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治癒魔法の間違った使い方~戦場を駆ける回復要員~  作者: くろかた
第八章 決戦、魔王軍との戦い
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閑話 過去に囚われて……

お待たせしました。

予告通り、今回は閑話となります。


アーミラ視点となります。


 それは私が第三軍団長になる前、魔王軍兵士の見習いだった時の記憶。

 師匠、ネロ・アージェンスと彼の部下達と共にある任務へと同行したときのものだ。

 簡単な任務のはずだった。

 いずれ復活する魔王様のために強力な魔物を捕獲し、新たな魔物——今ならバルジナクと呼ばれる魔物を創り出すために、私達は人間の領域へと足を運んだ。


 今でも鮮烈に目に焼き付いている光景。

 後方で待機を命じられていた私が、異変を感じて戦いの場へ到着した時にはそこは地獄と化していた。

 乱雑に切り裂かれた木々。

 倒れ伏す、同胞たちと人間共。

 そして、自身の剣で右肩を貫かれ木に磔にされた師匠と、憎悪に満ちた目で師匠を睨みつけている女の姿。


『殺す、殺してやる』


 右目を切り裂かれ、全身の至る場所からは血が滲み――普通の人間ならば意識すらも保っていられないはずの体で、女は地面を這いずりながらも既に意識を失いかけている師匠に止めを刺そうとしていた。

 体は死にかけているのに、目だけはしっかりと師匠だけを捉えていた。

 心底恐ろしかった。

 ああいう人間がいるとは思わなかった。

 恐怖で動けない体を必死に動かし、私は師匠を連れてその場から逃げた。

 逃げて馬に乗るまでの間も、ずっとあの女の視線を感じて生きた心地がしなかった。


「アーミラー」

「……なんだ」

「なんだってご挨拶だな。一応お前の上官だかんな? 俺」


 戦いの前に過去のことを思い出していたが、第二軍団長、コーガにより邪魔されてしまった。

 なぜこいつが未だに私の上官である理由については、その方が兵として動きやすいことに加えて……付き従ってくれる部下達に愛着を持ってしまったという理由からであった。

 現在、我が軍が夜営をしている場所は、前回一度ローズに橋を壊された大河を目前にした森の中にあり、橋を壊されたという前回の失敗を身をもって体験していた私は、数人の部下を連れて対岸の見張りを行っていた。


「何の用だ」

「いや、さっき会議行ってきたんだけど、それが終わってさ。いやー、やっぱあの第三軍団長、えっぐいやつだな」

「だからこそ、彼女は私より軍団長に向いている」


 新しく第三軍団長になったハンナ・ローミアは優秀だ。

 直情的で戦うことしか能がない私と比べ、彼女は柔軟かつ狡猾な思考を持っている。

 それに持っている魔法も後方支援向きだ。

 きっと、相手の兵士にとって厄介なことになるに違いない。


「で、他に何かあるのか?」

「ネロのおっさんは副官に指揮を任せて遊撃だとさ」

「……そう、か」


 師匠が戦う上で、中途半端な力を持つ者はかえって邪魔になってしまう。

 なんらおかしくはないが、それでも思うところがないと言えば嘘になる。


「お、噂をすれば」

「ん?」


 コーガの声に顔を上げ、彼の視線の先を追う。

 すると河岸近くに腰に剣を差した金髪の魔族———師匠、ネロ・アージェンスが佇んでいるのが見えた。後ろ姿しか見えないので、その表情は伺えないがジッと河の先の景色を見据えている。


「いいのかよ。お前の師匠なんだろ? 少しぐらい話した方がいいんじゃねぇの?」

「……ああ、分かっている」


 師匠が帰還してから、未だ言葉を交わしていない。

 進軍する直前で忙しかったということもあるが、単純に今の師匠にどう話しかけていいか分からなかったからだ。

 魔王領に戻ってから、師匠は変わってしまった。

 自身の持つ魔剣により受けた傷は大きく、魔王様が復活なさってからも戦いに戻ることができずに、療養を余儀なくされていた。

 その時の師匠は部下に死を強制させた自責の念と、ローズとの戦いで敗北を喫したことにより、並々ならない執念を抱えていた。

 恐らく、今でもそれは変わらないだろう。


「ここは任せた」

「は? え? 軍団長の俺に見張りやらせるの? ちょ、無視しないで――」


 コーガの声を無視して、私は師匠の元へ向かう。

 近づくにつれてその姿は鮮明なものになる。

 くすんでしまった金色の髪に、右肩を覆う鎧、腰に携えた魔剣に、若干緊張しながらも声をかけようとすると――、師匠が前触れもなく剣を抜き、軽い動作で目の前の空間を横に薙いだ。


「ッ!?」


 瞬間、赤色の刀身から風の刃が放たれ、大河の先にある一つ頭の高い山へと向かっていった。

 数秒ほどして、山の一角の木が切り倒され、砂埃を立てる。

 突然の行動に困惑していると、赤色の魔剣を鞘に納めた師匠が山を見据えながら言葉を発した。


「五人」

「え?」

「偵察の者だ。情報を送られる前に始末した。意味があるかは分からないがな」


 数秒ほど師匠の言葉の意味を理解できなかったが、理解した瞬間に鳥肌が立つ。

 師匠は、山の中から偵察を行っていた人間を始末したのだ。しかも、暗闇でまともに見えないにも関わらずにだ。

 改めて、師匠がどれほど規格外かを理解させられる。


「久方ぶりだな。アーミラ」


 久しく忘れていた師匠の実力にただただ驚かされていると、不意に彼が私の名を呼んだ。

 少し後ろで立ち止まると、こちらに僅かに顔を動かした師匠は笑みを浮かべた。


「お久しぶりです。師匠」

「師匠か。この俺を、まだそう呼んでくれるか」


 自嘲するような言葉に驚く。

 師匠の様子は、以前と全く違ってしまっている。

 少なくとも、ローズと戦う前までの師匠は自分を卑下するような言葉を口にすることはなかった。


「貴方は私に戦う術を教えてくださった師匠です。それは、何があろうとも変わりません」

「……お前は、強くなったな」


 そう感慨深く呟き、師匠はまた口を閉ざす。

 師匠の心境は私にも推し量ることはできない。

 しかし、私にはずっと聞きたいことがあった。


「師匠は、ローズに対して敵討ちを考えているのですか?」


 かつての私のようにローズに対して雪辱を果たそうとしているのだろうか?

 師匠の無念を晴らすだけの理由で、怒りに燃えていた私とは違い、師匠にはそうする理由があるはずだ。

 師匠は、ローズとの戦いで私以外の部下を失っているのだから。

 私の質問に師匠は小さく首を横に振った。


「……いいや、俺に敵討ちする資格はない。むしろ俺は償う側だ」

「償う、とは?」

「彼らに……部下達に死ぬことを強要したのはこの俺だからだ」


 ローズの部下を道づれにさせ、共倒れにさせた。

 当時のローズとその部下達の強さを考えれば、後々の脅威になることは分かりきっていただろう。

 師匠の判断が正しかったとは言わないが——ローズの部下達があのまま生きていたのなら、手の付けられない存在になっていたかもしれない。


「俺の時間は、あの戦いの日で止まっている」


 その呟きには強い感情が込められていた。


「以前は魔族の繁栄のためならば、どんな犠牲もやむを得ないと考えていた。しかし、ローズに敗北を喫してからは、その熱意と理想も消え失せ、残ったのは戦いを求める衝動だけだった」

「他には、何も?」

「ああ。俺の目的はただ一つ、ローズと戦うこと。それだけだ」


 師匠は過去に囚われてしまっていた。

 ローズという未だかつてない相対したことのない、同等の力を持つ者との戦いに飢えてしまっていたのだ。

 ここにいる誰もが魔王様の為に――魔族全体の生存のために戦っているはずなのに、この人だけは現在ではなく、過去を見て戦っているのだ。


「今、ローズは戦ってはいないのか?」


 不意の質問に驚きながら答える。


「……はい。治癒魔法使いとして戦場を駆け、傷ついた敵兵士を癒してします」

「彼女は殺すのではなく、救う道を選んだのか」


 そう呟いた師匠の表情を覗うことはできないが、何かしら思うものがあるのは分かった。

 十秒ほど無言だったが、ようやく口を開いた。


「だとしたら相当厄介な存在だろうな」

「ええ、全くです。前回の戦いに至っては奴の弟子までもがどこからともなく湧いて出てきまして、ただでさえ二人の勇者の存在に手を焼いていたのに……」


 ウサトと呼ばれた治癒魔法使いと二人の勇者のことを思い出し、師匠の前にも拘らず愚痴を零してしまう。


「弟子? 治癒魔法使いのか……?」

「はい。正真正銘、ローズと同じ類の治癒魔法使いです」

「実力は?」

「少なくとも、コーガと引き分けるくらいには」


 厳密にはコーガには余力があったが、一時でも気絶に追い込まれた時点でアレがまともな治癒魔法使いであるはずがない。

 一度ヒノモトで檻に閉じ込められていた姿を見たときは、平凡な少年に見えたが——その瞳には強い意志が感じられた。


「……なるほど」


 私の話を聞き、静かに頷いた師匠はそのまま黙り込んでしまった。

 ローズの弟子の話を聞いて、何か思うところがあったのだろうか? どちらにせよ、師匠にとって、今回の進軍は過去との戦いでもあるのだろう。

 私にとっては……魔王様、ひいては魔族のための戦いでもある。



ネロの立ち位置はローズとは真逆ですね。


次話は明日の18時頃に更新する予定です。


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