第百九十四話
お待たせしました。
三話目の更新です。
今回はフラナの視点からとなります。
操られた人を見て、すぐに私と同系統の魔法使いによる仕業だと分かった。
そいつは私の持つ幻影魔法と違い人を惑わすことに長け、且つ範囲が広いもの。そして視界のみならずその意識すらも惑わすことができる。
そして恐ろしく狡猾で、手段を選ばない。
……状況は最悪だ。
たった一人の魔族により陣形が大きく崩され、味方が操られていることで騎士達の間に不安と混乱が広がっている。
それに加えて、普通では考えられないほどの大きさの蛇の魔物と小型の魔物により劣勢を強いられている。
しかしそれでも、なんとかしなければならない。
カズキ達が軍団長という強敵と相対している今、私が騎士達の操っている術者を見つけ出し対処する。
「——私を見つけたことは褒めてあげましょう」
「ハァ……! ハァ……!」
空を飛ぶ飛竜からこちらを見下ろす薄い紫色の髪の女魔族は、膝をついて息を乱してる私を冷たい目で見下ろしていた。
魔王軍の兵士とは違った黒を基調にしたローブと、その周囲に浮かばせた複数の紫色の魔力弾。
あの宙に浮かんでいる魔力弾で人を操っているのだろう。
飛竜に乗っているのも、空から騎士を狙うために違いない。
「こんなに厄介な相手とはね……!」
見つけることはできた。
幻影を見せるにはなんらかの形で魔力と接触させなければならない。
私の場合は、掌や武器などに魔力を纏わせ、相手に接触させることで幻を見せることができる。相手も私と似た特性を持つのなら、操られている騎士の所属と、どの場所で戦っていたかを調べることで位置を割り出していけばよかった。
目論見通りに、騎士達を操っている術者を見つけたのはいいものの、私が想像していた以上に相手は厄介な人物であった。
「いつかは見つかるとは思っていましたが、まさかエルフの方に見つかるとは思いもしませんでした……、でも、貴女程度の力では私をどうすることもできないでしょう?」
「……っ」
女性魔族を乗せている一際大きな飛竜の周りには、近衛らしき兵士の駆る四頭の飛竜がいる。
見て分かるほどの手練れだ。魔法や弓矢で落とすのはほぼ不可能といってもいい。
「それでは、次です。やりなさい」
こちらを見下ろしている女が、地上にいる操られた騎士達に命令を下す。
彼女の言われるがままに、武器を構えた騎士は私と仲間だったはずの騎士達へと血走った眼を向けてくる。
「ッ、フラナ殿! 我々はどうすれば……!」
「上の魔力弾に気を付けながら対処して! あれに当たると操られちゃうから!」
「はい!」
でも、襲ってくるのは操られた騎士だけじゃない。魔王軍の兵士だってそれに混ざって襲い掛かってくる。
私達が味方だった人達を攻撃することに躊躇しているうちに、空にいるあの女は魔法でどんどん味方を操っていく。
今の状況に歯噛みしながら、槍を突き刺そうと突進を仕掛けてくる騎士に剣を構える。
「ウオオオ!」
「っ、目を……覚ましなさい!」
虚ろな目で襲い掛かる味方の騎士。
剣に幻影魔法による魔力を纏わせ浅く斬りつける。
斬りつけられた騎士は、目に光を取り戻し動揺するように自身の掌を見つめた。
「———わ、私はいったい……」
「取り押さえて!」
騎士を操っている魔力を、私の幻影魔法で相殺させることで、正気に戻すことができる。
槍を落とし、我に返った騎士から視線を外し、他の操られている騎士達を幻影魔法で正気に戻していく。
でも、一度に正気に戻せる人数は限られている。
私自身の魔力も限られているし、大本のあの女をなんとかしなくちゃ駄目だ。
騎士に混じって襲ってきた魔族に剣を突き刺しながら、背中の弓を取り出し矢をつがえる。
「当たって……!」
矢じりに幻影魔法を籠め、空にいる女へ向けて矢を放つ。
真っすぐと標的へと向かっていく矢だが、それはすぐに近衛の兵士の駆る飛竜により叩き落とされてしまう。
「く……守りが堅い……!」
あの女が指揮官か、それに近しい地位にいるのは間違いない。
そうでなくてはあんな厳重に守られているはずがない。
だけど、直接狙う術が私達にはない。
少なくとも、弓での狩りを得意とするエルフ族の弓術が通じなかった時点で、カズキのような正確無比な魔力弾の操作に長けた者が必要だ。
「同じ系統の魔法使いでしょうか? 幻の深度は貴女の方が優れているようですが、搦め手に関しては私の方が上だったようですねぇ」
「何者なの、あんたは……」
空から私を見下ろしながら、女は少しだけ悩むように口元に手を当てた。
「うーん、まあいっか。教えましょう。私は、ハンナ・ローミヤと申します。一応、魔王軍第三軍団の軍団長を任されている者です」
「第三軍団長……!?」
相手が魔王軍の最高戦力の一人であることに驚く私達に女―――ハンナは冷笑を向ける。
「まさか、軍団長は誰もかれもが突撃しか能のない方ばかりだと思っていましたか?」
「……貴女の魔法は、なに?」
「同じ幻影魔法ですよ。能力に差異はあるようですがね」
ハンナは自身の周囲に浮いている魔力弾の一つを掌に引き寄せ、私を見る。
「貴女の幻影魔法は私よりも支配力も拘束力も強い。一方で私の魔法は範囲が広く、見せられるものに幅がある……。私はこの魔法を使って、そちらの騎士達を意のままに操っているというわけです」
「それで、同士討ちをさせているってわけね……!」
「おや、もしかして怒っていますか?」
不思議そうに首を傾げたハンナに、怒りを抑えながら睨みつける。
ここに来るまで戦っていたのは味方だった騎士達だ。
味方同士で戦うことを余儀なくされ、辛い選択を迫られた人もいる。
それに、何を見させられているのか分からないが、操られている騎士達の苦悶の表情を見る限りまともな幻を見せられているはずがない。
「でも、勇者がこの場にいなくてとても残念です。ここにいたら、傀儡にして戦力にできたものを」
「……貴女に勇者を捕えることはできないと思うけれど」
「そんなもの、手段を選ばなければいいだけじゃないですか。経験も浅い勇者が、目の前の人質を見過ごすような非情な決断ができるとは思えませんし」
「……」
カズキは、見捨てることはできない。
心優しい彼は、ハンナの卑劣な要求に従ってしまうかもしれない。
「さて、無駄話はここまでにしましょうか」
「っ」
ハンナが手を挙げると操られた騎士達が構えを取る。
そして、騎士達を盾にする形で魔族の兵士たちが控えており、頭上には近衛の兵士の乗る飛竜とハンナが虎視眈々と私達が隙を見せるのを待っている。
……このまま戦っても、意味がない。
でもここで私達がハンナを止めないと、操られる騎士が増えていってしまう。
「では、いきなさい」
先ほどとは比べ物にならない人数の敵が、私達へと襲い掛かってくる。
死への恐怖と、自分の使命との板挟みで立ちすくんでしまったその時——、私達の前に、白い人影がとてつもない勢いで割って入ってきた。
「———え?」
「間に合った!」
凄まじい量の土埃を巻き起こした人影は、迷いなく目の前の魔王軍の兵士と操られた騎士達へと突撃する。
「治癒パンチで対処していく! 今、正気に戻します! オラァ!」
「げふぅ!?」
人影が拳を連続で振るうごとに、えげつない音と魔力と思われる緑色の光が輝く。
「ウサト、魔族も混じってるわよ!」
「確認した!」
「ぐへぁ!?」
四肢が繰り出されるごとに、倒れ伏した者がなんらかの紋様に包まれ身動きを封じられる。
嵐のように敵を無力化していくその姿に呆然とするのも束の間、彼の背後から兵士の一人が攻撃を仕掛けようとしているのが見え、思わず声を上げる。
「あ、危な――」
『こいつに触れるなぁ!』
どこからともなく聞こえた少女の声と共に、彼の背中から鞭のようなものが伸ばされる。
それは、攻撃をしかけようとした魔族を容易く弾き飛ばし、そのまま紫色の文様を伴って周囲の敵へと向かっていく。
正直、頭では誰が助けにきてくれたのかは分かっている。
しかし、なんというべきか……。
「私の記憶と違うんですけど……」
私の記憶の中の彼は、これほどまで出鱈目な動きを……してはいたけれど、今はより凄まじいことになっている気がする。
目にもとまらぬ動きで襲い掛かろうとする騎士と魔王軍の兵士を殴り倒した人影は、黒の入り混じった白い服をはためかせながら、こちらへと振り返った。
「フラナさん、それに騎士の皆さんも……無事ですか!」
「あ、ありがとう……」
「は、はい……」
これまでの絶望感も吹き飛ばすほどの衝撃に、一緒にいる騎士の方たちも呆然としている。
とりあえず、ウサトに倒された騎士達について聞いてみることにした。
「この人たちは、大丈夫なの?」
「治癒魔法を籠めた拳で気絶させたから、怪我はしていないはず」
え、それじゃあ殴った時点では怪我をさせていたことに……いや、深く考えるのはよそう。
結果的には操られた人達は無傷で無力化されているんだ。
むしろ、操られた人達を的確に無力化できるウサトがきてくれてよかったと思うべきだ。
「それと、その恰好はどうしたの?」
気になる点はもう一つあった。
以前見た時よりも様変わりしているウサトの恰好についてだ。
右腕の銀色の籠手と、左腕の黒色の籠手。
両足も仰々しい脚甲へと変わっており、特に彼の着ていた白い団服は様変わりしていた。
団服の大部分が白色ではあるけど裾、袖には黒い炎のような文様が蠢いており、その隙間から見える場所は漆黒に染まっていた。
「ああ、これは……色々あったんだ」
「色々あったじゃすまないと思うんだけども……!?」
ローズさんとの戦いを目撃したときも、控えめに言って人間離れした動きをしていたけれど、今のウサトは恐ろしすぎた。
これを色々あったで済ませられるはずがない。
「僕は、カズキに頼まれて来たんだ」
「カズキが……」
まだ混乱したままの私の肩に、ウサトが籠手に覆われた手を乗せる。
すると、治癒魔法をかけられ、先ほどの戦いで受けた切り傷と疲れ切っていた体が一瞬で楽になってしまった。
すごい、一瞬で疲れがなくなっちゃった……回復魔法とはここまで効果が違うんだ。
「騎士を操っている術者が、誰か分かる?」
「……空にいる紫の髪の女魔族がそうだよ。しかも、魔王軍の第三軍団長らしい」
「第三軍団長か……」
ウサトが空を見上げると、そこには変わらず飛竜に乗っているハンナの姿がある。
彼女はウサトを見下ろしているが、その瞳はどこか動揺しているようにも見えた。
「白い装いに黒髪、それと緑色の魔力……情報とは違うところがありますが、貴方がリングル王国の治癒魔法使いということでよろしいでしょうか?」
「……」
無言を肯定とみなしたのか、ハンナは納得するように頷いた。
「はじめまして、私は魔王軍、第三軍団長、ハンナ・ローミア。コーガ君の話通り、人間とは思えない人間ですね」
「またコーガか……ああ、もう……」
額を押さえ呻いた彼は、ハンナを睨みつける。
「貴女が騎士達を操り、治癒魔法使いを襲うように仕向けていたのか?」
「はい。同士討ちをさせるところまではうまくいったのですが……肝心の治癒魔法使いは未だに一人も始末できてはいないんですよね。存外にしぶとくてびっくりしてます」
「しぶとい……か」
ギシリ、とウサトの右手から金属の軋む音が聞こえる。
恐る恐る彼の顔を見るも、その表情は読み取れずただただ頭上のハンナを見ている。
……もしかしてウサト、怒ってる?
「これ以上、貴女に好き勝手にやらせるわけにはいかない」
「……おや、どうやら貴方も私に対して強い怒りを抱いているようですね」
ハンナもウサトの様子に気付いたのか小さく微笑む。
その笑みは冷たく、明らかに私達を見下しているのが分かる。
「まあ、貴方たちからすれば憤慨ものですが、こちらからすれば限られた兵士を消費したくはないので、戦場で調達しているだけなんですよ」
「……」
「だってほら、この方たちが死んでも痛くも痒くもないですし?」
ハンナの口ぶりに私は言いようのない不快感を抱かずにはいられなかった。
味方を傷つけたくはない。
被害を最小限にとどめたい。
確かに、やっていることはひどく合理的で味方の犠牲を最小限に収めることができるだろう。
でも、彼女の考えは敵味方は別としても到底受け入れられるものではなかった。
「ここに貴方が来たことは私にとって好都合です。貴方さえ操ってしまえば、治癒魔法使いの集まる拠点も、勇者でさえも容易く始末することができる」
「……僕を操ったくらいじゃ勇者の二人は倒せませんよ?」
「ご友人なんでしょう? それも、強い絆で結ばれた間柄の」
どうして魔王軍がカズキ達の関係を知っているの……!?
ウサトも予想外だったのか、驚きに目を見開いている。
「リングル王国の騎士への尋問はもう済ませているんですよ」
「尋問だと……?」
「ええ、ちょっと拷問を受ける幻を見せて吐かせただけですが、それでも十分な情報です。勇者の弱点を知ることができたんですからね」
カズキとスズネの弱点は……ウサト?
弱点……なのかどうかは分からないけれど、当の彼はじっとハンナを見上げているだけだ。
「フラナ殿、ウサト様、前方から魔物と兵士たちがやってきます!」
「増援……!」
背後の騎士の言葉に正面を向くと、そちらからグローウルフを従えた兵士の部隊がやってくる。
焦燥に駆られていると、頭上のハンナが安堵するように息を吐いた。
「さて、こうして話を引き延ばしている間に、ようやく援軍がきてくれましたね。噂の治癒魔法使いがおしゃべりな方でとても助かりました」
ハンナが自身の周囲に浮かばせた魔力弾を動かした。
二十を超える魔力弾を前にして、身構える私達を他所にウサトは右の掌に魔力弾を作り出した。
「避けたければどうぞ。その代わり、後ろの騎士達が攻撃を受けることになりますけど」
嘲笑と共にハンナは魔力弾をこちらへと落とした。
まるで雨のように降り注ごうとする魔力弾に咄嗟に弓を構えようとするが、それよりも速くウサトが掌に作った魔力弾を投擲した。
「治癒魔法乱弾」
ウサトの掌から放たれた魔力弾は分裂し、ハンナの放った魔力弾と相殺するように弾ける。
それでも相殺しきれなかった魔力弾が迫る。
「フェルム」
『ああ!』
ウサトの左腕の籠手から黒色の剣が伸び、無造作に横に振り回す。
すると刃から緑色の衝撃波のようなものが放たれ、残りの魔力弾を消し去ってしまった。
「なっ!?」
「ダークネス、治癒破裂斬……!」
驚くハンナを無視し、ウサトは技名のようなものを呟く。
こういうところはスズネにそっくりだと思う反面、そのセンスも似ていると思い知らされる。
「あとで技名言ってもダサいわ」
『ダークネス強調してもダサい……』
「ぐ……っ!」
その声に一瞬硬直しつつも左腕を元に戻したウサトは、静かに私の名前を呼んだ。
「フラナさん」
「え、な、なに?」
「第三軍団長の力を教えてくれ」
口調の静かさとは裏腹に、彼の雰囲気はどこか憤っているように思えた。
その様子に動揺しながらも、ハンナの情報をできるだけ簡潔にウサトに話す。
「空にいる彼女は、僕が対処する」
「え!? で、でも相手は空を飛んでいるし、私の弓でさえ当たらないのにどうやって……」
「——落とす」
「え?」
「あそこでへらへら笑ってる小娘は、僕達が叩き落とす」
私達を心配させないように笑いかけてくれるウサトだが、その目は全然笑っていなかったので逆に怖かった。
というより、彼の感情に反応するかのように襟元から黒い何かが彼の頬にまで這い上がり——色んな意味で壮絶な形相になっていた。
目に見える激しい怒りよりも、簡単には悟ることのできない静かな怒りの方が恐ろしい。
今、目の前にいる彼を見て、私と騎士達はそう思わざるをえなかった。
ウサト、イライラゲージMAX
今回の更新はこれで終わりとなります。