
拷問にかけ、その次に仲間に助けられる幻覚を見せるだけで、簡単に聞きたいことを吐いてしまったことに肩透かしはしたけれど、その結果は私にとっていい方向に向かっていると確信した。
治癒魔法使い、ウサト。
二人の勇者の親友。
悪名高き治癒魔法使いのいる組織、救命団に所属する人間。
その役目は戦場で傷つく人間を癒し、救うこと。
今まで朧げな存在であった治癒魔法使いについて聞きだすことに成功した私は、柄にもなく諸手を挙げて喜びたい気持ちでいっぱいであった。
突くべき穴が見えたこともそうだし、何より我々の障害である二人の勇者の明確な弱点が分かったからだ。
ただ優しい人間なんて、私にとっては格好の獲物でしかない。
そういう人間は味方だけではなく、敵にさえ簡単に情けをかけてしまうからだ。
敵だから殺す。
敵だから生きては帰さない。
ウサトという少年がそのような判断の下せる人間じゃなくて良かったと心の底から思う。
だって、それならやりようはいくらでもあるのだから。
———と、彼と戦う前の私は、そう評価していたが、実際に目にしてみるとウサトという人物はとんでもない化物であった。
コーガ君があれほどまでに語っていた時点で、尋常じゃないことくらいは気づくべきだったのだ。
第二軍団長のコーガ君を殴り合いで正面からぶっ飛ばしたなんて、傍から聞けば彼が面白がって手加減して、手痛い反撃を食らったようにしか思えないじゃないか。
だが、いざ目にしてみると本当に人間とは思えない。
というより人間と定義することすら駄目な気がする。
体から黒いウネウネしたものが伸びてるし、普通じゃない魔物っぽい鳥を肩に乗せているし。何よりおかしいのは、治癒魔法の光を纏って攻撃すると、殴られた飛竜が明らかに拳以外からの衝撃を受けていることだ。
あれがどういう原理なのか全く分からない。
———あれを相手にするのは無理そうですね……。
空中で目が合った瞬間に理解できた。
あれは、私達が知る人間とは違う。どこか……そう、悪魔とかが有力だと思う。少なくとも見た目と形相は悪魔に相応しかったと思う。
部下に全力で足止めをさせ、私だけ離れよう。
そう考え、飛竜の手綱を持っている部下にそう伝えようとした時、私の頭に一つの考えがよぎった。
―――あれを手中に収めれば、私は強力な兵力を確保できるのでは?
そこで、ちょっと欲を出した。
控えめに言っても、今まさに二体目の飛竜を鎮圧した彼は軍団長クラスの実力を有している。もしかするなら、現行の勇者以上に厄介な存在と考えてもいいかもしれない。
もし……もし彼を私の魔法で操れたら、私の唯一の弱点である単体での弱さをなくすことができる。
考えれば考えるほどに、返ってくる利益が大きすぎる。
むしろ、今この機会を逃すわけにはいかない。
結論は出た。
逃げるのはやめた私は策を弄することにした。
―――“優しい”と評される治癒魔法使いを確実に欺き、手玉に取る方法を。
そのためにまず、時間稼ぎのためにけしかけた部下と彼が戦っているうちに、いざという時の囮として連れてきた同い年ほどの女兵士と入れ替わらなければならない。
普通なら誰でも思いつくような頭の悪い作戦だけれど、きっと彼は罠にひっかかってくれるだろう。
なにせ、彼は優しいから。
無抵抗の相手をどうにかできるほど大人ではないのだから。
優しいことは、必ずしもいいことではない。
その優しさで生かされる人間がいる一方で、優しさ故に痛い目を見る人間もいる。
彼はその最たる例だろう。
彼は甘々の甘ちゃんだから、その善意を私により踏みつぶされ、その一生を私のために使い潰すことになる。
恐怖はもうなかった。
治癒魔法使い、否、ウサトはコーガ君のように幼く、それでいて御しやすい子供で、簡単に騙されてくれるだろうから。
●
部下を捨て駒にすることで、ようやく見せた無防備な背中。
音を立てず、手綱を握るふりをして近づいた私の手は見事、ウサトの頭を捉えることに成功した。
並みの人間では抗うことすら不可能な幻影系統の魔力が彼の頭へと送られたことで、私は一種の達成感を抱き、堪えきれない歓喜の声を漏らした。
「は、はは! やった! やりました!」
「……」
数年ぶりの心からの笑み。
というより、最後にいつ笑ったのかなんて覚えていないが、そんなことはどうでもいい。
私は今、人間という名の怪物を手駒とすることができたのだ。
しかも、治癒魔法使いだ。
魔族では生まれない、強力な回復持ちが手に入ったんだ。
「まずは、私を味方と誤認させることから始めましょう」
この戦場限りの手駒ではない。
というより、魔族以上の腕力を持っている人物を手放すなんて惜しすぎるので、念入りに幻を刷り込んで、戦いのあとも魔王領に持って帰ろう。
「フフフ」
完全な勝ちを確信していたその時———彼の胴体が蠢くと同時に黒い鋭利な棘のようなものが私の心臓を貫くように突き出された。
突然のことに、不意をつかれまともに動けない。
『くたばれぇ!』
「え?」
呆けた声を漏らし、反応できないでいると操られているはずの彼の右腕が動き、その棘を掴んで止めた。
「フェルム、よせ」
『!? ウ、ウサト、お前……操られて……!』
「大丈夫。僕は平気だから」
私は、ウサトに止めるように命令なんてしていない。
ならどうして目の前の彼は動いた? 私の魔力でなにもできないはずなのに。
呆然とする私を無視し、頬に添えられた両手を外した彼は「ふんっ!」と気合? のようなものを入れ、私が注いだ幻影の魔力を弾き飛ばしてしまう。
「え? ……え?」
「僕に貴女の幻は効きません。効いたとしても視界がぼやける程度です」
———おかしい。
完全に不意をついて魔力を注いだはずだ。
まともな人間なら触れた瞬間には幻にかかっているはずだ。
それをまるで、子供が蜘蛛の巣を払うように簡単に弾かれた。
私は、何を見せられているんだ。
人畜無害で、呑気そうな顔をして何を言っているんだ。こいつは。
なんだ、これ。
怖い。
得体の知れない恐怖で体が震える。
その時、突拍子のない憶測が私の脳裏をよぎる。
「や、やっぱり悪魔の化身だった……の……?」
「え? いや、違———」
「そうよ。こいつは人の皮を被った悪魔なの。治癒魔法を使える悪魔なのよ」
「ひっ!?」
「ちょ、ネア!?」
肩の上のフクロウが喋りだした。
この鳥は使い魔じゃないの!? なんで喋っているの!?
まさか、私は幻影を見せられている? いったい、いつから幻を見せられていた。
も、もしかして、あのエルフが私に幻を見せたのか……!?
ここまでの一連の出来事があまりにも普通じゃないから、どこから幻なのか現実なのか判断できない。
もしかして、初めから幻だった?
よくよく考えれば、こんな治癒魔法使いが存在していること自体が意味不明だ。
もっと冷静に考えてみれば、あのように空を飛び回る人間がいることすら悍ましい。
生命への冒涜と言ってもいい。
つまり……今見ている光景は幻で、現実じゃない。
「と、解かないと……。目覚めないと……」
自分にかかった幻影を打ち消すために、恐怖に苛まれながら自身に幻影魔法をかけるが、視界は一向に変わらない。
現実に戻りたい。
ありえない現実から逃げ出したい。
しかし、いくら自分に幻影魔法をかけようとしても、目の前の光景が変わることはない。
「貴女の見ている光景は、紛れもない現実」
「そ、そんな、嘘です。こんなこと、ありえません。こんな人間が、いていいはずがない……! きっと、これは幻です! 私はなんらかの精神攻撃を受けているんです!」
「ふぅん……」
フクロウの目が赤く輝く。
ウサトの口の端が引き攣ったように吊り上がる。
悪夢は終わらない。
追い込まれた私は、懐に忍ばせておいた護身用の小ぶりなナイフを取り出す。
こんなものでは目の前の悪魔を殺すことができないのは分かりきっている。だが、自分を傷つけることで強制的に幻から目覚めることは可能なはず……!
自身の太ももに突き刺すべく、ナイフを振り下ろす。
「こら! 何をしてるんだ!」
「きゃ!?」
しかし、それはあっさりと刃ごと掴まれ取り上げられてしまった。
絶望のあまり顔を上げると、ナイフを真っ二つにへし折ったウサトが顔を顰め、私を睨みつけていた。
「早まったマネをするんじゃない!」
「わ、私を拷問するつもりですか!?」
「え、えぇ……?」
目覚めることも、容易に意識を失うことすら許されない。
怯える私に、赤い瞳を向けたフクロウはこちらを嘲るような声を発する。
「いいから、無駄な抵抗をやめなさい。でないと、こいつが何するか分からないわよ? ……フェルム」
『任せろ』
そう言うと、困惑する彼の両肩から蝙蝠を思わせる翼が生える。
禍々しい、漆黒の翼が、背中から、生えた。
逆光により影が差した顔で私を見下ろし、神聖なイメージを抱かせる白色の服は、今の私にとっては恐怖を抱かせるものへと変わっていた。
「あ、ああああ……」
「えと、あの? どうかしましたか?」
恐怖に怯える私に、首を傾げた彼はこちらへと手を伸ばす。
鋭利な形状の禍々しい悪魔のような手が、間近へ迫ったところで私の精神は限界を迎えた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! もう悪いことはしないから許して……!」
「? 改心してくれるのはいいんですけど、それ以上さがると危な――」
「———あうっ」
逃げるように後ろへと倒れた私は、異様な浮遊感に包まれ、視界が真っ黒に染まった。
●
ハンナに幻を見せられそうになったけれど、自前の耐性で乗り切ることに成功した僕は、彼女を拘束しようと試みた。
しかし気づけば、異様な狼狽えようをみせた彼女が猛烈な勢いで謝りながら、僕から逃げるように倒れて飛竜から飛び降りてしまったのだ。
「あ、危なかった……」
白目をむいて飛竜から落ちかけているハンナの手を掴んで引き上げた僕は、ほっと安堵の吐息を吐く。
軍団長を逃がすわけにはいかないからな。
逃げられて、また味方を操られたらたまったもんじゃない。
……あとは下に降りるだけだ。
そう思い、背後のハンナのフリをさせられていた魔王軍の兵士に話しかける。
「この飛竜を地上に下ろしてください」
「わ、私の魂は美味しくない、です! ゆ、許してくださいぃ……! まだ死にたくないんですぅぅ……!」
「……」
涙目どころか、ガチで号泣しながら命乞いをする兵士に絶句してしまう。
ど、どういうことだ? な、なんで僕に魂まで取られると思われているんだ? 今の一連のやり取りで、僕は彼女に何をしたっていうんだ……!?
かつてないほどの化物扱いに、慣れている僕も混乱するしかない。
「おい。君達、何かしたなら正直に言いなさい? 怒らないから」
とりあえず、兵士に飛竜の手綱を預けた僕はハンナを小脇に抱えながら、疑わしい二人へと追及してみる。
「いえ、なにも?」
『単純にお前が悪魔に見えただけじゃないか?』
「普通に悪魔っぽいことしてたしねー」
『だよなー』
こ、このフクロウと魔族ッ娘……!
普段の様子を見て考えられない仲の良さを見せる二人に青筋を立てる。
絶対にあとで聞き出してやるからなァ……!
そう、心で固く誓った後、地上へ降りていく飛竜を見る。
「あ、あああ、安全に……安全によ。が、頑張って、ショーン。貴方は強い飛竜よ……!」
「グギャァ……」
「戦いが終わったら、一緒に大陸全土を回る旅に出ようって約束したもんねぇ……!」
ハンナの身代わりにさせられていた兵士が強烈なキャラクターをしていることに若干の不安を抱きながら、地上に着地したことを確認する。
地上では未だにフラナさんと騎士の皆さんが魔物と兵士達と戦っていたようだが、僕が軍団長であるハンナを捕獲しているのを見ると、一様に動きを止める。
「は、ハンナ様が……」
「空は安全なはずなのに、どうして!」
「それより、私達はどうしたら……!」
司令塔の一人である軍団長を捕まえたおかげで、気勢を削ぐことはできたようだ。
「ギェァ……!」
「僕がさっき落とした飛竜か……はぁ」
しかし、その中には僕へ怒りを向けて唸る飛竜もいる。
気持ちを切り替えて、応戦しようと睨みつけると―――、どういう訳か飛竜は一転して怯えたような悲鳴を上げ、僕に背を向けて逃げて行ってしまった。
『グローウルフもウサトに怯えてるな』
「空を飛んでいる飛竜をあれだけ叩き落としたらね。本能で考える魔物なら当然のことよ」
脳裏に「目で威圧すれば自然と逃げていくぜぇ!」というミルの台詞と、「同族だと思われれば襲われないぜ!」というグルドの台詞がよぎる。
うぐぐ、一番ありえないと思っている案を自分で実践してしまうとは……!
『軍団長を欠いた今が好機だ! この場を制圧するぞぉ―――!』
『『『おおおお!』』』
軍団長を欠き、動揺している兵士達に追い打ちをかけるように騎士達が向かっていく。
その様子を見送りながら、捕まえたハンナともう一人の兵士を後方の騎士へと捕虜として預けようと考えていると、僕の元にフラナさんが駆け寄ってくる。
「ウサト、大丈夫!?」
「ああ。……なんとか軍団長のハンナと部下の兵士を捕まえたから、あとは後方の騎士に任せるよ」
「それなら私の方に任せて! これ以上悪さをしないようにしっかりと拘束しておくから!」
フラナさんの言葉に頷き、気絶したハンナを渡す。
気絶した彼女の顔と、傍らで俯いて怯えている兵士を見てフラナさんは首を傾げた。
「なんだか、この世のものではないものを見たような顔で気絶してるけど……何をしたの? 後ろの捕まえた兵士も怯えているし……」
それは僕も知りたいです。
今しがた露骨に視線を逸らしたネアに、後でしっかりと問い詰めるつもりです。
でもその前に、やるべきことをしなくちゃな。
「ハンナを捕まえたことでこちらは幾分か持ち直すはずだけど……それでも、こちらが劣勢なことには変わりない」
「それでも、戦わなくちゃね」
ここで諦めるわけにはいかない。
先輩もカズキも……そして、ローズが強敵と戦っている今、僕もできることをしていくしかない。
「では、僕は次の場所へ――」
「っ、ウサト!」
『お、おい!』
歩き出そうとすると、軽い眩暈に襲われ倒れそうになる。
人の姿へと戻ったネアに支えられたことで倒れはしなかったけれど、僕は自分が考えていた以上に疲労していることを自覚せずにはいられなかった。
「ウサト、少しでもいいから体を休めたほうがいいよ! あれだけの戦闘のあとだから顔色も悪いよ!」
「フラナのいう通りよ。このままじゃ保たないわよ……」
魔力を節約する訓練はしてきたはずだけど、さすがに連続で魔力を暴発させるのは堪えたようだ。
だけど、眩暈は一瞬だけですぐに治った。
一人で立ち上がろうとすると、ここからそう遠くない場所で轟音が響く。
そちらを見れば、邪龍と同じかそれ以上の大きさの蛇が暴れまわっている。その口からは毒々しい色をした液体がばらまかれているように見える。
「まだ、休むわけにはいかない……」
「……分かった。でも限界だと判断したら、魔術を使ってでも無理にでも止めるわよ」
『いざというときは、ボクが鎧の上からウサトを動かす』
なにそれ、初耳なんですけど。
もし僕が気絶したら、フェルムが僕の体を動かしたりできるのだろうか?
でも、自分でも止められないのは自覚できているので、いざとなったらそうしてくれるとありがたい。
ため息をついて、フクロウに戻り肩へと戻ったネアを見てから、フラナさんへと視線を移す。
「ということで、僕は先に行きます……!」
「カズキと同じように、一度決めたら曲げないんだね。だったらこれ以上は止めない。……でも、貴方が無茶をするとスズネもカズキも悲しむから……死なないでね」
「……ああ!」
僕を見て、どこか悲しそうな表情を浮かべたフラナさんに頷く。
そのまま前を向き直り、巨大な蛇と騎士達が戦っている場所へと向かう。
恐らく、戦力では僕は役に立つことはないだろうが、それでもあの蛇の毒に侵されている人たちを癒すことができるはずだ。
ウサト「僕が化物? 違う、僕は悪魔だぁ」(ハンナ視点)
変な動きしてる人間から突然悪魔の翼が出てきたら、そりゃ信じてしまいますよね。
ハンナ自身、現実と幻の区別がつかない不安定な状態だったこともありますし。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




