第百九十話
二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
首を狙って放たれた風の刃。
それを右腕を払うことで防いだ僕は、刃を放った魔族――ネロ・アージェンスを睨みつける。
攻撃を防いだことに彼はさほど驚くこともなく、振り上げた剣を払いそのまま鞘に戻した。
「……」
「……」
戦場の中にいるはずなのに、奇妙な沈黙が続く。
ネロは僕を観察するように見て、僕はネロがどのような攻撃を仕掛けてきても対応できるように構える。
相手はローズと同等の実力を持つ怪物。
こっちから攻めた時点で僕は切り捨てられていると考えてもいいだろう。
「お前の名は、何だ?」
「? ウ、ウサト……です」
ここで隠しても意味がないので素直に名乗る。
戸惑いを見せる僕にネロは、ようやく口を開く。
「俺は、魔王軍、第一軍団長。ネロ・アージェンス。お前の師と因縁がある者だ」
「!?」
第一軍団長……!?
まさか、判明していない最後の軍団長がネロ本人だとは思いもしなかった。
……いや、それだけの実力があるのは相対しているだけで理解できる。
「似ているな」
僕を見てそう呟いたネロに首を傾げる。
なんだ? いつものごとく顔がか?
そんなことで僕が動揺するとでも思っているのか?
「俺を見るその目も、気迫も、立ち姿も――何もかもがローズと重なる。だが、同じとも言い切れない」
「……何が、言いたいんですか?」
「……」
思わず聞き返してしまうが、ネロは答えない。
なんだろうか? 強い人ってのはまともにコミュニケーションを取ろうとしないのだろうか。
ローズは肉体言語入るし。
「なぜお前は俺の前に出てきた? 彼我の実力差が分からないわけではないだろう?」
「……それは勿論、理解しているつもりです。僕と貴方が戦えば、確実に僕が殺されるでしょう」
「ならば何故?」
……僕が手も足もでないであろう彼の前に出てきた理由は簡単だ。
「貴方は、ここで足止めしなければならない」
「……それは俺とローズとの因縁を聞いたからか?」
「違います。その因縁は既に終わったことです。少なくとも、団長にとっては」
僕の言葉にネロが僅かに顔を顰めた。
きっと、この人にとってはローズとの戦いは終わっていないのだろう。
「僕がここに立っている理由は、貴方をここから先に進ませないためです」
「俺の魔剣か」
ネロの戦い方にケチをつけるつもりはない。むしろ、戦いにおいてこれ以上なく有効だ。
そして……僕達治癒魔法使いにとっても、天敵といってもいい相手だ。
「貴方がいると治癒魔法で癒せない怪我人が増え続ける。助けられるはずの人が死ぬ。だから、僕は貴方をここで釘付けにします」
「……」
勝てないなら勝てないなりに、全力で防御に回って行く手を邪魔してやる……! しぶとさと、すばしっこさと、諦めの悪さと、往生際の悪さにかけては僕の右に出る者はいないぞ……!
後ろ向きすぎる啖呵を切った僕にネロは一度瞳を瞑る。
次に目を開けた彼の瞳は、並々ならない闘志に満ちていた。
「本来は、ローズと戦うためにこの戦場へ来た。そのついでに人間側の拠点を落としていこうと考えていたが……」
ネロは剣を引き抜いた。
赤色の刀身が露わになり、ゆっくりと剣先が僕へと向けられる。
「お前の力を、もう少し見たくなった」
徐々に風を纏いだすネロに自然と構えを取る。
ついでで拠点を落とそうと考えていたところが恐ろしいけれど、目の前の男ならできてしまうのだろう。
そう考えていると、僕の目前に赤色の刃が――、
「って、死ぬぅ!?」
「む、避けるか」
咄嗟に頭を後ろに逸らして、ギリギリ斬撃を回避する。
そのまま逸らした勢いのまま後転するが、起き上がった僕に風の刃が迫る。
首、肩の関節、心臓へと正確に放たれた風の刃を籠手で弾き返した僕に、ネロは静かに驚いた。
「やるな。では、これはどうだ?」
掌でつむじ風を作り出し、それを地面へ放る。
つむじ風は分裂し、別方向から僕へと向かってくる。
魔力弾を操作しているような感じか!?
左拳で打ち消そうと風に触れた瞬間、拳にカミソリで切られたような傷がつけられる。
「痛……ッ!」
治癒破裂掌でつむじ風を打ち消し、右の籠手で残りをかき消す――が、消したはずのつむじ風は再生し、再び僕へと襲い掛かってくる。
「使い手の魔力が続く限り、襲い続けてくるのか……!」
つむじ風から逃れるべく、治癒加速拳で移動しながらネロと距離を保つ。
「中々の反応速度だな。動きも人間の比ではない」
しかし、ネロのいる方向から強烈な風が吹くと、瞬間移動と見間違うほどの速さで目の前まで接近したネロが僕の頭目掛けて赤色の魔剣を振り下ろした。
背筋が凍るような寒気に襲われながら、右腕に左手を添え真正面から受け止める。
「あ、危な……ッ!」
受け止めた剣とネロ自身の体から強烈な風が吹き込まれ、それにより生じた風が刃となり僕の体を切り刻む。
近くにいるだけで、まるで嵐の中にいるみたいだ……!
そのまま剣を引き戻したネロが、続けて剣を振るってくる。
「そうやすやすと斬られてたまるかよッ!」
全身を切り裂かれる痛みを無視し、全力で籠手を振るい連続で振るわれる剣を弾いていく。
ハイドさんの教えを思い出せ!
剣だけじゃなく、周りと相手の全身を見て対処していくんだ!
上段から振り下ろされる剣を左手を添えた籠手で受け止めたところで連撃は終わったが、代わりに刃を押し込まれる。
「その手甲も、普通のものではないな」
「ええ、こいつは絶対に壊れないってことだけが取り柄なんですよ……!」
「……訂正しよう。お前はローズとは違う。より異質なものだ」
「そりゃ、どうも!!」
渾身の力で剣を押し返し、初撃の速さに特化した治癒速撃拳をネロの胴体に叩き込む。
「オラァ!」
その拳は確かにネロを捉えたが、その体に拳が触れかけた瞬間、彼を中心に突風が吹き荒れ僕の体を勢いよく吹き飛ばした。
「なっ!?」
問答無用で体ごと攻撃を跳ね返された…!?
「ああ、クソ! 僕はバカか!」
炎の魔法を鎧として纏っていたアーミラの師匠がネロだってんなら、その本人も出来ないわけがないだろうが!
風の魔法を持つネロは常に風の鎧を纏っている。
いわば、防御面においてはネロは常時スーパーアーマー状態ってことになる。
普通の拳では絶対に攻撃は通らないし、風の鎧はネロの攻撃と移動も補助してくる。
……こんな相手と引き分けに持ち込んだとか、ローズやばすぎじゃない!?
「油断するな」
「ッ!」
混乱しかけた頭を無理やり納得させてから地面を転がる反動で立ち上がろうとするが、追撃でネロが横薙ぎに振るった魔剣が僕の胴体へと直撃する。
僕の体から、ネアがかけてくれた耐性の呪術が砕ける音が響く。
「がっ……!」
「む……?」
斬撃は防いでも衝撃だけは通るので、そのままさらに吹き飛ばされて地面を転がる。
ネアの魔術がなければ死んでたな……。
衝撃に胸を押さえながら立ち上がる僕にネロは周囲につむじ風を従えながら、自身の剣と僕を見比べて首を傾げた。
「言ってはなんだが……お前はローズ以上に不可思議な治癒魔法使いだな。確実に胴を切り裂いたと思ったのだが、刃は通らなかった……。そういう体質なのか?」
「ぐ、う……」
勝てないのははなっから分かっていたけれど、足止めすらもままならないとは……!
しかも僕に対して全く本気を出していない。ローズと戦った時と同じように、軽くあしらわれている感じだ。
……でも、立ち上がらなきゃな。
「まだ立ち上がるか」
「勝てないからって、僕が倒れていい理由にはならない……!」
「……そうか」
最早、ネアの耐性の魔術はない。
次に生身の部分に攻撃を受ければ僕は戦闘不能に陥ってしまうだろう。
心を強く保ち、再び強い風を纏い始めたネロがこちらへ踏み出そうとしたその時——、僕の右側方から白い影がネロへと接近し、彼を殴り飛ばした。
風の鎧を纏っているにも関わらず、後退させられたネロはその目を大きく見開いた。
彼女の姿を見て、僕は安堵のあまり座り込んでしまう。
「随分とこっぴどくやられたようだな」
「ええ。……あと少し遅れてたら真っ二つになっていたところですよ。団長」
間に合ってくれてよかった……。
僕の言葉にローズはおかしそうに笑った。
「そりゃ惜しいことしたな。ちっとは痛い目見とけば、その無謀癖も直ったんだろうがな」
「無理ですね。これはもう性分ですよ」
ローズの差し出した手を掴んで立ち上がる。
すると、やや遅れてネアが僕の元へ飛んでくる。
「ウサトぉ!? 貴方生きてるの!? 腕とかとれてないわよね!?」
「ちゃんと生きてるよ。団長を連れてきてくれてありがとね」
僕の周りを飛んだネアは、無事かを確かめてくれる。
……僕以上の速さで移動している団長を探すのは大変だっただろうに。
砂埃を落としながら、団長へと話しかける。
「……不甲斐なくて、すみません」
「いいや、お前の判断は間違ってねぇよ。よくここまで耐えたな……こいつの相手は私に任せておけ」
そう言い、ローズはネロへと視線を向けた。
彼女と相対したネロは、僕と戦っていた時には見せなかった気迫を見せている。
「ローズ……!」
「久しぶりだなァ。ネロ・アージェンス。随分と私のかわいい部下をいじめてくれたじゃねぇか」
「かわいいの一言で済ませられるような者ではないだろう? 貴様と同じ、治癒魔法を持った人間ならざるものだ」
「ハハッ、違いねぇ」
なんで師匠の宿敵に化物認定された上に、師匠に同意されなきゃならないんですかね?
僕から見たら貴方達の方が怪獣みたいなもんなんですけど。
「テメェのお望み通り、こっから先は私が相手になってやる。もう一度、そのいけ好かねぇ面をぶん殴ってやるよ」
「そうこなくてはな……」
ローズの言葉に笑みを作ったネロは、その掌に小さなつむじ風を作り出した。
ネロが竜巻に魔力を注ぎ込むごとに、つむじ風は周囲の風を引き込んでいくが、その大きさは変わらず――まるで、力を溜め込んでいるように思えた。
系統強化、なのか? 僕の知るものよりも並外れた魔力を注ぎ込んでいるように見える。
「俺と貴様の戦いに邪魔は入れさせない」
「……なるほど、“竜巻”ってのはやっぱりテメェのことだったか。……おいウサトォ!」
「は、はい!?」
突然の怒声に声を裏返らせながら応えると、こちらを振り向いたローズは真剣味を帯びた目で僕を見やる。
「やるべきことは、分かっているな!」
「……はい!」
「なら、よし!」
そう彼女が返事をした時、ネロが掌に作っていたつむじ風を地面へと叩きつけた。
「——系統強化」
叩きつけられたつむじ風はネロ自身とローズを巻き込むように展開したかと思えば、そのまま巨大化し、近くにいた僕を跳ね除けるように吹き飛ばした。
いや、僕だけじゃない。味方も、敵の魔族の兵士達も関係なく、その範囲にいる全てのものを外へと弾いていった。
地面に着地し、顔を上げた僕の視界に飛び込んできたのは———巨大な竜巻であった。
「!?」
人為的に引き起こされた竜巻。
それは、紛れもない系統強化によってつくられたものであり、まるで循環するように魔力が渦巻いていた。
あまりの光景に僕は呆けた声を漏らしてしまう。
「魔法の規模が暴走したカロンさん並みだな……」
「まさしく化物ね」
ネロ・アージェンスにより作り出されたつむじ風は、巨大化し天にまで上るほどの高さの竜巻へと変化した。
しかし、普通の竜巻と違い彼の作り出したそれはその場に留まるように停滞し、周囲の風を引き込み続けるだけであった。
それはまるで “これから竜巻内で起こるであろう戦いを誰にも邪魔させない” というネロの強い意志が込められた魔法のように思えた。
「アマコの見た予知がこれだったのか……」
戦いの前にアマコが見た魔王軍との戦いの時の予知。
最初に聞いたときはどんな状況の予知かは分からなかったが、今になって彼女の見たのはローズとネロの戦いを予知したものだということを理解するに至った。
もう、竜巻の中で何が起こっているかは知ることはできない。
「……僕のやるべきことをしなくちゃな」
ローズがネロと相対することになり、動ける白服が僕だけとなってしまった。
だとすれば、僕は副団長として彼女の代わりに動かなければならない。
周囲には風で吹き飛ばされて倒れた人もいるから、まずは彼らを助けてから、自分の使命を全うしよう。
「ネア、助けにいくぞ……」
「……少し休んだ方がいいんじゃないの?」
「そうしたいけれど、そうも言ってられな……っ」
その時、視界の端でこちらに接近してくる黒い影を捉える。
四足で駆ける黒い獣のようなナニか。
一瞬、新手の魔物かと思ったが、違う。
「クソ、タイミング悪すぎだろ……」
「ね、ねぇ、ウサト……あれって……」
鳥の嘴を思わせる仮面から覗く鋭利な牙、体に編むように巻き付いた黒色の帯。
その全貌が見える距離にまで近づいたそいつは、どこか高揚した様子で声を張り上げた。
「おお、しっかり生きてるじゃねーか! ウサトォ!」
「コーガ……!」
最も会いたくなかった“敵”。
魔王軍第二軍団長、コーガ・ディンガル。
獣人の国、ヒノモトで戦った強敵が異形の衣をその身に纏い、僕へと襲い掛かってきたのだ。
ウサトのおっかけ魔族、コーガの登場です。
因みに、ネロの魔法は常時竜巻の中にいるク●ャルダオラみたいなものです。
次話は、明日の18時頃に更新いたします。




