第百八十七話
続いての更新。
第百八十七話です。
まだ前話をご覧になっていないかたは、まずはそちらをー。
リングル、サマリアール、ニルヴァルナ、カームへリオの四王国による連合軍。
それぞれの国の鎧を纏った騎士、兵達の先頭にそれぞれの部隊の隊長がおり、そこにいる彼ら全員が静かに戦いへの闘志を燃やしていた。
武器を装備した歩兵部隊、馬に乗った騎馬部隊、弓を携えた部隊、それぞれに分かれて整列した中で勇者である私とカズキ君は、平原の先を見据えた。
「一度目と同じ光景だね」
「あの時とは何もかもが違っていますけどね」
もうすぐ魔王軍がやってくる。
今度は、凶暴な魔物を従えてやってくる彼らだが、私達も手をこまねいていたわけじゃない。
主要国への書状渡しに、協力の申し出、ルクヴィスでの会談やらと、やれるべきことは全てやった。
私とウサト君とカズキ君は、危険な怪物と戦い窮地を切り抜けてきた。
「……ウサト君に会っておけばよかった」
「後悔するくらいなら、さっさとアタックしちゃえばいいのに」
「この私にそれができると……? 私だよ?」
「自信満々で言うことじゃないよね……?」
カズキ君の後ろにいるフードを被っているエルフの少女、フラナにそう答えるが、返ってきたのは呆れた言葉であった。
「このままでは死んでも死に切れぬ……!」
「生きて帰ればいつでも会えますよ」
カズキ君は白を基調とした鎧、私は動きを阻害しない程度の軽装の鎧を着ている。
前回の戦いで着ていたものをベースにしているが、サマリアールの魔道具制作技術により、あらゆる要素でグレードアップしている。
せめてウサト君に自慢したかったが、今となっては遅いだろう。
「どちらにせよ、今度はヘマはできないよ。カズキ君」
「分かってます。またウサトに助けられるわけにはいきませんからね」
前回と同じ轍は踏まない。
……ウサト君は今、どうしているだろうか?
今頃彼は、救命団の副団長として団員達と共に戦いの時を待っているのかもしれない。
彼は私達と同じくらい、いやそれ以上に危険な場所に行かなければならない。それが彼が選んだ道であり、救命団員としての役割でもあるからだ。
だけど、彼には無事でいて欲しい。
怪我もしてほしくないし、危ないこともしてほしくない。
「———スズネ、あれ……」
「ん?」
フラナが見ている先を見ると、重厚な鎧を着て戦闘の準備を整えたシグルスが拠点から姿を現していた。
その場にいる人々の視線を受けながら、彼は軍全体を見渡せる見張り台の上に立つ。
それだけで、ざわついていた四王国の軍がピタリと静かになり、静寂に包まれる。
『私は此度の指揮官を任されたリングル王国騎士団長、シグルスである! 同士諸君! これより、魔王軍との戦いが始まる!!』
魔道具も何も使っていないはずなのだが、シグルスの声は驚くほどよく響いた。
その場にいる全ての人々の視線を一心に集めても尚、シグルスは堂々とした態度でさらに声を張り上げた。
『敵は魔族! 魔物と共に空を飛び! 地を駆ける! 人間を上回る力と魔力を持つ恐ろしい相手だ!』
種族差というものは大きい。
獣人ほどではないが、人間と魔族は頑丈さも身体能力も違っている。
戦いに不慣れなサマリアール、カームへリオの兵たちは不安な面持ちでシグルスを見上げる。
『だがしかし! 魔族よりも人間が劣っているわけではない! 我々には団結する力がある! 互いに助け合い! 思いやれる仲間がいる! 今ここに集った四つの王国の戦士たちがその証拠だ!』
これらはただの言葉にすぎない。
しかし、その言葉はここにいる全ての人々の心に届き、力を与える。
不安な面持ちを見せていた者も、戦いに恐怖していた者も気付けば、その鼓舞する言葉に聞き入っていく。
『我々が負ければ、大陸に住む無辜の民は危機に晒される! それだけはあってはならない! 我々がここで魔族の進軍を止める!』
その声を機に兵士が雄たけびを上げた。
空気が振動する。
戦意が熱となって伝わってくる。
兵士達の士気が最高潮にまで達したと同時に、平原の方向から刺すような気配を感じ取った。
「——ッ」
「先輩」
「ああ、覚悟を決めないとね」
気配の方へと振り向けば、緑一面の平原が視界に映り込む。
空気の異変を感じ、遅れて連合の兵士達も平原を見た瞬間――、平原の丘の奥から黒い鳥のような何かが空へと舞い上がる。
アマコの予知で知らされた飛竜。魔族を背に乗せた飛竜の大群が空へと舞い上がる中、地上からも魔族とそれに従う魔物達が姿を現し、私達のいる拠点へと殺到してくる。
それを冷静に見据えたシグルスは、腰の剣を引き抜きその切っ先を魔王軍の兵士達へと向けた。
『今こそ、我らの運命を決する時! 全軍! 戦闘準備!』
『『『ウォォォ―――!』』』
号令に合わせ、私も剣を引き抜き、全身に電撃の魔力を纏わせる。
カズキ君は掌に光の球を浮かべ、フラナは短剣から煙のように揺らめく紫色の魔力を浮かばせる。
戦う覚悟はとうの昔にできている。
あとはその覚悟を胸に、勇者として先陣を切り、仲間を導くのみだ。
●
魔王軍との戦いを前にしてのシグルスさんの演説が行われている最中、僕とローズは壁に作られた扉の前で、黒服である強面達とフェルム、そしてブルリンを見送っていた。
彼らは戦いが始まった直後から怪我人を連れてくる使命を帯びているので、今のうちに伝えられることは伝えておかなければならない。
「ブルリン。気を付けるんだよ?」
「グルゥ」
鎧を纏ったブルリンの両頬に手を添え、目を合わせる。
ブルリンは共に戦い、旅をした相棒だ。その強さは僕が一番よく知っている。
「お前なら心配はないってのは分かってる。でも危ない時は……体当たりしてぶっとばせ。動けなくなった僕にやった時みたいにね」
「グルゥ……?」
「いいんだ、僕が許可する」
「お前、それで助言しているつもりなのか……?」
傍らにいるフェルムが引いたようにそう呟く。
彼女は頭をすっぽりとフードで覆い、黒服として出動する準備を整えていた。
「フェルム、ブルリンを頼む。あと、君も気を付けて」
「……ああ。任せておけ」
すると、外から聞こえる声が雄叫びへと変わる。
すぐ近くにいたローズは壁の方へと視線を向ける。
「——始まったようだ」
拠点の壁の外から聞こえる兵達の雄たけび。
それに混じるように大量の魔物の叫び声が響く。
「やることは前回と同じだ。お前らは怪我人をここに運ぶ。分かっているな?」
「「「へい!」」」
「なに、少しばかり行動する範囲が広まっただけだ。その程度でへばるような奴はここにはいないはずだ」
ローズの言葉に横一列に並んだ強面達が力強い返事をする。
ローズが僕の肩を小突いたことで、僕は咳ばらいをする。
これから戦いに向かう彼らに、副団長として言葉を贈れとローズは言いたいのだろう。
「魔物より魔物らしいお前らが死ぬとは思わないけど———死んだらぶん殴ってでも引き戻してやるよ」
湿っぽいのは僕達には合わない。
口にするのならいつもと変わらない憎まれ口と、互いに全く配慮のない荒々しい言葉が相応しい。
強面達もそれを理解しているのか、僕と同じく憎たらしい笑みを浮かべている。
フェルムは僕と強面達を見てドン引きしているけど、そこは気にしないでおこう。
僕達のやり取りを見届けたローズは、黒服たちとブルリンを見回すと、扉の方へと歩み寄り取っ手に手をかけた。
「言葉は十分に交わしたようだな。だったら、さっさと暴れてこい。ペットを連れて調子に乗っている魔族どもから、怪我人をかっ攫ってどんどん救ってこい!」
勢いに任せ、ローズが扉を開け放った瞬間、黒服達とブルリンが雄たけびを上げて駆けだした。
タイミングを逃したのか、やや遅れてフェルムも慌ててついていった。
「「「うおおおおお!!」」」
「グァァァ!」
「え、ちょ!? 待って!」
彼らが走っていく姿をしっかりと見送る。
その後、気合を入れるべく自身の頬を張った僕は、ローズと共に序盤の活動場所となるテントへと向かう。
「想定したよりも戦闘が激しいようだな。すぐにオルガ達の元に向かうぞ」
「はい……!」
テントには既にオルガさんを筆頭にした五人の治癒魔法使いが待機している。
テントの入り口に到着すると、僕達治癒魔法使いの護衛をしてくださっているリングル王国の騎士——アルクさんに頭を下げる。
「貴方がここに来てくれてとても頼もしいです。アルクさん」
アルクさんと彼の同僚の騎士達がオルガさん達のいるここを守ってくれている。
彼は拳を胸に当て、旅の時と変わらない頼もしさを見せてくれる。
「誰が相手だろうとここを必ず守り切って見せます!」
「オルガさん達を……よろしくお願いします」
「お任せを!」
アルクさんと短く言葉を交わした後にローズと共にテントへと足を踏み入れる。
他のテントと違い救命団の活動場所となるこの場所は広大なつくりになっており数十人単位で怪我人を運び出せられる広さがある。
テント内には人間の姿のネア、オルガさんにウルルさん、ゲルナ君達の六人がおり、僕とローズの姿を見ると整列する。
「ウサトから事前に説明を受けて、分かっていると思うが……お前達は黒服が運んでくる怪我人を癒すことが主な仕事だ。……こっからは治癒魔法使いとして厳しい選択肢を迫られることもあるかもしれねぇ。だがな、お前らが救う命の中には自分が含まれていることは絶対に忘れるんじゃねぇぞ」
「「「はい!」」」
「じゃ、それぞれの持ち場に行け」
ローズの指示に従い、オルガさん達はそれぞれの持ち場へと移動する。
勿論僕も治癒魔法使いとして怪我人を癒すので、黒服達が来るのを待つ。
すると、人間の姿のネアが僕の隣にやってくる。
「まだ始まったばかりなんだし、そこまで構えなくてもいいんじゃないの?」
「甘いぞ、ネア」
「へ?」
こてんと彼女が首を傾げた瞬間、テントの入り口から勢いよく黒い人影が飛び込んできた。
黒い人影――トングは、負傷した三人の騎士を担ぎながら僕へと怒鳴るように声を上げた。
『怪我人を運んできたぜぇ―――!』
「……早すぎない?」
「それだけ激しい戦いが外で起こっているってことだ」
すると、トングに続いてグルドが怪我人を担いでやってくる。
彼の見た目からして魔物に攫われたようにしか見えなかったけれど、それでも彼は怪我をした人を救うために――、
「へっへぇ、安心しろよォ。副団長にかかれば痛みなんてすぐになくなるからよォ」
「ひぃぃ!?」
———誤解されがちだが、あれは善意での言葉であることは言うまでもないだろう。
担がれているカームへリオの女騎士さんはガチの悲鳴を上げているけども。
ツッコミをしたい衝動を抑えながら、続々と連れてこられる怪我人を麻布のしいた地面に寝かせ、治癒魔法を施す。
「安心してください。今、治癒魔法で治します」
「き、君が救命団の治癒魔法使い……」
「ええ。……無理をしない範囲で構いませんので、外ではどんな戦いが起きているか教えてもらってもいいでしょうか?」
今のうちに戦場の様子を知っておこうと思い、傷を負った肩と足に治癒魔法を施しながら女騎士さんに質問する。
痛みが和らぎ、大分落ち着いた彼女は先ほど戦場で見ていた光景を教えてくれた。
「外は、魔族と魔王軍が連れてきた魔物が戦っている……わね。大きい蛇のような魔物と、空を飛ぶドラゴンに似た魔物に大勢の人がやられていたわ……」
大きい蛇……以前の戦いで魔王軍が連れてきていた蛇のことか。
あいつは毒を使ってくるからかなり厄介だな。
今の会話をしているうちに女騎士さんの傷を癒し終えた。
彼女のお礼を受けながら、次の怪我人の治療に移っていく。
「———予想より、連れてこられる人数が多い」
つまり、それだけ怪我人が続出しているということだ。
まだまだ余裕はあるけど、次々と黒服に連れてこられる怪我人を見て不安になってしまう。
……僕とローズが抜けて大丈夫なのか?
そんな懸念を抱きながら、ニルヴァルナ王国の戦士に治癒魔法をかけていると、隣にゲルナ君が治癒魔法に専念していることに気付く。
彼は、顔を真っ青にさせながら気絶している騎士を癒そうとしていた―――が、続々と連れてこられる怪我人へせわしなく目を向けていたせいで集中が乱れ、うまく治癒魔法を施せていなかった。
「ッ……!」
……彼にとっては治癒魔法使いとしての初めての実戦だもんな。
死にそうな目にあって慣れてしまった僕とは違う。
「ゲルナ君」
「ッ、ウサトさん」
目の前の人を癒した後に、必死に治癒魔法をかけようとしているゲルナ君の前にしゃがむ。
顔を上げた彼の瞳が大きく揺らいだ。
「落ち着いて。まずは目の前の人を助けることに集中しよう。僕も手伝う」
……剣で脇腹を深く斬りつけられている。運悪く鎧の境目に刃が通ってしまったのだろう。
黒服が回復魔法で応急処置をしたけど、放っておけば死んでしまう。
僕はゲルナ君の手に重ねる形で、掌を掲げ治癒魔法を発する。
「ゲルナ君。ミアラークにいる友達から教えられたことがあるんだ」
「……教えられたこと……?」
「僕達は治癒魔法を使うことばかり考えるのではなく、今を苦しんでいる誰かを見るべきだ……ってね」
カロンさんを未完成の系統強化で助けようとしていた時の僕はとんでもないバカ野郎であった。
系統強化を成功させることだけ考えていたせいで肝心のカロンさんを見ていなかった。
目が曇っていた僕にソレを教えてくれたのが、ミアラークの勇者、レオナさんであった。
「確かに急ぐことは大事だけれど、今向き合っている人のことを忘れちゃいけないんだ」
僕が何を言いたいのかがすぐに理解できたのか、目に強い意志が戻った彼は、掌に力を籠め不安定だった魔力を正常に戻し、傷の治療に集中し始めた。
彼の様子を見て、僕は安堵する。
「分かったかな?」
「……はい!」
すぐに気づける時点で僕よりもずっと呑み込みが早い。
まだ表情こそぎこちないけれど……この調子なら大丈夫そうだな。
ゲルナ君の様子を見て一安心した僕は、彼から離れ別の怪我人の治療へと取り掛かる。
「助けます」
「た、頼む……」
血まみれの手で僕の手を掴んだ騎士を安心させるように頷き、治癒魔法を施す。
まだ外での戦いは始まったばかりだ。
これからさらに苛烈さを増していくだろう。
「……それでも」
皆、戦っている。
トング達も足を止めずに怪我人を運び続けている。
ここにいる治癒魔法使いは勿論、ネアだって布や包帯などを使って応急処置をしてくれている。
僕自身、この世界で培ってきた全てで目の前の試練に立ち向かわなければならない。
ここから第一話冒頭につながっていきます。
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