第百九十五話
お待たせしました。
今回も三話ほど更新したいと思います。
魔王軍、第三軍団長ハンナ・ローミア。
味方の騎士達を操り、同士討ちをさせていた魔族。
遥か頭上で飛竜に乗り、こちらを見下ろしたまま降りてこない彼女は傍目から見れば、フェルムと変わらない魔族の女性に思えた。
しかし、彼女の戦略は非道ではあるが、ある意味では正しい。
味方を危険に晒さず、被害を最小限に収めることのできる戦術。
敵である僕達からすれば、厄介だしたまったものじゃないけれど、それでも迷いなくそんな非情な戦術を使ってくることは凄いことだと思えた。
しかし、しかしだ。
“限られた兵士を消費したくはないので、戦場で調達しているだけ”
彼女がその言葉を発した瞬間、僕はハンナを絶対に戦闘不能にすることを決意した。
“兵士を消費”
“戦場で調達”
ハンナという女性は、敵である僕達だけではなく、味方の兵士すらも消耗品としてしか見ていない。
「……」
少なくとも、これまでの彼女の言動からそう受け取った僕は自身の内で溢れ出ようとする怒りを抑え、冷静に上の状況を把握しようと試みる。
「……高いな」
ハンナとその部下達の駆る飛竜は、魔力の暴発を利用した跳躍“治癒ジャンプ”では、届かない高さを飛行していた。
目を凝らしてみれば、ハンナ自らが飛竜を操っているわけではなく、部下に飛竜の手綱を握らせている。
加えて、精鋭と思われる鎧を纏った兵士は四人おり、それぞれが飛竜を操ってハンナを護衛している。
あそこまでいくには頭を使わなくちゃな。
「フェルム。右腕も君の魔法で覆ってくれ」
『分かった。でもウサト、あいつを叩き落とすってどうやるんだ?』
「跳んで、殴って、叩き落とす」
次に、こちらに襲い掛かろうと機を伺っているグローウルフと魔族達へと意識を向ける。
グローウルフの方は、このまま意識を逸らしたら襲い掛かってきそうだな……。それに合わせて兵士達も殺到してくるはずだ。
しかし、地上の敵を撃退し続けても、上空にいるハンナは僕を捉えるために援軍を呼び続ける。手っ取り早くなんとかするには、空にいる彼女を落とさなければならない。
『こ、答えになっているようでなってない!? ネア、止めろよ!』
「甘いわね。こいつが変なことするのは今更よ。地上で暴れる変態が、空で暴れる変態に変わるだけよ」
変態とはなんだ。
虚ろな目でそう言ったネアに反論したい気持ちを堪え、フラナさんへと声をかける。
「フラナさん、矢を一本貸してもらってもいいかな?」
「え、ああ、うん」
……よし、これならいけそうだな。
矢じりから羽の部分にかけて左指でなぞり黒い帯を吸着させる。
帯は左手首に繋がっており、余裕を持たせるために帯を地面へと延ばし続けながら、それをフラナさんへと返す。
「これを上の飛竜に当てられる?」
「できなくはないけど……これで大丈夫なの? どう見ても相手はジャンプしても届く距離じゃないけど……」
「それはなんとかする。僕が上の奴らを相手している間、下の敵は任せてもいいかな?」
僕の言葉に何か言いたげにするフラナさんであったが、何を思ったのか自身の頬を張ると、吹っ切れたような表情を僕へと向ける。
「分かった。不安はあるけど、カズキと同じように君のことを信じるよ。頑張って」
「ああ……!」
「皆、迎撃態勢!」
フラナさんの背後に控える騎士達が応えると同時に、フラナさんは帯が取り付けられた矢を構える。
それに伴いグローウルフが動き出すが、僕は応戦する騎士達を信頼し、その場を動かずに黒い魔力に包まれた両足に変化を加える。
———足裏からかえしのついた杭を作り出し、それを地面へと勢いよく突き刺す。
「ふぅー……」
『おい、待て、何をしているんだ? なんで地面に足を縫い付けた?』
「なんかすっごい嫌な予感が……」
「じゃ、矢を放つよ!」
フラナさんが、ハンナの乗っている飛竜へと矢を放つ。
風を切る音と共に、僕の足元に垂らされた黒い帯も空へと上がっていく。
「防ぎなさい」
「ハッ」
真っすぐな軌跡を描き飛竜へと飛んでいく矢だが、ハンナの乗る飛竜が振るった尻尾により、呆気なく弾かれてしまった。
地面へと落ちていく矢に視線を送りながら、彼女は嘲るような笑みをこちらへ向けた。
『フフッ、その程度で、私の飛竜は落ちませ―――』
「届かないなら、貴様ごと引き寄せるのみだァ!」
『え』
矢を弾いた尻尾に帯が巻き付いたことを確認した僕は、左手首から伸びた帯を掴み、力の限りに引き寄せる。
ハンナだけではなく、地上にいる面々が僕の行動に呆気に取られる。
「ウサト!? 信じるとは言ったけど何やってるの!?」
「見てのとおりだ!」
「見て分からないから聞いてるんだけどぉ!?」
足裏から突き刺した杭のおかげで、僕の体はがっちりと地上に固定されている。
このまま跳躍で近づける距離まで引き寄せれば、こっちのものだァ……!
「届かぬなら、届く距離まで引き下ろせばいい……! これぞ頭脳プレーだ……!」
『頭脳使ってないと思うんだが……?』
「脳筋プレーの間違いじゃないかしら……?」
なんと言われようともハンナの乗る飛竜は着実に地上へと引きずりおろされている。
当のハンナは、先ほどの余裕を失くしてあたふたとしながら、周囲の部下にせわしなく指を向けている。
『あ、あああ、貴方達、さっさとこれを切りなさい!』
『ハッ!? はい!』
「もう遅い!」
我に返った部下が剣を引き抜き帯を切ろうとするも、時すでに遅し。
僕は両足に魔力を集めると同時に足裏の杭を解除し、魔力の暴発と共に力の限りの跳躍を行う。
「ぬぅん!」
そのまま帯を力の限りに引き寄せる反動で、さらに上へ飛ぶとハンナのいる高さまで到達し、彼女と目が合う。
「叩き落とす!」
「ひぃ!?」
恐怖に顔を青ざめたハンナから、飛竜を操る兵士に治癒飛拳を叩き込もうとしたその時、側方から護衛の兵士の乗る飛竜が僕へと体当たりをかけてきた。
「ハンナ様に手出しはさせん!」
「猪口才な……! だがしかぁし! 空中で自由に動けるのはお前らだけじゃない!」
脚甲から一瞬だけ魔力を暴発させ、体当たりを仕掛ける飛竜へと体の向きを変える。
右腕を大きく振りかぶった僕は真正面から飛竜の眉間へ向け、治癒加速拳を放つ。
「グゲェ!?」
「まずは一体ッ!」
鼻の上らへんに拳が直撃した飛竜は、翼で顔を押さえる。
その瞬間を狙い、飛竜の背中に飛び乗った僕は剣を引き抜こうとする兵士の下顎に掌底をいれ、気絶させる。
この飛竜はもうすぐ地上へ落下するだろうけど、魔族ならこの高さから落ちても大丈夫なはず。
それでも怪我はするだろうけれど、相手を気遣っている余裕は僕にはない。
「……」
『魔族はこのぐらいの高さから落ちても死にはしない! 変な気は回すなよ!』
「あ、ああ、分かった!」
フェルムに返事をして、ハンナの方へと意識を向ける。
彼女は魔力弾を空中に展開させながら護衛の兵士達に自分を守らせている。
地上ならともかく、空中では容易に突破できそうにないな……。
「う、動きを止めなさい! 止めたら、私が操りますから!」
「「「ハッ!」」」
「まずは護衛をなんとかするしかないか!」
幸い、ハンナをここまで引きずり下ろしたおかげで他の飛竜も同じ高さまできている!
今いる飛竜から、近くを飛んでいる別の個体へと黒い帯を伸ばし、そちらへと引き寄せられるように接近する。
「自分からノコノコと来るとはな!! 火だるまにしてやる!」
「ギャォォ!!」
飛竜の口と、兵士の掌から同時に炎が放たれる。
このままでは帯に引き寄せられた勢いのまま炎に突っ込むことになるけど、魔力を暴発させて避ければ問題ない。
すぐさま行動に移そうとすると、突然、団服のフードが勝手に動き僕の頭にかぶさった。
それに伴い、目に見える自身の団服の白い部分が、浸食されるように黒く染まる。
「うぉ!? フェルム!?」
「な、なに!?」
見れば、ネアもミノムシみたいに帯にくるまれている……!?
『防御はボクがするから、そのまま突っ込め!』
「わ、私は炎への耐性を!」
———ッ! 考えている暇はない!
全体が黒い魔力により防御され、炎への耐性も付与された今なら、避ける必要もなく攻撃に移れる!
意識を攻撃へと切り替え、回避に用いようとした右腕の魔力を二回りほど巨大化させる。
「おおお……!」
フェルムとネアのおかげで、熱さも息苦しさも感じない。
炎を突破し飛竜へとたどり着いた僕は、下から掬い上げるように大きくなった右の拳を飛竜の胸部へ叩きつける。
「オラァ!」
「ギィッ……!?」
拳の衝撃で飛竜が後ろへのけぞるとバランスを崩し、魔法を放った兵士は叫び声と共に地上へ落ちていく。
代わりに、悶えながらも羽ばたき続けている飛竜の背に着地する。
「っと、これで二体目……ッ、暴れるな……!」
「任せなさい」
拳を固めて大人しくさせようか考えていると、僕の肩からネアが離れた。
彼女が暴れている飛竜の顔の前で目を合わせた途端、その動きは大人しくなってしまった。
「大人しくなった……。ネア、何をしたの?」
「チャームで大人しくさせただけよ。言うことは聞かせられないけど」
まあ、チャームは強力だけど、意志を操っている訳じゃないからな。
それでも一息つけるのは助かる。
フードを外し、黒一色から黒の混じった白色の団服へ戻ったことを確認しつつ、ハンナへと意識を向ける。
「おっと」
こちらへ迫る魔力弾を籠手で弾く。
さっきからハンナの方から魔力弾が飛んでくるのが分かっていたけれど、飛び回るのをやめてようやく当たるようになったか。
「単純に僕の動きを追い切れていない?」
だとしたら、ハンナ本人の戦闘能力はあまり高くないのかもしれない。
ネロ、コーガ、アーミラと軍団長クラスの実力者は武闘派なイメージだったけれど、ハンナは別のようだ。
「あと、残っているのは……」
ハンナと二人の護衛のみか。
一対一では分が悪いと判断したのか、残りの護衛二人は連携して僕達へと攻撃してくるようだ。
どちらも似た飛竜に乗っているように見えるが、武器が違う。
一人が剣で、もう一人は槍持ちだ。
「残った我らで仕留めるぞ!」
「応ッ!」
「……っ! 厄介だな!」
二体の飛竜から火炎と魔法が飛んでくる光景を確認し、飛竜から跳び上がる。
「ネア、拘束の呪術を溜めておいて!」
「ええ!」
空中で落下していく僕を噛みつかんばかりに襲ってくる一体を治癒加速拳で回避し、その背に取り付けられた鞍を掴む。
「させるか!」
「うぉ!?」
それを近づいてきたもう一体の飛竜を駆る兵士が振るった剣により邪魔され、振り落とされてしまう。
ギリギリで手首から伸ばした帯を飛竜へと取り付けることで落下は免れたけれど、空中で自由に動き回れる飛竜相手では分が悪い。
しかも、先ほどの僕の戦いを見て、互いを助けられるような位置取りをしているのが厄介だ。
『どうする、ウサト? いくらお前でも分が悪いぞ』
「まずは誘い込む!」
宙づりのまま、もう一体からの剣での追撃を避けた僕はすれ違いざまに、飛竜の首に帯を巻き付けそちらへ取りつく。
「こ、こっちに取りついた! 助けてくれ!」
目が合った兵士が、驚きの声を漏らしながら仲間に助けを求める。
その声を聞き、もう片方の兵士が仲間を助けるために、槍を構え突進を仕掛けてくる。
勿論、突進で同士討ちをさせるなんて安易な作戦は立てていない。
「落ちろ! 治癒魔法使いぃぃ!」
「重要なのは、距離……!」
こちらへ接近してくる飛竜を確認しながら、帯を握っていない右腕に魔力を籠める。
「今!」
接近してきた飛竜の背から兵士が槍を突き出すと同時に、今取りついている飛竜から離れるように後ろへジャンプする。
僕に突き刺さろうとしていた槍は外れ、僕から見て二体の飛竜の位置が重なる――その瞬間を狙い、空中で魔力を暴発させての加速を用いながら拳を突き出す。
「治癒瞬撃拳!!」
「「なっ!?」」
槍持ちの兵の飛竜に拳が直撃し、追加の衝撃が叩き込まれる。
それにより、大きく横に傾きもう一体の飛竜と衝突する。
「ネア!」
「ええ、今よね!」
拳からチャージされた拘束の呪術が流され、二体の飛竜の動きを一時的に止める。
それでも長くは止められない。
だから——、
「駄目押しでいくぞ!」
今度は治癒ジャンプを利用して先ほどより大きく跳躍する。
その状態で両手の手首から帯を伸ばし身動きの取れない飛竜へと帯を巻き付け、そのまま力の限りに引き寄せることで加速させる。
さらに、両腕から魔力を暴発させ、最大限に加速した状態で――、
「治癒キック!」
——両足での蹴りを叩きつける。
帯の反動と全力の加速を用いて叩き込まれた一撃は、二体の飛竜の体勢を大きく崩すことに成功した。
『ウサト、このままじゃ落ちるぞ!』
「ッ、分かってる!」
二体の飛竜が完全にバランスを崩したことを確認しながら、すぐさま残りの敵―――ハンナの乗っている飛竜へと帯を伸ばす。
逃げる素振りすら見せない飛竜に拍子抜けしながら、その足に巻き付いた帯を手繰り昇っていく。
「……静かね」
「逃げる様子もない、な」
諦めたのか? いや、それならまだ逃げたと考えた方が自然だ。
抵抗もなく、ただ羽ばたいている飛竜を不気味に思いながらその背によじ登る。
その背には、怯えた様子で手綱を握っている兜をかぶっている兵士と、ローブを纏った第三軍団長、ハンナの姿があった。
フードを目深に被り僕から逃れるように後ずさっている彼女を拘束しようとすると、それに驚いた兵士が声を震わせながら口を開いた。
「み、見逃してください……」
「……あの」
「ひぃッ!?」
まだ何も言っていないのに。
いや、怖がられるのは分かっているけど、このまま錯乱させて墜落……なんてことになるのは避けたい。
できるだけ静かに、はっきりと話かける。
「地上へ降りてください。安全に」
「は、はい……」
涙声で手綱を操ると飛竜が地上へと降りていく。
……やっぱり空中より地上がいいな。空にいると、ローズにリングルの闇へぶん投げられた時を思い出すから、あまり好きじゃない。
「さてと、ようやく追い詰めましたよ」
「……っ!」
飛竜の背にいる限り、逃げ場はない。
まず何もできないように、ネアに拘束の呪術をかけてもらおう。
そう思い、手を伸ばそうとすると怯えるように震えたハンナのフードから髪が零れた。
「金髪……?」
どういうことだ? 確か、遠目で見たハンナの髪色は薄い紫色だったはずだ。
すぐにフードを外させると、その下の素顔はハンナではなく知らない顔であった。
金髪の女性魔族。
素顔が暴かれたことで大きく動揺し涙を目に浮かべた魔族の女性は、自身に着させられたローブを掴み、必死な様子で何かを訴えようとしてきた。
「こ、これは無理やり押し付けられて……あの、だからっ!」
「無理やり……?」
『どういうことだ……?』
この人がハンナでないことは確かだ。
だけど、空中では逃げ場がない。
そしたら、どこに――、
「——まさか!」
焦燥と共に背後の兵士へと振り向いた瞬間、何者かが僕の頬に手を添えた。
まず、見えたのは紫色の光が浮かぶ瞳。
目と鼻の先ほどの距離にまで顔を近づけた薄い紫色の女性、ハンナはもう片方の手で兜を捨てながら達成感に満ちた笑顔を浮かべていた。
「貴方はもう、私のものです」
その言葉と共に幻影系統の―――紫色の魔力が僕へと注ぎ込まれた。
なんだこの化物!?(先制)
何気なくウサトの全身防御バージョンを出してみました。
その場合、フードを被り全身が真っ黒になる感じですね。
次話は明日の18時頃に更新いたします。