第百八十五話
お待たせしました。
第百八十五話です。
増援の治癒魔法使い、ゲルナ君、ケイトさん、シャルンさんとの顔合わせを済ませた僕は、強面達の方の作業を手伝うことにした。
それが終わってからは、拠点を守る砦の建築を手伝ったりもした。周りの兵たちが、僕と強面達の木材を運ぶ姿を見て、驚くような反応をしていたのが少し印象に残った。
そして、日が暮れてきた頃に救命団の活動拠点に帰ってきたローズが、ゲルナ君達と顔会わせをすることになった。
反応としては、そこにいるだけで圧倒的な肉食獣オーラを放つローズに、ケイトさんを含めた三人は皆一様に表情を強張らせていた。
どう見ても怖い人ですよ的な雰囲気を放ちまくっているからしょうがないんだろうけれど……、それを抑えるどころか堂々と放っているのはさすがだなとは思った。
その後、拠点の作戦本部に行っていたローズから話を聞かされた。
「魔王軍の進軍を確認した、か」
キャンプファイヤーのように積み重ねた薪の中で燃える火をボーっと見つめながら、僕はそう小さく呟いた。
ローズから聞いた話は、魔王軍が現状どのような行動をしているかというものであった。
既に魔王軍は偵察が来たという報告のあった場所を通過し、着実にこちらに向かってきている。
それも大勢の魔物を従えての進軍だ。
「グゥ」
「……ああ、大丈夫だよ。ブルリン」
夕食後、麻布をしいた地面に座りブルリンの新しい鎧を磨いている僕に、傍らで丸くなるように寝っ転がっているブルリンが心配するように見上げてくる。
そんな彼に笑いかけながら、頭を撫でる。
ゲルナ君は強面達とオルガさんと、ケイトさん、シャルンさんはウルルさん、ネア、フェルムと一緒にいて交流を深めているところだ。
本当なら僕もゲルナ君のところにいくべきなのだけど、少し一人で考えたいこともあったので今は焚火を前にして考えに耽っている。
「お前がいてくれて心強いよ」
「フンスッ」
「誇らしげだなぁ」
一度目の魔王軍との戦いでは留守番をさせてしまったが、今度は違う。
あの邪龍と戦った時のように、信頼する仲間として背中を預けることになる。そこに関して一切の不安はない。こいつは戦うと決めた相手には絶対に屈しない強い心を持っているからだ。
自信満々に鼻を鳴らしたブルリンに自然に笑みを零しながら、続けて話しかける。
「怖いか?」
「グァ!」
「そんな顔をすると思ってた。ははは、冗談だから怒らないでよ」
むっとした顔になるブルリンに苦笑する。
赤と橙色の火が揺らめくように燃えている光景を視界に映し込みながら僕はふと呟く。
「僕は……怖いな」
そう呟くと、栓が抜けた風船のように僕の胸の内で感情があふれ出してくる。
「戦うのも怖いし、危ない目に遭うのも怖い。だけど、自分の無力さを思い知らされることが一番……怖いんだ」
「グァ……」
「……はは、心配しなくても大丈夫だよ。僕は平気だから」
心配するように見上げてくるブルリンの頭を撫でつける。
ちょっとだけ弱音を吐いちゃったかな?
「さてと、喋ってばかりいないで手を動かすとするか」
「グァー」
止まっていた手を動かし、再びブルリンの鎧を磨く作業に移る。
炎の弾ける音と遠くから聞こえる兵達の賑やかな声を聞きながら、僕は作業に没頭するのであった。
●
夜も更けてきた頃、ようやくブルリンの装備を磨き終え、点検を済ませた僕は背を伸ばす。
少し時間がかかってしまったけれど、考えをまとめるいい時間になったな。
欠伸を噛み殺しながら、ボーっとしているブルリンに目をやってから、散らかった鎧を片付けようとすると――、
「だーれだっ」
「……!」
背後から近づいてきた犬上先輩の手により突然視界を奪われてしまった。
……。
知っている気配が近づいてきていると思えば……。
視界が真っ暗なまま僕は構わずブルリンの鎧の片づけを始める。
「無視!?」
「先輩、足音とかも消してください」
「しかも駄目出しされた!?」
驚きのあまり先輩が僕の前へと移動する。
数日前と変わらない先輩に少しだけ安堵する。
「美少女だよ!?」
「ついに主語が抜けましたね」
自分を指さして何を言いたいのか分かるけれど、先輩じゃなきゃ相当おかしな発言だ。
……いや、先輩だとしても今の時点で相当おかしいけれども。
「なんで君はそうテンプレを外していくのかな!」
「先輩なら別にいいかなって……」
そう言うと先輩は必死な様子で肩を掴んできた。
「もし、もしエヴァが私と同じことをしたら!?」
「え、そりゃあ普通に照れますけど?」
「扱いの差ぁ―――!?」
膝をついて地面に手をついて叫んだ先輩に、苦笑する。
目を隠された時、内心で結構動揺していたのは内緒だ。
先輩に声をかけようとすると、後ろからカズキとフラナさんが苦笑しながらも歩いてきた。
「ウサトとスズネのやり取り、なんか見てて面白い……」
「先輩はことごとく外していくなぁ。よっ、ウサト! 無事にこっちに着いたようだな」
「うん、カズキとフラナさんも元気そうで何よりだよ。先輩もね」
先輩の方を見てそう言うと、パァっと擬音がつきそうな勢いで彼女の表情が明るくなる。
いや、からかったのは僕だけど、感情の上がり下がりが激しいですね……。
そんなことを考えていると、僕からブルリンへとターゲットを変えた先輩が彼へとにじり寄っていた。
「ブルリン、君も来たんだねっ! 撫でさせて!」
「グルッ!」
先輩の伸ばした手を即座にはたき落とすブルリンに、彼女は好戦的な笑みを浮かべた。
「フッ、やるねっ!」
「雷獣モードでいけば撫でられると思いますが……」
「それじゃ意味がないんだ。ウサト君、私はブルリンが自発的に撫でさせてくれる状況を所望している……ッ!」
少なくとも欲望丸出しなままじゃ無理なような気が……。
睨み合っている先輩とブルリンからカズキとフラナさんの方へと向き直る。
「ウサトと会うのは会談前以来かな?」
「そうだね。フラナさんもここにいるということは……戦いに参加するつもりなのか?」
エルフ族なのに、人間と魔族の争いに参加するのは大丈夫なのだろうか?
それも込みでの質問に、彼女はしっかりと首を縦に振った。
「うん。これが私の選んだことだから、カズキのために戦うことにしたんだ。それにさ、カズキって向こう見ずなところがあるから、しっかり見てやらないといけないしねっ!」
「俺は子供かよ……」
「ついでにお姫様直々の頼みでもあると言っておこうっ」
「わー、セリアからもかー……」
愛されてるなぁ、カズキ。
先輩が「ほらね、私の言った通り」って言いたげなドヤ顔を見せていることに、苦笑しつつ僕は立ち上がる。
さすがに立ったまま話をするのも悪いし、どうせなら座れる場所を用意しようか。
近くにまとめてある麻布を地面に敷きながら、先輩達へ声をかける。
「ここに来たのもなんですし、座って話しますか? こんなところで良ければですけど……」
「全然構わないよ。私達もこの後は休むだけだしね。カズキ君とフラナも構わないだろう?」
「勿論です」
「うん」
立っていた三人が座ったところで、僕は気になっていたことを聞いてみることにする。
「先輩は聞いてます……よね。魔王軍のこと」
「ああ。ここに来るのも時間の問題だろうね。戦いは間近に迫っている」
こちらを振り向いた先輩の言葉に顔を顰める。
前回と同様の戦いなら、河に橋をかける段階でローズが破壊しに行けばいいのだけど、それは彼女自身が反対した。
魔王軍も以前の失敗をそのままにしておくはずがないし、何より今回は飛竜という空を飛ぶ敵がいるから、橋を壊しに行くのが難しいと判断していた。
……それに、ローズは橋を壊すことは絶対に無理だという確信があるようにも思えた。
「俺達も今日までやるべきことはしてきたつもりだ。といっても……シグルスみたいに軍の指揮なんて難しいことはできないけどな」
「カズキは、今日までなにを?」
「主に集まった兵達の確認だな。やっぱり四つの軍を結集するのって簡単なことじゃないから、まず命令系統とその戦い方を把握しておいた」
以前の交流戦だけで、全て把握できたわけじゃないもんね。
独自で戦場を駆ける僕とは違い、先輩たちは仲間の兵と共に戦いへ赴くから、何よりも連携が重要なのだろう。
「他にも……各王国の指揮官との顔合わせもしたな」
「指揮官というと、ニルヴァルナ王国からはハイドさんが?」
「ああ。カームへリオ、サマリアールは指揮官としての経験が少ないって理由で、戦士長……ハイドが前線を率いることになって……総指揮はシグルスが取ることになった」
魔導都市ルクヴィスで色々なことを教えてもらったニルヴァルナ王国戦士団、戦士長のハイドさん。
ハイドさんがいてくれるのなら、頼もしいことこの上ない。
彼がここにいることに安堵していると、今度は先輩が口を開いた。
「ウサト君達、救命団についてシグルスから大々的な説明があったね」
「え、そうなんですか? ……因みに、どんな説明を?」
「戦場で白い服、黒い服を纏った者に遭遇した場合、動けない怪我人を託せ。逆に彼らが危機に陥る状況にあれば、全力で助けに向かえ……だってさ」
「なるほど……」
後半のような状況にはなりたくないけれど、一度目の戦いは僕も危ないところを騎士の方に助けてもらった。あの時は本当に助かった。
それに、あらかじめ僕達のことを知ってもらえているのは非常にありがたい。
自分で怪我人を見つけるのが主だけれど、僕達の姿を見つけた人から助けを求められた方が早く助けにいけるからだ。
「ウサト君の方は治癒魔法使いの増員が入ったって聞いたけど……」
「はい。昼間に増援として来てくれた三人の治癒魔法使いとの顔合わせを済ませたところです」
先輩の質問に答えると、フラナさんがおずおずとした様子で話しかけてくる。
「う、ウサト以外の治癒魔法使いか……。殴ったり、すんごい速さで動いたりしないよね?」
「ははは、皆一般的な治癒魔法使いだよ。むしろ僕と団長みたいな治癒魔法使いの方が珍しいくらいだよ」
「そ、そうだよねっ! ウサトや救命団の団長さんみたいな治癒魔法使いの方が少ないんだよね!」
少ないというより、僕もローズ以外見たことがない。
いや、そもそもローズが始まりなのか? よく考えると本当に凄まじいな、あの人。
「三人かぁ。どんな人たちだった?」
「そうですね、一人ずつ説明すると――」
ゲルナ君、ケイトさん、シャルンさんのことを頭に思い浮かべながら彼らのことを紹介する。
僕自身、まだまだ短い付き合いだけど、人柄はなんとなく分かっている。
「入ってきた彼らが救命団にうまく馴染めそうでよかったよ」
「そうだね……。僕としても不安なところあったから、正直なところ……安心してる」
カズキの言葉に素直に頷く。
すると、僕の紹介を聞いた先輩が思案するように顎に手を当てた。
「ちょっとだけど、カームへリオのケイトって子が気になる。」
「スズネはどうしてそう思うの?」
「いや、これといった理由はないのだけど、嫌な予感がするというかなんというか……。カームへリオって言葉に過剰に反応しちゃってるのかなぁ」
「……」
昼間のケイトさんの様子を思い出して、無言になってしまう。
……先輩が大怪我をしておかないうちに、話しておくか。
「ケイトさんなんですけど。先輩は会わない方がいいかもしれません」
「ど、どうしてかな?」
「彼女は……カームへリオでの記事を完全版としてまとめて……ここに持ってきていました」
「がふっ……!?」
座っているのに崩れ落ちるように倒れる先輩。
なんとなくそうなるのは分かっていたので、すぐに彼女の肩を支える。
「え、それってマジなのかな?」
「マジです。噂と記事に関しては否定はしましたが、ケイトさんは押しの強い人なので一応伝えておこうかと」
衆目での告白を記事にされて、しかもそれがたくさんの人に知れ渡っているという時点で、先輩も相当恥ずかしいだろう。
あとケイトさんの話を聞いてなんとなく感じたことだけど、これも言っておこう。
「これはあくまで憶測ですけど……もしかするとケイトさんは先輩がカイル王子の告白を断る場面をその場で見ていたかもしれませんね」
「……ッ!? ……ッ!?」
語りに熱が入りまくっていた気がする。
ケイトさんが先輩の名を口にする感じは、なんというか憧れの人だとか、僕の世界で言う芸能人と会った時のような感じがしたのだ。
僕のことも様付けをしていたからすぐに訂正させたけれど、あの時もそうだった。
「ねぇ、カズキ。スズネが羞恥に悶えながらそこで転がっているけど大丈夫なの……?」
「大丈夫だろうけれど……うん、先輩も開き直ればいいのになぁ」
顔を真っ赤にしながら、呻いている先輩。
カイル王子の告白を断る場面についてはほとんど……というか一切知らないのだけど、相当恥ずかしいことを口にしたのだろう。
そうじゃなきゃこんな反応はしない。
「先輩、因みにですけど……記事の大本になった件では何をやらかしたんですか?」
「ウサト君には絶対に言えない! あぁぁ、もう駄目だ! 完全に思い出してしまったよぉぉ……」
「えぇ……」
いつも撫でられることを拒否するブルリンに抱き着きながら、先輩はひたすらに羞恥に悶えている。
そんな先輩を見て、彼女がカームへリオで何をやらかしたのかを知るのが怖くなってきた。
「もし、君がこの件を知ったら、私も覚悟を決めなきゃならない……!」
「すみません。それは呪いかなにかですか?」
知っただけで先輩に覚悟を決めさせるの?
というより、なんの覚悟? 場合によってはサマリアールの呪いよりも恐ろしいのですが……。
最大級の黒歴史を記事にされ、大陸規模で拡散されてしまったヒロイン、それが犬上先輩です。
これも、独自の個性というべきでしょうか……?