第百八十八話
三話目の更新です。
今回の更新はこれで終わりとなります。
前話を見ていない方は、まずはそちらをー。
僕が今日、この時に至るまで冒してきた過ちは酷く単純なものであった。
まず一つ目は、勇者である先輩とカズキに巻き込まれてこの世界へ召喚されたこと。
二つ目が、ローズに見つかり救命団に入れられたこと。
三つ目が、勇者として戦う先輩とカズキの力になりたいと思ってしまったこと。
きっと、僕がローズに施された訓練やこの世界で立ち向かってきた強敵達のことを考えれば、間違いなくそれらは災難や誤った選択と言えるだろう。
それがなければ、僕はずっと平和な世界で生きていられたし、苦しい思いをせずに済んだからだ。
しかし、僕は何度同じ選択肢を繰り返したとしても同じことをすると断言できる。
例え、どんなに辛い道のりを歩んできたとしても、ここでの出会いや学び、得たものは元いた世界では決して得られないものだからだ。
だから、僕はこれからも前に進んでいく。
今日も―――どう進んでいくか分からないこの決戦の日も全力で駆け抜けていく。
「トング、テメェ! 雑に消毒液を使うなつってんだろうが! 数が限られてんだぞ、このタコが!」
「へいへいすみませんねぇ! じゃ、あとは任せますぜぇ! 副団長さんよォ!」
「あとそこのゴブリン! 喋るときは普通の顔をしろ! 怪我人を怖がらせるんじゃねぇ!」
「この顔は元からだ! このクソッたれ!」
憎たらしい笑みを見せてテントから出ていく強面共に怒鳴り声をあげる。
少し過去を振り返ってたけど、僕も怒鳴ってばかりいないで手を動かさなくちゃな。
ゲルナ君達に不甲斐ない姿は見せたくはないし。
隣り合うように寝かせられている二人の騎士に手をのせて治療を行っていると、テントにフェルムとブルリンが飛び込んできた。
ブルリンの背にはベルトで固定された負傷した四人の騎士がおり、フェルムは背中に一人、両腕に二人の騎士を連れていた。
少しだけ息を切らしながらこちらへ近づいたフェルムは、闇魔法で固定していた三人の騎士を下ろした。
「連れてきたぞ……!」
「大丈夫? 怪我はない?」
「平気だよ……」
ブルリンの背のベルトで固定されている四人の騎士をネアと共に下ろしながら、疲れた様子のフェルムを気遣う。
ブルリンの方は、全然平気なようで「フンスッ」と自信満々に鼻を鳴らしている。
「やっぱり、仲間だった人達を相手にするのは辛い?」
「……そんなことない。ただうざったいだけだ。……次のを連れてくる」
そうぶっきらぼうに言い放ち、フェルムは外へと走っていく。
ブルリンに彼女を気遣うように目配せしてから、怪我人の治療に専念する。
何度、怪我人を癒してもその人数は減る気配を見せない。
癒し終わった騎士が再び戦線へと復帰していくたびに、入れ替わるように怪我人が運ばれてくるからしょうがない話なのだが———改めて、今回の戦いの激しさを思い知らされる。
「手伝うよ。ウサト君」
「ウルルさん……助かります」
「こんな時こそ助け合わなくちゃねっ」
険しい表情のまま、治癒魔法を使っているとウルルさんが僕の隣にやってくる。
彼女は、先ほどフェルムとブルリンが連れてきた怪我人に治療をしながら、口を開いた。
「さっき治療した騎士さんから話を聞いたけれど、今のところ戦況は拮抗しているって」
「そう……ですか」
「でもね、まだ相手の軍団長クラスは出てきてないんだって。大きな蛇の魔物は複数いたらしいけれど、魔族側もまだ主力を出してないみたい」
「……」
あの蛇が一匹だけじゃないのはきついし、まだコーガのような軍団長が出ていないのも不安だな。
多分、軍団長クラスの実力を持つアーミラって魔族も出てきていないだろうし、これから戦況がどう動くか全く予想できない。
「それに……一つ、気になることを聞いたの」
「気になること?」
「騎士さんの一人が、味方に攻撃されて怪我をしたの……」
「味方に攻撃された? 間違って刃が当たってしまったとかではなく?」
「ううん、話してくれた騎士さんが言うには幼い頃からの親友だった人が、豹変したように襲ってきたんだって」
「……豹変か」
操られたのか?
戦場で錯乱したとも考えられるけれど、最悪の可能性としては相手に人を操る魔法を持つ魔族か魔物がいることだ。
もしそうなら、相手は同士討ちをさせているってことか。
自然と治癒魔法を発する手に力を籠めていると、テントの外―――戦場の方からつんざくような大きな雄たけびが響いてきた。
それに応えるように、数えきれないほどの魔物の叫び声が遅れて聞こえてくる。
その声を聞いた僕は咄嗟にローズへと視線を向けると、彼女は既に治療し終えた騎士から手を離し、声のする方を見上げていた。
「———ウサト」
ローズのその一言で何を言わんかをすぐに察することができた。
僕はこれから白服としての本来の役目―――戦場を駆け、味方を救いに行く。
彼女へ頷き、その場を立ち上がると、ウルルさんが不安そうな瞳で見上げてくる。
「ウサト君……死なないでね」
「いってきます」
オルガさん、シャルンさん、ゲルナ君、ケイトさんを見回してから、僕はローズに続いてテントの入口へと歩みだす。
その際に、背後からフクロウに変身したネアが僕の肩に飛び乗った。
「ごめんね。こんなところまで連れてきちゃって」
「そんなの今更じゃない。それに私は貴方の使い魔なんだから、ついていかない方が今じゃ不自然よ」
ネアの正体を知った時はこんな信頼し合える関係になれるとは思ってもいなかった。
裏切られたり、チャームなどで僕の純情を弄んだり、その後に邪龍を蘇らせたりなど色々とやらかしたせいで、印象は最悪だった。
だけど旅を経た今では、背中……というか、肩を預けられるくらいに信頼できる仲間だ。
「君がいてくれてよかった。ありがとう」
心からの感謝の言葉に、ネアは上機嫌になる。
気を引き締めるべく団服の襟を正しながらテントを出ると、護衛をしてくれているアルクさんと目が合った。
――アルクさんはとても強く、それでいて頼りになる人だった。
身近な大人として親身になって相談にのってくれた彼がいてくれたおかげで、不安でいっぱいだった旅を乗り越えることができたんだ。
だから、安心してここを任せて僕は先へと進んでいける。
無言で視線を交わし頷いた後に、ローズと共に戦場へと続く壁の入り口へと向かっていく。
「これで二度目だな」
「え?」
不意のローズの言葉に首を傾げる。
「お前と戦場へ行くのがだよ」
「そう……ですね。僕としては戦いなんて起こらない方がよかったんですけど」
「ハッ、違いねぇ。だが始まっちまったからには、私達はやるべきことをしなきゃならねぇ」
「もちろん、それは分かっているつもりです」
こちらが戦いを望まなくても、魔王軍は問答無用で襲い掛かってくる。
それを黙って見ていることなんてできるはずがない。
「団長。今のうちに言っておきます」
「なんだ?」
「ネロ・アージェンスと会ったら間違っても刺し違える、なんてこと考えないでくださいよ?」
「……は?」
呆気にとられるローズの表情は、初めて見たかもしれない。
だけど、僕は至極真面目に言っているので茶化したりはしない。
「いや、散々僕に自己犠牲云々を言い聞かせた団長がまさかそんなことするわけないのは分かっていますけれど、一応言っておこうと思いましてね。というか、団長が死ぬなんて微塵も思ってませんし」
「早口で言い訳するくらいなら言わなきゃいいのに……」
これだけは言っておきたかった……!
なんというか口に出さないと、ローズは本当に行動に出そうな気がしたからだ。
僕にあれだけきつく言っておいて、自分だけ守らないというのは卑怯だ。
「……フッ」
笑みを零したローズに僕はいつでもデコピンを叩き込まれてもいいように構える。
しかし、予想に外れて衝撃はない。
その代わり、髪をかき上げたローズが晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。
「バカか、お前。なんで、私があんないけ好かねぇ魔族の為に命なんぞをくれてやらなきゃならねぇんだ?」
「で、ですよねぇ!」
「自分の命を賭ける必要なんてねぇよ。その前にぶっ飛ばせば済む話だ」
とてつもなく滅茶苦茶なことを言っているけど、ローズが言うと説得力がある。
そもそも僕の懸念自体的外れなものだったのだろう。
彼女の反応にこれ以上なく安心した僕は、再び前へと向き直る。
「こっからは別行動だ」
「はい」
以前とは全く違う戦場だが、それでも僕は落ち着いていた。
二度目の戦いという理由もあるけれど、何より隣に師匠であるローズがいたからだ。
「死ぬんじゃねぇぞ? もし死んだら―――」
「ぶん殴ってたたき起こしてやる、でしょう?」
「本当に生意気だよ。オメェはよ」
そう言い放った彼女は壁の扉に手をかける。
それに合わせ僕も呼吸を整え、いつでも動きだせるように足に力を籠める。
「準備はいいか?」
「いつでもどうぞ」
「私も、覚悟は決めているわ」
僕とネアの言葉を確認したローズは、そのまま勢いをつけて扉を開け放った。
風のようなものを肌で感じた瞬間に、僕の足は前に進み、体は弾丸のように飛び出した。
「行くぞォ! ウサトォ!」
「はい!」
視界に映るは凄惨な戦場の景色。
ローズの姿は既に見えなくなっており、既に僕とは別の方向に向かっていってしまった。一度だけローズがいた隣を見てから、再度前へと向き直った僕は足を止めずに兵士達の間を縫うように戦場を突き進んでいく。
後方では弓兵部隊と魔法使いの部隊が空から襲ってくる飛竜に対して牽制を続けていた。実物で見た飛竜は、馬より二回りほど大きくて、前足はなく、どちらかといえば翼が腕のように思えた。
空から火炎のようなものを吐いていることから、ファンタジーでよく聞くような飛竜とあまり変わらなそうだ。
空を確認していると、すぐに前線付近へ到達する。
前線は敵味方共に入り乱れており、見るからに凶暴そうな魔物が兵士たちへと襲い掛かっている。
『ガルルルゥ!』
『ガっ、クソ、このぉ!』
『待ってろ、今助ける!』
そう離れていない場所で、足を怪我して動けないニルヴァルナ王国の戦士に赤色の狼が襲い掛かろうとしている姿が目に入る。
なんとか手にもった槍の柄で赤い狼の噛みつきを防いでいるようだけど、そんな彼と仲間達に止めを刺そうと魔王軍の兵士が武器を振り上げ近づいた。
一目で状況を把握した僕は、掌に魔力弾を作り出す。
「グローウルフ!? あんな危険な魔物を連れてくるとか……ッ!」
「ネア、魔術の使用は君の判断に任せる!」
「ええ!」
走る方向を変え、一気に加速した僕はその勢いのままに戦士に襲い掛かっていた赤い狼――グローウルフの脇腹に拘束の呪術が込められた蹴りをいれ、吹き飛ばす。
近くで見てみれば2メートル近い、大きな狼だったけど、不意の一撃に耐えられなかったのかそのまま気絶してしまった。
それを確認した僕は、怪我をして動けないニルヴァルナの戦士の足に治癒魔法弾を放ち、動ける程度にまで傷を癒す。
「なっ、君は……」
「動けますか?」
「!? 治っている……!? いつの間に……」
足の痛みが引いていることに驚いているニルヴァルナの戦士とその仲間達。
それを見た魔族の兵士の一人は酷く動揺しながらも僕を指さした。
「白い服の治癒魔法使いだ! お前達は、こいつらが治される前に始末しろ!」
魔族の兵士達の足元にはまだ生きているニルヴァルナの戦士達が倒れている。
僕達救命団への対策のために息のある人たちを殺そうとしているのか……!
「そうはいくかよ!」
「ま、魔法で対処だ! 最優先で排除しろ!」
一斉に魔法を放ってくる魔族側の兵士達を視界に収めた僕は、右腕の籠手を展開させ、背後の戦士達を守るべく迫りくる魔法を籠手で叩き落としながら、一番近くにいた魔族の兵士の顎に拳を叩き込む。
続いて拘束の呪術が込められた両手でもう二人の顔面を掴むことで、そのまま動きを拘束する。
「——え?」
魔族の兵士の一人が呆然とした声を漏らす。
膝から崩れ落ちた三人の兵士に目もくれずに、隣の兵士のみぞおちに掌底を叩き込む。
「おげぇ!?」
「……」
「ヒッ!?」
怪我をしている戦士達の近くにいる兵士へと標的を変えると、怯えたように槍を構えたが——その対応は僕にしてみればあまりにも遅すぎる。
一息で距離を詰めた僕は槍先と柄を両手で掴み、そのまま横へ力任せに放り投げる。
悲痛な叫びを背に受けながら、負傷している戦士の治療に取り掛かる。
「よし、すぐに連れ出して―――む?」
彼らを抱えようとすると、僕の額へ向かって矢が飛んできていることに気付く。
咄嗟にそれを掴み取り、安堵の声を漏らす。
「あっぶな、矢か」
「普通危ないじゃすまないと思うんですけど……」
じろり、と飛んできた方向を睨みつけると最初に僕へ攻撃するように叫んだ魔族が信じられないといった顔で手から弓矢を落としていた。
「に、人間じゃない……!?」
「……」
「く、来るな! う、うわああああ!?」
なんでホラー映画で怪物にでくわした時のような反応をされるのだろうか?
一瞬そんな疑問を抱きながら、手刀で魔族の意識を奪う。
その後、すぐに倒れた戦士達を癒してから黒服に預けるように頼み別の場所へと向かう。
——使った魔力は最低限。
——体力は全く問題なし。
——気力はまだ十分にある。
なら、僕の命がある限り―――ハッ!?
「ッ、危ない! 治癒魔法弾!!」
「おぐぅ!?」
「え!?」
腕を斬りつけられ、魔王軍の兵士に今にも槍を突かれそうになっているカームへリオの騎士に治癒魔法弾を直撃させる。
治癒魔法弾の衝撃で横に弾かれたことで、胴体を貫こうとしていた槍が外れたところを目撃したネアは驚愕の声を上げた。
「それってそんな風に使う技だったの!?」
怪我人を救うと同時に癒す。
それが治癒魔法弾の本当の活用法……! むしろ今までの使い方が間違っていたといってもいい……!
呆気に取られている槍持ちの兵士に掌底を叩き込み、倒れた騎士に手を差し伸べ立たせると、その場にいる魔王軍の兵士達の敵意がこちらへと集まる。
上等だ……! と言わんばかりに視線を鋭くさせた僕は目の前の命を救うべく、硬く拳を握りしめ、地面を強く踏み出すのであった。
敵にガチ悲鳴を上げられる主人公でした。
今回は適度に鎮圧しながら味方を救っていく感じですね。
戦場に出たウサトのそれぞれの印象。
・ニルヴァルナの戦士。
自分を襲おうとした凶暴な魔物の横っ腹にヤクザキックを叩き込んだ治癒魔法使い(?)
・カーへリオの騎士。
魔族にとどめを刺される寸前に何かに吹っ飛ばされて、気づいたら傷も治っていた。
自分が何をされたのか彼自身よく分かっていない。
・魔王軍の兵士。
高速で移動している得体の知れない生物。
それに近づかれたら、終わり。